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EP 4
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悪徳徴税官の来訪
ポポロ村の静寂は、馬蹄の音と車輪の軋みによって破られた。
やってきたのは、豪奢な黒塗りの馬車だった。
側面には、輝く太陽と剣――ルミナス帝国の国章が金箔で描かれている。
護衛として付き従うのは、全身鎧に身を包んだ帝国兵が十数名。彼らの腰にある剣からは、微弱だが魔力の波動を感じる。
あきらかに、貧しい寒村には不釣り合いな威圧感だった。
「……来た」
キャルルが唇を噛み締め、震える足で前へ出る。
俺は一歩下がって、その様子を観察する位置取り(ポジショニング)をした。
秘書時代、ボスの街頭演説や陳情対応で常に確保していた「全体を見渡せる死角」だ。
馬車の扉が開き、一人の男が降りてきた。
白いシルクのスーツに、これ見よがしな宝石の指輪。
油で撫で付けた髪と、下卑た笑みを浮かべた中年男。
ルミナス帝国徴税局、第4方面担当官――バロス。
「オエッ……相変わらず趣味の悪い香水の匂いだ」
隣で身を潜めていたモウラが鼻をつまむ。
確かに、腐った花のような強烈な香りが風に乗って漂ってきた。
「やあやあ、ポポロ村の皆様。帝国の庇護下にある幸福な臣民の諸君」
バロスは大げさに手を広げた。
その視線は、集まった村人たちをゴミを見るような目で見下し、最後にキャルルへ粘着質に張り付いた。
「今月の『特別防衛税』の徴収に参りましたよ。……さあ、用意はできているかな?」
キャルルが深々と頭を下げる。
その長い耳が、屈辱に震えているのが分かった。
「……バロス様。申し訳ありません。先月の干ばつと魔獣被害で、作物の収穫が……。規定の額には、どうしても届きません」
「届かない? ほう、それは困りましたねぇ」
バロスはわざとらしく嘆息し、革靴のつま先で地面をトントンと叩いた。
「我々帝国軍が、この緩衝地帯を魔族や野蛮な獣人から守ってやっているのですよ? 対価を払えないなら……守る義理もなくなる。最悪、この村を『反逆者の巣窟』として焼き払わねばなりませんなぁ」
「そ、そんな……!」
村人たちがざわめく。
嘘だ。帝国はこの村を守ってなどいない。
先日俺が襲われた時も、帝国軍の姿などなかった。
彼らはただ、「保護」という名目で搾取しているだけだ。
「ですが、私も鬼ではありません」
バロスはニヤリと笑い、キャルルに近づいた。
その指が、キャルルの美しい銀髪に触れようとする。
「足りない分は、村長である貴女が『身体』で払うというのはどうです? 私の帝都の屋敷で、メイドとして……いや、愛玩動物(ペット)として働いてくれれば、税を免除してあげなくもない」
「ッ……!」
キャルルがバロスの手を払いのけようとして、寸前で止まる。
その拳は固く握りしめられ、爪が掌に食い込んで血が滲んでいた。
(殺せる。今の彼女なら、瞬きする間にこの豚の首を跳ね飛ばせる)
だが、それをすれば終わりだ。
帝国への反逆とみなされ、軍隊が押し寄せ、村は地図から消える。
彼女は「最強」だからこそ、その力を使えない。
暴力装置(システム)に組み込まれた個人の無力さ。
「……分かり、ました」
キャルルが絞り出すような声で言った。
「私が……行けば、村のみんなには手を出さないと、約束してくれますか?」
「キャルル姉ちゃん! ダメだ!」
「村長! 俺たちが戦うから!」
村の若者たちが叫ぶが、帝国兵が抜刀し、殺気を放つ。
バロスは勝利を確信し、醜悪な舌なめずりをした。
「賢明な判断だ。月兎族の上位種……帝都の闇オークションなら、城が建つほどの値がつく希少種ですからねぇ。たっぷりと可愛がってあげますよ」
バロスがキャルルの腕を掴もうとした、その瞬間。
「――少々、お待ちいただけますか?」
俺は人混みをかき分け、二人の間に割って入った。
営業用の愛想笑い(スマイル)を顔面に貼り付け、丁寧にお辞儀をする。
「誰だ、貴様は?」
「お初にお目にかかります。私、この村で書記官を務めております、若林と申します」
俺は名刺代わりに、手帖を取り出した。
バロスは俺のスーツ姿を見て、怪訝そうな顔をする。この世界にはない服装だが、仕立ての良さから「それなりの身分の者」と錯覚したようだ。
「書記官? こんなド田舎にか?」
「ええ。村長はまだ若く、事務手続きに疎いもので。……バロス様、今回の納税の件ですが、手続き上、少々不備があるようでして」
「不備だと?」
「はい。『特別防衛税』の追加徴収に関しては、帝国法第108条により、3日間の猶予期間(グレース・ピリオド)が認められているはずです。いきなり村長の身柄を拘束するのは、いささか『手続き』を無視しすぎではありませんか?」
俺はハッタリをかました。
帝国法など知らない。だが、役人というのは「条文」と「前例」と「手続き」という言葉に弱い。
「なっ……! 生意気な口を! 私は第4方面担当官だぞ! 私の言葉が法だ!」
「おやおや。では、この件が帝都の監査局に知れたらどうなるでしょう? 『担当官が独断で法を曲げ、私利私欲のために希少亜人を拉致しようとした』なんて報告書が出回れば……出世に響きませんか?」
「貴様……脅すつもりか?」
バロスの顔が赤くなる。
俺は手元の【黒革の手帖】に、ペンを走らせた。
『バロス』。
瞬間、情報が浮かび上がる。
【氏名:バロス・フォン・グリード】
【役職:帝国徴税局 第4方面担当官】
【性格:強欲、小心者、サディスト】
**【裏情報(スキャンダル):
横領:徴収した税の3割を「経費」として着服し、裏帳簿をつけている。
借金:帝都の違法賭博場『黒の山羊』にて、多額の借金(約5000万相当)あり。今回のキャルル拉致は、彼女を売り飛ばして借金を返済するため。
不倫:帝国の有力者、ダルメシア伯爵の若妻と密通している。密会場所は毎週金曜、『ホテル・ミラージュ』の最上階】**
(……満貫(マンガン)だな。いや、役満か)
俺は心の中でガッツポーズをした。
完璧だ。これだけのネタがあれば、コイツを社会的に殺すどころか、奴隷として飼いならすことすらできる。
だが、今はまだその時ではない。
証拠を固め、逃げ場を完全に塞いでから、絶望の底に突き落とす。それが秘書の流儀だ。
「滅相もありません。脅しだなんて」
俺は手帖を閉じ、にこやかに言った。
「ただ、我々も誠意を見せたいのです。3日……いや、明後日の夕方まで待ってください。滞納分のお金と、そしてキャルル村長の身支度を整えます。ボロボロの服より、着飾った状態の方が、バロス様も『楽しめる』でしょう?」
バロスは少し考え込み、そして鼻を鳴らした。
「……フン。よかろう。逃げようなどと考えるなよ? この村は既に包囲している」
「感謝いたします」
バロスはキャルルをねっとりと見回し、「楽しみは後にとっておくか」と呟いて馬車に戻っていった。
兵士たちが撤収し、馬車が去っていく。
その姿が見えなくなった途端、キャルルがその場に崩れ落ちた。
「若林のおじさん……どうして止めたの? 3日あっても、お金なんて用意できないよ……私が行くしか……」
彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
悔しさ。無力感。自己犠牲。
俺はしゃがみ込み、彼女の涙を指で拭った。
「キャルルさん。あなたを行かせたりしませんよ」
「でも……!」
「約束します。3日後、あいつは二度とこの村に手を出せなくなります。それどころか、泣いて土下座して謝ってくるでしょう」
「……え?」
キョトンとするキャルルに、俺は悪党のような笑みを向けた。
「金も力も使いません。私が使うのは、これだけです」
俺は黒革の手帖を掲げた。
「さあ、反撃の狼煙(のろし)を上げましょう。まずは……この村に金のなる木を植えます。ゴルド商会の友人を呼んでくれますか?」
俺の目には、既に勝利へのロードマップが見えていた。
地球の物資と、不倫のスキャンダル。
この二つのカードを切った時、悪徳徴税官の人生は詰む。
「……信じて、いいの?」
「ええ。私はあなたの秘書(サポーター)ですから」
キャルルは涙を拭い、力強く頷いた。
その瞳に、再び強い光が戻るのを見て、俺は満足した。
やはり彼女は、絶望よりも希望の光がよく似合う。
ポポロ村の静寂は、馬蹄の音と車輪の軋みによって破られた。
やってきたのは、豪奢な黒塗りの馬車だった。
側面には、輝く太陽と剣――ルミナス帝国の国章が金箔で描かれている。
護衛として付き従うのは、全身鎧に身を包んだ帝国兵が十数名。彼らの腰にある剣からは、微弱だが魔力の波動を感じる。
あきらかに、貧しい寒村には不釣り合いな威圧感だった。
「……来た」
キャルルが唇を噛み締め、震える足で前へ出る。
俺は一歩下がって、その様子を観察する位置取り(ポジショニング)をした。
秘書時代、ボスの街頭演説や陳情対応で常に確保していた「全体を見渡せる死角」だ。
馬車の扉が開き、一人の男が降りてきた。
白いシルクのスーツに、これ見よがしな宝石の指輪。
油で撫で付けた髪と、下卑た笑みを浮かべた中年男。
ルミナス帝国徴税局、第4方面担当官――バロス。
「オエッ……相変わらず趣味の悪い香水の匂いだ」
隣で身を潜めていたモウラが鼻をつまむ。
確かに、腐った花のような強烈な香りが風に乗って漂ってきた。
「やあやあ、ポポロ村の皆様。帝国の庇護下にある幸福な臣民の諸君」
バロスは大げさに手を広げた。
その視線は、集まった村人たちをゴミを見るような目で見下し、最後にキャルルへ粘着質に張り付いた。
「今月の『特別防衛税』の徴収に参りましたよ。……さあ、用意はできているかな?」
キャルルが深々と頭を下げる。
その長い耳が、屈辱に震えているのが分かった。
「……バロス様。申し訳ありません。先月の干ばつと魔獣被害で、作物の収穫が……。規定の額には、どうしても届きません」
「届かない? ほう、それは困りましたねぇ」
バロスはわざとらしく嘆息し、革靴のつま先で地面をトントンと叩いた。
「我々帝国軍が、この緩衝地帯を魔族や野蛮な獣人から守ってやっているのですよ? 対価を払えないなら……守る義理もなくなる。最悪、この村を『反逆者の巣窟』として焼き払わねばなりませんなぁ」
「そ、そんな……!」
村人たちがざわめく。
嘘だ。帝国はこの村を守ってなどいない。
先日俺が襲われた時も、帝国軍の姿などなかった。
彼らはただ、「保護」という名目で搾取しているだけだ。
「ですが、私も鬼ではありません」
バロスはニヤリと笑い、キャルルに近づいた。
その指が、キャルルの美しい銀髪に触れようとする。
「足りない分は、村長である貴女が『身体』で払うというのはどうです? 私の帝都の屋敷で、メイドとして……いや、愛玩動物(ペット)として働いてくれれば、税を免除してあげなくもない」
「ッ……!」
キャルルがバロスの手を払いのけようとして、寸前で止まる。
その拳は固く握りしめられ、爪が掌に食い込んで血が滲んでいた。
(殺せる。今の彼女なら、瞬きする間にこの豚の首を跳ね飛ばせる)
だが、それをすれば終わりだ。
帝国への反逆とみなされ、軍隊が押し寄せ、村は地図から消える。
彼女は「最強」だからこそ、その力を使えない。
暴力装置(システム)に組み込まれた個人の無力さ。
「……分かり、ました」
キャルルが絞り出すような声で言った。
「私が……行けば、村のみんなには手を出さないと、約束してくれますか?」
「キャルル姉ちゃん! ダメだ!」
「村長! 俺たちが戦うから!」
村の若者たちが叫ぶが、帝国兵が抜刀し、殺気を放つ。
バロスは勝利を確信し、醜悪な舌なめずりをした。
「賢明な判断だ。月兎族の上位種……帝都の闇オークションなら、城が建つほどの値がつく希少種ですからねぇ。たっぷりと可愛がってあげますよ」
バロスがキャルルの腕を掴もうとした、その瞬間。
「――少々、お待ちいただけますか?」
俺は人混みをかき分け、二人の間に割って入った。
営業用の愛想笑い(スマイル)を顔面に貼り付け、丁寧にお辞儀をする。
「誰だ、貴様は?」
「お初にお目にかかります。私、この村で書記官を務めております、若林と申します」
俺は名刺代わりに、手帖を取り出した。
バロスは俺のスーツ姿を見て、怪訝そうな顔をする。この世界にはない服装だが、仕立ての良さから「それなりの身分の者」と錯覚したようだ。
「書記官? こんなド田舎にか?」
「ええ。村長はまだ若く、事務手続きに疎いもので。……バロス様、今回の納税の件ですが、手続き上、少々不備があるようでして」
「不備だと?」
「はい。『特別防衛税』の追加徴収に関しては、帝国法第108条により、3日間の猶予期間(グレース・ピリオド)が認められているはずです。いきなり村長の身柄を拘束するのは、いささか『手続き』を無視しすぎではありませんか?」
俺はハッタリをかました。
帝国法など知らない。だが、役人というのは「条文」と「前例」と「手続き」という言葉に弱い。
「なっ……! 生意気な口を! 私は第4方面担当官だぞ! 私の言葉が法だ!」
「おやおや。では、この件が帝都の監査局に知れたらどうなるでしょう? 『担当官が独断で法を曲げ、私利私欲のために希少亜人を拉致しようとした』なんて報告書が出回れば……出世に響きませんか?」
「貴様……脅すつもりか?」
バロスの顔が赤くなる。
俺は手元の【黒革の手帖】に、ペンを走らせた。
『バロス』。
瞬間、情報が浮かび上がる。
【氏名:バロス・フォン・グリード】
【役職:帝国徴税局 第4方面担当官】
【性格:強欲、小心者、サディスト】
**【裏情報(スキャンダル):
横領:徴収した税の3割を「経費」として着服し、裏帳簿をつけている。
借金:帝都の違法賭博場『黒の山羊』にて、多額の借金(約5000万相当)あり。今回のキャルル拉致は、彼女を売り飛ばして借金を返済するため。
不倫:帝国の有力者、ダルメシア伯爵の若妻と密通している。密会場所は毎週金曜、『ホテル・ミラージュ』の最上階】**
(……満貫(マンガン)だな。いや、役満か)
俺は心の中でガッツポーズをした。
完璧だ。これだけのネタがあれば、コイツを社会的に殺すどころか、奴隷として飼いならすことすらできる。
だが、今はまだその時ではない。
証拠を固め、逃げ場を完全に塞いでから、絶望の底に突き落とす。それが秘書の流儀だ。
「滅相もありません。脅しだなんて」
俺は手帖を閉じ、にこやかに言った。
「ただ、我々も誠意を見せたいのです。3日……いや、明後日の夕方まで待ってください。滞納分のお金と、そしてキャルル村長の身支度を整えます。ボロボロの服より、着飾った状態の方が、バロス様も『楽しめる』でしょう?」
バロスは少し考え込み、そして鼻を鳴らした。
「……フン。よかろう。逃げようなどと考えるなよ? この村は既に包囲している」
「感謝いたします」
バロスはキャルルをねっとりと見回し、「楽しみは後にとっておくか」と呟いて馬車に戻っていった。
兵士たちが撤収し、馬車が去っていく。
その姿が見えなくなった途端、キャルルがその場に崩れ落ちた。
「若林のおじさん……どうして止めたの? 3日あっても、お金なんて用意できないよ……私が行くしか……」
彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
悔しさ。無力感。自己犠牲。
俺はしゃがみ込み、彼女の涙を指で拭った。
「キャルルさん。あなたを行かせたりしませんよ」
「でも……!」
「約束します。3日後、あいつは二度とこの村に手を出せなくなります。それどころか、泣いて土下座して謝ってくるでしょう」
「……え?」
キョトンとするキャルルに、俺は悪党のような笑みを向けた。
「金も力も使いません。私が使うのは、これだけです」
俺は黒革の手帖を掲げた。
「さあ、反撃の狼煙(のろし)を上げましょう。まずは……この村に金のなる木を植えます。ゴルド商会の友人を呼んでくれますか?」
俺の目には、既に勝利へのロードマップが見えていた。
地球の物資と、不倫のスキャンダル。
この二つのカードを切った時、悪徳徴税官の人生は詰む。
「……信じて、いいの?」
「ええ。私はあなたの秘書(サポーター)ですから」
キャルルは涙を拭い、力強く頷いた。
その瞳に、再び強い光が戻るのを見て、俺は満足した。
やはり彼女は、絶望よりも希望の光がよく似合う。
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