アナステシアの影宰アナスタシアの影宰相〜冤罪で死んだ元議員秘書、【黒革の手帖】で異世界を裏から異世界を支払する〜

月神世一

文字の大きさ
5 / 11

EP 5

しおりを挟む
ゴルド商会との裏取引
​「まいど! 儲かってまっかー! ……とは言えん雰囲気やなぁ」
​ポポロ村の粗末な集会場に、場違いに明るい声が響いた。
現れたのは、茶トラ模様の猫耳と尻尾を揺らす青年。
大陸屈指の大企業「ゴルド商会」のポポロ村駐在員、ニャングルだ。
​彼は愛用の鉄算盤をチャカチャカと鳴らしながら、深刻な顔をしている俺とキャルルを見回した。
​「話は聞いとるで、キャルル。あのバロスのアホが無理難題ふっかけてきたんやて? 災難やなぁ」
「うん……。ごめんねニャングル、急に呼び出して」
「ええってことよ。幼馴染のよしみや。……せやけど、金は貸せんで? ワイも本社への上納金があるさかい、慈善事業はできへんのや」
​ニャングルは申し訳なさそうに、けれどきっぱりと言った。
商人の鑑だ。情はあっても、財布の紐は別。
だが、それでいい。ビジネスとは情けではなく、利益(メリット)で動くものだ。
​「お待ちしていましたよ、ニャングルさん」
​俺はパイプ椅子(もちろん村にはないので、木の椅子だ)を勧め、対面に座った。
​「あんさんが、噂の新しい書記官ハンか。……妙な服着てはるな」
「若林です。単刀直入に言いましょう。あなたに『商談』があります」
「商談?」
「ええ。この村の独占貿易権と引き換えに、あるものを買い取っていただきたい」
​ニャングルは呆れたように耳をパタパタさせた。
​「あのなぁ若林ハン。ポポロ村の名産は月見大根と太陽芋や。それはもうウチが扱っとる。他に何があるっちゅうねん? まさかキャルルの手作り人参柄ハンカチか? あれは呪いのアイテム枠やで」
「ひどい!」とキャルルが抗議するのを手で制し、俺は懐から【黒革の手帖】を取り出した。
​「私が扱うのは、この大陸のどこにもない……『異界の嗜好品』です」
​俺は手帖を開き、予めルチアナに発注しておいた品目をペンでなぞった。
​『ジャパニーズ・ウイスキー(12年熟成)』
『柿の種(わさび味)』
​淡い光が集束し、テーブルの上に「それ」が現れる。
重厚なカットが入ったガラスのボトル。琥珀色の液体が揺れている。
そして、オレンジ色の三日月型の菓子が入った小袋。
​「な、なんやそれ……!?」
「ガラス……? こんなに透明で、綺麗な細工の瓶、見たことない……!」
​ニャングルの猫目が限界まで見開かれた。
この世界でもガラスはあるが、気泡が入った濁ったものが多く、これほど透明度の高いボトルは王侯貴族の宝物庫にしかない。
​「まずは、味見を」
​俺はグラス(これも取り寄せた)にウイスキーを注ぎ、氷(キャルルに頼んで井戸水を凍らせてもらったもの)を浮かべて差し出した。
カラン、と涼やかな音が響く。
​ニャングルは恐る恐るグラスを手に取り、芳醇な香りを嗅いだ瞬間、尻尾がピンと立った。
​「こ、これは……!!」
​一口含んだ瞬間。
彼の全身の毛が逆立った。
​「美味ぁぁぁぁぁぁぁいっ!! なんやこれ!? 喉越しは絹のように滑らかやのに、腹の底から熱くなるような芳醇な香り! ドワーフの火酒より上品で、エルフの果実酒より深い! 芸術品や!!」
​「おつまみもどうぞ。ピリッとしてお酒に合いますよ」
​俺は柿の種の小袋を開けた。
ニャングルはポリポリと齧り、また絶叫した。
​「辛っ! でも美味っ! このカリカリした食感と、鼻に抜ける刺激……あかん、酒が止まらん! これは悪魔の食べ物や!」
​あっという間にグラスを空けたニャングルは、俺の手を両手で握りしめた。
その目には、金貨のマークが浮かんでいるように見えた。
​「若林ハン! ……いや、若林様! これ、なんぼや!? 在庫はあるんか!? 帝都の貴族なら金貨10枚……いや、オークションにかければもっと吊り上げられるで!」
​陥落。
地球の、それも日本の「食」のクオリティは、異世界では暴力的なまでの価値を持つ。
​「在庫は、私がいる限り無限に用意できます」
​俺は静かに告げた。
​「この酒とつまみの『独占販売権』を、ゴルド商会に差し上げましょう。……ただし、条件があります」
​ニャングルはゴクリと唾を飲んだ。
​「じょ、条件て?」
「金貨ではありません。私が欲しいのは『情報』です」
​俺は手帖を開き、とあるページを彼に見せた。
そこには、徴税官バロスの名前と、彼が抱える借金の詳細が記されている。
​「徴税官バロス。彼が帝都の違法カジノ『黒の山羊』で作った借金の借用書。そして、彼が着服した税金の隠し場所……この『裏付け証拠』を取ってきてください」
​「なっ……!?」
​ニャングルは絶句した。
​「バロスの裏帳簿……? なんであんさんがそんなこと知っとるんや……」
「それは企業秘密です。ゴルド商会の情報網なら、裏取りくらい簡単でしょう?」
​俺は畳み掛ける。
​「ニャングルさん。あなたは商売人だ。一時的な賄賂でバロスを黙らせても、奴はまた必ず集りに来る。……ならば、ここで奴を再起不能にして、ポポロ村という『金のなる木』を、あなたの手で守るべきではありませんか?」
​ニャングルは少しの間、沈黙した。
商人の顔でそろばんを弾き、そして――ニヤリと笑った。
​「……カッカッカ! 参ったわ。あんさん、ほんまにただの書記官か? 魔王よりえげつない顔してはるで」
​彼は空になったグラスを置いた。
​「乗った! その商談、成立や! ウチの流通ルートと裏のツテ使えば、借用書の原本くらい1日で手に入れたる!」
​「頼もしいですね」
​「その代わり、この酒の卸値は勉強してもらうで? ワイ、これから出世街道まっしぐらやからな!」
​ニャングルはウイスキーのボトルを抱きかかえると、風のように去っていった。
「すぐ帝都の支店に連絡飛ばすわ!」という叫び声を残して。
​静かになった部屋で、キャルルがポカンとしていた。
​「す、すごい……。あのケチなニャングルが、あんなに言いなりになるなんて……」
「彼はケチなんじゃありません。聡明なだけです」
​俺は手帖を閉じた。
資金源と、情報の裏付けルートは確保した。
あとは、仕上げだ。
​「さあ、キャルルさん。次は『舞台』の準備をしましょうか」
「舞台?」
「ええ。バロス様を迎えるための、最高の処刑台(ステージ)ですよ」
​俺は不敵に笑った。
役者は揃いつつある。
明後日の夕方、この村で、一つの権力が地に落ちる音がするはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...