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EP 11
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噂の「激辛部隊」と、白銀の若造たち
山賊砦の攻略から数日が経過し、商業都市コルムには平穏と活気が戻っていた。
だが、その平和とは裏腹に、人材ギルドの酒場では、ある奇妙な噂がまことしやかに囁かれていた。
「おい、聞いたか? あの『赤鴉』の砦をたった数人で潰した連中の話」
「ああ。『空から激辛の雨を降らせた』ってやつだろ? 嘘くせぇ」
「いや、本当らしいぞ。生き残った山賊が『目が、目がぁぁ!』って泣き叫んでたって話だ」
「なんだそりゃ。悪魔の所業かよ……」
カウンターの隅でその噂を聞きながら、坂上真一は深くため息をつき、冷めたコーヒーをすすった。
「……悪魔の所業、か。人聞きが悪い」
「ヒャハハ! ええ宣伝文句やないですか。おかげで『激辛スパイス』の相場が爆上がりしてまっせ!」
向かいの席で、ニャングルがニヤニヤしながら金貨を積み上げている。
この数日、彼の懐は暖まりっぱなしだ。坂上がPXで仕入れた物資を適切なタイミングで市場に流し、コルムの経済を完全に掌握しつつある。
「……オッサン。俺たち、賞金首にでもなったのか?」
龍魔呂が不機嫌そうに頬杖をつく。
彼が睨みを利かせているおかげで、周囲の冒険者たちは遠巻きに見ているだけで、誰も話しかけてこない。
「有名税というやつだ。気にしなくていい」
坂上がなだめていると、ギルドの受付嬢が小走りでやってきた。
以前の塩対応とは打って変わり、今は満面の営業スマイルだ。
「サカガミ様! ご指名の依頼(クエスト)が入っております!」
「指名? 我々に?」
「はい! コルム近郊で見つかった未踏破ダンジョン『碧水晶(へきすいしょう)の洞窟』の調査依頼です。内部のマッピングと、資源サンプルの確保をお願いしたく……」
未踏破ダンジョン。
それは冒険者にとって、一攫千金のチャンスであり、死と隣り合わせの危険地帯だ。
「マッピングか。……悪くない」
「洞窟……ということは、お宝があるのね!?」
ルナが目を輝かせ、ネギオが冷静に補足する。
「お嬢様、未踏破ということは整備されていない悪路です。ドレスが汚れますよ」
「えー、じゃあネギオがおんぶして!」
相変わらずの緩い空気。
坂上が依頼書を受け取ろうとした、その時だった。
「おいおい、受付ちゃん。冗談だろ?」
入り口の方から、キザな声が響いた。
ジャラジャラと金属音をさせて入ってきたのは、揃いの白銀の鎧に身を包んだ、若い男女の4人組だった。
顔立ちは良く、装備も上等。いかにも「王道のエリート」といった風情だ。
「そんな重要任務、そのへんの『シルバー人材(ロートル)』に任せていいのかい?」
リーダー格と思われる金髪の剣士が、嘲笑を浮かべて坂上たちを見下ろした。
胸には、Aランク昇格間近を示す金のバッジが輝いている。
「あ、アルヴィス様! いえ、これはギルドマスターの判断で……」
「ハッ! 噂は聞いてるぜ。『唐辛子』を使ってコソコソ山賊を追い払った色物部隊だろ?」
アルヴィスと呼ばれた男は、坂上の目の前まで歩み寄ると、大袈裟に肩をすくめた。
「俺たち『白銀の剣』は、王都から派遣された正規の精鋭だ。正々堂々の剣技と魔法で戦う俺たちと違って、おじいちゃん達は随分と『セコい』戦い方がお好きらしいな」
その瞬間。
酒場の空気が凍りついた。
ガリッ……
龍魔呂が、口の中の角砂糖を噛み砕いた音だ。
彼がゆっくりと立ち上がる。パーカーのフードの下から、隠しきれない殺気が漏れ出す。
「……あ? 今なんつった? 若造」
「おっと、怖い怖い。狂犬も飼い慣らせてないのか?」
アルヴィスは余裕の笑みで腰の剣に手をかけた。後ろの魔術師の女も杖を構える。
「アンタらみたいな『残り物』の集まりが、ダンジョンの最深部まで行けると思ってんのか? 足手まといなんだよ。……ゲートキーパー(荷物持ち)でもしてな」
明確な侮辱。
龍魔呂の右手の指輪が赤く発光する。
ルナも「ムッ」として杖を握りしめた。
一触即発。
だが、坂上は眉一つ動かさず、静かにコーヒーカップを置いた。
「……龍魔呂、座れ」
「オッサン! こいつら、ナメてんぞ!」
「座れと言っている」
短く、しかし絶対的な命令。
龍魔呂はギリッと歯噛みしたが、不承不承ドカッと椅子に座り直した。
坂上は立ち上がり、アルヴィスと視線を合わせた。
激昂するでもなく、卑屈になるでもない。ただ、駄々をこねる子供を見るような、大人の冷めた瞳だ。
「……先行権は譲ろう」
「は?」
「君たちが先に行けと言っている。我々は後方から、地図の作成と残敵処理を行う。……それでいいだろう?」
それは、実質的な「譲歩」に見えた。
アルヴィスは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「ハッ! 賢明な判断だ。最初からそうやって老人ホームに引っ込んでりゃいいんだよ。行こうぜ、みんな! お宝は俺たちの総取りだ!」
『白銀の剣』の一行は、高笑いを残してギルドを出て行った。
残されたテーブルには、重い沈黙が落ちる。
龍魔呂がテーブルを拳で叩いた。
「……なんで止めた、オッサン。あんな奴ら、3秒ありゃミンチにできたぞ」
「喧嘩を買うのは簡単だ。だが、利益がない」
坂上はPXウィンドウを開きながら、淡々と言った。
「彼らは『先行偵察部隊(捨て駒)』を志願してくれたんだ。感謝こそすれ、怒る理由はない」
「……へ?」
「未踏破ダンジョンだぞ? 罠の有無、魔物の配置、地形……先頭を行くリスクは計り知れない。それを彼らが引き受けてくれる」
坂上はニヤリと笑った。
「それに……『暗闇』を甘く見ているようだったな」
アルヴィスたちの装備には、大量の「松明(たいまつ)」が含まれていた。
通気性の悪い地下洞窟で、煙の出る松明を頼りに進むことが、どれほどのデバフ(悪影響)になるか、若きエリートたちはまだ知らない。
「我々は『文明の利器』で、安全かつ迅速に攻略する。……彼らが泣き叫ぶ頃に、後ろから追い抜けばいい」
坂上は購入ボタンを押した。
虚空から現れたのは、4人分の『高輝度LEDヘッドライト(予備電池付き)』と、『登山用チョーク』、そして通信用の『トランシーバー』だった。
「総員、装備を換装せよ。……これより、『大人のダンジョン攻略』を教示してやる」
坂上の策士ぶりに、ニャングルがゾッとしたように、しかし嬉しそうに呟いた。
「……敵に回さんでよかったわ。あの若造ども、可哀想に……」
山賊砦の攻略から数日が経過し、商業都市コルムには平穏と活気が戻っていた。
だが、その平和とは裏腹に、人材ギルドの酒場では、ある奇妙な噂がまことしやかに囁かれていた。
「おい、聞いたか? あの『赤鴉』の砦をたった数人で潰した連中の話」
「ああ。『空から激辛の雨を降らせた』ってやつだろ? 嘘くせぇ」
「いや、本当らしいぞ。生き残った山賊が『目が、目がぁぁ!』って泣き叫んでたって話だ」
「なんだそりゃ。悪魔の所業かよ……」
カウンターの隅でその噂を聞きながら、坂上真一は深くため息をつき、冷めたコーヒーをすすった。
「……悪魔の所業、か。人聞きが悪い」
「ヒャハハ! ええ宣伝文句やないですか。おかげで『激辛スパイス』の相場が爆上がりしてまっせ!」
向かいの席で、ニャングルがニヤニヤしながら金貨を積み上げている。
この数日、彼の懐は暖まりっぱなしだ。坂上がPXで仕入れた物資を適切なタイミングで市場に流し、コルムの経済を完全に掌握しつつある。
「……オッサン。俺たち、賞金首にでもなったのか?」
龍魔呂が不機嫌そうに頬杖をつく。
彼が睨みを利かせているおかげで、周囲の冒険者たちは遠巻きに見ているだけで、誰も話しかけてこない。
「有名税というやつだ。気にしなくていい」
坂上がなだめていると、ギルドの受付嬢が小走りでやってきた。
以前の塩対応とは打って変わり、今は満面の営業スマイルだ。
「サカガミ様! ご指名の依頼(クエスト)が入っております!」
「指名? 我々に?」
「はい! コルム近郊で見つかった未踏破ダンジョン『碧水晶(へきすいしょう)の洞窟』の調査依頼です。内部のマッピングと、資源サンプルの確保をお願いしたく……」
未踏破ダンジョン。
それは冒険者にとって、一攫千金のチャンスであり、死と隣り合わせの危険地帯だ。
「マッピングか。……悪くない」
「洞窟……ということは、お宝があるのね!?」
ルナが目を輝かせ、ネギオが冷静に補足する。
「お嬢様、未踏破ということは整備されていない悪路です。ドレスが汚れますよ」
「えー、じゃあネギオがおんぶして!」
相変わらずの緩い空気。
坂上が依頼書を受け取ろうとした、その時だった。
「おいおい、受付ちゃん。冗談だろ?」
入り口の方から、キザな声が響いた。
ジャラジャラと金属音をさせて入ってきたのは、揃いの白銀の鎧に身を包んだ、若い男女の4人組だった。
顔立ちは良く、装備も上等。いかにも「王道のエリート」といった風情だ。
「そんな重要任務、そのへんの『シルバー人材(ロートル)』に任せていいのかい?」
リーダー格と思われる金髪の剣士が、嘲笑を浮かべて坂上たちを見下ろした。
胸には、Aランク昇格間近を示す金のバッジが輝いている。
「あ、アルヴィス様! いえ、これはギルドマスターの判断で……」
「ハッ! 噂は聞いてるぜ。『唐辛子』を使ってコソコソ山賊を追い払った色物部隊だろ?」
アルヴィスと呼ばれた男は、坂上の目の前まで歩み寄ると、大袈裟に肩をすくめた。
「俺たち『白銀の剣』は、王都から派遣された正規の精鋭だ。正々堂々の剣技と魔法で戦う俺たちと違って、おじいちゃん達は随分と『セコい』戦い方がお好きらしいな」
その瞬間。
酒場の空気が凍りついた。
ガリッ……
龍魔呂が、口の中の角砂糖を噛み砕いた音だ。
彼がゆっくりと立ち上がる。パーカーのフードの下から、隠しきれない殺気が漏れ出す。
「……あ? 今なんつった? 若造」
「おっと、怖い怖い。狂犬も飼い慣らせてないのか?」
アルヴィスは余裕の笑みで腰の剣に手をかけた。後ろの魔術師の女も杖を構える。
「アンタらみたいな『残り物』の集まりが、ダンジョンの最深部まで行けると思ってんのか? 足手まといなんだよ。……ゲートキーパー(荷物持ち)でもしてな」
明確な侮辱。
龍魔呂の右手の指輪が赤く発光する。
ルナも「ムッ」として杖を握りしめた。
一触即発。
だが、坂上は眉一つ動かさず、静かにコーヒーカップを置いた。
「……龍魔呂、座れ」
「オッサン! こいつら、ナメてんぞ!」
「座れと言っている」
短く、しかし絶対的な命令。
龍魔呂はギリッと歯噛みしたが、不承不承ドカッと椅子に座り直した。
坂上は立ち上がり、アルヴィスと視線を合わせた。
激昂するでもなく、卑屈になるでもない。ただ、駄々をこねる子供を見るような、大人の冷めた瞳だ。
「……先行権は譲ろう」
「は?」
「君たちが先に行けと言っている。我々は後方から、地図の作成と残敵処理を行う。……それでいいだろう?」
それは、実質的な「譲歩」に見えた。
アルヴィスは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「ハッ! 賢明な判断だ。最初からそうやって老人ホームに引っ込んでりゃいいんだよ。行こうぜ、みんな! お宝は俺たちの総取りだ!」
『白銀の剣』の一行は、高笑いを残してギルドを出て行った。
残されたテーブルには、重い沈黙が落ちる。
龍魔呂がテーブルを拳で叩いた。
「……なんで止めた、オッサン。あんな奴ら、3秒ありゃミンチにできたぞ」
「喧嘩を買うのは簡単だ。だが、利益がない」
坂上はPXウィンドウを開きながら、淡々と言った。
「彼らは『先行偵察部隊(捨て駒)』を志願してくれたんだ。感謝こそすれ、怒る理由はない」
「……へ?」
「未踏破ダンジョンだぞ? 罠の有無、魔物の配置、地形……先頭を行くリスクは計り知れない。それを彼らが引き受けてくれる」
坂上はニヤリと笑った。
「それに……『暗闇』を甘く見ているようだったな」
アルヴィスたちの装備には、大量の「松明(たいまつ)」が含まれていた。
通気性の悪い地下洞窟で、煙の出る松明を頼りに進むことが、どれほどのデバフ(悪影響)になるか、若きエリートたちはまだ知らない。
「我々は『文明の利器』で、安全かつ迅速に攻略する。……彼らが泣き叫ぶ頃に、後ろから追い抜けばいい」
坂上は購入ボタンを押した。
虚空から現れたのは、4人分の『高輝度LEDヘッドライト(予備電池付き)』と、『登山用チョーク』、そして通信用の『トランシーバー』だった。
「総員、装備を換装せよ。……これより、『大人のダンジョン攻略』を教示してやる」
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