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EP 5
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お白洲の刻(とき) ~その背中、見覚えあり~
静寂が、広場を支配していた。
つい先ほどまで我が物顔で振る舞っていた傭兵たちが、石像のように固まっている。
彼らの視線は一点、坂上真一の背中に釘付けになっていた。
破れたシャツの隙間から露わになった、背中一面の刺青。
憤怒の形相で睨みつける『阿吽(あうん)の仁王』。
その双眸が、魔力の奔流を受けてカッと赤く明滅するたびに、周囲の空気がビリビリと震える。
「ひっ……な、なんだ、その化け物は……!」
最前列にいた傭兵の一人が、恐怖のあまり槍を取り落とした。
カラン、という乾いた音が、静寂を破る合図となった。
「て、テメェ! ただのジジイじゃなかったのか!?」
バッカス商会のゴズハラが、裏返った声で叫ぶ。
彼は後ずさりながら、必死に虚勢を張ろうとしていた。
「こ、こいつを殺せ! 何をしている、たかが一人だぞ! 串刺しにしろ!」
だが、傭兵たちは動けない。
彼らは戦場のプロだ。だからこそ、本能で理解してしまった。
目の前の男が放つプレッシャーは、S級魔獣やドラゴンと対峙した時のそれに匹敵する、と。
「……殺すだと?」
真一が、ゆっくりと首を巡らせる。
その眼光がゴズハラを射抜くと、脂ぎった商人の喉がヒュッと鳴った。
「誰が誰を殺すんだ? ……俺か? それとも、罪のない村人たちか?」
真一は左手を懐に入れ、一冊の革張りの帳簿を取り出した。
昨夜、リーシャと連携して盗み出した『裏帳簿』だ。
バサッ!
真一はそれを無造作に放り投げた。
帳簿はゴズハラの足元に落ち、パラパラとページが開く。そこに記されていたのは、帝国貴族への違法な賄賂、禁制品の密輸、そして――『月兎族』の人身売買に関する詳細な計画書だった。
「こ、これは……! 俺の裏帳簿!?」
「言い逃れはできんぞ、外道ども」
真一は、右手に持った銃口剣『不知火』を、ダンッ!と地面に突き立てた。
その衝撃で地面が揺れる。
「貴様らがやろうとしたことは、ただの商売じゃない。帝国の法を犯し、人としての道も外れた所業だ。……違うか?」
「き、貴様ぁ……! いつの間に!」
ゴズハラの顔が蒼白になる。
これが公になれば、商会は潰れるどころか、彼自身が極刑に処される。
「おのれぇぇ! どこの回し者だ! 獣人の手先か!? それとも皇国のスパイか!?」
「……フン」
真一は鼻で笑った。
「スパイ? 違うな」
彼はゆっくりと歩みを進める。
一歩、また一歩。
その足音が、まるで死神のカウントダウンのように響く。
「俺はこのポポロ村で、ただ静かに土を捏ね、コーヒーを飲んで暮らしたかっただけの……しがない隠居ジジイだ」
真一はゴズハラの目の前まで来ると、足を止めた。
見上げるような巨体と、圧倒的な威圧感。
ゴズハラは腰が抜けそうになるのを必死で堪え、震える指を突きつけた。
「な、名を名乗れ! 貴様のような化け物が、無名なはずがない!」
その問いに、真一は深く息を吐いた。
できれば、この名は二度と使いたくなかった。
だが、愛する村と仲間を守るためなら――鬼にでもなろう。
真一は、背中の仁王を誇示するように肩を怒らせ、ドスの利いた声で告げた。
「――ルナミス帝国・元筆頭公爵、兼、帝国統合軍最高司令官」
その肩書きが出た瞬間。
広場にいた全員の時間が止まった。
キャルルが目を見開く。
イグニスがぽかんと口を開ける。
ニャングルが計算の手を止める。
そして、真一は続けた。
「……坂上(さかがみ)真一(しんいち)だ。……貴様らの雇い主でも、この背中の仁王を見れば思い出すんじゃねぇか?」
ゴロゴロと、雷鳴のような幻聴が響いた気がした。
「さ、坂上……公爵……!?」
「まさか、あの『鬼の軍神(オーガ・デューク)』!?」
傭兵たちから悲鳴が上がる。
その名は、帝国軍人だけでなく、裏社会の人間にとっても恐怖の代名詞だった。
かつて帝国の腐敗を一掃し、逆らう貴族や犯罪組織を徹底的に壊滅させた、生ける伝説。
戦場において、彼の背中の『仁王』を見た敵兵は、恐怖のあまり武器を捨てて逃げ出したという。
「あ、あわわ……」
ゴズハラはその場にへたり込んだ。
失禁し、股間が濡れていく。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!」
ゴズハラは髪を振り乱し、錯乱したように叫んだ。
「公爵閣下は病気療養中のはずだ! こんな辺境の泥臭い村にいるはずがない! 大体、あの方はもっと高貴で……こんな薄汚いジジイなわけがあるかぁぁ!!」
彼は現実を受け入れられなかった。
もし目の前の男が本物なら、自分たちはもう死んでいるも同然だからだ。
ならば、否定するしかない。
殺してしまえば、偽物になるのだから。
「こいつは偽物だ! 俺たちを騙そうとする詐欺師だ! やっちまえ! 殺して証拠を消せぇぇ!!」
ゴズハラは懐から、禍々しい紋様が描かれた『壺』を取り出した。
昨夜の通信で言っていた、切り札だ。
「いでよ! S級魔獣『オーガ・キング』!! この偽物をひねり潰せぇッ!!」
ガシャーン!!
壺が地面に叩きつけられ、砕け散る。
そこから噴出した黒い煙が渦を巻き、巨大な影を形成した。
「グオォォォォォォッ!!」
現れたのは、身長五メートルを超える巨人の魔獣。
鋼鉄のような筋肉に、二本の角。手には大木のような棍棒を持っている。
オーガ・キング。一個師団に匹敵すると言われる、破壊の権化だ。
村人たちが絶望の悲鳴を上げる。
キャルルとイグニスが身構える。
だが、真一だけは違った。
彼は見上げるような巨獣を前にしても、眉一つ動かさず、むしろ口元に微かな笑みすら浮かべていた。
「なるほど。『鬼』には『鬼』をぶつけるってか」
真一は、銃口剣『不知火』のリボルバーを回した。
カチリ、という硬質な音が響く。
魔力カートリッジの装填完了。
「上等だ。……本物の『鬼』がどういうものか、教育してやるよ」
元・帝国最強の男が、ゆっくりと構えを取った。
お白洲の場は今、処刑場へと変わろうとしていた。
静寂が、広場を支配していた。
つい先ほどまで我が物顔で振る舞っていた傭兵たちが、石像のように固まっている。
彼らの視線は一点、坂上真一の背中に釘付けになっていた。
破れたシャツの隙間から露わになった、背中一面の刺青。
憤怒の形相で睨みつける『阿吽(あうん)の仁王』。
その双眸が、魔力の奔流を受けてカッと赤く明滅するたびに、周囲の空気がビリビリと震える。
「ひっ……な、なんだ、その化け物は……!」
最前列にいた傭兵の一人が、恐怖のあまり槍を取り落とした。
カラン、という乾いた音が、静寂を破る合図となった。
「て、テメェ! ただのジジイじゃなかったのか!?」
バッカス商会のゴズハラが、裏返った声で叫ぶ。
彼は後ずさりながら、必死に虚勢を張ろうとしていた。
「こ、こいつを殺せ! 何をしている、たかが一人だぞ! 串刺しにしろ!」
だが、傭兵たちは動けない。
彼らは戦場のプロだ。だからこそ、本能で理解してしまった。
目の前の男が放つプレッシャーは、S級魔獣やドラゴンと対峙した時のそれに匹敵する、と。
「……殺すだと?」
真一が、ゆっくりと首を巡らせる。
その眼光がゴズハラを射抜くと、脂ぎった商人の喉がヒュッと鳴った。
「誰が誰を殺すんだ? ……俺か? それとも、罪のない村人たちか?」
真一は左手を懐に入れ、一冊の革張りの帳簿を取り出した。
昨夜、リーシャと連携して盗み出した『裏帳簿』だ。
バサッ!
真一はそれを無造作に放り投げた。
帳簿はゴズハラの足元に落ち、パラパラとページが開く。そこに記されていたのは、帝国貴族への違法な賄賂、禁制品の密輸、そして――『月兎族』の人身売買に関する詳細な計画書だった。
「こ、これは……! 俺の裏帳簿!?」
「言い逃れはできんぞ、外道ども」
真一は、右手に持った銃口剣『不知火』を、ダンッ!と地面に突き立てた。
その衝撃で地面が揺れる。
「貴様らがやろうとしたことは、ただの商売じゃない。帝国の法を犯し、人としての道も外れた所業だ。……違うか?」
「き、貴様ぁ……! いつの間に!」
ゴズハラの顔が蒼白になる。
これが公になれば、商会は潰れるどころか、彼自身が極刑に処される。
「おのれぇぇ! どこの回し者だ! 獣人の手先か!? それとも皇国のスパイか!?」
「……フン」
真一は鼻で笑った。
「スパイ? 違うな」
彼はゆっくりと歩みを進める。
一歩、また一歩。
その足音が、まるで死神のカウントダウンのように響く。
「俺はこのポポロ村で、ただ静かに土を捏ね、コーヒーを飲んで暮らしたかっただけの……しがない隠居ジジイだ」
真一はゴズハラの目の前まで来ると、足を止めた。
見上げるような巨体と、圧倒的な威圧感。
ゴズハラは腰が抜けそうになるのを必死で堪え、震える指を突きつけた。
「な、名を名乗れ! 貴様のような化け物が、無名なはずがない!」
その問いに、真一は深く息を吐いた。
できれば、この名は二度と使いたくなかった。
だが、愛する村と仲間を守るためなら――鬼にでもなろう。
真一は、背中の仁王を誇示するように肩を怒らせ、ドスの利いた声で告げた。
「――ルナミス帝国・元筆頭公爵、兼、帝国統合軍最高司令官」
その肩書きが出た瞬間。
広場にいた全員の時間が止まった。
キャルルが目を見開く。
イグニスがぽかんと口を開ける。
ニャングルが計算の手を止める。
そして、真一は続けた。
「……坂上(さかがみ)真一(しんいち)だ。……貴様らの雇い主でも、この背中の仁王を見れば思い出すんじゃねぇか?」
ゴロゴロと、雷鳴のような幻聴が響いた気がした。
「さ、坂上……公爵……!?」
「まさか、あの『鬼の軍神(オーガ・デューク)』!?」
傭兵たちから悲鳴が上がる。
その名は、帝国軍人だけでなく、裏社会の人間にとっても恐怖の代名詞だった。
かつて帝国の腐敗を一掃し、逆らう貴族や犯罪組織を徹底的に壊滅させた、生ける伝説。
戦場において、彼の背中の『仁王』を見た敵兵は、恐怖のあまり武器を捨てて逃げ出したという。
「あ、あわわ……」
ゴズハラはその場にへたり込んだ。
失禁し、股間が濡れていく。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!」
ゴズハラは髪を振り乱し、錯乱したように叫んだ。
「公爵閣下は病気療養中のはずだ! こんな辺境の泥臭い村にいるはずがない! 大体、あの方はもっと高貴で……こんな薄汚いジジイなわけがあるかぁぁ!!」
彼は現実を受け入れられなかった。
もし目の前の男が本物なら、自分たちはもう死んでいるも同然だからだ。
ならば、否定するしかない。
殺してしまえば、偽物になるのだから。
「こいつは偽物だ! 俺たちを騙そうとする詐欺師だ! やっちまえ! 殺して証拠を消せぇぇ!!」
ゴズハラは懐から、禍々しい紋様が描かれた『壺』を取り出した。
昨夜の通信で言っていた、切り札だ。
「いでよ! S級魔獣『オーガ・キング』!! この偽物をひねり潰せぇッ!!」
ガシャーン!!
壺が地面に叩きつけられ、砕け散る。
そこから噴出した黒い煙が渦を巻き、巨大な影を形成した。
「グオォォォォォォッ!!」
現れたのは、身長五メートルを超える巨人の魔獣。
鋼鉄のような筋肉に、二本の角。手には大木のような棍棒を持っている。
オーガ・キング。一個師団に匹敵すると言われる、破壊の権化だ。
村人たちが絶望の悲鳴を上げる。
キャルルとイグニスが身構える。
だが、真一だけは違った。
彼は見上げるような巨獣を前にしても、眉一つ動かさず、むしろ口元に微かな笑みすら浮かべていた。
「なるほど。『鬼』には『鬼』をぶつけるってか」
真一は、銃口剣『不知火』のリボルバーを回した。
カチリ、という硬質な音が響く。
魔力カートリッジの装填完了。
「上等だ。……本物の『鬼』がどういうものか、教育してやるよ」
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お白洲の場は今、処刑場へと変わろうとしていた。
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追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
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