『帝国最強の元・軍事公爵、緩衝地帯で隠居する ~実家の領地は優秀な弟に押し付けました。商店スキルと銃口剣で、悪党どもを成敗します~』

月神世一

文字の大きさ
5 / 9

EP 5

しおりを挟む
お白洲の刻(とき) ~その背中、見覚えあり~
​ 静寂が、広場を支配していた。
 つい先ほどまで我が物顔で振る舞っていた傭兵たちが、石像のように固まっている。
 彼らの視線は一点、坂上真一の背中に釘付けになっていた。
​ 破れたシャツの隙間から露わになった、背中一面の刺青。
 憤怒の形相で睨みつける『阿吽(あうん)の仁王』。
 その双眸が、魔力の奔流を受けてカッと赤く明滅するたびに、周囲の空気がビリビリと震える。
​「ひっ……な、なんだ、その化け物は……!」
​ 最前列にいた傭兵の一人が、恐怖のあまり槍を取り落とした。
 カラン、という乾いた音が、静寂を破る合図となった。
​「て、テメェ! ただのジジイじゃなかったのか!?」
​ バッカス商会のゴズハラが、裏返った声で叫ぶ。
 彼は後ずさりながら、必死に虚勢を張ろうとしていた。
​「こ、こいつを殺せ! 何をしている、たかが一人だぞ! 串刺しにしろ!」
​ だが、傭兵たちは動けない。
 彼らは戦場のプロだ。だからこそ、本能で理解してしまった。
 目の前の男が放つプレッシャーは、S級魔獣やドラゴンと対峙した時のそれに匹敵する、と。
​「……殺すだと?」
​ 真一が、ゆっくりと首を巡らせる。
 その眼光がゴズハラを射抜くと、脂ぎった商人の喉がヒュッと鳴った。
​「誰が誰を殺すんだ? ……俺か? それとも、罪のない村人たちか?」
​ 真一は左手を懐に入れ、一冊の革張りの帳簿を取り出した。
 昨夜、リーシャと連携して盗み出した『裏帳簿』だ。
​ バサッ!
​ 真一はそれを無造作に放り投げた。
 帳簿はゴズハラの足元に落ち、パラパラとページが開く。そこに記されていたのは、帝国貴族への違法な賄賂、禁制品の密輸、そして――『月兎族』の人身売買に関する詳細な計画書だった。
​「こ、これは……! 俺の裏帳簿!?」
「言い逃れはできんぞ、外道ども」
​ 真一は、右手に持った銃口剣『不知火』を、ダンッ!と地面に突き立てた。
 その衝撃で地面が揺れる。
​「貴様らがやろうとしたことは、ただの商売じゃない。帝国の法を犯し、人としての道も外れた所業だ。……違うか?」
「き、貴様ぁ……! いつの間に!」
​ ゴズハラの顔が蒼白になる。
 これが公になれば、商会は潰れるどころか、彼自身が極刑に処される。
​「おのれぇぇ! どこの回し者だ! 獣人の手先か!? それとも皇国のスパイか!?」
「……フン」
​ 真一は鼻で笑った。
​「スパイ? 違うな」
​ 彼はゆっくりと歩みを進める。
 一歩、また一歩。
 その足音が、まるで死神のカウントダウンのように響く。
​「俺はこのポポロ村で、ただ静かに土を捏ね、コーヒーを飲んで暮らしたかっただけの……しがない隠居ジジイだ」
​ 真一はゴズハラの目の前まで来ると、足を止めた。
 見上げるような巨体と、圧倒的な威圧感。
 ゴズハラは腰が抜けそうになるのを必死で堪え、震える指を突きつけた。
​「な、名を名乗れ! 貴様のような化け物が、無名なはずがない!」
​ その問いに、真一は深く息を吐いた。
 できれば、この名は二度と使いたくなかった。
 だが、愛する村と仲間を守るためなら――鬼にでもなろう。
​ 真一は、背中の仁王を誇示するように肩を怒らせ、ドスの利いた声で告げた。
​「――ルナミス帝国・元筆頭公爵、兼、帝国統合軍最高司令官」
​ その肩書きが出た瞬間。
 広場にいた全員の時間が止まった。
​ キャルルが目を見開く。
 イグニスがぽかんと口を開ける。
 ニャングルが計算の手を止める。
​ そして、真一は続けた。
​「……坂上(さかがみ)真一(しんいち)だ。……貴様らの雇い主でも、この背中の仁王を見れば思い出すんじゃねぇか?」
​ ゴロゴロと、雷鳴のような幻聴が響いた気がした。
​「さ、坂上……公爵……!?」
「まさか、あの『鬼の軍神(オーガ・デューク)』!?」
​ 傭兵たちから悲鳴が上がる。
 その名は、帝国軍人だけでなく、裏社会の人間にとっても恐怖の代名詞だった。
 かつて帝国の腐敗を一掃し、逆らう貴族や犯罪組織を徹底的に壊滅させた、生ける伝説。
 戦場において、彼の背中の『仁王』を見た敵兵は、恐怖のあまり武器を捨てて逃げ出したという。
​「あ、あわわ……」
​ ゴズハラはその場にへたり込んだ。
 失禁し、股間が濡れていく。
​「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!」
​ ゴズハラは髪を振り乱し、錯乱したように叫んだ。
​「公爵閣下は病気療養中のはずだ! こんな辺境の泥臭い村にいるはずがない! 大体、あの方はもっと高貴で……こんな薄汚いジジイなわけがあるかぁぁ!!」
​ 彼は現実を受け入れられなかった。
 もし目の前の男が本物なら、自分たちはもう死んでいるも同然だからだ。
 ならば、否定するしかない。
 殺してしまえば、偽物になるのだから。
​「こいつは偽物だ! 俺たちを騙そうとする詐欺師だ! やっちまえ! 殺して証拠を消せぇぇ!!」
​ ゴズハラは懐から、禍々しい紋様が描かれた『壺』を取り出した。
 昨夜の通信で言っていた、切り札だ。
​「いでよ! S級魔獣『オーガ・キング』!! この偽物をひねり潰せぇッ!!」
​ ガシャーン!!
 壺が地面に叩きつけられ、砕け散る。
 そこから噴出した黒い煙が渦を巻き、巨大な影を形成した。
​「グオォォォォォォッ!!」
​ 現れたのは、身長五メートルを超える巨人の魔獣。
 鋼鉄のような筋肉に、二本の角。手には大木のような棍棒を持っている。
 オーガ・キング。一個師団に匹敵すると言われる、破壊の権化だ。
​ 村人たちが絶望の悲鳴を上げる。
 キャルルとイグニスが身構える。
​ だが、真一だけは違った。
 彼は見上げるような巨獣を前にしても、眉一つ動かさず、むしろ口元に微かな笑みすら浮かべていた。
​「なるほど。『鬼』には『鬼』をぶつけるってか」
​ 真一は、銃口剣『不知火』のリボルバーを回した。
 カチリ、という硬質な音が響く。
 魔力カートリッジの装填完了。
​「上等だ。……本物の『鬼』がどういうものか、教育してやるよ」
​ 元・帝国最強の男が、ゆっくりと構えを取った。
 お白洲の場は今、処刑場へと変わろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

処理中です...