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EP 30
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招き猫の契約書(デスノート)
「そ、それで……話とは何かいな?」
ゲッコーは揉み手をしながら、チラチラとナーコの顔色を窺った。
隣に大陸経済の怪物が座っている以上、いつものような恫喝や詐欺まがいの交渉は不可能だ。
マイユは居住まいを正し、堂々と切り出した。
「私共は今、開発した『コンバット装備』を年間1,000着、ゴルド商会に卸す契約を結んでいるんです」
「せ、1,000着ぅ?」
「ええ。契約総額は『10万金貨』になります」
「じゅ、10万金貨ァ!?!?」
ゲッコーが素っ頓狂な声を上げ、椅子から転げ落ちそうになった。
10万金貨。それはスタラントの裏社会が数年かけても動かせないような金額だ。それを、かつて見下していた小娘が動かしている。
「そりゃあ……凄い……」
ゲッコーのギョロ目がギラギラと輝き出した。
金だ。圧倒的な金と欲望の匂いだ。
(こいつに噛めば、ワテも大儲けできる……!)
「ですが、コンバット装備を作るには大量の『レッドオーガの素材』が必要なんです。正規のルートだけでは到底足りません」
「……成る程な。話が見えて来たで」
ゲッコーはニヤリと笑い、長い舌で唇を舐めた。
「その足りないレッドオーガの素材を、裏のルートにも顔が利くゼニゲコギルドから用意しろっちゅうんやな?」
「そうなんです。お父様がかつて頼った貴方の『調達力』を、今度は正当なビジネスとしてお借りしたいのです」
マイユの言葉に、ゲッコーは悪い気はしなかった。
自分の能力が必要とされている。しかもバックには金がある。
「分かったがな。ワテのツテを使えば、密猟団だろうが他国の闇市だろうが、なんでもござれや。……月にレッドオーガの素材を『100体分』、揃えさせましょ」
「月100体……! まぁ、ありがとうございます!」
マイユが顔を輝かせる。それだけあれば、ノルマは達成できる。
「ただ!」
ゲッコーが人差し指を立て、商人の顔になった。
「ワテの顔とコネを使って、危ない橋を渡って素材を揃えるんや。……多少『色』を付けて貰わんと割に合いまへんなぁ?」
「色」とは、相場以上の上乗せ金のことだ。足元を見て吹っかけようとする、ゲッコーの悪癖が出た。
「ゲッコーさん?」
鈴のような涼やかな声が響いた。
ナーコが首をかしげ、扇子で口元を隠している。目は、氷点下だ。
「ヒッ……!」
「相場は理解しておりますわよね? 私共のパートナーから不当な利益を得ようなどと……まさか、思いませんわよね?」
「わ、分かりましたがな!!」
ゲッコーは即座に前言撤回した。命あっての物種だ。
「……1体『20金貨』。これでどうでっしゃろ! これ以上下げると、流石に猟師も動いてくれまへん!」
「金貨20金貨……」
マイユは脳内で素早く計算した。
(商品の卸値が80金貨。原価率を3割以下に抑えるのが製造業の鉄則……。20金貨なら原価率25%。合格ラインね!)
「分かりました。その価格でお願いします」
「へい、商談成立で……」
「それでは、契約の書類を」
ナーコが空間魔法で、分厚い羊皮紙の束をテーブルに出現させた。
すでに内容はビッシリと書き込まれている。
「……へ?」
「口約束ではトラブルの元ですからニャ。読み上げますわ」
ナーコは事務的に、しかし絶対的な強制力を持って条文を読み上げた。
「第一条。『乙(ゲッコー)』は甲(マイユ)に対し、月間最低100個のレッドオーガ素材を、単価金貨20枚で納品する義務を負う」
「ふむふむ」
「『万が一、納品数が不足した場合、乙は不足分1個につき金貨30枚の罰金を甲に支払うものとする』」
「な、なんやて!?」
ゲッコーが叫ぶ。
「つまり、ノルマ未達なら赤字どころか罰金……!? 下手すりゃ破産やないか!」
「当然ですわ。素材がなければ生産ラインが止まる。その損害を補填していただくのは道理ですニャ」
ナーコは無視して続ける。
「第二条。『本契約を通じて知り得た製造に関する情報、および素材の用途を、許可なく第三者に漏洩した場合』……」
ナーコはそこで一拍置き、ニッコリと微笑んだ。
「『ゴルド商会への違約金、金貨10万枚を全額ゲッコーが負担するものとする』」
「じゅ、10万枚ィーーッ!!??」
ゲッコーの目が飛び出した。
それはつまり、情報を漏らして模造品が出回ったりした場合、マイユが得るはずだった利益の全額をゲッコーが賠償しろという意味だ。
死んでも払えない金額。つまり、「裏切ったら死ぬ(社会的にも物理的にも)」という宣告だ。
「な、なに!? そ、そんな無茶苦茶な……!」
「ゲッコーさん?」
ナーコが書類をゲッコーの目の前に突き出し、顔を近づけた。
その背後には、巨大な招き猫……いや、黄金の怪物が口を開けて待っている幻影が見えた。
「ゴルド商会の看板を背負うビジネスですのよ? この程度のリスク管理(ペナルティ)、当然ですわよね? ……それとも、サインできませんか?」
サインしなければ、この場で「敵」とみなされる。
ゲッコーの手がガタガタと震えた。
飴(利益)はある。だが、鞭(罰則)があまりにも太くて硬い。
「……わ、分かりましたがな……」
ゲッコーは涙目で羽ペンを手に取り、震える手で羊皮紙に署名した。
『ゲッコー・トード』
その文字が書かれた瞬間、羊皮紙が淡く光り、契約が魔術的に固定された。
「ふふ、契約成立ですニャ♪」
ナーコは書類を回収し、満足げに微笑んだ。
英一とラウスは、青ざめた顔で項垂れるゲッコーを見て、心の底から思った。
(絶対に……ナーコさんだけは敵に回しちゃいけない)
こうして、ゼニゲコギルドはマイユたちの「下請け素材供給部門」として完全に組み込まれることになった。
毒を以て毒を制すどころか、毒を薬に変えてしまったナーコの手腕に、英一たちはただ脱帽するしかなかった。
「そ、それで……話とは何かいな?」
ゲッコーは揉み手をしながら、チラチラとナーコの顔色を窺った。
隣に大陸経済の怪物が座っている以上、いつものような恫喝や詐欺まがいの交渉は不可能だ。
マイユは居住まいを正し、堂々と切り出した。
「私共は今、開発した『コンバット装備』を年間1,000着、ゴルド商会に卸す契約を結んでいるんです」
「せ、1,000着ぅ?」
「ええ。契約総額は『10万金貨』になります」
「じゅ、10万金貨ァ!?!?」
ゲッコーが素っ頓狂な声を上げ、椅子から転げ落ちそうになった。
10万金貨。それはスタラントの裏社会が数年かけても動かせないような金額だ。それを、かつて見下していた小娘が動かしている。
「そりゃあ……凄い……」
ゲッコーのギョロ目がギラギラと輝き出した。
金だ。圧倒的な金と欲望の匂いだ。
(こいつに噛めば、ワテも大儲けできる……!)
「ですが、コンバット装備を作るには大量の『レッドオーガの素材』が必要なんです。正規のルートだけでは到底足りません」
「……成る程な。話が見えて来たで」
ゲッコーはニヤリと笑い、長い舌で唇を舐めた。
「その足りないレッドオーガの素材を、裏のルートにも顔が利くゼニゲコギルドから用意しろっちゅうんやな?」
「そうなんです。お父様がかつて頼った貴方の『調達力』を、今度は正当なビジネスとしてお借りしたいのです」
マイユの言葉に、ゲッコーは悪い気はしなかった。
自分の能力が必要とされている。しかもバックには金がある。
「分かったがな。ワテのツテを使えば、密猟団だろうが他国の闇市だろうが、なんでもござれや。……月にレッドオーガの素材を『100体分』、揃えさせましょ」
「月100体……! まぁ、ありがとうございます!」
マイユが顔を輝かせる。それだけあれば、ノルマは達成できる。
「ただ!」
ゲッコーが人差し指を立て、商人の顔になった。
「ワテの顔とコネを使って、危ない橋を渡って素材を揃えるんや。……多少『色』を付けて貰わんと割に合いまへんなぁ?」
「色」とは、相場以上の上乗せ金のことだ。足元を見て吹っかけようとする、ゲッコーの悪癖が出た。
「ゲッコーさん?」
鈴のような涼やかな声が響いた。
ナーコが首をかしげ、扇子で口元を隠している。目は、氷点下だ。
「ヒッ……!」
「相場は理解しておりますわよね? 私共のパートナーから不当な利益を得ようなどと……まさか、思いませんわよね?」
「わ、分かりましたがな!!」
ゲッコーは即座に前言撤回した。命あっての物種だ。
「……1体『20金貨』。これでどうでっしゃろ! これ以上下げると、流石に猟師も動いてくれまへん!」
「金貨20金貨……」
マイユは脳内で素早く計算した。
(商品の卸値が80金貨。原価率を3割以下に抑えるのが製造業の鉄則……。20金貨なら原価率25%。合格ラインね!)
「分かりました。その価格でお願いします」
「へい、商談成立で……」
「それでは、契約の書類を」
ナーコが空間魔法で、分厚い羊皮紙の束をテーブルに出現させた。
すでに内容はビッシリと書き込まれている。
「……へ?」
「口約束ではトラブルの元ですからニャ。読み上げますわ」
ナーコは事務的に、しかし絶対的な強制力を持って条文を読み上げた。
「第一条。『乙(ゲッコー)』は甲(マイユ)に対し、月間最低100個のレッドオーガ素材を、単価金貨20枚で納品する義務を負う」
「ふむふむ」
「『万が一、納品数が不足した場合、乙は不足分1個につき金貨30枚の罰金を甲に支払うものとする』」
「な、なんやて!?」
ゲッコーが叫ぶ。
「つまり、ノルマ未達なら赤字どころか罰金……!? 下手すりゃ破産やないか!」
「当然ですわ。素材がなければ生産ラインが止まる。その損害を補填していただくのは道理ですニャ」
ナーコは無視して続ける。
「第二条。『本契約を通じて知り得た製造に関する情報、および素材の用途を、許可なく第三者に漏洩した場合』……」
ナーコはそこで一拍置き、ニッコリと微笑んだ。
「『ゴルド商会への違約金、金貨10万枚を全額ゲッコーが負担するものとする』」
「じゅ、10万枚ィーーッ!!??」
ゲッコーの目が飛び出した。
それはつまり、情報を漏らして模造品が出回ったりした場合、マイユが得るはずだった利益の全額をゲッコーが賠償しろという意味だ。
死んでも払えない金額。つまり、「裏切ったら死ぬ(社会的にも物理的にも)」という宣告だ。
「な、なに!? そ、そんな無茶苦茶な……!」
「ゲッコーさん?」
ナーコが書類をゲッコーの目の前に突き出し、顔を近づけた。
その背後には、巨大な招き猫……いや、黄金の怪物が口を開けて待っている幻影が見えた。
「ゴルド商会の看板を背負うビジネスですのよ? この程度のリスク管理(ペナルティ)、当然ですわよね? ……それとも、サインできませんか?」
サインしなければ、この場で「敵」とみなされる。
ゲッコーの手がガタガタと震えた。
飴(利益)はある。だが、鞭(罰則)があまりにも太くて硬い。
「……わ、分かりましたがな……」
ゲッコーは涙目で羽ペンを手に取り、震える手で羊皮紙に署名した。
『ゲッコー・トード』
その文字が書かれた瞬間、羊皮紙が淡く光り、契約が魔術的に固定された。
「ふふ、契約成立ですニャ♪」
ナーコは書類を回収し、満足げに微笑んだ。
英一とラウスは、青ざめた顔で項垂れるゲッコーを見て、心の底から思った。
(絶対に……ナーコさんだけは敵に回しちゃいけない)
こうして、ゼニゲコギルドはマイユたちの「下請け素材供給部門」として完全に組み込まれることになった。
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