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EP 45
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黄金の蜘蛛の巣と、技術略奪の罠
ゴルド商会の応接室。
最高級の紅茶の香りが漂う中、マイユの背中には冷たい汗が伝っていた。
「グランドマスターを量産してみませんか?」
ナーコの提案は、言葉こそ丁寧だが、その響きは提案ではなかった。
マイユの脳内で、瞬時に現状の力関係図が展開される。
(……いや、これは『お願い』じゃない。……『命令』だわ)
マイユは拳を膝の上で握りしめた。
ナーコには、あのゲッコーとの契約を取り持ってもらった巨大な「借り」がある。
もしここで彼女の機嫌を損ねれば?
ゲッコーへの圧力が消え、レッドオーガの素材供給が止まるかもしれない。そうなれば、コンバット装備の生産はストップし、違約金で工房は破産だ。
生殺与奪の権は、完全にこの招き猫が握っている。
「如何なされましたか? マミユ様?」
ナーコが小首を傾げる。その瞳の奥には、逃げ道を塞ぐ冷徹な計算が見える。
「え、えっと~……その~……」
マイユは必死に言い訳を探した。
「グランドマスターを作るには、特殊な素材とかがありまして……その調達が……」
「素材は全て、私共(ゴルド商会)がご用意致しますニャ」
ナーコは被せるように即答した。
「ドワーフ鋼でも、ミスリルでも、エンジン用の魔石でも。大陸全土のネットワークを使えば、集まらない物はありません」
「うぐっ……」
物流の女王に「物が足りない」という言い訳は通用しない。
すると、空気を読まない(というか自分の価値に絶対の自信を持つ)メルセスが口を開いた。
「まぁ、素晴らしいバックアップね。……でも、お分かりになっていまして?」
メルセスは脚を組み直し、傲然と言い放った。
「この天才である私の時間を割くのです。量産設計や監修をするなら、金貨もそれなりに頂きますわよ?」
「勿論ですとも」
ナーコはニッコリと微笑み、さらに恐ろしい提案を重ねた。
「メルセス様の手を煩わせ続けるわけにはいきません。……ですので、こちらから優秀な『技術者』を呼び寄せますわ」
「技術者?」
「はい。メルセス様のお知恵を、彼らにご教授(レクチャー)して頂ければ……。勿論、教育費としての対価も、十分に払わさせて頂きます」
その言葉を聞いた瞬間、マイユと英一の背筋が凍りついた。
「技術者を派遣する」。それはつまり、製造ノウハウをゴルド商会の人間が学ぶということだ。
「どうする? ……マイユ?」
英一が小声で囁く。
断れば関係悪化。受け入れれば……未来の破滅。
「こ、この件は……一度工房に戻ってから、持ち帰って検討させて頂きたく……!」
マイユは精一杯の笑顔で、撤退戦を選んだ。
「……分かりました」
ナーコは一瞬だけ目を細めたが、すぐにビジネスライクな表情に戻った。
「良いお返事をお待ちしてますニャ。……素材の手配は、もう進めておきますので」
それは「断ることなど想定していない」という駄目押しだった。
帰り道、ラビット・グランドマスターの車内は、行きとは打って変わって葬式のような静けさに包まれていた。
工房に戻り、ガレージに車を入れると、マイユはハンドルに突っ伏して叫んだ。
「まずい……!!」
「どうしたんだマイユ? 素材も用意してくれるし、金も払うって言ってるんだろ? 悪い話じゃなさそうだが」
ラウスだけが、事の重大さを理解しきれていない。
「違うのよラウスさん! あれは『乗っ取り』の前段階よ!」
マイユが顔を上げ、悲痛な声で訴える。
「グランドマスターの製法を、ゴルド商会の技術者に教えるってことは……技術を丸裸にされるってことなの!」
英一が深刻な顔で補足する。
「一度ノウハウを吸収されたら、ゴルド商会はもう俺たちに用はなくなる。『ありがとう、あとは自社の工場でやるから』って言われて、契約を切られるのがオチだ」
「そ、そうか! 俺たちは『開発』だけさせられて、美味しい『量産』の利益は全部持っていかれる……!」
ラウスがようやく青ざめる。
いわゆる「技術吸い上げ」だ。下請けいじめの常套手段である。
「でも、断ればレッドオーガのルートを断たれて、コンバット装備も作れなくなる……。完全にチェックメイトだわ」
マイユは頭を抱えた。
ナーコという巨大なパトロンを得た代償。それは、彼女の手のひらから一生逃げられないという「黄金の呪縛」だった。
「どうする……? 技術を守りつつ、ナーコさんの要求を飲むなんて離れ業、できるのか?」
英一の問いに、工房内は重苦しい沈黙に包まれた。
メルセスだけが「私の授業料は高くつくわよ~」と呑気にSIG P226を磨いていたが、事態はエイイチ&マイユ工房設立以来、最大の危機を迎えていた。
ゴルド商会の応接室。
最高級の紅茶の香りが漂う中、マイユの背中には冷たい汗が伝っていた。
「グランドマスターを量産してみませんか?」
ナーコの提案は、言葉こそ丁寧だが、その響きは提案ではなかった。
マイユの脳内で、瞬時に現状の力関係図が展開される。
(……いや、これは『お願い』じゃない。……『命令』だわ)
マイユは拳を膝の上で握りしめた。
ナーコには、あのゲッコーとの契約を取り持ってもらった巨大な「借り」がある。
もしここで彼女の機嫌を損ねれば?
ゲッコーへの圧力が消え、レッドオーガの素材供給が止まるかもしれない。そうなれば、コンバット装備の生産はストップし、違約金で工房は破産だ。
生殺与奪の権は、完全にこの招き猫が握っている。
「如何なされましたか? マミユ様?」
ナーコが小首を傾げる。その瞳の奥には、逃げ道を塞ぐ冷徹な計算が見える。
「え、えっと~……その~……」
マイユは必死に言い訳を探した。
「グランドマスターを作るには、特殊な素材とかがありまして……その調達が……」
「素材は全て、私共(ゴルド商会)がご用意致しますニャ」
ナーコは被せるように即答した。
「ドワーフ鋼でも、ミスリルでも、エンジン用の魔石でも。大陸全土のネットワークを使えば、集まらない物はありません」
「うぐっ……」
物流の女王に「物が足りない」という言い訳は通用しない。
すると、空気を読まない(というか自分の価値に絶対の自信を持つ)メルセスが口を開いた。
「まぁ、素晴らしいバックアップね。……でも、お分かりになっていまして?」
メルセスは脚を組み直し、傲然と言い放った。
「この天才である私の時間を割くのです。量産設計や監修をするなら、金貨もそれなりに頂きますわよ?」
「勿論ですとも」
ナーコはニッコリと微笑み、さらに恐ろしい提案を重ねた。
「メルセス様の手を煩わせ続けるわけにはいきません。……ですので、こちらから優秀な『技術者』を呼び寄せますわ」
「技術者?」
「はい。メルセス様のお知恵を、彼らにご教授(レクチャー)して頂ければ……。勿論、教育費としての対価も、十分に払わさせて頂きます」
その言葉を聞いた瞬間、マイユと英一の背筋が凍りついた。
「技術者を派遣する」。それはつまり、製造ノウハウをゴルド商会の人間が学ぶということだ。
「どうする? ……マイユ?」
英一が小声で囁く。
断れば関係悪化。受け入れれば……未来の破滅。
「こ、この件は……一度工房に戻ってから、持ち帰って検討させて頂きたく……!」
マイユは精一杯の笑顔で、撤退戦を選んだ。
「……分かりました」
ナーコは一瞬だけ目を細めたが、すぐにビジネスライクな表情に戻った。
「良いお返事をお待ちしてますニャ。……素材の手配は、もう進めておきますので」
それは「断ることなど想定していない」という駄目押しだった。
帰り道、ラビット・グランドマスターの車内は、行きとは打って変わって葬式のような静けさに包まれていた。
工房に戻り、ガレージに車を入れると、マイユはハンドルに突っ伏して叫んだ。
「まずい……!!」
「どうしたんだマイユ? 素材も用意してくれるし、金も払うって言ってるんだろ? 悪い話じゃなさそうだが」
ラウスだけが、事の重大さを理解しきれていない。
「違うのよラウスさん! あれは『乗っ取り』の前段階よ!」
マイユが顔を上げ、悲痛な声で訴える。
「グランドマスターの製法を、ゴルド商会の技術者に教えるってことは……技術を丸裸にされるってことなの!」
英一が深刻な顔で補足する。
「一度ノウハウを吸収されたら、ゴルド商会はもう俺たちに用はなくなる。『ありがとう、あとは自社の工場でやるから』って言われて、契約を切られるのがオチだ」
「そ、そうか! 俺たちは『開発』だけさせられて、美味しい『量産』の利益は全部持っていかれる……!」
ラウスがようやく青ざめる。
いわゆる「技術吸い上げ」だ。下請けいじめの常套手段である。
「でも、断ればレッドオーガのルートを断たれて、コンバット装備も作れなくなる……。完全にチェックメイトだわ」
マイユは頭を抱えた。
ナーコという巨大なパトロンを得た代償。それは、彼女の手のひらから一生逃げられないという「黄金の呪縛」だった。
「どうする……? 技術を守りつつ、ナーコさんの要求を飲むなんて離れ業、できるのか?」
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