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EP 8
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母親(女王)の影
その日、海中国家シーランの王宮は、かつてない激震に見舞われていた。
物理的な意味で。
「許さない……絶対に許しませんわよ! 私の可愛いリーザちゃんを、地上のみすぼらしい小屋に閉じ込めて、見世物にするなんてぇぇぇッ!!」
絶叫と共に、女王リヴァイアサンの魔力が暴走し、海底都市に震度5相当の揺れを引き起こしていた。
彼女の手には、スパイ(魚類)から送られてきた報告書が握りしめられている。
そこには、こんな情報が記されていた。
『リーザ様、ルミナスの安アパート(築四十年・1LDK・風呂なし)にて極貧生活中』
『主食はパンの耳。たまに近所のおばちゃんから余った煮っ転がし等の惣菜を恵んでもらい、涙を流して食べている模様』
『最近、怪しげな女(スカーレット)と野獣(レオ)にそそのかされ、酒場で歌わされている』
「お惣菜を……恵んでもらっているですって……!?」
女王は泣き崩れた。
王族として最高級の食事を与えてきた娘が、見知らぬ老婆の煮っ転がしで命を繋いでいる。
その姿を想像するだけで、母の心は張り裂けそうだった。
「待っていなさい、リーザ! お母様が今すぐ、その汚らわしい地上人どもを海の藻屑にして、助け出してあげますからねぇぇぇ!!」
女王の背後に、海水でできた巨大な龍が立ち昇る。
側近たちが「女王陛下、落ち着いて!」「津波になります!」と必死に止めるのも聞かず、リヴァイアサンは地上へと飛び出した。
◇
一方その頃。
当のリーザたちは、そんな母の暴走など露知らず、次なるライブの準備に追われていた。
「えっと、リーザちゃん。この新曲の歌詞なんやけど……ホンマにこれでええの?」
事務所のレッスン室で、ニャングルが歌詞カードを見て引きつった顔をしている。
そこに書かれているタイトルは――『インフル・バスター ~お薬の時間よ~』。
「はい! 夢の中で女神ルチアナ様が出てきて、直々に教えてくださったんです!『これを歌えば、地上の民は元気になるわよ☆』って!」
リーザは純真無垢な瞳で力説する。
私は頭を抱えた。
(ルチアナ様……あなた、暇だからって何て電波ソングを私のアイドルに仕込んでるのよ!)
歌詞の内容はひどいものだった。
『ガンガンガン! アタマガガン!』だの、『タミフルパーンチ!』だの。
タミフルって何よ。この世界にインフルエンザウイルスなんて概念ないでしょうに。
だが、横で聞いていたレオは、腹を抱えて笑っていた。
「クックックッ……! 最高だ。タミフルパンチに抗生剤ビームか。意味は分からんが(※分かっている)、語呂がいい。中毒性があるな」
「レオまで面白がらないでよ。……でもまぁ、メロディは無駄に神々しいし、リーザの『回復魔法』の効果を乗せるには適している……のかしら?」
私は溜息をつきつつも、GOサインを出した。
女神直伝の曲をボツにするわけにもいかないし、何より「意味不明だが勢いがある曲」は、ドワーフたちの宴会芸としてウケる可能性が高い。
「よし、やりましょう。新曲発表ライブよ!」
◇
そして迎えたライブ当日。
会場は野外に設営された特設ステージ。マグナギアのヒットのおかげで資金が潤沢になり、今回はそこそこの規模で開催できた。
観客席は満員御礼。
その最後尾に、深くフードを被り、鬼の形相でステージを睨みつける女性の姿があった。
変装した女王リヴァイアサンだ。
(どこ……私のリーザはどこ!? あの薄汚い女狐(スカーレット)はどこよ、八つ裂きにしてやるわ!)
彼女の殺気が周囲の気温を数度下げている中、ステージの幕が上がった。
「みんな~! 今日もお仕事お疲れ様ですっ! リーザだよ~!」
爆音と共に飛び出してきたのは、フリル満載のアイドル衣装に身を包んだリーザだった。
その肌艶は良く、笑顔は太陽のように輝いている。
安アパートで惣菜を恵んでもらっていた悲壮感など微塵もない。
「えっ……?」
女王が呆気にとられる間に、曲が始まった。
『――♪ ガンガンガン! アタマガガン!』
『視界が回るよ 39度!』
激しいビートに乗せて、リーザが歌い踊る。
その歌詞の意味不明さに、女王は再び混乱した。
(さ、三十九度!? 高熱じゃないの! ああ、やっぱりあの子は病気に……!)
『インフルエンザ大魔王(ウィルス) やっつけろ!』
リーザがマイクを剣のように構える。
観客のドワーフたちが「うおおおお! 倒せぇぇぇ!」と謎の合いの手を入れる。
『今だ! 必殺! タミフルパーンチ!』
リーザが空に向かって拳を突き出すと、演出用のマグナギアから光の粒子が弾けた。
同時に、彼女の声に乗った強力な『状態異常回復』の魔法が会場全体に降り注ぐ。
『コウ・セイ・ザイ! ビーム!(キラッ☆)』
バチコーン! とリーザがウインクを決めた瞬間、観客席から光の柱が立ち昇った。
「うおおお!? 腰痛が治ったぁぁぁ!」
「先週からの風邪が一発で吹き飛んだぞ!?」
「すげぇ! これがコウ・セイ・ザイの威力かぁぁぁ!!」
会場中が歓喜の渦に包まれる。
二日酔いで死にかけていた冒険者たちも、2番の歌詞『ガンガンガン! 二日酔い将軍(アルコール) 許さない!』でシャキッと蘇り、涙を流して拝んでいる。
女王リヴァイアサンは、その光景を口を開けて見ていた。
「な……なんなのですか、この神々しい儀式は……」
娘は虐げられてなどいなかった。
むしろ、見たこともないほど生き生きと、自信に満ちた顔で、数千人の観衆を支配し、癒やしている。
その姿は、海の中で窮屈そうに泳いでいた頃よりも、ずっと――「女王」らしく見えた。
『今だ! 必殺! ズルヤスミ!(有給消化!)』
リーザが最後のポーズを決めると、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。
「リーザ! リーザ!」
「ありがとうリーザちゃん!」
「明日もまた仕事頑張れるよぉぉ!」
娘に向けられる、純粋な感謝と愛。
それを見た女王の目から、殺気が消え、代わりに大粒の涙が溢れ出した。
「うぅ……リーザ……立派になって……。でも、『有給消化』ってなんなの……? お母様、そんな高度な古代魔法知らないわ……」
感極まって泣き崩れる不審な女性(女王)に、警備をしていたニャングルが気づいて声をかけた。
「ちょ、おばちゃん! そこで泣かれたら営業妨害……ヒッ!? その魔力、まさか!?」
ニャングルの悲鳴を聞きつけ、私とレオが駆けつける。
フードが外れ、現れたその顔を見て、私は血の気が引くのを感じた。
海の底知れぬ青さを湛えた瞳。
圧倒的な魔力のオーラ。
「リ、リヴァイアサン女王陛下……!?」
目が合った。
女王は泣き腫らした目で私を睨み――そして、ゆっくりと立ち上がった。
「貴女ね……。私の娘に、あんな『タミフル』なんていう禁断魔法を教え込んだのは……!」
「い、いえ! それは女神様の仕業でして!」
「問答無用! ……詳しく話を聞かせてもらいましょうか。覚悟はおあり?」
背後に巨大な水流が渦巻く。
誤解は解けたようだが、別方向の興味(という名の親バカ)に火をつけてしまったようだ。
私は助けを求めてレオを見たが、彼は「タミフルパンチ……ふっ、くくく!」とまだツボに入って笑っていた。
この役立たず獣王!!
こうして、最強のママとのトップ会談が、半ば強制的に開催されることになったのだった。
その日、海中国家シーランの王宮は、かつてない激震に見舞われていた。
物理的な意味で。
「許さない……絶対に許しませんわよ! 私の可愛いリーザちゃんを、地上のみすぼらしい小屋に閉じ込めて、見世物にするなんてぇぇぇッ!!」
絶叫と共に、女王リヴァイアサンの魔力が暴走し、海底都市に震度5相当の揺れを引き起こしていた。
彼女の手には、スパイ(魚類)から送られてきた報告書が握りしめられている。
そこには、こんな情報が記されていた。
『リーザ様、ルミナスの安アパート(築四十年・1LDK・風呂なし)にて極貧生活中』
『主食はパンの耳。たまに近所のおばちゃんから余った煮っ転がし等の惣菜を恵んでもらい、涙を流して食べている模様』
『最近、怪しげな女(スカーレット)と野獣(レオ)にそそのかされ、酒場で歌わされている』
「お惣菜を……恵んでもらっているですって……!?」
女王は泣き崩れた。
王族として最高級の食事を与えてきた娘が、見知らぬ老婆の煮っ転がしで命を繋いでいる。
その姿を想像するだけで、母の心は張り裂けそうだった。
「待っていなさい、リーザ! お母様が今すぐ、その汚らわしい地上人どもを海の藻屑にして、助け出してあげますからねぇぇぇ!!」
女王の背後に、海水でできた巨大な龍が立ち昇る。
側近たちが「女王陛下、落ち着いて!」「津波になります!」と必死に止めるのも聞かず、リヴァイアサンは地上へと飛び出した。
◇
一方その頃。
当のリーザたちは、そんな母の暴走など露知らず、次なるライブの準備に追われていた。
「えっと、リーザちゃん。この新曲の歌詞なんやけど……ホンマにこれでええの?」
事務所のレッスン室で、ニャングルが歌詞カードを見て引きつった顔をしている。
そこに書かれているタイトルは――『インフル・バスター ~お薬の時間よ~』。
「はい! 夢の中で女神ルチアナ様が出てきて、直々に教えてくださったんです!『これを歌えば、地上の民は元気になるわよ☆』って!」
リーザは純真無垢な瞳で力説する。
私は頭を抱えた。
(ルチアナ様……あなた、暇だからって何て電波ソングを私のアイドルに仕込んでるのよ!)
歌詞の内容はひどいものだった。
『ガンガンガン! アタマガガン!』だの、『タミフルパーンチ!』だの。
タミフルって何よ。この世界にインフルエンザウイルスなんて概念ないでしょうに。
だが、横で聞いていたレオは、腹を抱えて笑っていた。
「クックックッ……! 最高だ。タミフルパンチに抗生剤ビームか。意味は分からんが(※分かっている)、語呂がいい。中毒性があるな」
「レオまで面白がらないでよ。……でもまぁ、メロディは無駄に神々しいし、リーザの『回復魔法』の効果を乗せるには適している……のかしら?」
私は溜息をつきつつも、GOサインを出した。
女神直伝の曲をボツにするわけにもいかないし、何より「意味不明だが勢いがある曲」は、ドワーフたちの宴会芸としてウケる可能性が高い。
「よし、やりましょう。新曲発表ライブよ!」
◇
そして迎えたライブ当日。
会場は野外に設営された特設ステージ。マグナギアのヒットのおかげで資金が潤沢になり、今回はそこそこの規模で開催できた。
観客席は満員御礼。
その最後尾に、深くフードを被り、鬼の形相でステージを睨みつける女性の姿があった。
変装した女王リヴァイアサンだ。
(どこ……私のリーザはどこ!? あの薄汚い女狐(スカーレット)はどこよ、八つ裂きにしてやるわ!)
彼女の殺気が周囲の気温を数度下げている中、ステージの幕が上がった。
「みんな~! 今日もお仕事お疲れ様ですっ! リーザだよ~!」
爆音と共に飛び出してきたのは、フリル満載のアイドル衣装に身を包んだリーザだった。
その肌艶は良く、笑顔は太陽のように輝いている。
安アパートで惣菜を恵んでもらっていた悲壮感など微塵もない。
「えっ……?」
女王が呆気にとられる間に、曲が始まった。
『――♪ ガンガンガン! アタマガガン!』
『視界が回るよ 39度!』
激しいビートに乗せて、リーザが歌い踊る。
その歌詞の意味不明さに、女王は再び混乱した。
(さ、三十九度!? 高熱じゃないの! ああ、やっぱりあの子は病気に……!)
『インフルエンザ大魔王(ウィルス) やっつけろ!』
リーザがマイクを剣のように構える。
観客のドワーフたちが「うおおおお! 倒せぇぇぇ!」と謎の合いの手を入れる。
『今だ! 必殺! タミフルパーンチ!』
リーザが空に向かって拳を突き出すと、演出用のマグナギアから光の粒子が弾けた。
同時に、彼女の声に乗った強力な『状態異常回復』の魔法が会場全体に降り注ぐ。
『コウ・セイ・ザイ! ビーム!(キラッ☆)』
バチコーン! とリーザがウインクを決めた瞬間、観客席から光の柱が立ち昇った。
「うおおお!? 腰痛が治ったぁぁぁ!」
「先週からの風邪が一発で吹き飛んだぞ!?」
「すげぇ! これがコウ・セイ・ザイの威力かぁぁぁ!!」
会場中が歓喜の渦に包まれる。
二日酔いで死にかけていた冒険者たちも、2番の歌詞『ガンガンガン! 二日酔い将軍(アルコール) 許さない!』でシャキッと蘇り、涙を流して拝んでいる。
女王リヴァイアサンは、その光景を口を開けて見ていた。
「な……なんなのですか、この神々しい儀式は……」
娘は虐げられてなどいなかった。
むしろ、見たこともないほど生き生きと、自信に満ちた顔で、数千人の観衆を支配し、癒やしている。
その姿は、海の中で窮屈そうに泳いでいた頃よりも、ずっと――「女王」らしく見えた。
『今だ! 必殺! ズルヤスミ!(有給消化!)』
リーザが最後のポーズを決めると、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。
「リーザ! リーザ!」
「ありがとうリーザちゃん!」
「明日もまた仕事頑張れるよぉぉ!」
娘に向けられる、純粋な感謝と愛。
それを見た女王の目から、殺気が消え、代わりに大粒の涙が溢れ出した。
「うぅ……リーザ……立派になって……。でも、『有給消化』ってなんなの……? お母様、そんな高度な古代魔法知らないわ……」
感極まって泣き崩れる不審な女性(女王)に、警備をしていたニャングルが気づいて声をかけた。
「ちょ、おばちゃん! そこで泣かれたら営業妨害……ヒッ!? その魔力、まさか!?」
ニャングルの悲鳴を聞きつけ、私とレオが駆けつける。
フードが外れ、現れたその顔を見て、私は血の気が引くのを感じた。
海の底知れぬ青さを湛えた瞳。
圧倒的な魔力のオーラ。
「リ、リヴァイアサン女王陛下……!?」
目が合った。
女王は泣き腫らした目で私を睨み――そして、ゆっくりと立ち上がった。
「貴女ね……。私の娘に、あんな『タミフル』なんていう禁断魔法を教え込んだのは……!」
「い、いえ! それは女神様の仕業でして!」
「問答無用! ……詳しく話を聞かせてもらいましょうか。覚悟はおあり?」
背後に巨大な水流が渦巻く。
誤解は解けたようだが、別方向の興味(という名の親バカ)に火をつけてしまったようだ。
私は助けを求めてレオを見たが、彼は「タミフルパンチ……ふっ、くくく!」とまだツボに入って笑っていた。
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