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5.建国の英雄
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ティラノ王国は、かつて栄華を極めた大国の一部だった。建国のきっかけは魔獣が急激に増え、その大国に見捨てられたことによる。
残された者たちは、住み慣れた土地が魔獣に呑み込まれていくのをただ見ていることしか出来なかった。そこに現れたのがティラノ王国の始祖王だ。竜を従えた始祖王は、あっという間に魔獣を倒し、元々生息していた山脈地帯に押し戻すことに成功した。その後、大国から独立したことにより住民たちの推薦もありティラノ王国の最初の王となったのだ。
これがティラノ王国に住む者なら誰もが知る建国史である。しかし、ヴェロキラの一族と王族の少数だけが知る、本当の歴史は少しだけ異なる。
住み慣れた土地が魔獣に呑み込まれていくのを住民はただ見ていたわけではない。住民の一人だったティラノ王国の始祖王は有志を募り、竜神の住む森に助けを求めに行ったのだ。竜神は始祖王とともに来ていたヴェロキラ家の始祖に竜人の力を与えた。ヴェロキラ家の始祖が選ばれた理由は、恋人の女性も有志の一人に名を連ねる武人だったためだ。
竜人には基本的に魔法が効かない。敵の攻撃魔法も防げるが、回復や補助魔法の効果も著しく減退してしまう。しかし、竜人と魔力が共鳴し合う者の魔法だけは効果を発揮するのだ。恋人が、竜でいうところの番がその最上の相手だった。
それだけなら、怪我をしたときに後方で待つ恋人や伴侶のところに行けば良い。ティラノ王国の始祖王が竜人になっても問題はなかっただろう。
しかし、竜も無敵ではない。背中側からの物理攻撃を防ぎ続けるのは難しく、ともに戦う竜騎士が必要だった。当然、会話ができる者と共闘したほうが安全に戦える。残念ながら、竜化した状態での会話にも魔力の共鳴は必須条件なのだ。
当時は緊迫した状況にあり、現代の竜騎士選定試験のように魔力が共鳴する者を探している余裕はなかった。そのため、戦える番を持つヴェロキラ家の始祖が竜人になるしか選択肢がなかったのだ。
その後の歴史は建国史で語られている通りである。ティラノ王国が建国され、ヴェロキラ家の始祖は山脈に追い込んだ魔獣を監視するため、その地の領主となった。
竜人の存在が秘匿されている理由はいくつもあるが、詳細については置いておく。建国がヴェロキラの犠牲の上になった事実を隠したかったというのも大きいだろう。
とにかく、最初の竜騎士は竜人の番だった。武に優れ、竜人の番であるクリスティーナに、竜騎士の適性があってもおかしくない。いや、むしろ適性が無ければおかしいくらいだ。
ブルクハルトは無意識に封じていた懸念が詳らかにされて動揺を隠しきれずにいた。しかし、クリスティーナを竜騎士にしないためにも、模擬戦できちんと他の適性者を見極めなければならない。
ブルクハルトは気持ちを立て直してジュリアンとの戦い方を考えた。これは竜騎士を選定するための模擬戦だ。力任せに勝ったとしても得るものは何もない。
「再開して良いのかな?」
「はい、お願いします」
観察するようにブルクハルトを見ていたジュリアンが剣を握り直す。ブルクハルトはそれを確認して、足に竜人の魔力を這わせた。
竜騎士に必要なのは、咄嗟の判断力だとブルクハルトは思っている。人間とは比べものにならない力を持つ竜とともに戦う。それだけでも大変だが、竜騎士は自分が契約した竜の言葉しか理解できない。つまりは戦闘で連携する際、竜騎士は相棒以外の竜の言葉を理解しないまま戦うことになる。
もちろん、相棒の竜が通訳することもあるだろうが、戦況が不安定なときほど難しい。竜騎士は緊迫した状況下でも、限られた情報で冷静に判断できる能力が必要なのだ。
ジュリアンは人生を決めるこの模擬戦においても冷静沈着だ。あとは、彼を翻弄したとき、どのように動くか見ておきたい。
ブルクハルトは短時間で身体強化の威力や方法を変えながら戦った。いちいち魔法を解除するのだから、相手を翻弄できるからと言って普通の戦いでは絶対に使わない手だ。竜人でなければ本人が対応しきれないし、ジュリアンもそんな相手と戦ったことはないだろう。
ジュリアンは動きの変わり続けるブルクハルトを相手に、どこか楽しそうに戦っている。何をやっても合わせて戦略を変えてくるのだから、なんとなく悔しい。
「勝つつもりはないみたいだね。なにか理由があるのかな?」
「どうでしょう?」
ブルクハルトは余裕の笑みで応えたが、早くも見破られて自分の浅はかさを反省する。自分より経験のある相手を翻弄しようなんて傲慢だった。
「まぁ、僕は自分のやるべきことをやるだけだから良いよ」
ジュリアンはそう言って、ブルクハルトの渾身の一撃をあっさりと受け流した。ジュリアンは竜人のブルクハルトでも手本にしたくなるような良い動きをする。戦うときの勘も良さそうなので、連携も取りやすそうだ。
ジュリアンを自分の竜騎士に選ぶべきだ。理性はそう判断するのに、ジュリアンを認めるたびにクリスティーナの顔が頭を過ぎる。ブルクハルトの感情というか、竜人の本能がクリスティーナを選びたがっているのだ。
ブルクハルトはそれを振り切るように剣を振るった。ジュリアンというより自分の本能との戦いだ。
クリスティーナより、ジュリアンの方が剣の腕は数段上だ。伯爵やガスパールに守られてきたクリスティーナと違い、実践の経験も豊富だ。
竜騎士は魔力を使って竜の背を守りながら戦わなくてはならない。そのため、なるべく魔力を温存して戦うのが定石だ。ジュリアンなら魔力をそんなに使わなくても魔獣と対峙できる。腕力が弱く戦闘においても魔力に頼りきりなクリスティーナはその点でも劣っていた。
それなのに……
(俺が一緒にいるんだから、そんな欠点はいくらでも補える)
竜人の番に対する執着は異常だ。二人以上を愛することのある人間とは違い、唯一無二の存在なのだから仕方ない。ブルクハルトは番との関係を呪いだと言う者の気持ちを初めて理解した。
残された者たちは、住み慣れた土地が魔獣に呑み込まれていくのをただ見ていることしか出来なかった。そこに現れたのがティラノ王国の始祖王だ。竜を従えた始祖王は、あっという間に魔獣を倒し、元々生息していた山脈地帯に押し戻すことに成功した。その後、大国から独立したことにより住民たちの推薦もありティラノ王国の最初の王となったのだ。
これがティラノ王国に住む者なら誰もが知る建国史である。しかし、ヴェロキラの一族と王族の少数だけが知る、本当の歴史は少しだけ異なる。
住み慣れた土地が魔獣に呑み込まれていくのを住民はただ見ていたわけではない。住民の一人だったティラノ王国の始祖王は有志を募り、竜神の住む森に助けを求めに行ったのだ。竜神は始祖王とともに来ていたヴェロキラ家の始祖に竜人の力を与えた。ヴェロキラ家の始祖が選ばれた理由は、恋人の女性も有志の一人に名を連ねる武人だったためだ。
竜人には基本的に魔法が効かない。敵の攻撃魔法も防げるが、回復や補助魔法の効果も著しく減退してしまう。しかし、竜人と魔力が共鳴し合う者の魔法だけは効果を発揮するのだ。恋人が、竜でいうところの番がその最上の相手だった。
それだけなら、怪我をしたときに後方で待つ恋人や伴侶のところに行けば良い。ティラノ王国の始祖王が竜人になっても問題はなかっただろう。
しかし、竜も無敵ではない。背中側からの物理攻撃を防ぎ続けるのは難しく、ともに戦う竜騎士が必要だった。当然、会話ができる者と共闘したほうが安全に戦える。残念ながら、竜化した状態での会話にも魔力の共鳴は必須条件なのだ。
当時は緊迫した状況にあり、現代の竜騎士選定試験のように魔力が共鳴する者を探している余裕はなかった。そのため、戦える番を持つヴェロキラ家の始祖が竜人になるしか選択肢がなかったのだ。
その後の歴史は建国史で語られている通りである。ティラノ王国が建国され、ヴェロキラ家の始祖は山脈に追い込んだ魔獣を監視するため、その地の領主となった。
竜人の存在が秘匿されている理由はいくつもあるが、詳細については置いておく。建国がヴェロキラの犠牲の上になった事実を隠したかったというのも大きいだろう。
とにかく、最初の竜騎士は竜人の番だった。武に優れ、竜人の番であるクリスティーナに、竜騎士の適性があってもおかしくない。いや、むしろ適性が無ければおかしいくらいだ。
ブルクハルトは無意識に封じていた懸念が詳らかにされて動揺を隠しきれずにいた。しかし、クリスティーナを竜騎士にしないためにも、模擬戦できちんと他の適性者を見極めなければならない。
ブルクハルトは気持ちを立て直してジュリアンとの戦い方を考えた。これは竜騎士を選定するための模擬戦だ。力任せに勝ったとしても得るものは何もない。
「再開して良いのかな?」
「はい、お願いします」
観察するようにブルクハルトを見ていたジュリアンが剣を握り直す。ブルクハルトはそれを確認して、足に竜人の魔力を這わせた。
竜騎士に必要なのは、咄嗟の判断力だとブルクハルトは思っている。人間とは比べものにならない力を持つ竜とともに戦う。それだけでも大変だが、竜騎士は自分が契約した竜の言葉しか理解できない。つまりは戦闘で連携する際、竜騎士は相棒以外の竜の言葉を理解しないまま戦うことになる。
もちろん、相棒の竜が通訳することもあるだろうが、戦況が不安定なときほど難しい。竜騎士は緊迫した状況下でも、限られた情報で冷静に判断できる能力が必要なのだ。
ジュリアンは人生を決めるこの模擬戦においても冷静沈着だ。あとは、彼を翻弄したとき、どのように動くか見ておきたい。
ブルクハルトは短時間で身体強化の威力や方法を変えながら戦った。いちいち魔法を解除するのだから、相手を翻弄できるからと言って普通の戦いでは絶対に使わない手だ。竜人でなければ本人が対応しきれないし、ジュリアンもそんな相手と戦ったことはないだろう。
ジュリアンは動きの変わり続けるブルクハルトを相手に、どこか楽しそうに戦っている。何をやっても合わせて戦略を変えてくるのだから、なんとなく悔しい。
「勝つつもりはないみたいだね。なにか理由があるのかな?」
「どうでしょう?」
ブルクハルトは余裕の笑みで応えたが、早くも見破られて自分の浅はかさを反省する。自分より経験のある相手を翻弄しようなんて傲慢だった。
「まぁ、僕は自分のやるべきことをやるだけだから良いよ」
ジュリアンはそう言って、ブルクハルトの渾身の一撃をあっさりと受け流した。ジュリアンは竜人のブルクハルトでも手本にしたくなるような良い動きをする。戦うときの勘も良さそうなので、連携も取りやすそうだ。
ジュリアンを自分の竜騎士に選ぶべきだ。理性はそう判断するのに、ジュリアンを認めるたびにクリスティーナの顔が頭を過ぎる。ブルクハルトの感情というか、竜人の本能がクリスティーナを選びたがっているのだ。
ブルクハルトはそれを振り切るように剣を振るった。ジュリアンというより自分の本能との戦いだ。
クリスティーナより、ジュリアンの方が剣の腕は数段上だ。伯爵やガスパールに守られてきたクリスティーナと違い、実践の経験も豊富だ。
竜騎士は魔力を使って竜の背を守りながら戦わなくてはならない。そのため、なるべく魔力を温存して戦うのが定石だ。ジュリアンなら魔力をそんなに使わなくても魔獣と対峙できる。腕力が弱く戦闘においても魔力に頼りきりなクリスティーナはその点でも劣っていた。
それなのに……
(俺が一緒にいるんだから、そんな欠点はいくらでも補える)
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