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24.理想の形
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ブルクハルトが訓練を再開した頃には、ヴェロキラ辺境伯領はもとの賑わいを取り戻していた。ブルクハルトは辺境伯の書類仕事を手伝っていたので、国からの膨大な慰謝料のおかげだと知っている。辺境伯は当然だと言っていたが、いつもより容赦なかったのは、王都騎士団長の行動のせいだろう。
今日は久しぶりに大規模討伐が行われる。ブルクハルトとジュリアンにとっては、竜騎士団員として初めて挑む大規模討伐だ。ブルクハルトがいつも以上に気合いを入れて玄関に向かうと、辺境伯夫人とヒューゴが見送りに来ていた。
「ブルクハルト、無理しては駄目よ。お父様の言うことをきちんと聞くのよ」
「分かってますよ、母上」
「それから……」
いつもはあっさりと送り出してくれる夫人がクドクドと言ってくる。ブルクハルトが大怪我をしたことをまだ引きずっているのかもしれない。そう思うと邪険にも出来なくて、ブルクハルトは黙って聞いていた。いつもうるさいクリスティーナより小言が長い。
「そういえば、ティーナがいないみたいだけど……」
クリスティーナは引き続き辺境伯邸に滞在しており、大規模討伐の終了を見届けてからドリコリン伯爵領に帰ると言っていた。てっきり、今日は見送りに来てくれると思っていたのに、姿が見当たらない。
「ティナ姉さんなら、準備が忙しいみたいだよ」
「そうか、部屋に行って声だけかけてくる」
「え!?」
ヒューゴが突然大きな声を出すので、ブルクハルトは首を傾げる。ブルクハルトがヒューゴを見ると、誤魔化すようにヘラヘラと笑った。怪しすぎる。
「ブルクハルト、そんなことを言っていると遅れるわよ。ジュリアンくんを待たせたら失礼だわ」
辺境伯夫人に言われて、ブルクハルトは時計に目をやる。ジュリアンは回復後に竜騎士団の寮に入ったので現地での集合だ。時間に余裕はあるが、初めての大規模討伐で待たせるとジュリアンが気を揉むだろう。ジュリアンは颯爽としてみえて繊細だ。
「そうですね。もう出ることにします。ヒューゴ、無事に出発したってティーナに伝えておいてくれ」
「う、うん。会ったら伝えとく」
ブルクハルトはヒューゴの含みのある言い方が引っかかったが、その答えは竜人たちの集まる前線のキャンプ地に着いてすぐに判明した。
ブルクハルトがジュリアンを見つけて近づくと、ジュリアンは竜騎士団の軍服を着たクリスティーナと談笑していた。
「何でこんなところにいるんだ!? それにその服……」
「似合ってる?」
クリスティーナがブルクハルトの前でクルリと回って見せる。ジュリアンやガスパールと同じ軍服のはずなのにとっても可愛らしい。
「よく似合ってて可愛いよ」
「ありがとう。じゃあ、また後でね」
クリスティーナがにっこり笑って歩き出すので、ブルクハルトはクリスティーナの前に回り込む。
「行かせるわけないだろう? ちゃんと説明しろ」
「分かったわよ。ハルトにも話したでしょ」
クリスティーナは大袈裟にため息をついて、ブルクハルトに説明をはじめた。クリスティーナはブルクハルトの怪我を治療して以来、他の竜人の治療も手伝っていた。
その結果、ブルクハルトが相手のときより効果は落ちるが、竜人にクリスティーナの治癒魔法が効くことが分かったのだ。これは前から推測されていたことだが、クリスティーナのように治癒魔法が得意な番が今までいなかったので実証できていなかった。治癒魔法には長年の訓練が必要で、クリスティーナのレベルの者は本職にしかいない。
「それでね、お父様に相談して救護班として雇ってもらったの。何人もの竜人さんが後押しして下さったのよ。すごいでしょ!」
効果が低くても治療法の少ない竜人にとっては救世主になりうる。皆の推薦もあってドリコリン伯爵が許可を出したらしい。ちなみに、ブルクハルトには一言の相談もなかった。
「だからって、こんな場所まで来ることないだろう?」
「心配してるの? 後方支援だから大丈夫よ。控えの竜騎士の方や竜人さんもいるし、一番安全な場所かもしれないわ」
「どの辺が安全なんだ?」
キャンプ地はどこを見回しても若い男だらけだ。そこにクリスティーナがいるなんて、狼の群れに小兎が紛れ込んだようなものだ。
「意味がわからないんだけど?」
「まぁ、良いんじゃない? ここにいる人は、クリスティーナ嬢がブルクハルトの婚約者だって知ってるんだから問題は起こらないよ」
ジュリアンがブルクハルトを宥めるように言うが納得しきれなかった。現にジュリアンは、ブルクハルトが来るまで楽しそうにクリスティーナと会話をしていたのだ。
「え、その目は僕のことも疑ってる? 相棒の恋人を奪ったりしないよ。それに……せっかく竜騎士になれたんだ。当分、僕の恋人は青龍さ」
ジュリアンが異性なら誰もが見惚れてしまいそうな笑顔で、ブルクハルトにウィンクする。
「誤解を生むような言い方をするな!」
ブルクハルトは鳥肌の立った腕を擦った。青龍とは、もちろんブルクハルトのことだが、恋人にされても嬉しいわけがない。
「冗談だよ……って、クリスティーナ嬢。可愛い顔で睨まないでよ」
ジュリアンに言われて振り返ると、クリスティーナが頬を膨らませている。とても可愛らしいが、ジュリアンに嫉妬されるのは複雑な気分だ。
「お前たち、いつまで遊んでるんだ。初めての参加なのに随分余裕だな」
声の方に視線を向けると、ガスパールがこちらを睨みつけていた。隣にいるエッカルトは、面白がるようにブルクハルトとガスパールを見比べている。
「ほら、ガスパールさんが呼んでる。行くよ、ブルクハルト」
「ああ」
ジュリアンはブルクハルトの肩を叩いてクリスティーナをチラリと見ると、先にガスパールの方へ走っていった。どうやら、気を利かせてくれたようだ。ブルクハルトは心の中でお礼を言って、クリスティーナに視線を戻す。
「ハルト、怪我をしないようにね」
「ああ、気をつけるよ。ティーナも安全な場所から出るなよ」
「うん、分かってる」
このキャンプ地にクリスティーナを口説くような者がいないことは、ブルクハルトも本当はよく分かっている。むしろ、子供の頃からよく知るブルクハルトのために、クリスティーナを全力で守ってくれることだろう。もっとも竜騎士候補になれるような強さを持つクリスティーナには、それすら必要ないかもしれないが……
「「……」」
クリスティーナが心配そうに見上げてくるので、ブルクハルトは安心させるように髪を優しく撫でる。クリスティーナはくすぐったそうに笑った。
「じゃあ、いってくるな」
「うん、いってらっしゃい」
クリスティーナの笑顔に見送られて、ブルクハルトはジュリアンのもとへと走る。ガスパールがなおも睨んでいたが、説教になる前にブルクハルトは竜化を始めた。
【いけるか?】
「うん、大丈夫だよ」
ジュリアンは表情を引き締めてブルクハルトの背中に飛び乗る。それを確認して、ブルクハルトは大空へと舞い上がった。
「見送りしてくれてるみたいだよ」
ジュリアンに言われて竜騎士のキャンプ地を振り返ると、クリスティーナが笑顔で手を振っていた。その顔を見ているとやる気が満ちてくる。
(これも悪くないかもな)
ブルクハルトはクリスティーナに小さく手を振り返して戦場に向かった。
本編 終
今日は久しぶりに大規模討伐が行われる。ブルクハルトとジュリアンにとっては、竜騎士団員として初めて挑む大規模討伐だ。ブルクハルトがいつも以上に気合いを入れて玄関に向かうと、辺境伯夫人とヒューゴが見送りに来ていた。
「ブルクハルト、無理しては駄目よ。お父様の言うことをきちんと聞くのよ」
「分かってますよ、母上」
「それから……」
いつもはあっさりと送り出してくれる夫人がクドクドと言ってくる。ブルクハルトが大怪我をしたことをまだ引きずっているのかもしれない。そう思うと邪険にも出来なくて、ブルクハルトは黙って聞いていた。いつもうるさいクリスティーナより小言が長い。
「そういえば、ティーナがいないみたいだけど……」
クリスティーナは引き続き辺境伯邸に滞在しており、大規模討伐の終了を見届けてからドリコリン伯爵領に帰ると言っていた。てっきり、今日は見送りに来てくれると思っていたのに、姿が見当たらない。
「ティナ姉さんなら、準備が忙しいみたいだよ」
「そうか、部屋に行って声だけかけてくる」
「え!?」
ヒューゴが突然大きな声を出すので、ブルクハルトは首を傾げる。ブルクハルトがヒューゴを見ると、誤魔化すようにヘラヘラと笑った。怪しすぎる。
「ブルクハルト、そんなことを言っていると遅れるわよ。ジュリアンくんを待たせたら失礼だわ」
辺境伯夫人に言われて、ブルクハルトは時計に目をやる。ジュリアンは回復後に竜騎士団の寮に入ったので現地での集合だ。時間に余裕はあるが、初めての大規模討伐で待たせるとジュリアンが気を揉むだろう。ジュリアンは颯爽としてみえて繊細だ。
「そうですね。もう出ることにします。ヒューゴ、無事に出発したってティーナに伝えておいてくれ」
「う、うん。会ったら伝えとく」
ブルクハルトはヒューゴの含みのある言い方が引っかかったが、その答えは竜人たちの集まる前線のキャンプ地に着いてすぐに判明した。
ブルクハルトがジュリアンを見つけて近づくと、ジュリアンは竜騎士団の軍服を着たクリスティーナと談笑していた。
「何でこんなところにいるんだ!? それにその服……」
「似合ってる?」
クリスティーナがブルクハルトの前でクルリと回って見せる。ジュリアンやガスパールと同じ軍服のはずなのにとっても可愛らしい。
「よく似合ってて可愛いよ」
「ありがとう。じゃあ、また後でね」
クリスティーナがにっこり笑って歩き出すので、ブルクハルトはクリスティーナの前に回り込む。
「行かせるわけないだろう? ちゃんと説明しろ」
「分かったわよ。ハルトにも話したでしょ」
クリスティーナは大袈裟にため息をついて、ブルクハルトに説明をはじめた。クリスティーナはブルクハルトの怪我を治療して以来、他の竜人の治療も手伝っていた。
その結果、ブルクハルトが相手のときより効果は落ちるが、竜人にクリスティーナの治癒魔法が効くことが分かったのだ。これは前から推測されていたことだが、クリスティーナのように治癒魔法が得意な番が今までいなかったので実証できていなかった。治癒魔法には長年の訓練が必要で、クリスティーナのレベルの者は本職にしかいない。
「それでね、お父様に相談して救護班として雇ってもらったの。何人もの竜人さんが後押しして下さったのよ。すごいでしょ!」
効果が低くても治療法の少ない竜人にとっては救世主になりうる。皆の推薦もあってドリコリン伯爵が許可を出したらしい。ちなみに、ブルクハルトには一言の相談もなかった。
「だからって、こんな場所まで来ることないだろう?」
「心配してるの? 後方支援だから大丈夫よ。控えの竜騎士の方や竜人さんもいるし、一番安全な場所かもしれないわ」
「どの辺が安全なんだ?」
キャンプ地はどこを見回しても若い男だらけだ。そこにクリスティーナがいるなんて、狼の群れに小兎が紛れ込んだようなものだ。
「意味がわからないんだけど?」
「まぁ、良いんじゃない? ここにいる人は、クリスティーナ嬢がブルクハルトの婚約者だって知ってるんだから問題は起こらないよ」
ジュリアンがブルクハルトを宥めるように言うが納得しきれなかった。現にジュリアンは、ブルクハルトが来るまで楽しそうにクリスティーナと会話をしていたのだ。
「え、その目は僕のことも疑ってる? 相棒の恋人を奪ったりしないよ。それに……せっかく竜騎士になれたんだ。当分、僕の恋人は青龍さ」
ジュリアンが異性なら誰もが見惚れてしまいそうな笑顔で、ブルクハルトにウィンクする。
「誤解を生むような言い方をするな!」
ブルクハルトは鳥肌の立った腕を擦った。青龍とは、もちろんブルクハルトのことだが、恋人にされても嬉しいわけがない。
「冗談だよ……って、クリスティーナ嬢。可愛い顔で睨まないでよ」
ジュリアンに言われて振り返ると、クリスティーナが頬を膨らませている。とても可愛らしいが、ジュリアンに嫉妬されるのは複雑な気分だ。
「お前たち、いつまで遊んでるんだ。初めての参加なのに随分余裕だな」
声の方に視線を向けると、ガスパールがこちらを睨みつけていた。隣にいるエッカルトは、面白がるようにブルクハルトとガスパールを見比べている。
「ほら、ガスパールさんが呼んでる。行くよ、ブルクハルト」
「ああ」
ジュリアンはブルクハルトの肩を叩いてクリスティーナをチラリと見ると、先にガスパールの方へ走っていった。どうやら、気を利かせてくれたようだ。ブルクハルトは心の中でお礼を言って、クリスティーナに視線を戻す。
「ハルト、怪我をしないようにね」
「ああ、気をつけるよ。ティーナも安全な場所から出るなよ」
「うん、分かってる」
このキャンプ地にクリスティーナを口説くような者がいないことは、ブルクハルトも本当はよく分かっている。むしろ、子供の頃からよく知るブルクハルトのために、クリスティーナを全力で守ってくれることだろう。もっとも竜騎士候補になれるような強さを持つクリスティーナには、それすら必要ないかもしれないが……
「「……」」
クリスティーナが心配そうに見上げてくるので、ブルクハルトは安心させるように髪を優しく撫でる。クリスティーナはくすぐったそうに笑った。
「じゃあ、いってくるな」
「うん、いってらっしゃい」
クリスティーナの笑顔に見送られて、ブルクハルトはジュリアンのもとへと走る。ガスパールがなおも睨んでいたが、説教になる前にブルクハルトは竜化を始めた。
【いけるか?】
「うん、大丈夫だよ」
ジュリアンは表情を引き締めてブルクハルトの背中に飛び乗る。それを確認して、ブルクハルトは大空へと舞い上がった。
「見送りしてくれてるみたいだよ」
ジュリアンに言われて竜騎士のキャンプ地を振り返ると、クリスティーナが笑顔で手を振っていた。その顔を見ているとやる気が満ちてくる。
(これも悪くないかもな)
ブルクハルトはクリスティーナに小さく手を振り返して戦場に向かった。
本編 終
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