【完結】婚約者が竜騎士候補に混ざってる

五色ひわ

文字の大きさ
48 / 72
番外編Ⅱ:婚約者が青龍であることを隠してる

1.熊を狩る

しおりを挟む
 クリスティーナは成人を迎える年齢になっても、子供の頃と変わらずドリコリン伯爵領の森の中にいた。単独行動なので、慣れた森ではあるが慎重に歩みを進める。 

 数年前、熊の魔獣を一人で討伐できるようになってからは、ブルクハルトも森に単独で入ることを渋々許してくれている。それでも心配をかけたくなくて、ブルクハルトがいない日は街に留まり治癒魔法の鍛錬をすることも多い。

 今日一人で森に入ったのは、冒険者紹介所で熊の魔獣の討伐数が減っていると聞いたからだ。ある程度間引いておかないと、人里に近い場所に出てきてしまう可能性がある。猪や狼の魔獣を相手にする中級冒険者が熊の魔獣と遭遇し危険な目に合わないよう、領地を守る伯爵家の娘としては力になりたい。

『お前の仕事じゃない』

 そんなブルクハルトの声が聞こえてきそうだが、気にせず熊の痕跡を探す。

「いたわ」

 クリスティーナが敵の存在を魔法で感知してそちらに向かうと、木々の隙間から熊の魔獣の姿が見えた。

「やっぱり、いつもより浅い場所まで来てるのね」

 これでは中級冒険者は不安で森の奥まで入れないだろう。熊の魔獣には悪いが人々の生活を優先させてもらう。

 クリスティーナは熊に気づかれる前に、目を狙って弓を放った。毛皮を傷つけたくないので、魔力は抑えておくことも忘れない。

 グオーーン

 弓は狙った通りに右目に突き刺さり、熊が痛みで恐ろしい雄叫びをあげる。その声に足音を隠して、クリスティーナは一気に距離をつめた。

「えい!」

 熊が気がつく前に懐に入り、腹部を剣でスパリと切り裂く。熊に反撃の間を与えず蹴り倒して、首元に剣を当ててとどめを刺した。

「上出来かな?」

 クリスティーナは素早く熊に必要な処理をすると、担いで街に戻った。


「姫様、おかえりなさい」

「ただいま」

 街の入り口では、伯爵騎士団が出入りする者を確認している。いつもどおりの光景だ。顔見知りの門番たちが、クリスティーナを笑顔で迎えてくれる。

「ティナ、麻袋に入れて運んでこいよ。街道を歩く人が見たらびっくりするだろう」

 クリスティーナが門を抜けようとすると、旅人の対応を終えたトーマが文句を言ってきた。

 トーマは数年前に孤児院を出て、伯爵騎士団で働いている。クリスティーナに対する態度は相変わらずだ。

「うるさいわね。前に麻袋を担いでたら『姫様、中身はなんですか?』って、青い顔をした騎士に門の前で停められたのよ。これなら、分かりやすいでしょ」

「いや、その騎士は今の状態のほうが青くなると思うぞ。熊を単独討伐する『姫様』ってどうなんだよ。あの男はどうした? 婚約破棄でもされたのか?」

 クリスティーナがジト目でトーマを睨んでいると、代わりに年配の騎士がげんこつを落とす。

「いってぇー!」

「姫様になんてことを言うんだ!」

 年配の騎士は青い顔をして周囲を見回した。幸いなことに騎士団員以外は聞いていない。トーマもそれを確認しての発言だと思いたい。

「勤務中にごめんなさい。幼馴染の軽口だから、今回だけは許してくれる? 私からも叱っておくわ」

「分かりました。教育が行き届いておらず申し訳ありません」

 年配の騎士はそれだけ言って離れていく。聞かなかった事にしてくれるのだろう。

「トーマ、勤務中は伯爵騎士団の一員としてちゃんとしなさいよ。ハルトに聞かれるだけなら殴られて終わりだと思うわ。でも、辺境伯騎士団の方に聞かれたら問題になりかねないんだからね」

 年配の騎士が叱ったのも、このあたりが理由だろう。クリスティーナとブルクハルトの婚約は、家と家を結びつける重要なものだ。本人たちでさえ制御できないこともある。

「悪かったよ。でも、ティナが最近無理している気がして心配なんだ。竜騎士選定試験を受けるって本当か? アイツと結婚するなら危険な仕事をする必要なんてないはずだろう?」

「孤児院で聞いたの?」

 トーマは気まずそうに頷く。孤児院の子どもたちに話したのはクリスティーナ自身なので、そんな顔はしないでほしい。

 今日の単独討伐は竜騎士選定試験の前の肩慣らしの意味もある。選定試験は数年に一度あるが、クリスティーナにとっては一度きりの機会になる。だからこそ、万全を期したかったのだ。

「アイツとうまくいってないのか? それなら……」

「うまくいってないわけないでしょ」

 クリスティーナはトーマの言葉を途中で遮る。辺境伯家と上手く付き合えていないだなんて、それこそ、他の騎士に聞かれたら心配されかねない。

 トーマはなぜかブルクハルトを嫌っていて、ことあるごとに小言を言ってくる。ブルクハルトもトーマに近づきすぎるなと言うし、二人は反りが合わないようだ。

「ちゃんと成人のパーティには二人で出席するし、心配しなくて大丈夫よ」

 クリスティーナは笑顔で言って、隠れて小さくため息をつく。

 トーマの言葉がすべて的外れとは言えないところが悲しい。もし、本当にうまくいっているなら、竜騎士選定試験を受けようと思ったか分からない。でも、それはトーマに話すようなことではない。

「じゃあ、門番頑張るのよ」

「あ、ああ」

 トーマはまだなにか言いたそうにしていたが、クリスティーナは話を切り上げて街の中に入る。熊に視線が集まっているのを感じて、急いで冒険者紹介所に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています

柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。 領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。 しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。 幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。 「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」 「お、畏れ多いので結構です!」 「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」 「もっと重い提案がきた?!」 果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。 さくっとお読みいただけますと嬉しいです。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

処理中です...