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四章 平和を願って【ミシュリーヌ】
第2話 街
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「――……リーヌ、ミシュリーヌ」
オーギュストの声で、ミシュリーヌは目を覚ます。どうやら、馬上で眠っていたようだ。辺りは夕焼け色に染まっており、馬に乗ったまま何かの列に並んでいる事が分かる。
「申し訳ありません。オーギュスト様に任せっきりで、ぐっすり眠ってしまいました」
「それは構わないよ。体調は問題ない?」
「はい、大丈夫です。むしろ、眠ったので魔力もたっぷりです」
ミシュリーヌは恥ずかしく思いながら申告する。オーギュストはホッとしたように笑った。
オーギュストはどの魔獣も一撃で倒すので、ミシュリーヌに馬上で出来ることは何もなかった。休憩のたびに馬を癒やしていたが、そこで使った僅かな魔力もすっかり回復している。
「起こしてごめんね。今日は宿をとることにしたんだ」
オーギュストは言いながら、斜め後ろに視線を向ける。新人魔導師の二人が疲れ切った顔で馬に乗っていた。
ミシュリーヌとしては、馬と一緒に二名も癒やしてあげたかった。オーギュストに頼んだら、『癒やしの魔法をかければ休憩時間を減らせるね』と笑顔で言われたので、グッとこらえたのだ。ミシュリーヌの魔法は精神的な疲れには効きにくい。休憩がなくなれば、逆効果だ。
オーギュストは魔導師団員に厳しい。それでも、野営を止めたのだから力量を見て教育しているのだろう。オーギュストのいる野営は、結界がずっと張られているので安全だ。それでも、街とは違い警戒のために起きている者が必要になる。
今は街に入るための列に並んでいるようだ。
「設定を伝えておくね。私は地方出身の下級文官でギュスト。妻のミーシャと里帰りでフリルネロ公爵領に向かっている。団員は女性の二名がミーシャの世話係で、男性二名が荷物運びだ」
言われて魔導師たちを見ると、男性二人の馬には出発時にはなかった大きな荷物が乗っている。マジックバッグからそれらしい荷物を出したのだろう。
「わたくしは……いいえ、私は何をすれば良いでしょう」
「ミーシャはお嬢様育ちということにするから、いつもどおりで良いよ」
オーギュストの考えるミシュリーヌの設定には、いつでも『お嬢様育ち』という言葉がつく。どこが市井の人と違うのか、ミシュリーヌには分からない。
「次だから、馬を降りるよ」
ミシュリーヌはオーギュストに手を借りて馬を降りる。すぐに門番に呼ばれて、街に入る審査が始まった。オーギュストが身分証を差し出すので、ミシュリーヌはキリッと表情を引き締める。
「宿をお探しなら、東側のほうが治安が良いですよ」
「そうか。良いことを聞いたよ。助かる」
オーギュストは身分証を返してもらって、街に平然と入っていく。ミシュリーヌもドキドキしながら後に続いた。偽の身分証のはずなのに、ミシュリーヌ一人のときとは違い、確認の会話さえない。
「王宮で働く文官の身分は疑うところがないからね」
「ですが、偽物ですよね?」
「偽物だけど、偽造ではないからね。見破るには王宮で聞きまわる必要がある」
オーギュストがミシュリーヌに見せた身分証には、文官の正装を着たオーギュストの絵姿があった。フルーナ王国の紋章も特別な技術を使って彫り込まれている。本物の身分証だ。おそらく、王宮で働く文官の名簿に『ギュスト』はしっかり記載されている。
「いつ、作ったのですか?」
「一応、王族だからね。いろいろな事態を想定しているんだよ。『ミーシャ』も魔導師団に籍があるだろう?」
「そういえば、そうですね」
ミシュリーヌが囮をするときに使った身分証も予め用意されていた。オーギュストに返してしまったが、惜しいことをしたかもしれない。
「ミシュリーヌ? 何か良くないことを考えていない?」
「そんなことないです!」
オーギュストがじっとりした目で見てくるので、慌てて首を振る。冗談だったのか、オーギュストは小さく笑った。
「荷物の検査も終わったみたいだし行こうか。街の東側だったよね」
ミシュリーヌが振り返ると、疲れた顔の魔導師団員たちが門を潜って街に入ってくるところだった。彼らも無事に入って来れたらしい。
「ミシュリーヌは馬に乗ってて良いよ」
ミシュリーヌはオーギュストのひく馬に乗り、街をゆっくりと移動した。
オーギュストの声で、ミシュリーヌは目を覚ます。どうやら、馬上で眠っていたようだ。辺りは夕焼け色に染まっており、馬に乗ったまま何かの列に並んでいる事が分かる。
「申し訳ありません。オーギュスト様に任せっきりで、ぐっすり眠ってしまいました」
「それは構わないよ。体調は問題ない?」
「はい、大丈夫です。むしろ、眠ったので魔力もたっぷりです」
ミシュリーヌは恥ずかしく思いながら申告する。オーギュストはホッとしたように笑った。
オーギュストはどの魔獣も一撃で倒すので、ミシュリーヌに馬上で出来ることは何もなかった。休憩のたびに馬を癒やしていたが、そこで使った僅かな魔力もすっかり回復している。
「起こしてごめんね。今日は宿をとることにしたんだ」
オーギュストは言いながら、斜め後ろに視線を向ける。新人魔導師の二人が疲れ切った顔で馬に乗っていた。
ミシュリーヌとしては、馬と一緒に二名も癒やしてあげたかった。オーギュストに頼んだら、『癒やしの魔法をかければ休憩時間を減らせるね』と笑顔で言われたので、グッとこらえたのだ。ミシュリーヌの魔法は精神的な疲れには効きにくい。休憩がなくなれば、逆効果だ。
オーギュストは魔導師団員に厳しい。それでも、野営を止めたのだから力量を見て教育しているのだろう。オーギュストのいる野営は、結界がずっと張られているので安全だ。それでも、街とは違い警戒のために起きている者が必要になる。
今は街に入るための列に並んでいるようだ。
「設定を伝えておくね。私は地方出身の下級文官でギュスト。妻のミーシャと里帰りでフリルネロ公爵領に向かっている。団員は女性の二名がミーシャの世話係で、男性二名が荷物運びだ」
言われて魔導師たちを見ると、男性二人の馬には出発時にはなかった大きな荷物が乗っている。マジックバッグからそれらしい荷物を出したのだろう。
「わたくしは……いいえ、私は何をすれば良いでしょう」
「ミーシャはお嬢様育ちということにするから、いつもどおりで良いよ」
オーギュストの考えるミシュリーヌの設定には、いつでも『お嬢様育ち』という言葉がつく。どこが市井の人と違うのか、ミシュリーヌには分からない。
「次だから、馬を降りるよ」
ミシュリーヌはオーギュストに手を借りて馬を降りる。すぐに門番に呼ばれて、街に入る審査が始まった。オーギュストが身分証を差し出すので、ミシュリーヌはキリッと表情を引き締める。
「宿をお探しなら、東側のほうが治安が良いですよ」
「そうか。良いことを聞いたよ。助かる」
オーギュストは身分証を返してもらって、街に平然と入っていく。ミシュリーヌもドキドキしながら後に続いた。偽の身分証のはずなのに、ミシュリーヌ一人のときとは違い、確認の会話さえない。
「王宮で働く文官の身分は疑うところがないからね」
「ですが、偽物ですよね?」
「偽物だけど、偽造ではないからね。見破るには王宮で聞きまわる必要がある」
オーギュストがミシュリーヌに見せた身分証には、文官の正装を着たオーギュストの絵姿があった。フルーナ王国の紋章も特別な技術を使って彫り込まれている。本物の身分証だ。おそらく、王宮で働く文官の名簿に『ギュスト』はしっかり記載されている。
「いつ、作ったのですか?」
「一応、王族だからね。いろいろな事態を想定しているんだよ。『ミーシャ』も魔導師団に籍があるだろう?」
「そういえば、そうですね」
ミシュリーヌが囮をするときに使った身分証も予め用意されていた。オーギュストに返してしまったが、惜しいことをしたかもしれない。
「ミシュリーヌ? 何か良くないことを考えていない?」
「そんなことないです!」
オーギュストがじっとりした目で見てくるので、慌てて首を振る。冗談だったのか、オーギュストは小さく笑った。
「荷物の検査も終わったみたいだし行こうか。街の東側だったよね」
ミシュリーヌが振り返ると、疲れた顔の魔導師団員たちが門を潜って街に入ってくるところだった。彼らも無事に入って来れたらしい。
「ミシュリーヌは馬に乗ってて良いよ」
ミシュリーヌはオーギュストのひく馬に乗り、街をゆっくりと移動した。
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