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ピクニックは波乱だらけ

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家に帰った私は王宮に行く用意を始める。
王子から連れてきていいと言われた人数は2人。1人はルイ、もう1人はミナだと決めていた。

ベルを鳴らしミナを呼ぶ。
「ジャネット様何かありましたか?」
公爵家の使用人の中でもミナだけは恐れないでずっとついてくれた。
「そこに座って。」
予め用意しておいた椅子を指さす。彼女は戸惑っていたが、私の命令のためしぶしぶ座った。
あれからだいぶ時間が経ってしまった。やることが多すぎたので時間が十分に取れなかったのだ。

「ミナ、今までごめんなさい。私の暴力でどれほどあなたを傷つけたか…私は王宮に行くけどもし良かったら着いてこない?あなたがいてくれたら心強いの。」

青く血の引いた顔は明るくなり、ミナは静かに返事をした。
「もちろんですジャネット様。私のご主人様はジャネット様だけです。」
後に他のメイドたちから聞いた話によるとミナが仕えているのは、父親でも、この家でもなく私だということだった。

私の家族は貧しく、毎日3食食べることも許されなかった。
そんな時、公爵家の令嬢が使用人を募集している広告が目に入る。時給はよく、毎日妹たちの世話をしている私にとっては簡単な仕事ばかり。
「これだ。」
我儘なお嬢様という噂もあり、ほとんど人が集まらず私は難なく侍女になることが出来た。
初めの方は、雑用ばかりだったが仕事仲間は優しく楽しい仕事場だった。
しかし、ジャネット様に付いた途端、一変する。
少しでも彼女の期限を損ねると怒鳴られ殴られ、心身共にボロボロだった。
もう辞めようてしまおうか。
何度も思った末、数日間の休みを貰いう事にした。
休みが終わり憂鬱な気分で公爵邸に帰るとジャネット様は高熱に見舞われていた。
普段から性格の悪い彼女は、誰に看病されるもなくただ1人で耐えていたのだった。
うなされている15歳の少女を見た私は今までされてきたことも頭の中から消え去り可哀想ですぐに看病に移った。
ジャネット様は数日で熱は下がり、体調は回復していた。

もしかしたら、自分が看病されたことを知ったら怒るかもしれない。誰かに命令以外のことをされるのを嫌う人だから。
そう思い、私はすぐに看病をした部屋を片付け自分の部屋に戻った。
次の日、久しぶりにベルが鳴った。誰も行こうとしないため、部屋に向かう。
「ごめんなさい、ミナ。喉が渇いちゃって、水を持ってきてくれるかしら?」 
雰囲気が全く変わっていた。乱暴な印象はなく、優しく、丁寧に話しかけてきてくれている。
少しの間、固まってしまったがすぐに意識を戻し水を取りに向かった。

ジャネット様の目が覚めて数日がたった。
最近のジャネット様は忙しい。帰ってくると笑顔であったり、ボロボロになっていたり…
今までよりも表情が明るくなりそのたび私は嬉しく思った。
そんなある日、私だけジャネット様に呼ばれた。
「王宮に行くのだけど、もし良かったら一緒に来ない?」
この方について行きたい。
愛を知らない彼女に愛情を注ぎたい。そう思えた。 
「もちろんですジャネット様。」

あと1週間でやることは義弟ノアとの仲の悪さを無くすことだ。
ノアとギクシャクしたまま別れたくは無い。好感度を0くらいまでにはしておきたい。
だけど普通に話しかけても警戒するだけだ。
「どぉしたらいいのよ。」
ベットにダイブして足をバタバタさせる。
「ジャネット様、服にシワがつきます。」 
ミナは前よりも私に気軽に接してくれるようになった。
「母親みたいね。」
ゲーム内でも現実でも親に構ってもらったことはあまり無く、そんな私にとって誰かに叱られることは新鮮であった。
「ジャネット様…私、沢山叱りますね」
「それはやめなさい。」
ついクスリと笑ってしまう。
「それにしてもノアと仲良くなれないのよ…」
ノアは2個下の13歳だが早生まれなため学園では1年差だ。
幼い容姿は可愛いらしい。
少しくらい仲良くなってみたのに…
「じゃあ、ピクニックでも行きませんか?」
そうだ、なにかに誘えば良かったんだ。
ミナの提案に私は賛成し、すぐさま準備に取り掛かった。

「ノア、いますか?」
私はノアの部屋の前にいる。ジャネットにとってノアは邪魔でしか無かったため、ほとんどの時間を部屋で過ごさせていた。
「お姉様、今行きます。」
数秒後、出てきたノアは顔色が悪く、濃いクマがついていた。
「突然だけど一緒にピクニック行かない?」
ミナもルイも私の雰囲気が変わったとすぐに思ったらしいがノアも同じなのだろう。やはり固まってしまっていた。
「お姉様、僕なんかがいいのですか?」
まだ大分怯えている。
「いいのよ、家族でしょ。と言っても、今までの行動は決して許されることじゃないから来たくないなら無理に来なくてもいいわ。今までの罪を償いたい自己満足なの。改めて今まで本当にごめんなさい。」
深く頭を下げる。ジャネットのやった事はほとんど謝って許されることでは無い。それでも、私は謝らずには居られなかった。
「………行く」
ノアはボソリと呟いた。
「ありがと!じゃあ後で呼びに来るわね!」
私は、満面の笑みで自分の部屋に戻った。

「わぁぁ、きれい…」
ピクニックの場所は湖の畔。鳥のさえずりが聞こえ、太陽の光を反射した水面は幻想的であった。
リリアン家の庭は想定以上に広い。今までの悪役令嬢とは比にならないようなものであった。
この世界は隣国というものがなく、王族が統治しているひとつの国でできている。
形は地球と同じく球体だ。
この星の絶対的権力者が王族だ。その王族の婚約者に選出されるほどの権力をリリアン家も持っているのだから、この家も相当すごいのだろう。
ざっと日本の北海道くらいの大きさだ。その他にも各地に領土を持っているため合計にすると日本の大きさをはるかに超える。
だから、家の端から端まで行こうと思うと自家用ジェット機を使わなければならない。
(規模が大きすぎる…)
湖までも馬車で30分ほどである。
馬車酔いした私は澄んだ湖で癒されていた。
横では可愛い顔立ちのノアが座っている。
(こんな可愛い子が弟だったなんて…いくら愛に飢えていても暴力はダメでしょ、ジャネット!)
それにしても、ノアは先程からご飯に手が進んでいない。遠慮してしまっているのだろうか。
「ノア、さっきから食べてないわね、ほれっ!」
私は無理やり小さな口にサンドイッチを詰め込んだ。
「むぐっ…むぐ…」
さすがにやりすぎたかなと反省し、持っていたサンドイッチを離すとノアはサンドイッチをつかみゆっくりと食べ始めた。
「すごく美味しいです。新しい料理人さんを雇ったんですか?今まででいちばん美味しいです。」
ノアは料理人が作ったものと勘違いしているらしい。
「ありがとう、実はそれ、私が作ったの。喜んで貰えたら嬉しいわ。」
ノアは目を丸くして私の方を見ていた。
「これをお姉様が…?」
後ろにいたルイも。そんなに驚くことだろうか?サンドイッチくらいすぐにできてしまう。普通はみんな作らないのか?
「お嬢、それって普通のお嬢様はやりませんよ…」
私の考えを読んだようにルイが苦笑しながら答える。
「だから言いましたよね、ジャネット様。私は、普通のお方なら作らないって言ったじゃないですか。美味しいですけど…どこで覚えたのですか?」
あのミナにも納得させてしまう味。恐るべし。
それにしてもマズイ。どこで覚えたかなんて別の世界から~って言えるわけないし…
「それにしても、みんながが美味しいと感じるのは、私が作ったからよりも環境の方が影響していると思うわ。こんな綺麗なところで、食べるご飯は屋敷で食べるよりも美味しいのなんて当たり前よ!」
私は話をそらし、何とか危機を回避した。

「あっ、あとお姉様ってなんか他人っぽいから姉さんって呼んで欲しいわ。」
お姉様だと距離が全然詰めることが出来ないような気がした私は、思い切って提案してみる
「ね…姉さん…」
あまりの可愛さについ抱きしめてしまう。
「ちょっ…姉さん…苦し…」
ミナは微笑ましく笑っている。
私の弟がこんな可愛いなんて、聞いていないのですが!?
ルイも笑顔ではあったが、その奥は少し不機嫌であるような気がした。
まだサンドイッチは、半分残っている。
ノアが料理人の作った料理よりも美味しいと思ってくれているということは、少なくともここの雰囲気が屋敷よりも嫌な訳では無いだろう。
もしかしたら仲良くなれるかもしれない。
私は期待に胸を膨らませ、残っているサンドイッチに手を伸ばした。

辺りは夕焼けの赤色で染まっている。
ルイが魔犬に襲われた時から私は赤が怖くはなくなっていた。
「キレイ…」
赤く反射した湖は、昼の時よりも趣があり、まるでひとつの絵のようだった。
湖の水を手で掬う。
氷のように冷たい水は私の手を冷ましていった。
この感触はいつぶりだろう。
悪役令嬢は位の高いお嬢様にしか勤まらない。
だから顔を洗うのも手を洗うのも全てちょうどいい温度だった。現世でもそうだ。会社の中は少しでもストレスを減らそうと冷たい水はなかった。
私は赤く光る手の上の液体を見つめた。
子供の頃に公園で聴いた、5時を知らせるチャイムの音が頭の中に流れる。
滑り台や動物の形のしたシーソー 、仲の良かった友達と音楽が止むまでギリギリで遊んでいた日々がはっきりと思い出された。
帰りたい… 
「姉さん!?どうしたんですか!」
「お嬢!?」
私の頬にはいつの間にか涙がこぼれ落ちていた。
懐かしさからか、辛さからかは分からないが涙は拭いても一向に止まらなかった。
「大丈夫よ…すぐに泣き止むから…ごめんなさい…」
深呼吸をして、心を落ち着かせる。
(攻略さえすれば帰ることはできる。今、少しだけ頑張ればいいだけ…)
「ごめんね、帰りましょうか…」
私は立ち上がり屋敷の方へ向き直る。
足を1歩出そうとしたその時だった。
「お嬢!後ろっ…!!」
見たことないくらいの大きな魚が私の後ろに姿を現す。 
これは私たちに危害を加える。そう直感的に感じた私は直ぐに声を出した。
「ルイ!ミナとノアを連れて屋敷に戻りなさい!私ならなんとかなるから!」

私はアイテムボックスから綿を出し、いつか見たライフルを想像する。
構造は分からなかったがなかなかの出来であった。
ライフルを両手で構え魚の方へと体の向きを変える。
「あなたの相手はこの私よ!!」
屋敷側を見ていた魚はこちらに振り向いた。
私は狙いを定め思いっきりライフルのトリガーを引いた。
反動で後ろによろめきつつ弾をイメージで操り、その弾は魚の目に直撃する。
(当たった…!!!)
もっと大きい銃で打たなきゃ…
急いでイメージを膨らませる。
しかし、私が銃をイメージしている間に魚は私の方から向きを変えていた。魚の視線のその先にいたのは、逃げ遅れたノアだ。
「ノアっ!!」
魚はそのままゆっくりノアに向かっていく。
「だめ!」
全力で走りノアに攻撃が当たらないよう覆い被さる。なんとかノアは守ることが出来た。だが、背中に激痛が走る。
痛みで意識が遠のいて行く。
魔犬に囲まれた時の恐怖が蘇ってくる。
それでも、彼らの声だけははっきりと聞こえた。
「お嬢っ!!!」
「姉さん、今までのことは、怖くて痛かった…でも今の姉さんとはもっと一緒にいたいよ…姉さんとできなかったことまだまだ沢山あるのに…」

心配してくれている。こんな私も誰かに心から愛してもらえることが出来るのだろうか…
愛されなかったのはジャネットだけでは無い。私もだ。親には1度も愛して貰えなかった…
帰りたい…でもあと少しだけこの世界にまだいたい…

ピカッ…
当たりが白い光に包まれた。
「…姉さん!」
私は意識を取り戻し、痛みも消えていた。
何が起こったのか、すぐに理解した。
「私、聖なる光があるからこんなことでは死なないわ。だから、早くここから逃げて一緒に帰りましょう…」
少しでも幼いノアを落ち着かせようと優しく言う。
「はい!」
ノアは嬉しそうに返事をした。
 
「ルイ、今日の夕食は魚かしら?」 
「そうですね、お嬢。私が自ら捌いてみせましょう。」
私達は魚に向かって走り出す。
ルイは剣で目を潰した。
今回わかったのがこの聖なる光の適応範囲は思ったよりも狭いこと。
ルイに魔物の視界を遮ってもらい、私が近づき力を使う。
「お願い…どうか力を…!!」
目の前が強く輝いた。魔力を使いすぎないよう、魔物を倒すことだけを意識する。

目を開けるとそこには何一つ痕跡がなく闇に染ったような湖だけが残されていた。
「もう夜か…」
月明かりがあたりを照らす。
「綺麗ですね…」雰囲気を邪魔しないよう静かに口ずさむ。
木々により人工の光が遮断されたこの場所の天空にはたくさんの星が瞬いている。
現実で仕事をするだけの生活をして過ごしていたらこんな景色、一生見ることはできないだろう。
満点の星空を眺めた私はこっちの世界も悪くないなと思えた。
「それじゃ早く帰りましょうか。先に行ったミナも心配してるだろうしね、あっ、わたしの夕食…」
2人とも笑いながらわたしの隣に並ぶ。
「大きなお魚は無理かもしれないですけれど、普通のならあるかもしれません。料理長に聞いてみますね」
「じゃあ、僕の分あげる。そしたら大きいお魚になるでしょ?」
ノアも駆け寄って来て2人とも真剣に考えてくれた。
「2人ともありがと。」
誰かから構ってもらうことが久しぶりだった私は少し照れくさくなった。

私は、最終日までノアにこの家を出ていくことを言うことは出来なかった。
こんなに仲が良くなったのに離れたくない。でも王族の命令はたとえ公爵の私でも逆らうことは出来ないことである。
それなら少しでもノアが寂しくないように…
「ノア、この地図に書いてあるところにあなたの本当の母親が住んでるの。もしも一緒に住みたいなら連れてきなさい。」
ノアは、子供が私しかいないため跡継ぎ問題があったリリアン家に養子として1人で来た。
一応、ノアのお母さんのほうにもお金を渡してはいるがノアはまだ13歳。寂しい歳なのではないだろうかと思っていたのだ。
「でも、姉さんは庶民が嫌いなんじゃ…」
「私はこの家を出ていくし、もう地位だけで差別しないって決めたの。この家のお金は全てノアのものよ。好きなだけ使いなさい。今まで本当にごめんなさい。きっとあなたはいい公爵になるわ。」
(よしっ、すんなりと言えた!)
もし、涙で詰まったらどうしようかとも思ったが理想通り話を持っていくことが出来た。
しかし、そんなことを考えている私とは裏腹にノアの表情はどんどん曇ってくる。
「嫌だ、姉さんと離れたくない、一緒に行けないなら…」
そう言うとベランダの方に行き手すりに立った。
「僕ここから飛び降りる」
「ノア!?」
「だから連れてって…」
まさか、こう来るとは思わなかった。さすがにキャラを死なせる訳には行かない。
それに、ゲームであってもノアは可愛い弟だ。
死んで欲しくない。
「わかった、アルフォンスにお願いして連れてきてもいいようにするわ。だから早くこっちに降りてきて」
落ち着いて、一言一言丁寧に言う。私の言葉で人1人の命が関わっているのだ。
ノアは満足そうな顔でゆっくり手すりから下りた。
(よかった…)
安心して見守っているとノアが掴んでいた柵が急に外れた。
そのままノアの体勢は崩れた。
「わぁっ!?」
「ノアっ!!」                    
咄嗟に駆け寄り、ノアに向かって手を伸ばした。
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