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嘘と本当の心の内

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私は間一髪のところでノアの手を掴んだ。
「お嬢、今行きます!」
ルイが駆け寄ってくる。でも、この私には必要ない。これでも力には自信がある。
「おりゃぁ!」
引き上げることは出来た。しかし、勢いがありすぎて倒れるような形になってしまった。
「んっ!?」
ノアの唇と私の唇が触れている。
ノアをはね返そうとするがさっき力を出しすぎたせいで力が入らない。
「んっ、んん!」
ノアはいっこうに離れようとはしない。
私は、起きるべくバタバタと足を動かした。
「ノア様っ!!」
ルイが私からノアを引き剥がす。
「ふふっ、姉さんの唇いただきっ♪」
ノアは上機嫌に部屋に入っていった。
私は何が起こったのか分からずただただ固まっているだけだった。


「……じょ……お嬢」
「あっ、ルイどうしたの?」
「どうしたのじゃありませんって。さっきから注いでる紅茶こぼれてますよ。」
言われるまで気が付かなかった。あれからずっとぼーっとしてしまっている。
今は王宮の自分の部屋で休んでいるところだがさっきまで本を逆さに読んでいたり馬車で降りる時に踏み外したり、色々と大変だった。
キスなんて今まで1度もしたとがない私は明らかに混乱状態だ。
実はこの仕事、キスしそうな攻略場面は沢山あるのだが、個人の好みを配慮してキスシーンはとばされることになっている。
(悪役令嬢が地雷の人とかも多いし…)
この世界、バグが何個あれば気が済むのだろう。
本来ならありえないはずの行動が行われたことも混乱しているひとつの要因であった。
紅茶を拭いてくれているルイを見ていると、1つの疑問が浮かび上がる。
(これってノアだけなのかな。ノアからやってきたからじゃなく、私から誰にやっても制限されることがないなら……)
だが、そんなことしたらルイを傷つけることになりかねない。
私は頭を思いっ切り横に振り、考えを抹消しようとした。
「で、なんの話しをしてたんだっけ?」
何か話しかけてくれていたがこんな状態だったため、全く聞いていなかった。
「ですから、来月行われる予定のノア様の誕生日パーティーの話ですよ…」
ルイは呆れたように私の顔を見る。
そういえばもうすぐノアの誕生日だ。
ゲーム内では、ジャネットとノアの仲は悪かったため、誕生日パーティーなどやらなかったが、せっかく仲良くなったのに何もしないのはもったいないと思い、私はパーティーを提案したのだった。
公爵家にお金は十分ある。
「そうだったわね…じゃあ、予算はこれくらいでいいかしら…会場はあの湖の近くにしましょう。どの時間帯も綺麗で素敵だわ。でも、木が多くて人があまり入らないわよね…そうだ、近くの広場に食事を置きましょ!それで、あの大きな湖には大きな船をおくの。」
今までの乙女ゲームの知識を生かし、どんどん計画を立てていく。
ルイはいいですね…と何度も相打ちをしてくれて、話を進めやすかった。
「それじゃあ、詳しく決めるために一回家に戻りましょうか。」
私は湖に行くため、アルフォンスに許可を取りに執務室へと向かった。

「パーティーですか?」
アルフォンスは意外そうな顔をしている。
ジャネットが誰かのためにパーティーを開くなんてことは驚きだろう。もちろん私はジャネットじゃないのだから普通にパーティーの計画も立てる。
「湖で…いいですね。僕も行っていいですか?パーティーの運営には慣れてるんです。きっとお役に立てると思いますよ。」
忙しいのではないのかとも思ったが本人が行けると言うのなら行けるのだろう。
私はアルフォンスの言葉に甘え、着いてきてもらうことにした。
王子がいるということで私達は王族用の馬車に乗った。
いつも通り、ルイが馬車に乗ろうとした時アルフォンスがルイの行く手を阻んだ。
「ルイ、何、勝手に馬車に乗ろうとしてるんですか?騎士なのですから馬車の周りを見るべきかと思うんですが。」
「外は護衛たちが見てくれています。ちなみに私は『近衛』騎士なので、いつも近くにいるべきなんですよ」
  「そうですか…でも、今回は僕も乗ってるのでいつもより危険かもしれないですよ。って言うことで外をお願いしますね。」
そういうと、アルフォンスはルイを押し出し、すぐにドアを閉めた。

「ふぅ、邪魔者もいなくなりましたね。ジャネット。私はあなたに聞きたいことが沢山あるんです。まず、そんなに雰囲気が良くなった理由を教えて貰ってもいいですか?」
ド直球すぎる。これではそれまでのジャネットが嫌いだったと言っているようなものだ。私が言われている訳では無いから辛くは無いのだが、ただただ高熱で少し性格の良くなったジャネットだったら怒り狂っていただろう。
とりあえずあらかじめ考えていた理由をそのまま口に出した。
「高熱を出した時、夢を見たのです。私が他人の視点になる夢です。私が私に手を上げるのです。その時、私は気付かされました。私がしてきた悪行の数々を。どれほど彼らが辛かったのかを。夢から覚めた私は決意したのです。許されなくてもいい。それでも誠意を示し謝りに行こう。そして、変わろう…と。」
こんな作り話でもアルフォンスは真剣に聞いていてくれた。
「そうでしたか…悪行が無くなった理由を理解出来たのは良かったのですが、それは大変でしたね…そもそも、あなたがあんなに我儘になったのには理由があるはずですよね。何か心当たりはありますか?親にずっと甘やかされてきたとか。」
親に甘やかされる…か。そんな理由だったらどれほど幸せだっただろう。
私はさっきとは違い、本当のことをゆっくりと連ねていく。
「私は…親に愛された事なとありません。父はずっと仕事で母は自分のことでいっぱいでした。私に構ってくれる使用人なども、1人もおらず、愛に飢えていたのです。ですが、1度だけ構ってくれた時がありました。私がパーティーで使われていた食器を壊してしまった時です。父と母は私を『娘』だと言ってくれました。その時、私が彼らの娘になる方法はこれなのだと理解してしまったのです。」
涙が溢れ出てくる。私とジャネットが重なったせいだろうか…私『たち』は愛に飢えていた。
「私はっ……私はただ…彼らに愛されたかっただけだった……誕生日でも、勉強ができても、何をしても無視される私が…彼らに構ってもらえる唯一の方法……そう考えた時にはそれしか頭になかったの……それは父と母が亡くなっても変わらなかった…」

言い終わった時には、涙で前が見えなかった。
「どうぞ、」
差し出されたハンカチで涙を拭う。
1度、深呼吸をして心を落ち着かせた。
「ですが、私が悪かったことに変わりありません。この10年間の罪は一生をかけてでも償うつもりです。」
「そうだったのですね…話すのも辛かったですよね…無理に聞きだしてしまってすみませんでした…これからは僕があなたを愛します。今まで貰い損ねた愛の分を全て。そして、あなたが背負っている大きな責任も僕が一緒に償います。だって、夫婦は互いに助け合っていくものでしょう?だから、どうか泣かないでください。僕はあなたの笑顔が好きなんです。」
アルフォンスが私の手からハンカチを取り、優しく頬に滴る涙を拭いた。
助け合う…
私は子供の頃からずっと…1人だった…。
そしてこれからもずっと一人で生きていくのだと思っていた。
アルフォンスと共に生きていきたい。彼は私を幸せにしてくれる。だが私はルイが好きだ。この気持ちを持ったまま彼に甘えることはできない。でも…
「私は、今、好きな方がいます。婚約者がいるのに…恋愛感情を持ってしまったのです…こんな最低な私でもあなたにに甘えてみてもいいのでしょうか…」
私は、本心をそのまま伝えた。
ゆっくりとアルフォンスは私を抱擁し、耳元で囁く。
「いいですよ。たとえ、あなたの心が私になかったとしても。」
私はその言葉で泣き崩れてしまった。
(愛してあげると言られるだけでこんなにも嬉しいものなのね…)
アルフォンスはボソリと呟いた。
「きっと最後は僕のものだから…」
だがその言葉は泣いている私には届かなかった。

お嬢はある日、突然思い出したかのようにノアの誕生日パーティーを開こうと言い出してきた。
まぁ、姉弟で仲良くなるのは嬉しいことだが、ノアの方は何か別の感情もあるように見えた。
(お嬢が他の男と仲良くなるの嫌だな…)
ただの弟と言っても、義理だ。恋に発展することも無くはない。
お嬢のためを思ってあの時、笑みを見せたがなかなか諦め切ることが出来ない。
(どうしたものか…)
俺はお嬢の部屋の前で大きなため息をつくのだった。

日は変わって王宮に着いた次の日。
気持ちを落ち着かせるためにとお嬢がお茶を入れてくれることにになったのだが目分量になっても注ぎ続けられた。
(まずいっ)
紅茶はそのまま溢れ出てしまい、机を濡らす。
だがお嬢が手を止める気配は一向になかった。
「お嬢っ!!こぼれてますよ!」
慌ててお嬢を正気に戻し、紅茶をお嬢の手から離す。
あの出来事からお嬢はいつも上の空だ。
ノアがお嬢にキスをしたあの日、今までの不安な予想が確信に変わった。
(ノア様はお嬢に好意を寄せている…)
「それじゃあ、詳しく決めるために一回家に戻りましょうか。」
その後、ある程度パーティーの詳細が決まり外出のために王太子に逢いに行くことになった。
しかし、許可を取りに行っただけだったのに、アルフォンスは一緒に行くといったのだ。
王子なのに忙しくないのか…と思って机をみてみると処理された書類の山が置いてあった。
せっかく2人だけで話せる時間になると思っていたのに…と思っていたがそんなことを言える立場では無いため、静かに2人の後ろをついて行くのだった。

いつもお嬢がいいと言っていたから何も考えずに馬車に乗っていた。しかし、本来ならば馬車の外で警備をしていなければならない。それでも、自分がおかしかったのだと認めたくはなかった。
王太子に言われ、初めて気づいた。
「ルイ、なぜ勝手に馬車に乗ろうとしてるんですか?騎士なのですから馬車の周りを見るべきかと思うんですが。」
「外は護衛たちが見てくれています。ちなみに私は『近衛』騎士なので、いつも近くにいるべきなんですよ」
「そうですか…でも、今回は僕も乗ってるのでいつもより危険かもしれないですよ。って言うことで外をお願いしますね。」
すぐに正論で返されてしまい何も言えない。
もう、何も出来ない俺は渋々外で警備することにした。 
だが諦めた訳では無い。俺は日頃からお嬢の服に盗聴魔法をかけたボタンをつけている。
ただのお嬢が危険に合わないためのお守りだ。決して他意は無い。
そのボタンと連動しているボタンを耳にフィットするような形に魔法で変え、彼らの話を聞く。

「そんなに雰囲気が良くなった理由を教えて貰ってもいいですか?」
それは俺も知りたいことだ。
ずっとわがままだった人がなぜあそこまで変わったのかを。
「高熱を出した時、夢を見たのです。……」
初めて聞く話だ。まさかそんなことがあったとは…
高熱を出した時は誰一人として彼女の看病をしていななかったと後からミナに聞いた。
彼女を変えた原因でもある悪夢が途切れることがなかったのはきっとそのせいでもあるだろう。
実際、お嬢もそのことはわかっているはず。それでも誰一人としてクビにしないのはスゴいと言っても良いだろう。
俺だったらそんなヤツらとはすぐに関係を断ちたいのに。
「そもそも、あなたがあんなに我儘になったのには理由があるはずですよね。何か心当たりはありますか?親にずっと甘やかされてきたとか。」
全文は聞き取れなかったが、これも俺が聞きたいことだ。だが、お嬢が甘やかされていないことは知っている。
お嬢は先程よりもゆっくりと静かな声で語り出した。
「私は…親に愛された事なとありません。父はずっと仕事で母は自分のことでいっぱいでした。私に構ってくれる使用人なども、1人もおらず、愛に飢えていたのです。ですが、1度だけ構ってくれた時がありました。私がパーティーで使われていた食器を壊してしまった時です。父と母は私を『娘』だと言ってくれました。その時、私が彼らの娘になる方法はこれなのだと理解してしまったのです。」
一言一句、はっきりと俺の耳に入ってきた内容は衝撃的だった。そんな5歳未満の子を放って置く親がいるのか。お嬢はただ寂しかっただけなのかもしれない。
あの時、お嬢の10歳の誕生日の時に勇気を振り絞り立ち向かうことが出来たのならお嬢は少しでも愛を感じてくれただろうか。
「私はっ……私はただ…彼らに愛されたかっただけだった……誕生日も、勉強ができても、何をしても私の事など無視した私が彼らに構ってもらえる……そう考えた時にはそれしか頭になかったの……それは父と母が亡くなっても変わらなかった…」
お嬢がすすり泣く声が聞こえる。
そして小さくアルフォンスの声も聞こえた。
「どうぞ」
ふわりと風の音がする。ハンカチを渡したのだろうか。
俺がそこにいたかった。お嬢の前に。
そうやってハンカチを渡して慰めてあげたかった。
だが相手はこの国の王子だ。場所を変わるなんてそんなこと叶うはずもない。
諦めなければいけない。そう思っていても俺はお嬢を好きな気持ちを抑えるめることは出来ない。
耐えられなくなった俺は盗聴器を耳から外し遠くの方へ投げたのだった。

「着いたぁ!」
太陽に照らされている湖はやっぱり美しく、何回見ても飽きない。
泣いて腫れた目は自分でハンカチを氷魔法で冷やし赤みをおさえ、聖なる光で腫れを完全に治したためもう大丈夫だ。
それを見ていたアルフォンスは随分驚いていたけどね。
なんせ、私の一族は闇属性の魔法しか使えないのに炎属性もプラスで使うことができていた私にさらに聖なる光の光属性を使えるようになり、自然と水、氷、風、土、雷の魔法を使えるようになっているのだ。驚くのも無理はないだろう。
驚いて固まっていた彼に一通り手の上に魔法を出してみせるとアルフォンスは目を輝かせていた。
(今度、ゆっくり見せてあげよ。)
いや、今度じゃなくてもいいかもしれない。
「2人とも、ちょっと危ないから後ろに下がってて」
私はルイとアルフォンスを湖から遠ざけた。
そして、魔力が体に流れているのを感じながら器用に魔法を使っていく。
まずは…
「聖なる光よ。湖の周囲の木を成長させろ。」
ぐんぐんと木々が伸びる。
馬車の中で聖なる光には光属性っぽい魔法全部できるらしいことを知った。それを踏まえ、試しにやってみたのだ。
そして次だ。
「鋭い風よ。木々を切れ。」木が切れる
「静かに燃ゆる炎よ。木々を炙れ。」木が炙られ、茶色く焦げる。どこかで炙った木は長持ちすると聞いたことがあった。
「穏やかな風よ。木を湖まで運べ」炙られた木が湖へと飛んでいく。
「大地の土よ。水を含み木々を繋げ。」船の形になった木を泥が包む。
「水よ。飛べ。風よ。水を運べ」
泥の中に含まれてている水が全て空気中に放出され泥が固まる。そして放出された水は風に運ばれ雨の降らないどこか遠くの地域へと旅立って行った。

さすがに鉄などの金属は出すことはできないためあまり頑丈では無いが、物の数分で人が1000人以上入れるような大きな船が出来上がった。魔法、有能すぎる…
「ふぅ…疲れたぁ!完璧じゃない!?こんなの作れるなんて私、天才よね。」
後ろを振り返るとアルフォンスは腰を抜かし、ルイも木に倒れかかっていた。
「どうしたの!?」
私は2人に駆け寄り、手を差し出し起こす。
呆れたような顔でルイは口を開いた。
「どうしたのじゃありませんよ。お嬢。誰でもあんな魔法見せられたら驚きますって。普通の人でも魔法は少しでだいぶ体力削られるのに同時にあれだけなんて…化け物ですか…」
そう言われてみれば、この世界でこんなに魔法を連発するのは異常だ。
これからは使わない方がいいんだろうけどすごい便利だし…隠れて使おっかな…
なんて考えながら船を見る。
泥と木で出来た船は綺麗な湖には合わない。
「ねぇ、2人とも、気絶しちゃダメよ。」
私はさっき以上に気を引き締め、手を船の方に向けた。
「永久にとけぬ氷よ。炎が当たろうとも雷が落ちようともビクともしない氷よ。泥をそして木を全てをそなたに変えよ。」
(今までもずっとそうだったけど詠唱めっちゃ厨二病で恥ずかしい…)
だが、具体的に言った方が正確に構成できるのだ。少しかっこよく言うのは私の好みだけど…
木の耐久力はそのままで全ての素材が氷に変わった船、それは恥ずかしさを打ち消すほどの美しさであった。
「…………美しいですね」
考えたことをやめたのか2人とも船をボーッと眺めている。
暖かな日差しに刺される氷の船は溶けることも無く、ただ湖の上を揺蕩うのだった。

「それじゃあ、中に入ってみない?」
私は、2人の手を掴み船の前に来た。
「ジャネット…これじゃ僕たち乗れないよ?」
今の氷の船は自由に揺らめいている状態で陸との接触点がない。
でも私には魔法がある。魔法を使うため手を前に出そうとする。
だが私が2人の手を掴んだ時、何故か2人とも繋ぎ直したために彼らが離さないと手が自由にならないような形であった。
「2人とも…手を…」  
だが、2人は無言で手の力を強めてくる。
(仕方ない言葉だけでやって見るしかない…か)
「水よ。鎖の形となりて大地と氷をつなぎ止めよ。」
すると、鎖の形をした氷が船を固定させた。
「氷よ。船への架け橋となれ。」
すると、入口への階段ができる。
(声だけでもできるんだ…これから色々なとこに役に立ちそう!)
ジャネットは、また1つ難しい技ができてしまったことなど知り得ないのだった。

「わぁ、広い…でもパーティーの食事とかこっちの方がいいのよね…もう少し大きくできないかしら…」
空間魔法は何の属性だったか…
少し考えてみたが、どこの属性にも当てはまらないような感じがした。
そういえば子供の頃読んでいた漫画で、時間魔法や空間魔法、召喚魔法は禁術だったかなんだか…
いや、でもこの世には存在していたはずだ。
そうだ、精霊の特殊能力だった。
このゲームの中でもヒロインが精霊たちを助けたため時間を止めることができるようになっていたはず。
時間を止めることができるなんて夢のような話だ。
それに空間魔法は今、私が最も必要としている。
「ねぇ、会場は出来がってどこに何を置くかとかもだいたい決まったし、私、精霊に会いに行ってくるわ。」
「「は?」」
2人とも何を言っているのだという顔をしている。
それもそうだ。精霊はなかなか会えるものでは無い。
だが、私は知っている。精霊はすぐ近くの森にいるのだ。
「お嬢、精霊はおとぎ話の話で…」
「4日くらいかかると思うから早く支度をしときたいの。今日は解散よ。また今度連絡するわ。それじゃあ2人とも元気でね~。」
私は屋敷に向かって歩き出す。すると同時に両腕を掴まれるような感覚がした。振り返ると必死な顔つきで私を見ている。すると同時に彼らは口を開いた。
「俺も」「僕も」
「「連れてってください!!!」」

(せっかく1人でゆったり過ごせると思ったのに)
だが、1番の権力者と1番の攻略対象を断るなんてことできるくらいの勇気は私には存在しなかった。
「じゃあ3人で行きましょうか」

家に着き、今日あったことを日記に記すため引き出しを開けた。
ここに来た時から毎日日記を取っているのだ。ゲームの設定など大事なことも書いてあるため日本語で書かれている。
誰も引き出しなど開かないはず。だが中を見てみると日記の向きがいつもと逆になっていた。
私はいつもノートを入れる時は奥をノートの上にして置くのだ。
こんなふうに置くはずない。もしかしたら使用人が片付けようと思ったのかもしれない。
そう結論づけ、私は日記の空白のページを開いた。

しばらくするともうひとつ違和感が見つかった。
ドレスを脱ぐと見た事のない場所にボタンが着いていたのだ。
不思議に思った私は着替えたあと、部屋の前にたっていたルイに呼びかけた。もちろん部屋には入れない。
「ルイ、このボタンなんだけど心当たりある?」
すると、ルイは真っ青になりドレスを私から無理やり奪ったあとすぐにわたしの元に返した。
「すみません。このドレスに似合うボタンかなと思ったもので…」
ボタンくらいでそんなに真っ青になるものなのかとも思ったが、まだ私が怖いからかもしれない。
私はドレスに着いているボタンを見た。
淡い色のドレスに付けられた少し濃い色のボタンはとても綺麗に映えていた。
すると違うところにも硬い感触がする。
裏返してみるとそこには違う系統のボタンが着いていた。
「じゃあこっちのボタンも?」
「え?」
ルイも心当たりがないようだ。
ではこれは一体…
「それは僕だよ。」
ルイの後ろからヒョコっとノアが顔を出した。
「僕もルイがボタンつけてるの見て同じのやりたいなって思ってつけちゃったんだ。迷惑だった?」
上目遣いで言ってくるノアはまさに国宝級の可愛さだ。そんなの許さないわけない。
「いいえ、とても可愛くて素敵よ。ありがとう。」
そうして、ノアは満面の笑みで自分の部屋へと走っていったのだった。
ノアが見えなくなったあと、ルイはぼそりと呟く。
「……あそこから流れてくる魔力って……」
「ん?なんか言ったかしら?」
あまりの声の小ささに聞き取れなかったが、少し待ってみても返事をせず、真剣に考え事をしていたため私はそのまま部屋に戻ったのだった。

姉さんがなにか企んでいる。
僕がキスをした後からずっと姉さんは僕を避けているため、その何かは聞き出すことが出来ない。
こうなったら魔法を使いボタンに盗聴機能をつけるしかない。いつも家で姉さんが着ている服に似合うボタン。これなら怪しまれずにつけるこのができるだろう。
入浴中なのを確認して急いで姉さんの部屋に行く。しかしそこには先客がいた。姉さんの近衛騎士であるルイだ。あいつはどうも気に食わなかった。
(そうだ…)
ルイも僕が考えていたことと全く同じことをしていた。
付けられた不自然なボタンに魔法を足す。
彼自身にとって都合のいい事は聞こえなくなるようなものだ。
「いい気味。」
僕は自分のボタンを素早くつけ、部屋を後にするのだった。

僕は自分の部屋に戻り、盗聴をする。
「どうしたのじゃありませんって。さっきから注いでる紅茶こぼれてますよ」
初めに聞こえてきたのはルイのこえであった。
今もあいつと一緒にいるのかと思うと無性にイライラするが、落ち着いて声に耳を傾ける。
「なんの話してたんだっけ?」
「ノア様の誕生日パーティーの話ですよ。」
ずっと隠れてなにかしてたのはこれだったのか。
知ることはできたが、なんだか罪悪感がある。
(これ絶対聞いちゃダメなやつだ……知らなかったことにしよ。)
意識を会話に戻すと、2人はアルフォンスに外出許可を取りに行くようだ。
ここに僕の出番は無い。
僕は魔法を解き、盗聴をやめた。
「それじゃあ、姉さんの部屋にでも行くか。」

姉さんの部屋の前に着くと2人の警備員がいた。
だが、僕はすんなり通ることが出来る。
姉弟の関係で仲がいいと思われればこっちのもの。
「すみません…姉さんに頼まれて花を置いておいてほしいと言われてて…中に入ってもいいですか…?」
できるだけ可愛く声を出す。
持ってる力は最大限に使うのは生きていくためにとても大事。
予想通り何も疑われることなく姉さんの部屋に入った僕は周りを見渡し、ひとつのところに目星をつけた。
引き出し。
もしかしたら何か大事なことが書いてあるノートが入っているかもしれない。
(王太子にも近衛騎士にも伝えられない悩みとか隠し事とかがあるのなら僕が支えてあげれば姉さんは僕のものだ。)
そう考えた僕はすぐに机の前に行く。
早く盗聴を再開したいのだ。盗聴しながらだと体力が足りなくなり、すぐにバテてしまう。
「あった…」
頑丈に鍵で閉められた日記が引き出しの1番上に入っている。
鍵を魔法で外し中をそっと確認した。
「なんだ…この文字…」
今まで色々な言語を読んできてこの世界の言葉は全て1回は見た事あるはずだが、日記にかかれている文字は1度も見た事がなかった。
記憶力はいいし、こんな特徴的な文字を忘れるわけは無い。なら忘れた訳では無いだろう。
(僕が読んだことない文字…か…)
姉さんの日記の文字の正体は分からなかったが、また今度調べようと決め、部屋に戻った。

「そうでしたか…悪行が無くなった理由を理解出来たのは良かったのですが…それは大変でしたね…」
アルフォンスの声が聞こえた。
「嘘だろ…」
アルフォンスの言ってることから推測して、多分姉さんが変わった日何があったのかを聞いていたんだろう。
なんで、そんな今いちばん知りたい所を聴き逃したのか…少しの間落ち込んでいたがふと、自分のミスに気がついた。
ルイのボタンに魔法をかける時、少しふらついた。もしかしたら魔法の量が多かったのかもしれない。ほんの少しの感覚だったためあまり気にしていなかったが、まさか自分の盗聴器にもかかってしまっていたのか。
ここから聞いてもそんなにいい事は聞けないだろうと思いつつ、盗聴器越しの声に耳を傾ける。
次は今までなぜ悪行を繰り返してきたかっぽい。
「私は…親に愛された事なとありません。父はずっと仕事で母は自分のことでいっぱいでした…………その時、私が彼らの娘になる方法はこれなのだと理解してしまったのです。」
 初めの方は聞こえなかったが大体は理解ができた。
まさか、そんな出来事があったとは。
そういえば、僕は2人が生きていた間、姉さんが父上と母上と話している姿を見たことがなかった。
いつも愛を伝えてくれたリリアン家の父母は僕が見ていないところで姉さんにも伝えているのだと…そう思い込んでいた。
(僕に当たっていたのはそういうことだったのか…)
姉さんは続ける。
「私はっ……私はただ…彼らに愛されたかっただけだった……………それは父と母が亡くなっても変わらなかった…」
それほどまで…
痛みは酷いものだったが、愛されない痛みの方が辛い気がする。僕は生まれた時から母に愛され、それほど苦しくなく生活してきた。
(まさか、姉さんは1度も愛されたこと無かったの…?)
僕は部屋のベルを鳴らしミナを呼ぶ
「ミナ、姉さんって僕が来る前、家族との関係はどうだった?」
少し困惑している様子の彼女だったが少し悩んだあと、語り出した。
「お嬢様は生まれた時からご主人様と奥様から妬まれておりました。元々奥様は子供を授かることの出来ない体をしており、なんとかできた子供だったのです…」
これでは疑問が生じてしまう。
「念願の子ならば大切にするのでは?」
深刻そうな顔でミナは答える。
「御二方は男児を希望しておりました。後継者のためです。しかし、生まれてきたのは女の子。それはそれは、悲しみ、その恨みや妬みを全てお嬢様にぶつけました。お嬢様が5歳くらいになるまでこの屋敷では虐待が普通でした…」
少し涙声になっている。
「5…さい…」
はいと静かに答える。
「ノア様が来てから、状況は変わりました。後継者の問題が解決したからでしょう。暴力を振るうことはなくなりましたがそれからはまったく構うことがなくなりました。
じつは…2人はジャネット様の名前を生まれてから1度も呼ぶことはなかったのです…」
その話を聞いて、僕は絶句した。
まさか、そんなに酷いものだったとは…
母上たちも後から来た僕にあんなに愛情を注いでいたんだ。妬みたくなる気持ちも分かる。
僕は今まで気づいていなかった。僕が姉さんの分の愛情を貰っていたことを。
これからは僕が姉さんにたくさんの愛情を与えてあげないと…今までの分をすべて。
ミナには部屋から出ていってもらい、僕はまた彼らの方に耳を傾けた。

「精霊に会いに行ってくるわ!」
「「「は?」」」
少し癪だが、器械越しの彼らの声と同じ反応をしてしまう。
全員が同じ反応をするのも無理は無い。精霊は物語でしか聞いたことがなからだ。
「それじゃあ元気でね~。」
(いつの間にか行くことになってる…)
鼓膜が破れそうなほどの声が聞こえてきた。
「「連れてってください!!!」」
「うわぁ!?」
本当にやめて欲しい。
(あの二人と一緒にさせるのは危険だ。僕も姉さん達が帰ってきたら連れてってもらおうわないと。本当は2人きりがいいけどさすがの姉さんも護衛は欲しいし王太子の願いを拒否できないだろうし。)
王宮から公爵家までは約2時間。ゆっくり待つとしよう。
僕は冷めた紅茶を口に流し込んだ。
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