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精霊の国〜1〜

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「……はぁ、疲れたぁ」
反響するように両耳から声が聞こえてくる。
「姉さん、おかえり。」
僕は自分の部屋を出て、通りかかった姉さんに顔を見せる。
「あっ、ノア!ただいまっ!」
元気なその声は盗聴器越しの声よりも軽やかで僕の心をドキリとさせる。
(早く、姉さんを僕だけのものに)
僕は部屋に戻り、これからの計画を立てることにした。

筆を持ったその時、左耳から「ボタン」という言葉が聞こえたような気がした。
(やばい…気づくのが早すぎる)
早く盗聴器を取りに行かなければいけない。
周りの人に不審に思われないように早足で姉さんの部屋に向かった。
着いたそこには、ルイが慌てた顔で立っている。
「じゃあこっちのボタンも?」
そう言って、姉さんがドレスに着いたボタンを見せている。
ギリギリ間に合った…
「それは僕だよ」
何事もなかったかのように、息を整え明るく言う。
姉さんはなんとも思っていない様子であった。
だが、ルイは感じ取っているのだろう。先程よりも警戒心を強めていた。
(邪魔だな…)
急ぐ必要なんてなかった。
しかし、早く自分のものにしたい一心でルイを呼び止めた。
「後で僕の部屋に来てくれないか?」

少し経った後、ルイが部屋に来た。
「どうぞ。」
僕は部屋にある椅子を勧める。
「早速本題だけど、姉さんに近づきすぎだと思うんだけど。ルイって騎士だよね?近衛騎士なだけ。勘違いしないで。」
ルイは黙って僕の方をじっと見つめる。
「姉さんは僕のものだ。ただの騎士なんかに渡さない。辞めさせたいのは山々なんだけど、お前のために姉さんが苦労して義手を作ったんだ。その分はしっかり姉さんを守ってくださいね。」
騎士の仕事は主人を守ることだけ。
そんなことも分からない奴など公爵家にいらない。
だが、追い出したら姉さんが悲しむ。
僕はルイの去っていく背を見ながらこれからのことについて考えていた。

「みんな、出発するわよ!」
私は、何泊か野宿する用の荷物をアイテムボックスに入れて馬車に乗った。
馬車は、4人がゆったりと座れるくらいの大きなものだ。
実はあの日の翌日、ノアが連れてっ言って欲しいと言ってきた。
初めは危険だからやめといた方がいいと思っていたが、上目遣いで可愛い瞳に涙を溜めている彼を見ると断れなかった。
そうして、精霊に会いに行くのは私、アルフォンス、ルイ、ノアの4人で行くことになった。

(空気重たっ…)
楽しくワイワイ行くのが旅の醍醐味だと思っていたのに馬車の中の空気は最悪だ。
「あの…みんな仲良くしましょうよ…ね?…」
私は圧迫してくる空気を何とか消そうと声をだす。
しかし、その努力はすぐに水の泡へと変わってしまう。
「なんで、王子の僕がこんな人たちと仲良くしなければならないのですか?ノアならまだしもこの騎士と仲良くする筋合いはありません。」
「ならノアと……」
私の言葉を遮るようにノアが口を開く
「姉さん。僕この王子嫌い。」
急な告白。
「ノアっ!?」
こんな面と向かって相手に嫌いなど言う人などいるのだろうか。それも王族相手に。
私は口を開けたまま固まってしまっていた。
王子は口を押さえて笑い、頑張って息を整えていた。
「ほら、ノアもこう言ってますし、僕は仲良くする気ないんで。」
こっちもこっちで…
ルイはいつも人懐っこい(私の前では)のにずっと無口。
(このままで大丈夫なのだろうか…)
私は頭を抱えたのだった。

何時間か馬車に揺られたあと、止まったそこは木が生い茂る森だった。
「ここまでしか道がないのですが、大丈夫でしょうか。」
御者の声が聞こえた。
私は返事をして馬車を止めてもらう。
そこは公爵家の庭よりも何倍も美しく、まさに精霊の住処という言葉が似合うような所であった。
「きれい…」
ノアがボソリと声を漏らす。
「俺、半信半疑だったんですけどここに来るとなんか絶対いるような気がしてきました。」
ルイは周りを見渡しながら呟く。
それまで信じていなかったっぽい3人だがこの景色を見た事で少し信じたようだ。
「それにしても、こんな綺麗な森があるなんて知りませんでした。僕もまだまだですね。」
それって14が言うセリフだろうかなんて思いながら私は記憶を頼りに足を動かした。
「みんな、こっちよ。」
全く会話をしない3人を連れ、森の奥へと進む。
右手をしっかりと恋人繋ぎで繋いでくるアルフォンス、左腕に引っ付いて離れないノア、いつもよりも私と歩く間隔が広いルイ。
とても歩きづらかったが振りほどくような気にもなれなかったため、そのまま歩いていく。
(ここら辺に精霊の木があって…擦ると出てきてくれるはず…)
ヒロインより強力な魔法は使えないだろうが、ここに来ただけでも属性がひとつもらえると設定されている。隠し設定だ。
ほとんどの人は知らずにゲームをプレイしており、ネットのサイトにさえも載らないような知名度の低さなのたが。
まぁ、私は実際にセカイに入るんだし知ってて当然である。
…………え?
しかし、私の記憶では大樹があるその場所は何も無かった。
ただそこだけ丸く植物が生えていない。雑草さえ。
ゲームの中ではここから精霊は生気を養っていたような気がしたのだが…

私は中心を眺めた。
もしかしたら痕跡など何かあるかもしれない。
いや、絶対にある。私の中の何かが言っている。
私でもジャネットでもない誰かの記憶が。
私は2人の手を振りほどき中心に向けて走る。
「ジャネット!?」「姉さん!?」「お嬢!!」
重なって聞こえた3人の声は私の耳を通り抜けた。

『こっちへ来い。』
聞いたことの無い声。ここには私たちしかいない。
声優さんの声は一通り覚え、登場人物が誰だかは分かる私が聞いたことないということは、この声の持ち主はゲームのキャラではないということ。もしくは声が当てられないほどのモブキャラ。 ゲームに関係ないことは関わりたくなかったが、本能なのか早く中心に行きたい衝動に駆られる。
私は走り、誰よりも早く中心に着いた。
すると体が軽くなるような感覚に襲われ、自分の体が半透明になっていることに気づく。
「どうなってるのこれ…」 
いちばん早くに着いたアルフォンスが私の手をつかもうとする。
だがその手は虚しく空を切った。
「あっ……」
次の瞬間、聖なる光よりも激しい光が私たちを刺す。
私はギュッと目を瞑りそのまま意識を失ったのだった。

「ここはどこ…?」
さっき居た森と似ているが何か違う。でも何が違うかは分からない。そんな場所は、私に不快感を感じさせた。
(こんなところで立ち止まっていちゃ何も進まないしとにかく、この場所の手がかりとなるものを見つけよう。)
 しばらく歩くと光の線が1本、私の前に現れた。
長い間進展がなくもうこれに頼るしか無かった私は、その光をたどっていく。
光の線が切れた。目の前には薄い緑色をした壁のようなものが立ち塞がっている。
向こう側はうっすら透けては見えるが、壁に塞がれてて行けそうにない。
(どうすれば…)
壁に手をかけたその時。
「きゃぁ!?」
手は壁と思っていたものをすり抜け、私は地面に膝を着く。
「いてて…」
膝をはらい前を見ると、見たことの無い生命体。
光に照らされる無数の羽。飴のように輝いている髪。シルクのように白い肌。
(設定資料で見た妖精と一致してる…)
妖精は、ゲーム中では絶対に会えない存在だが、裏設定として、精霊よりは魔力の少なく、精霊の国でしか会うことは出来ない。という感じになっている。
(ってことは、ここは精霊の国か…)
私が妖精を見渡していると1人が声を張り上げた。
「救世主様だ!!!!!」
一斉にそこにいた妖精達がこちらを向く。
じろじろと私を見たあと、全員が話し出した。
「この魔力量、今までに見た事ないわ!」
「こいつ、人間界にある全属性の適性があるぞ。」
「全属性って土と光もですか!?それなら王が助かるかもですね…」
何を言っているかはよく分からなかったが、この妖精たちの王が大変なことはわかった。
救世主ということは王を助けて欲しいのだろう。
「みなさん!落ち着いて下さい!まずは今の状態を説明してもらいたいのですが!」
何万といる妖精達に聞こえるくらいの大きな声を響かせる。
彼らは、一瞬でしんと静まり返り1人が前に出てきた。
「わたくしは、妖精の中の長のオフィーリアと申します。簡潔に説明致しますと、私たちの王、精霊王様が今、深い眠りについておりまして今まで人間界にあった精霊の木が保てなくなってしまいました。そのため、あちらにいた妖精や精霊は1度この精霊界に戻ってきたのです。」
(だから、あそこにあると思っていた大樹がなかったのか…)
そのまま、オフィーリアは続ける。
「今、王に必要なのは、自然の恵みと魔力です。魔力を注ぐのは人間界の聖なる光を持つものだけしか出来ません。それに、土の属性も持っていなければ自然の恵みを与えることはできませんし、この2つを同時にやることの出来る魔力量があるものでしかいけません。私たちはこの何万年の時の中ずっとこれに適任するものを探しておりました。その方を救世主と名付けて…」
ここまで言われたら察してしまう。
「わたしが…その救世主…」
「その通りです。」
急に言われたから理解が追いつかない。
長い間眠っていた精霊王を治すなんて私にそんな大役が務まるのだろうか。
断りたかった。こんな期待させて出来なかったらどうしよう…
でも、もしも助けられるのなら助けたい。
「その精霊王様のところに連れて行って。」
私はオフィーリアにそう告げると、彼女は静かに頷き動き出した。
私はその後を追う。
私を見ていた妖精たちは私たちが通る道を作るように左右に分かれていく。
動くと共に光の粉が舞う彼らが作る道はまるでこの世のものでは無いように美しかった。
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