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イースターエッグハント
コサージュと香りと -1-
しおりを挟む「本当にありがとうね」
華村ビルに横付けした車のテールゲートを開き、荷物を積み込みながら花音が申し訳なさそうに言う。
「気にしないでください。どうせ暇でしたから」
咲はそう言って手にしていた紙袋を花音に渡した。
「おまけに荷物運びまで手伝ってくれて。……すごく助かるよ」
咲を振り返り、ニコリと笑う。柔らかな微笑みに思わず心臓が跳ね上がる。
「い、いえ……」と咲は照れ隠しにうつむいた。その目の端に小さな花束が現れる。
「え?」
顔を上げると、目先に花音が花束を差し出していた。薄いピンク色のヒヤシンスと紫のヒヤシンスに白いバラが使われている。大人可愛い花束だ。
「これって?」
咲は静々と花束に手を伸ばし、花音を見上げた。
「コサージュだよ」
咲の手に収まった花束を一瞥し、花音は静かにテールゲートを閉める。それから、咲を助手席へとエスコートし、ドアを開けた。
「ありがとうございます」と咲は助手席へと滑り込む。
紳士然とした花音の仕草には、平静を装えるくらいには慣れてきた。
──以前は、ちょっとしたことでドギマギしていたけれど。
それが花音さんのスタイルなのだと認識してからは、変に意識することはなくなった。
とはいえ、と咲は花音をチラリと花音を見る。
笑みを湛える花音には、やはり見惚れてしまう。
「どういたしまして」
花音は胸に手を当ててお辞儀する。ゆっくりと助手席のドアを閉め、運転席へと回り込む。
運転席に乗り込んだ花音はシートベルトを締めると、「今日は中山森林公園に行くんだ」と咲に告げた。
「中山森林公園?」
咲は首を傾げた。ここに引っ越してきたのは一ヶ月半ほど前。この辺りの地理にはまだまだ疎い。最近、ようやく華村ビル周辺の地図が頭の中に出来上がったばかりだ。
それを見通した花音が、「この前、日向川沿いの遊歩道でお花見をしたじゃない?」と尋ねる。
はい、と咲は頷いた。花音は咲を一瞥してから車を発進させる。
花音と悠太と連れ立って遊歩道を散策したのは、一ヶ月前のことだ。
延々と続く満開の桜並木は対岸の桜並木と合わさり、トンネルのように見え、そのトンネルを映す日向川も淡いピンク色に染まり、目に入る風景が全て桜色だった。時折、風に吹かれて、チラホラと花びらが舞い、花の香りが漂っていた。
「桜の匂いって、桜餅みたいですよね」と言うと、悠太は同調し、花音は大笑いして、近くの和菓子屋で桜餅をお土産に買ってくれた。
今思い出しても、心がほっこりとする春の日の出来事だ。
「その日向川の遊歩道沿いを山手に遡っていくと、森に囲まれた公園があるんだ。元々は営林局の施設だったんだけど、事務所が移転してからは公園として利用されているの」
花音はこの辺りの地理に不慣れな咲にもわかりやすいように説明を加えた。
「──その営林局の事務所が明治時代に建てられたルネサンス風の建物で。今はカフェとして利用されているんだ」
「へぇ、素敵ですね」
咲はまだ見ぬ風景を想像して感嘆の声を漏らした。
「今日の教室はそこで開催するの。きっと咲ちゃんも気にいるんじゃないかな」と花音はニコリと笑った。
「それでコサージュなんですか?」
手に握っていたコサージュに目を落とし、花音に尋ねる。
「今日のフラワーアレンジメントでは、コサージュを制作するんですか?」
咲の問いに、ううん、と花音は首を横に振った。
「花材が余ったんだ。……っていうと聞こえが悪いけど。お給料の前払いだよ」
「お給料の前払い……」
咲は複雑な表情でコサージュを見つめた。
「もちろん、あとできちんとお礼はさせてもらうよ」
そんな咲を、花音は不満があると思ったのだろう。そう告げる。
いいえ、と咲は慌てて手を振った。
「お給料なんていらないです」
花音さんには出会ってから今までとてもお世話になっている。感謝してもしきれないくらいだ。手伝いくらいただでしてもバチは当たらない。
「そういうわけにはいかないよ。仕事をしたなら、対価をもらうのは当然の権利でしょ」と花音は小難しい答えを返す。
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