華村花音の事件簿

川端睦月

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イースターエッグハント

コサージュと香りと -2-

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「それは、そうですけど……」とまだ渋る咲を横目で見、「そうそう、コサージュってね……」と花音は話を逸らした。

 咲は納得のいかないまま、耳を傾ける。

「今は結婚式や卒業式なんかの式典で使用されることが多いでしょ?」

 はい、と咲は頷き、コサージュを見る。

 現代の日本では、コサージュはフォーマルな場でのアクセサリーとして用いるのが主流となっている。だから、花音にコサージュを渡されたとき、『どうしてコサージュ?』と疑問に思ったのだ。

 不思議そうな顔をする咲を、花音はクスリと笑った。

「でもね、中世のヨーロッパでは、コサージュって日常的に身につけていたものだったの」
「そうなんですか?」

 咲は目をパチクリと丸くする。それをまた花音が笑う。

「そうなの。──当時のヨーロッパでは花を身につけることで、病気や悪いものを追い払えるって、信じられていたみたいなんだ」
「病気や悪いものを追い払う……」
「強いて言えば、厄除けみたいな」
「つまり、お守りってことですか?」

 ああ、そうかも、と花音は咲の意見に同意した。

「──ただ、日本のお守りとは違って、には、もうちょっと現実的な成り立ちがあるんだ」と付け加えた。

「現実的な成り立ち……」

 ポツリと呟いた咲に、そうだな、と花音は少し思案する。それから、「──中世のヨーロッパでは、お花は薬としても利用されていたの」と告げた。

「お花が薬?」

 ますます目を丸くした咲に、花音は、そう、と頷く。

「まぁ、お花が薬って言うと、ちょっと違和感があると思うけど──薬用植物っていうとピンとくるかな?」
「薬用植物……ハーブや漢方みたいなものですか?」

 そうそう、と花音は満足げに笑う。

「ヨーロッパでは主にハーブやスパイスを薬として用いていたみたいなんだけど。──香りのいいお花も薬として扱われることがあったんだ」
「香りのいいお花……」

 そうなの、と花音は応じた。

「その頃のヨーロッパには瘴気が病気をもたらすっていう考えがあってね」
「瘴気?」
「瘴気っていうのは悪い空気のこと」
「悪い空気……」
「そう。僕的には、その考えは的を射ているとと思うんだ。現代医学では病気の原因をウィルスだ、細菌だと特定できるようになったけど。結局のところ、悪い空気──不衛生な環境とか、精神を圧迫するもの──そういう『瘴気』が、病気をもたらしているんだからね」

 そうかも、と咲も納得する。

「そう考えると、瘴気って結構、あっちこっちにいますよね」
「え? あっちこっちにいる?」

 咲の言葉に花音は目を瞬かせた。

「ちょっとした失敗をしただけでも、姿を現しますからね」

 そんなペットみたいに、と花音は呆れてクスリと笑った。その笑いのまま、「そこで、瘴気を払うために香りが使われたの」と曰う。

「香りが?」
「うん。……ほら、空気が悪いと窓を開けて換気したりするでしょ。香りもその換気方法の一つだったんだよ」

 なるほど、と咲は頷いた。

「ポプリや匂い玉を身につけたり、お香を焚いたり、ハーブで燻蒸したり。そうやって病気の予防に努めたの」
「色々工夫しているんですね」

「ほんとにね。昔の人の知恵には感心させられるよね」と花音は肩を竦めた。

「そのうちさ、アラビアから蒸留の技術が伝わってくると、ワインから蒸留酒を作るようになってね」
「蒸留酒?」
「今でいうエタノールかな」
「エタノール……」
「そう。それで、その蒸留酒とお花やハーブを一緒に蒸留するようになったんだ」
「お花と一緒に蒸留する?」

 咲は首を傾げた。

「なんのためにですか?」
「これが後の香水やリキュールなんかに発展していくんだけど、当時は薬用酒を作るのが目的だったの」
「薬用酒……それって、養命酒みたいなものですか?」

 養命酒は生薬をお酒に浸した身体の不調を整えてくれるお酒だ。咲はお世話になったことはないが、祖父がよく飲んでいたことを思い出した。

「養命酒……」

 花音はキョトンとし、それからフフッと笑った。

「あ、違いました?」
「ううん、近いけど。養命酒なんて例え、なんだかお年寄りぽいなって思ってさ」
「お年寄り……」

 花音に『お年寄り』と言われたことにショックを受け、ションボリと肩を落とす。それに気づいた花音が、ごめん、ごめん、と謝辞を述べた。

「麗若き乙女にお年寄りなんて、失礼だったよね」と眉根を寄せる。

「ちなみに、その薬用酒を『アクア・ミラビリス』って呼んでいたんだ」

 バツが悪そうに花音が曰った。
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