華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
52 / 105
藤の花の咲く頃に

悠太の過去

しおりを挟む

 悠太の要望で遊園地の最寄り駅で待ち合わせる。

 同じビルなんだし、一緒に出かければいいのに、と咲は提案したが、「それだとワクワクが半減しちゃいますから」と押し切られ、今に至る。

 咲は腕時計をチラリと見た。

 待ち合わせ時刻は、午前十時。今は五分前だから、そろそろ悠太が現れてもいい頃だろう。

「咲さーん」

 予想通りのタイミングで、悠太が大きく手を振り、駆け寄ってくる。

 今日の悠太は白のパーカーに紺のデニムパンツ、紺のジャケットを合わせたキレイめカジュアルだ。背中に大きめのリュックを背負い、カタカタと音を立てながら走ってくる。

 その様子がまるで尻尾を振る子犬のようで、咲はクスリと頬を綻ばせた。

「……お待たせ、してしまって、申し訳、……ありません」

 咲の前で、悠太は息も絶え絶えに謝辞を述べる。

「ううん。まだ時間前だから、そんなに焦らなくても良かったのよ」

 咲は首を振り、笑った。

「でも、自分から誘っておいて、お待たせしてしまうのはちょっと……」

 悠太はしょんぼりと肩を落とした。

「本当に大丈夫よ」と咲は笑う。

「私もついさっき着いたばかりだし。それより……」

 咲は周囲を見渡した。悠太が大きな声を上げて走ってきたので、注目を浴びてしまったようだ。探るような視線に当てられ、居心地が悪い。

「……遊園地行こっか」

 咲は居た堪れず、悠太を促し、その場をあとにした。

 なかやまランドは最寄り駅から徒歩で十分ほどの距離にある。日曜日ということもあり、道すがら目につくのは、親子連れとカップルばかりだ。

 たぶん目的地は一緒なのだろう。

「実は昨日あまり眠れなくて」

 横に並んで歩く悠太がポリポリと頭を掻いた。

「張り切り過ぎちゃって?」

 咲は冗談めかす。それに、そうなんです、と悠太は頷いた。

「興奮しすぎて、全然眠れなくて。……お陰で寝坊してしまいました」
「大丈夫? 寝不足じゃない?」

 咲は悠太の顔色を窺う。大丈夫です、と答える悠太の表情はハツラツとしていた。

「咲さんは、なかやまランドには行ったことがありますか?」
「そうね……」

 咲は記憶を呼び起こす。
 
「幼い頃に両親に連れられて、何度か。でも、最後に行ったのは十五年も前だから、もう随分様変わりしてるかも」

 そうかもしれませんね、と悠太は頷いた。悠太は咲と会話している間も落ち着きなく、辺りを見渡している。

「いいですね、ああいう親子」

 すぐ前を歩く子供が、両手を両親と繋いでブランコをしている光景に、目を細める。

「僕、親がいないんで、ああいうのに憧れるんですよ」
「え? そうなの?」

 突然のカミングアウトに、咲は驚いて、思わず立ち止まった。

「はい。幼い頃に母が亡くなったので」

 つられて悠太も歩みを止め、咲を振り返る。

「……それで父も、頼れる親戚もいなかったので、擁護施設に預けられたんです」

 そうなの、と返して、咲は黙り込んでしまう。

「やだなぁ、咲さん」

 悠太がいつもの明るい調子で言った。

「そんな深刻そうな顔しないでください。僕、施設暮らしは結構楽しくやっていましたので」
「そうなの?」
「はい。──施設暮らしっていうと、不幸だって思われがちですけど、全然そんなことありませんよ。施設の方は皆んないい人ばかりで、温かい思い出しかありません」

 悠太はニコリと笑う。

「むしろ、施設を出てからが大変でした」と肩を竦めた。

「施設を出てから?」

 はい、と頷き、悠太は「行きましょうか」と咲を促した。それで咲は悠太と並んで歩き出す。

「擁護施設って、高校を卒業すると退所することになるんですけど。……僕、就職に失敗しちゃって」
「就職に失敗?」
「ええ。あの、就職はできたんですよ。でも、就職した会社が一年も経たずに倒産して……」
「倒産……」

 それはついてない。咲は眉を顰めた。

「それで会社の寮に住んでいたので、倒産と同時に住むところもなくなって」

 それは本当についてない。咲はますます眉を顰めた。

「それが真冬の、雪がチラつく寒い日でして……もう本当にマッチ売りの少女気分でしたよ」

 悠太は冗談めかして言う。

 しかし、口調とは裏腹に当時を思い出したのか、その表情は神妙だ。

「お金もなくって、コンビニのイートインコーナーでどうしようかなってボーっとしていたら、花音さんに声をかけられたんです」

 悠太の表情に明るさが戻る。きっと悠太はそれで本当に救われたのだろう。

 頼る先のないお先真っ暗な状況で、手を差し伸べてくれた花音に。

「当時の僕は童顔でして」と悠太は笑う。

 いや、今でも童顔ですから、と咲は心の中でツッコミを入れた。

「家出少年と思われたようです」
「家出少年……」

 それは誰が見てもそう思うだろう。

「大量の荷物を持ってるし、顔色は悪いし。長時間、イートインコーナーに居座っているし」
「え? 花音さんずっと悠太くんのこと見ていたの?」

 あ、いいえ、と悠太は首を振った。

「コンビニの店長さんが花音さんの知り合いだったらしくて。心配して花音さんに連絡したみたいなんです」と説明する。

「それで、そのまま住むところと職を提供して貰いました」
「職って、喫茶カノンの店長?」

 そうなんですよ、と悠太は頷く。

 初めてあった子を喫茶店の店長に据えるなんて。花音の大らかさに感心する。

 ふいに頭上から、ワーッという歓声が上がった。

 見上げると、遊園地の敷地内全体をグルリと取り囲むように敷かれたジェットコースターのレールの上をコースターが通り過ぎていく。奥の方には大きな観覧車も見えた。

「すごいっ」

 悠太の目が明らかにイキイキとする。

「咲さん、急ぎましょう」

 そう言って咲の手を取り、悠太は遊園地に向かって走り出した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

処理中です...