華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
60 / 105
エディブルフラワーの言伝

プロローグ

しおりを挟む

さきさんに何かしたでしょ?」

 悠太《ゆうた》は、不機嫌そうな顔でコーヒーを啜るカウンター席の凛太郎《りんたろう》に尋ねる。

「はぁ? 俺が?」

 思わぬ濡れ衣に、凛太郎はキョトンとして悠太を見つめた。

「なんで俺が……そもそも、あいつとはこことエレベーターぐらいでしか顔を合わせない……」

 そこまで言って、凛太郎はハタと気がついた。

「そういえば、あいつ、最近ここに来ていないんじゃないか?」

 凛太郎の問いに、悠太は大きく頷く。

「そうなんです。咲さん、最近、全然顔を出してくれなくて。しかも最後に来たとき、気になることを言っていたんです」

「気になること?」と凛太郎は片眉を上げた。

「はい──『引っ越そうかな』って。それはもう深刻な顔で。だから、凛太郎さんの嫌がらせが続いているのかと思って、聞いてみたんですけど……」

 悠太はジトリと凛太郎を睨んだ。

「だから、俺じゃないって」

 凛太郎はブンブンと手を振り、否定する。それから辺りを見渡し、「あいつじゃねーの」と後ろを親指で差し示した。

 悠太がその指を辿ると、テーブルフラワーを生けている花音かのんに行き当たる。

 花音は話が聞こえていたのか、愕然とした表情を浮かべていた。

 ──絶対、何か心当たりがあるな。

「な、武雄たけおっ」と声をかけると、花音はハッとして、視線をこちらへと向けた。

「ぼ、僕?」

 聞き返した花音の目が忙しなく宙を泳ぐ。

「さ、さぁ、どうかな」とボソボソと呟き、花生けを再開した。しかし、動揺しているのは傍目からも明らかだ。

「……お前、何やってんの? それじゃあ生けられないじゃん」

 ジニアを花首で切り落とした花音に、凛太郎は呆れた声を上げた。

 *

「やっぱり、最近、花音さんも変ですよね」

 花音が去った店内で、悠太が首を捻った。

 まぁな、と凛太郎はため息を吐く。店内のテーブルフラワーに目を向けると、明らかに花あしらいが乱れていた。

「遊園地で何かあったんですかね?」
「遊園地?」
「ほら、凛太郎さんに言ったじゃないですか──遊園地で花音さんとたまたま遭ったって」

 へぇー、と凛太郎は口の端を歪めた。たまたまねぇ、と鼻で笑う。

「あのあとくらいから、二人とも様子が変なんですよ」

 ふーん、と凛太郎は肘をつき、悠太を見つめた。

 悠太は鈍感なように見えて、人の機微には驚くほど敏感だ。おそらく児童擁護施設という、常に他人と生活を共にする環境の中で身につけた能力なのだろう。

 集団の中のバランスを取ろうと周囲に気を配り、結果、ムードメーカー的存在になっている。ここ、華村ビルにおいても、悠太はそういう役割を果たしていた。

 対して自分はその真逆だ。常に人との関係性を壊す存在だった。人間関係において、心安らぐような関係を築けたことがない。ただ一人『華村花音』を除けば。

「それで、そんとき何があった?」
「さぁ。僕がいたときは何にも──そのあとのことは別行動だったので、わかりませんけど……」

 そうか、と凛太郎はコーヒーカップを指先で弾いた。

 ──つまり、別行動のときに何かあったわけだ。

 まあ、二人っきりの時に何かあったのなら、大体の想像はつく。

「僕」と悠太が思い詰めたような表情で凛太郎を見つめた。

「咲さんが居なくなるの、嫌です」

 しょんぼりとうなだれる。

「花音さん、咲さんが来てからよく笑うようになりましたよね」

 うなだれたまま、凛太郎に同意を求める。たしかにそうだ、と凛太郎も頷いた。

 以前の武雄は、いつも鹿爪らしい顔をしていて、ピリピリとした空気を纏っていた。それが咲が来てからは、その空気が柔らかくなり、どこか天然ボケな一面が垣間見えようになった。

「僕、今の花音さんが好きなんです」

 悠太は真っ直ぐに凛太郎を見つめ、告げる。

「すっごく穏やかな顔をしていて、毎日楽しそうにしている花音さんが……」
「お前……そっちの気があったのか……」
「は?」

 凛太郎の言葉に、悠太がキョトンとした顔をする。凛太郎はニヤリと笑い、しなだれるようなポーズを取った。

「……いやいや、違いますよっ。そういう好きじゃなくて、人間的にってことで……」

 凛太郎の意図に気づいた悠太が慌てて否定する。

「なーに、必死になってんだよ」

 凛太郎は立ち上がり、ガシガシと悠太の頭を掻き回した。

 もー、やめてくださいよ、と悠太が髪の毛を抑え、抵抗する。しかし、力では勝てず結局、いつもどおりなすがままだ。

「まぁ、心配するな。二人のことは俺が一肌脱いでやるから」

 凛太郎は悪戯っ子のように笑い、喫茶店をあとにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。 でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。 今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。 なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。 今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。 絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。 それが、いまのレナの“最強スタイル”。 誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。 そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

処理中です...