華村花音の事件簿

川端睦月

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エディブルフラワーの言伝

隣席の修羅場 -1-

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「──大変申し訳ありませんが、今回のお話はご縁がなかったということで、よろしいですね?」

 残りの料理を片付けていると、そんな言葉が隣席から聞こえてきた。

 チラリとそちら窺うと、またまたスーツの男と目が合う。

「お前、何を……」

 スーツの男の隣に座る年配の男が驚いて声を上げた。

 咲は相手の女性に目を向ける。お見合いの席で面と向かって断られるのは、かなり辛いのでは、と思った。

 なのに女性は満面の笑みで、はい、と頷く。それに今度は女性の隣に座る男が狼狽えた。

「では、失礼します」

 スーツの男は満足げに席から立ち上がる。

「待て。どういうことだ」

 その腕を年配の男が掴み、顔を真っ赤にして声を荒げた。

「これ以上、茶番には付き合えないということですよ」

 スーツの男は柔らかな笑みを浮かべて言う。

 ──あれ?

 咲は首を傾げた。その声には聞き覚えがあった。

 ──一体、どこで?

 視線を向けると、また目が合った。なんだか顔まで見覚えがある気がしてくる。

「茶番だと?」
「ええ。茶番です。……智美ともみさんにはすでに心に決められた方がいらっしゃるのですから」

 そうですよね、とスーツの男は女性──智美に尋ねた。智美はオズオズと頷く。

「それはお父様──井上さんもご存じなのではないでしょうか?」

 そう言って、スーツの男は智美の隣に座る男──井上に目を向けた。井上も同様に頷いた。

「ということで、茶番なのです」

 ほらね、と言うようにスーツの男は肩を窄めた。

「それでは今度こそ失礼します」

 そう言って席を立つ。

「あ、待てっ」

 しかし、その腕に年配の男がしがみつく。

 スーツの男はギョッとし、「あー、もう」と乱暴に頭を掻いた。それから年配の男の頭を抑えつけ、腕を引き抜く。

「ほんと鈍いな、親父っ」

 スーツの男は悪態をつき、それでも律儀に椅子へと腰を下ろした。

「いいか、親父。この見合いは最初っから無駄だったの」

 年配の男と顔を合わせ、言い含める。

「無駄?」

 年配の男がパチパチと目を瞬かせた。

「だってそうだろ。智美さんも俺もこの見合いは最初から乗り気じゃなかったんだから」

 それに、そうなんですか、と年配の男が智美を見る。智美はバツが悪そうにコクリと頷いた。

「──井上さんだって、成立するとは思っていなかった。ていうか、途中から俺に興味なくなってましたよね」

 井上を見、スーツの男が呆れ顔をする。

「厨房ばかり気にして、上の空だった。智美さんも同様です」

 その指摘に井上の顔は強張り、智美は頬を赤らめた。

「──すまない、武雄くん」

 井上は深々と頭を下げる。

 ──……え? 武雄?

 聞き覚えのある名前に、咲はスーツの男の顔を凝視する。

 スーツの男はスッと通った鼻筋と形のいい唇のいかにもイケメン然とした男だ。シャープな顎と細い首に浮かび上がる鎖骨へと続く筋が妙に艶かしい。

 ただ、その横顔に、咲はたしかに見覚えがあった──ただ一点、髪の長さを除けば。

「鬼柳さんも申し訳ない。わざわざご足労頂いたのに」

 井上は深々と頭を下げた。

 いいえ、と年配の男──鬼柳は恐縮して手を振った。

「しかし、どういうことなのですか、井上さん?」

 納得のいかない顔で尋ねる。

 井上は少し躊躇い、実は、と話し始める。

「つい先日、智美に『結婚を前提にお付き合いしている人がいる』と言われたのです」

 ハァ、と鬼柳が惚けた返事をする。

「それなら、その方とご結婚されるとよろしいのでは?」

 鬼柳の問いに、井上は顔を顰めた。

「しかし、相手に少々問題がありまして……」
「問題、ですか?」

 ええ、と井上は頷いた。

「娘の恋人というのが、フランスの方だったのです」

 ──それの何が問題?

 聞き耳を立てていた咲は首を傾げたが、深刻そうに顔を歪めた鬼柳の顔を見ると、まだまだあのくらいの世代では外国の人と結婚するということは、敷居の高いことなのだろうと思った。

「それで、見合いでもしたら気が変わるかと思い、鬼柳さんにお願いしたのです」

 井上はそう言って、首の後ろを撫でた。
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