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三本のアマリリス
和解 -1-
しおりを挟む──ミントの香りがする……
咲は鼻の奥をくすぐる微かな香りに、ゆっくりと瞼を開ける。途端に見慣れた景色が目の中に飛び込んできて、咲はそろりとベッドから身体を起こし、辺りを見回した。
──ここって……
ベッドの横に据えられたナイトテーブルにはミントにゼラニウム、ローズマリーといった数種類のハーブと小ぶりの向日葵を生けたガラスの花器が置かれていた。どうやらミントの香りがしたのはこのフラワーアレンジメントのせいらしい。
対面の壁には白木のワークデスクとオレンジの木製チェア、白い装飾枠の姿見が並び、見慣れたインテリアに懐かしさを覚える。
窓の外に目を向けると、レースのカーテン越しに薄らと海が見えた。
ああ、やっぱり、と咲は確信する。
ここは一ヶ月前まで自室だった部屋のベッドルームだ。
──でも、どうして?
軽く混乱した頭で、昨日の出来事を思い浮かべた。
たしか昨夜は顔合わせのあと、二階堂とラウンジで飲み直したのだった。
それでうっかり飲み過ぎて、意識がぼんやりとしてきて……
そこまで思い至り、咲はブルリと肩を震わせた。
──いや、違う。あれはきっと……
飲み過ぎたのではなく、薬を盛られたのだ。
酔ったのとは違う、急激な意識の混濁を感じた。そのせいで身体の自由が効かなくなり、危うくホテルの部屋に連れ込まれそうになった。
──情けない。
咲は膝に顔を埋め、小さくため息を吐いた。
二階堂の腹を探るつもりが逆に誘き出されていた。
「咲ちゃん、起きたの?」
ドアをノックする音とともに柔らかな声が尋ねる。
──花音さんの声だ。
まだ一ヶ月しか経っていないのに、随分と懐かしく感じる。
咲は勢いよく膝から顔を引き剥がすと、ドアを見やった。
そういえば、あのとき花音さんが現れて、二階堂から守ってくれたのだった。その流れで花音さんは自分を華村ビルに連れ帰ってきたのだろう。
ようやく状況を把握した咲は申し訳なさにうなだれる。
──結局、花音さんの手を煩わせてしまった。
「咲ちゃん?」
花音が怪訝そうに再び声をかける。
「あ、はい、起きてます」
咲は慌てて返事する。
そう、とドアの向こうで花音が安堵の息を漏らす。
「……少し話がしたいんだけど、入ってもいいかな?」
それから遠慮がちに尋ねた。
「え? え、えーと……」
咲は姿見に映る自分を確認した。昨日のワンピース姿のままだが、特に乱れたところはない。
これなら花音さんに見られても平気なはずだ。
それになにより、咲としても顔を見て直接お礼を言いたかった。
咲は軽く髪の毛を整え、はい、と応じた。
「……お邪魔します」
花音がゆっくりとドアを押し開け、姿を現す。
「あ、はい、どうぞ」
久しぶりに見た花音の顔に、咲は軽い人見知りを覚え、緊張にピシッと背筋を伸ばした。
花音もどこかぎこちない動作でデスクの椅子を引き寄せ、ベッドの横へと座る。
「体は大丈夫そう?」
咲の顔を心配そうに覗き込み、花音が言った。
「……あ、はい、大丈夫です」
ごく間近に迫った花音に気恥ずかしさを覚え、咲は布団で顔を覆い、答えた。
「あ、あの、花音さん、近いです……その、メイクも直してないし……」
「あ、ごめん」
しどろもどろになる咲から気まずそうに視線を逸らし、花音はガシガシと頭を掻いた。
「でも、本当に平気なの? 病院に連れて行こうかと思ったんだけど、田邊さんが……」
途中まで言いかけて、花音は口を閉ざした。
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