華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
89 / 105
三本のアマリリス

顔合わせ -2-

しおりを挟む


 ラウンジはホテルの最上階にあった。

 大きなガラス窓から覗くパノラマの夜景は、天と地が逆転したかのように色とりどりの光が地上を煌めかせる。

 咲は窓際の二人掛けのソファ席で、外の景色をぼんやりと眺めていた。

 すぐ目の前には、先日、花音と二人で乗った観覧車が七色に光を変えながらゆっくりと回る。

 ──どうしてあのとき花音さんは……

  ふと観覧車での出来事が思い出され、唇を指で触れ、頬を赤く染めた。

「おや、もう酔いましたか?」

 隣に座る二階堂が揶揄うように咲の顔を覗き込む。

「いえ……」

 咲はユルユルと頭を振った。

 それからシャンパングラスを手に取り、口へと含む。途端にシュワシュワと爽やかな酸味が広がり、いくらか気持ちを落ち着かせる。

 そんな咲を二階堂が愉快そうに見つめている。

「……あの」

 咲はその視線に耐えられず、口を開いた。

「なに?」

 二階堂は距離を詰め、聞き返す。やけに距離を詰める二階堂に、咲はソファの端に寄り、身を縮めた。

「二階堂さんはどうして私との結婚をお受けになったのですか?」
「別に」

 二階堂はつまらなそうに答えた。

「別に?」

 二階堂の意図が分からず、彼を見返す。

「そう。別に」

 二階堂は咲の髪を一束手に取り、それからそっと自分の唇へと押し当てた。

「……僕と君は政略結婚だから。特段、君のどこが気に入ったとかはないよ」

 嫌味っぽく口の端を歪めた。

「ま、君はこんな僕と結婚できるんだから、幸運だよね」

 そう言って、咲の髪を離す。咲は髪を取り戻すように慌てて抑えると、ますます身を縮めた。

 もうお酒が回ってきたのか、頭がぼんやりとする。二階堂はさらに愉快そうに笑い、咲の肩を抱き寄せた。

「だから、結婚しても、僕が他の女性と付き合うことは理解して欲しいんだ」

 耳元で堂々と浮気宣言をする。耳にかかる息が妙に熱っぽく、咲は両手で二階堂の胸を押しのけた。が、思うように力が入らない。

 そんなに飲んだ覚えはないが、少し酔っているらしい。

「それでしたら、私も自由にさせていただきます」

 咲は辛うじて二階堂を睨みつけて言った。

「……自由?」

 二階堂はキョトンとした顔で咲を見た。

「そうです。二階堂さんの浮気を許すかわりに、私も他の方とお付き合いすることを許していただきます」

 虚勢を張って出た言葉だが、今もこの先もそんな相手は現れないだろう。

 それでも傍若無人な二階堂の態度に一矢報いたかった。

 二階堂は一瞬ポカーンとしたが、すぐにハハッと声を上げて笑った。

「……それは無理な相談かな」
「無理?」
「そう。無理」

 そう言った二階堂の顔が酷く冷ややかに見えた。背筋がゾクリと冷たくなる。

「だって、どうして僕の物を他の人と共有しなきゃいけないの? 僕の物は僕だけの物だよ」
「物って……」

 咲は愕然とし、二階堂を凝視した。

 二階堂にとって、自分は物でしかないのだ。

「えっ、というか、咲さんにそんな相手いるの?──ああ、もしかして……」

 二階堂は咲の顎を指で抑え、ニヤニヤと笑った。

「その相手って鬼柳おにやなぎ武雄たけお?」

 耳元で囁く。

「それとも、華村はなむら花音かのんかな?」

 ──どうして二階堂が花音さんとの関係を知っているの?

 探るように見つめる咲に、二階堂はニッと笑う。

「知らないと思ってた? 僕、こう見えて政治家の卵だよ。情報は何より大事だからね」

 そう言って、再び咲を抱き寄せようとする。

 咲は二階堂の腕を振り払い、立ち上がった。身体が火照ったように熱く、頭がぼんやりとする。足にも力が入らない。

 ──おかしい。

 咲は直感的に悟った。

 元々、お酒には強くはない咲だが、だからこそ飲み方は心得ているつもりだ。

 先ほどのお酒の量で、ここまで我をなくすことはない。

 ──もしかして……

 チラリと二階堂を振り返ると、彼もまたソファから立ち上がり、咲の背後に立った。そのまま、膝から崩れ落ちそうになった咲を抱き止める。

「少し飲みすぎたかな?」

 咲の耳元で白々しい二階堂の声が響く。咲はぼんやりとする意識で、二階堂の体を押しのけようとした。しかし、力が入らない。

「大丈夫ですよ。部屋を用意していますから」

 二階堂は咲をさらに抱き寄せ、ラウンジの出口へと歩き出す。声を上げようにも、うまく口が動かない。

 そんな二階堂に引きずられるように歩く咲の手を、ふいに何かが掴んだ。

「──咲ちゃん?」

 聞き慣れた声が背後からする。咲はゆっくりと振り返った。

 背中まで伸びた黒い髪を緩い三つ編みにした端正な顔立ちの男。

「……か、のん……さん」

 咲は声を絞り出し、彼の名前を呼んだ。

「咲ちゃん、大丈夫?」

 花音は眉を顰める。

「かのん、さん……」

 咲はなけなしの力を振り絞って、二階堂の腕を払いのけ、花音へと飛びついた。

「鬼柳……」

 二階堂が忌々しそうに花音を睨みつけた。

「彼女は僕の婚約者だ。返してくれないか」

 その言葉に、花音が咲を見、視線で尋ねる。咲はギュッと花音にしがみつき、小さく首を振った。

「残念ながら嫌がっているようです」

 花音は咲の背中に腕を回し、二階堂から庇うように抱き寄せた。

「ふざけるなっ。力ずくでも返してもらうぞ」

 二階堂は声を荒げる。そのせいで、周囲の視線が一気に集まる。

「僕は構いませんが、あなたはこんなところで騒ぎなんて起こして大丈夫なのですか? もし警察沙汰にでもなったら……」

 花音の言葉に二階堂が怯む。それから小さく舌打ちをし、「今日だけだぞ」と捨て台詞を吐いてラウンジを去っていった。

 その背中を見送り、

「帰りましょう、咲ちゃん」

 花音はすでに意識のない咲を抱え、ラウンジをあとにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

処理中です...