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三本のアマリリス
顔合わせ -1-
しおりを挟む梅雨が明け、身体に纏わりつくような暑さが本格的になり始めた七月の中旬。
咲は仕事終わりの足で『グランドパーク中山』のレストランを訪れた。
目的は二階堂家との顔合わせである。
つい二ヶ月ほど前に花音さんがお見合いした場所で、今度は自分が顔合わせをすることになるとは。
明日は我が身という言葉を思い浮かべ、咲は軽くため息を吐いた。
金曜日の夜ということもあってレストランはそこそこの混みようだった。ウェイターの案内でレストランの一角にある個室へと通される。
六帖ほどの細長い空間の個室には、細長いダイニングテーブルが置かれ、赤いクロスで覆われたテーブルの上を色鮮やかな黄色い向日葵のアレンジメントが飾る。
ピーンと張り詰めた空気に萎縮していた咲は、そのアレンジメントに気持ちを和らげる。
「遅くなりまして、申し訳ありません」
謝辞を述べ、末席へと着席した。
咲の隣には父の雅人が座る。正面には結婚相手の二階堂悟が、悟の横には代議士で母親の綾子が座す。
「では、そろそろ始めましょうか」
咲が席に着いたのを見届け、雅人が口を開いた。
どうやら出席者はこれで全てらしい。
顔合わせと銘打っておきながら、両家とも片親しか出ていない。
淡々と進行役を勤める雅人を見て、咲は苦笑いを浮かべた。
雅人は妻の不在の理由を「仕事の都合」と説明した。が、実際のところは違う。
母の雪美が出席しない理由は、政略結婚に反対しているからにほかならない。
そこへきて、今朝いきなり「今日の夜、両家の顔合わせをすることになった」と雅人は告げた。感情がすぐ表に出るタイプの雪美は、烈火のごとく怒りだした。
「どうしてもっと早く言わなかったの」から始まり、政略結婚への不満や相手方への嫌味を並べ、最後には「非常識な」と一蹴し、出席を拒否した。
雅人としては、先方の「なるべく早い方がいい」という要望と都合を聞き入れた結果なのだそうだが、金曜日の夜という時間の、それも唐突なスケジュールに雪美の怒りはおさまらない。咲にも「顔なんて出さなくていい」と言い捨てた。
咲もできればそうしたかったのだが、二階堂悟に会って確かめたいことがあった。それで出席することにしたのだ。
ちなみに、二階堂家の父親が出席しない理由は「必要がないから」だそうだ。
それは田邊家を軽視した発言なのだろうかとも思ったが、綾子の話を聞くうちに、軽視されているのは彼女の夫だということがわかった。
──このまま結婚が決まってしまえば、おそらく自分もその夫のように扱われるのだろう。
咲は自分の将来の姿を綾子の夫に重ね、こっそりとため息を零した。
もっとも、咲だって大人しく結婚するつもりはない。
たった四か月ではあったが、華村ビルでの生活は咲の意識を大きく変えた。
──いや、もしかしたら……
花音さんと初めて会ったあの日から、自分の運命は大きく変わったのかもしれない。
『咲ちゃんはもっと自分に素直になったほうがいいんじゃない?』
花音のその一言が、咲には衝撃的だった。
自分は素直な人間だと信じて疑わなかった。回りからもそう言われていたし、自分でもそう思っていた。
けれど花音の言葉で、それはただの他人の言いなりだということに気づかされた。人の顔色を窺い、相手の気持ちを重んじてばかりで、自分というものを失くしていた。
花音と出会う前なら、二階堂との結婚は間違いなく成立していただろう。そのくらい他人に流されやすくなっていた。
そんな咲を華村ビルの人たちは、温かく迎え入れ、見守ってくれた。
良くも悪くもちょっかいをかけてくる凛太郎に、年下ながらもなにかと気にかけてくれる悠太。
そして、花音の穏やかな優しさが、咲に少しずつ自分らしさを取り戻させた。
いまや華村ビルは、咲にとって大切なお守りのような場所だ。
そんな場所を、二階堂は傷つけるように命じたのだ。
許せなかったし、その理由を探りたいと思った。
二階堂家との顔合わせはつつがなく進む。
しかし、顔合わせの席で華村ビルの話題を出すことは躊躇われ、本来の目的を果たせそうにない。
どうしたものかと考えあぐねていると、
「咲さん、二人で飲み直しませんか?」
二階堂から誘ってくる。それに応じたのは雅人だった。
「それはちょうどいい。私もお母様と仕事の話がありますので、あとは咲をお任せしてよろしいですか?」
雅人の願いに「承知しました」と二階堂は軽く頷く。
それから、席を立ち、咲の椅子を引くと、咲をエスコートするように横へと並ぶ。
「行きましょうか」
そう言って、二階堂は馴れ馴れしくも腰へと手を回した。
「ひゃっ」
咲は驚きのあまり変な声を上げ、二階堂を見上げた。
その時になって、ようやく二階堂の顔をまじまじと目にする。さっきまでは綾子の威圧感に圧され、ハッキリと見ることができなかった。
見た目はその辺りのモデルよりも整っているかもしれない。切れ長の目に、スッと通った鼻梁。軽く笑みを浮かべた唇は、薄く形もいい。
これだけの美貌の持ち主で家柄のいい彼が、なぜ自分なんかと、と考えてしまう。
が、それが政略結婚というものなのだろう。恋とか愛とかではない、なにかしらの打算によってこの結婚は行われるのだから。
「どうしました?」
二階堂がニコリと笑い、咲に尋ねる。
「いえ、急に触れられたので、少し驚いただけです」
やんわり牽制したつもりだったが、二階堂は「そうですか」と頷いただけで腕を離すつもりはないようだ。
逆に、「僕たち結婚するわけですから。これくらい馴れてもらわないと困ります」とますます身体を寄せてきた。
「上にあるラウンジに行きましょう」
そう言って、二階堂は咲を伴い個室を後にした。
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