華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
93 / 105
三本のアマリリス

華村花音の事件 -1-

しおりを挟む

「質問がある」

 凛太郎はリビングのローテーブルの向かいに座り、不機嫌そうに口を開いた。

「質問、ですか?」

 その鋭い視線に怯み、咲は伏し目がちに凛太郎を見つめた。

「お前、どうして二階堂悟との顔合わせに応じたんだ?」

 凛太郎の問い詰めるような物言いに、咲の胃はキリキリと痛む。

「どうしてって……」

 言いづらさに視線を彷徨わせたところへ、「ああ、それ」と花音も頷いた。

「僕も不思議に思っていたの」

 紅茶の入ったカップを凛太郎と咲の前に置きながら言う。

「咲ちゃん、あんなに政略結婚を嫌がっていたのに、どうして顔合わせに出席したんだろうって……もしかして本当に結婚するつもりだったの?」

 カップを配り終えた花音が、咲の座るソファへと腰を降ろしながら、心配そうに顔を覗き込む。

 えーと、と咲は横目で花音の顔色を窺った。

 勝手に花音さんの事情を探ろうとしてました、なんて言ったらどう思われるだろう。

「その、二階堂さんに聞きたいことがありまして……」

 後ろめたさに言い淀んだ。

「聞きたいこと?」

 花音は変わらず心配そうに咲を見つめる。咲は罪悪感からうなだれた。

 ──自分がやろうとしたことは、花音さんの信頼を裏切ることだ。

 その自覚はあったが、直接花音に聞くのは躊躇われ、気まずさから二階堂悟に聞くという姑息な手段を選んでしまった。

 その結果が『二階堂悟から薬を盛られた』なのだから、今回の件は自業自得としか言いようがない。

「咲ちゃん?」

 それでも咲を見つめる花音の瞳は温かく優しい。思わず甘えてしまいそうになる。

 咲はギュッと拳を握りしめた。

「──あの、ごめんなさい」

 そんな花音に謝辞を述べる。

「え? ごめんなさい?」

 突然の謝罪に、花音はキョトンとした。

「はい、あの、私……卑怯でした」

 咲は声を絞り出し、告げた。

「咲ちゃんが卑怯?」

 ますます意味がわからない、というように花音は眉根を寄せる。凛太郎も訝しげに咲を見た。

「あの、花音さんは二階堂さんのこととなると人が変わるので。それで二人の関係が気になったんです……本来なら花音さんに直接尋ねるべきだったんですが、気まずくて。卑怯にも、二階堂さんを探ってみようとした結果が、この有様です──本当に、ごめんなさい」

 一気に捲し立て、情けなさに身を縮めた。

「なんだ、そんなこと」

 花音はホッと胸を撫で下ろす。

「そんなの別に卑怯でもなんでもないだろ」

 凛太郎はボリボリと頭を掻き、呆れた口調で言う。

「あの、怒らないんですか?」

 予想外の反応に、咲はオズオズと顔を上げた。

「ぜーんぜんっ」

 花音はあっけらかんと笑う。

「むしろ光栄なくらいだよ」と嬉しそうに片目を瞑った。

「光栄?」

 ポカンとする咲に、だって、と花音がますます笑みを深める。

「咲ちゃんはそれだけ僕のこと知りたいって思ってくれたってことでしょ?」

 そう問われ、咲は自分の話の内容を改めて思い浮かべる。たしかに、そう思われても仕方のない言い方だった。

 咲はもの恥ずかしさに顔を赤らめ、

「あっ、いえ、けしてそういうことでは……」

 慌てて否定した。

「えっ? 違うの?」

 花音がしょんぼりと咲の顔を覗き込む。

「えーと、その……」

 咲はその距離感に戸惑い、ますます顔を赤らめた。

「もういい加減にしてやれ、武雄」

 黙って二人のやりとりを見ていた凛太郎が、咲の困惑を見兼ねて、助け舟を出す。

「咲も気にするな。そんなの卑怯のうちに入らない……武雄のやってることに比べたらな」

 ついでに意味深なことを言って、ニヤリと口を歪めた。

「なっ、ちょっ、凛太郎っ」

 花音はバツが悪そうに凛太郎を睨む。

「僕のは卑怯じゃなくて、戦略だから」
「へー、ほー、戦略ねぇ。なるほどねぇ」

 凛太郎は明らかに本気にしてない様子でニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。花音は何か言いたげにムッと口を尖らせた。

 花音と凛太郎はしばし睨み合っていたが、「あ、でもね、咲ちゃん」と花音が思い出したように咲に視線を移した。

「今後はこういう無茶はやめてほしいな」

 眉を下げ、咲を嗜めた。まったくだ、と凛太郎も頷く。

「今回は、僕や凛太郎が傍で控えていたから大事にはいたらなかったけど。もし何か手違いがあったらって思うと、すごく怖い」

 いつにも増して真剣な表情で言う。

 本当に二人には心配をかけてしまったらしい。

「それは、本当にごめんなさい」

 咲は心から頭を下げる。それから、でも、と首を傾げた。

「花音さんと凛太郎さんがっていうのはどういうことですか?」

 それに二人は顔を見合わせ、凛太郎が、どうぞ、というように手のひらを花音に向けた。

 花音は小さくため息を吐くと、

「実は、そのことなんだけど……」

 申し訳なさそうに咲を見た。

「昨日の顔合わせ、あれ、二階堂親子への罠だったの」
「罠、ですか?」

 咲は眉根を寄せる。

「うん。で、僕たちは二階堂親子の見張り役」
「見張り役……」

 咲は唖然とする。

「まぁ、そうだよね。そういう反応になるよね……」

 花音は困り顔になる。

「だいたい政略結婚の話自体、嘘なんだから」
「嘘?」

 信じられない言葉に自分の耳を疑う。

「えっと、それはどういう……」

 次から次へと出てくる情報に処理が追いつかない。咲はうーんと頭を抱えた。

 そんな咲を花音がクスリと笑う。

「ごめんね。余計に混乱させたみたいだね」

 ポンポンと咲の頭を撫でた。

「それじゃあ、初めから説明させてもらうね」

 そう言って花音は姿勢を正した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...