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三本のアマリリス
華村花音の事件 -2-
しおりを挟む始まりは、咲が花音と出会う二ヶ月ほど前のこと。
雅人の会社『タナベシステムズ』が、とある業務システムの開発を受注したことがきっかけだった。
元々は他の会社で受注した開発だったが、その会社の社長に「発注先が無理難題をいうので納期に間に合わない」と泣きつかれた。古くからの知人の頼みに、雅人は仕方なく開発を請け負ったのだという。
その発注先というのが、二階堂綾子がトップを務める国の関係機関だった。
大きな組織の場合、一つの業務が複数の人の手によって担われていることが多い。それぞれが断片的に作業を行うことで業務を成り立たせているのだ。故に、業務の全貌を知るものは限られてくる。
システムを開発するにあたって一番重要になってくるのが業務の流れだ。そのため、業務に携わっている人間からきちんと話を聞かなければならない。この工程をヒアリングと呼び、ヒアリングが曖昧だと、誤ったシステムが出来上がってしまうことになる。
そして、システム開発者でも業務の流れを理解するにはかなりの時間を要する。
けれど、綾子は代議士という立場ながら、業務の流れを熟知していた。
それが雅人には好印象だった。
そんなある日、雅人は綾子から会食に誘われる。会議などで顔を合わせることはあったが、単なる下請け会社の人間でしかない自分になぜ声がかかったのか不思議に思った。
その会食中、綾子の口から出た言葉に、雅人は彼女の欲深さを知る。
彼女は言った。
『開発中のシステムに不正なプログラムを組み込み、政治資金を捻出できないか』と。
言葉は濁していたが大体そのようなことだった。
綾子が雅人にそんな話を持ちかけたのは、雅人の会社の請け負ったシステムが決済に関わる部分だったからだろう。
そして元請け会社の社長が決済部分の開発を雅人に投げたのも、これが原因だと思われる。
綾子は暗に協力を求め、雅人はのらりくらりと話をかわした。
それが何度か続き、痺れを切らした綾子が咲と悟の結婚を言い出した。娘を人質に取り、言いなりにさせようという思惑だったらしい。
あまりの浅はかな考えに雅人は呆れ、以前から二階堂の動向を探っていた花音に話を持ち込んだ、というのがことの次第だ。
「本当にあの親子、アホ過ぎるんだよね」
花音がうんざりした様子でため息を吐いた。
「田邊さんも仕方なく付き合っていたみたいなんだけど……」
言いかけて、ハッと咲に視線を移す。
それから真剣な眼差しで、咲の瞳をじっと見つめた。
「あのね、咲ちゃん……誤解しているみたいだから言っておくけど。僕は田邊さんの指示で咲ちゃんと仲良くしていたわけじゃないから」
花音が気遣わしげな表情を浮かべる。どうやら先ほど咲が口にしたことを気にしているらしい。
「僕が……その、僕自身が、自分の意志で咲ちゃんと仲良くなりたかっただけだから」
口ごもりながら告げ、クシャクシャと前髪を掻き上げた。気のせいか頬がほんのり赤い。
「分かってます」
咲は花音を見つめ返し、大きく頷いた。
「……ほんと?」
花音の顔にパァと笑みが広がる。
本当です、と咲も微笑み返す。
「だって、花音さんも凛太郎さんも悠太くんも、私に色々な顔を見せてくれたから──嘘なら適当に優しいフリしておけばいいのに、意地悪だったり、心配してくれたり、怒ってくれたり……本当に家族みたいに接してくれました。それが嘘だったとは思いません」
キッパリと言い切る。そんな咲を花音は眩しそうに見つめた。
「……あ、でも、そういえば」
咲はふと気になり、
「花音さんと父は、一体どういう知り合いなんですか? 凛太郎さんが父の部下だということは分かりましたけど、もしかして花音さんも?」
それに花音はフフッと笑い声を漏らした。
「僕、そっち系の仕事は全然向いてなくて」
困り顔で肩を竦めた。凛太郎も大仰に頷いてみせる。
「田邊さんとは古くからの付き合いで……まぁ、僕と田邊さんというよりかは、華村家と田邊家の関係になるんだけど……」
「華村家と田邊家?」
首を傾げた咲に、そう、と花音は頷く。
「華村家は戦前までは華族の身分でね。その家臣として仕えていたのが、田邊家だったの。今となっては、もうないような主従関係なんだけど、田邊家の人たちは忠義が厚くてね。昔からなにかと助けてもらってるんだ」
そうなんですね、と咲は納得する。
由緒ある家柄だとは思っていたけれど、まさか華族だったとは。
「で、今回、田邊さんから二階堂に関して相談を受けてね。たまには恩返しをしないとって思って、咲ちゃんの保護を申し出たの」
「保護?」
咲はキョトンとして花音を見た。
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