24 / 105
水仙の誘惑
元カノ -3-
しおりを挟む
「……文乃さん」
花音がぽつりと呟いた。
「武雄くん」
女性は花音を見て嬉しそうに笑い、手を振った。
「お知り合いなんですか?」
「うん、ちょっとね」
咲の問いに、花音は神妙な顔で曖昧に答える。
それから、「どうしてここに?」と文乃に近寄りながら尋ねた。
「近くで貧血を起こして、咲さんに助けていただいたの」
文乃が咲を見つめ、ニコリと笑みを投げる。
「咲ちゃんが?」と花音も咲を振り返り、「偉いね、咲ちゃん」と満足げに頷く。
「いえ、当然のことをしたまでです」
咲は謙遜して、両手を顔の前で振った。そんな咲を凛太郎がジーッと見つめる。
「なんですか?」
居心地の悪さに咲が眉を寄せると、「べつに」と凛太郎は不機嫌そうにそっぽを向いた。
──あー、そうですか。
そんな凛太郎に呆れ、咲もふいっと視線を逸らす。その目の端に、花音が文乃の向かいの席に座るのが見えた。
それを潮時に、咲は店を出ることにした。服装を整え、入り口に向かおうとしたとき、「あ、咲さん」と悠太に呼び止められる。
「咲さんもお茶を飲んでいってください」とニコリと笑う。
「ありがとございます。でも……」と言いかけた咲の横を悠太は素通りし、凛太郎の座る席にティーカップを置いた。
「えっ」
咲はパチパチと目を瞬かせた。
凛太郎とのやりとりは、厨房の奥にいた花音にも聞こえていたのだから、悠太が知らないはずがない。
なのに、わざわざ同席を勧めるなんて。
チラリと凛太郎を窺うと、不服そうな顔をしていた。
──そうですよね。それが普通の反応ですよね。
咲はうんうんと心の中で頷いた。
だが、悠太はニコニコと咲が座るのを待っている。
「ありがとうございます」
咲は結局断り切れず、不承不承、凛太郎の向かいの席に座った。
──こうなったら早めに飲んで、退出するしかない。
そう思ったのに、「今、ケーキも用意しますね」との悠太の声が咲の目論見を打ち砕いた。
悠太が厨房に戻ると、気まずい沈黙が流れる。
仕方なく咲は、花音と文乃のほうに意識を向ける。何やら楽しそうに会話を交わす二人が目の端に映った。距離があるので、会話の内容までは聞こえてこないが、すごく楽しそうに見える。
「あの二人、気になるのか?」
凛太郎が意地悪な表情をして尋ねる。
「別にそんなことはありません」
咲はツーンとそっぽを向いてみせた。
「そう言うわりには、さっきからチラチラ向こうを見ているからさ」
ニヤニヤと笑う。
──それはあなたといると気まずくて、正面を向いていられないからです。
咲は心の中でぼやく。
「──そういえば、さっき文乃さんが花音さんのこと『武雄くん』って呼んでいましたけど」
ふと思い出し、凛太郎に尋ねる。
「もしかして、『武雄』って花音さんのことなんですか?」
エレベーターで凛太郎は『武雄』という名前を口にしていた。つまり凛太郎は武雄の正体を知っているはずだ。
「え?」
凛太郎はキョトンとして咲を見つめた。そういう表情をすると、意外と幼く見える。
「……まだ、教えてなかったのかよ」
凛太郎が呆れたように頭を掻いた。
まったく、しょうがねーな、と咲を見返す。
「あいつの本名は『鬼柳武雄』っていうの」
「え? 鬼柳武雄?」
──なんで、鬼柳武雄?
咲はパチパチと目を瞬かせた。凛太郎の言葉がにわかには信じられない。
意地の悪い凛太郎のことだ。もしかしたら、自分を騙そうとしているのかもしれない、とジト目で彼を見る。
それを感じ取った凛太郎が面倒くさそうにため息をついた。
「あんた、鬼柳武雄って聞いて、花を生ける人とは思わないだろ?」
まぁ、たしかに。
咲はコクリと頷いた。
お花というよりは、武道に長けてそうな名前だもの。
「だからだよ」
「へ?」
「鬼柳武雄じゃあ、集客もままならないだろ。だから、先代の祖母さんの名前を借りて、雅号にしてるの」
「え、それじゃ、『華村花音』ってお祖母さまの名前なんですか?」
そう、と凛太郎は不機嫌な顔で応じた。
「えーと、ちなみに『雅号』って?」
咲の質問に、凛太郎はそんなことも知らないのか、という顔をする。
「雅号は、花を生けるときの芸名みたいなもん」
「芸名……」
「大体は師匠に命名してもらったり、師匠から一文字とったりするんだけど。……あいつの場合は、祖母さんの名前を丸々使ったの」
祖母の名前をそのまま拝借したところを考えると、花音にとって祖母の存在は相当大きなものなのだろう。
咲はチラリと花音を見つめた。途端に目が合い、慌てて視線を背ける。
その目の端に、花音が席を立ち上がるのが映った。
花音がぽつりと呟いた。
「武雄くん」
女性は花音を見て嬉しそうに笑い、手を振った。
「お知り合いなんですか?」
「うん、ちょっとね」
咲の問いに、花音は神妙な顔で曖昧に答える。
それから、「どうしてここに?」と文乃に近寄りながら尋ねた。
「近くで貧血を起こして、咲さんに助けていただいたの」
文乃が咲を見つめ、ニコリと笑みを投げる。
「咲ちゃんが?」と花音も咲を振り返り、「偉いね、咲ちゃん」と満足げに頷く。
「いえ、当然のことをしたまでです」
咲は謙遜して、両手を顔の前で振った。そんな咲を凛太郎がジーッと見つめる。
「なんですか?」
居心地の悪さに咲が眉を寄せると、「べつに」と凛太郎は不機嫌そうにそっぽを向いた。
──あー、そうですか。
そんな凛太郎に呆れ、咲もふいっと視線を逸らす。その目の端に、花音が文乃の向かいの席に座るのが見えた。
それを潮時に、咲は店を出ることにした。服装を整え、入り口に向かおうとしたとき、「あ、咲さん」と悠太に呼び止められる。
「咲さんもお茶を飲んでいってください」とニコリと笑う。
「ありがとございます。でも……」と言いかけた咲の横を悠太は素通りし、凛太郎の座る席にティーカップを置いた。
「えっ」
咲はパチパチと目を瞬かせた。
凛太郎とのやりとりは、厨房の奥にいた花音にも聞こえていたのだから、悠太が知らないはずがない。
なのに、わざわざ同席を勧めるなんて。
チラリと凛太郎を窺うと、不服そうな顔をしていた。
──そうですよね。それが普通の反応ですよね。
咲はうんうんと心の中で頷いた。
だが、悠太はニコニコと咲が座るのを待っている。
「ありがとうございます」
咲は結局断り切れず、不承不承、凛太郎の向かいの席に座った。
──こうなったら早めに飲んで、退出するしかない。
そう思ったのに、「今、ケーキも用意しますね」との悠太の声が咲の目論見を打ち砕いた。
悠太が厨房に戻ると、気まずい沈黙が流れる。
仕方なく咲は、花音と文乃のほうに意識を向ける。何やら楽しそうに会話を交わす二人が目の端に映った。距離があるので、会話の内容までは聞こえてこないが、すごく楽しそうに見える。
「あの二人、気になるのか?」
凛太郎が意地悪な表情をして尋ねる。
「別にそんなことはありません」
咲はツーンとそっぽを向いてみせた。
「そう言うわりには、さっきからチラチラ向こうを見ているからさ」
ニヤニヤと笑う。
──それはあなたといると気まずくて、正面を向いていられないからです。
咲は心の中でぼやく。
「──そういえば、さっき文乃さんが花音さんのこと『武雄くん』って呼んでいましたけど」
ふと思い出し、凛太郎に尋ねる。
「もしかして、『武雄』って花音さんのことなんですか?」
エレベーターで凛太郎は『武雄』という名前を口にしていた。つまり凛太郎は武雄の正体を知っているはずだ。
「え?」
凛太郎はキョトンとして咲を見つめた。そういう表情をすると、意外と幼く見える。
「……まだ、教えてなかったのかよ」
凛太郎が呆れたように頭を掻いた。
まったく、しょうがねーな、と咲を見返す。
「あいつの本名は『鬼柳武雄』っていうの」
「え? 鬼柳武雄?」
──なんで、鬼柳武雄?
咲はパチパチと目を瞬かせた。凛太郎の言葉がにわかには信じられない。
意地の悪い凛太郎のことだ。もしかしたら、自分を騙そうとしているのかもしれない、とジト目で彼を見る。
それを感じ取った凛太郎が面倒くさそうにため息をついた。
「あんた、鬼柳武雄って聞いて、花を生ける人とは思わないだろ?」
まぁ、たしかに。
咲はコクリと頷いた。
お花というよりは、武道に長けてそうな名前だもの。
「だからだよ」
「へ?」
「鬼柳武雄じゃあ、集客もままならないだろ。だから、先代の祖母さんの名前を借りて、雅号にしてるの」
「え、それじゃ、『華村花音』ってお祖母さまの名前なんですか?」
そう、と凛太郎は不機嫌な顔で応じた。
「えーと、ちなみに『雅号』って?」
咲の質問に、凛太郎はそんなことも知らないのか、という顔をする。
「雅号は、花を生けるときの芸名みたいなもん」
「芸名……」
「大体は師匠に命名してもらったり、師匠から一文字とったりするんだけど。……あいつの場合は、祖母さんの名前を丸々使ったの」
祖母の名前をそのまま拝借したところを考えると、花音にとって祖母の存在は相当大きなものなのだろう。
咲はチラリと花音を見つめた。途端に目が合い、慌てて視線を背ける。
その目の端に、花音が席を立ち上がるのが映った。
1
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる