華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
54 / 105
藤の花の咲く頃に

藤の花の咲く頃に -2-

しおりを挟む

「──珍しいですね」

 ふいに頭上から柔らかい男の声が聞こえた。驚いて顔を上げると、見慣れた端正な顔立ちの男と目が合った。

「か、花音さんっ」

 咲はパチクリと目を見開いた。

「こんにちは。咲ちゃん、悠太くん」

 花音はニコリと微笑んで挨拶をする。

「どうしてここに?」

 困惑して尋ねる咲に、「あそこで仕事だったの」と花音は遠くのほうに見える建物を指差した。

 この辺りではわりと有名な老舗ホテル『グランドパーク中山』だ。

「ちょっと、ウェディングの打ち合わせで」と花音は付け加えた。

「それで、確か咲ちゃんたちがなかやまランドに行くって言ってたのを思い出して、近くだから来てみたの」

 迷惑だった? と花音は悪戯っぽく笑った。

「いいえ、とんでもない」

 咲は慌てて手を振り、否定する。

「それならよかった」

 花音は頷く。そうしてベンチの背もたれに寄りかかって悠太のランチボックスへと手を伸ばし、唐揚げを一つ摘み上げた。

 それを口の中に放り込み、「うん、美味いっ」と口をむぐつかせる。

 なんだか、小動物みたいで可愛らしい。

「……そういえば珍しいって、なんのことですか?」

 思わず見惚れてしまう自分に気づき、咲は先ほどの花音の言葉に話を戻した。

 ああ、と花音は唐揚げを飲み込んでから口を開いた。

「藤の花の贈り物だよ」
「藤の花の贈り物?」

 咲と悠太は花音の言葉を復唱し、顔を見合わせた。

「そう。藤の花は水揚げが悪いし、すぐ萎れてしまうから、あまり切り花として使われることはないんだ──お花屋さんでも見かけることはないでしょ?」

 花音の問いに、そういえばそうですね、と咲は頷く。

「藤の花を贈るとしたら、相当神経を使うよ──花房が零れないように、萎れないようにってね。そのくらいやっても駄目になる時もあるし」と肩を竦める。

「悠太くんに届いた藤の花は、どうだったの? 綺麗なままだったの?」

 悠太を見て花音は問う。

「はい。ここに咲いている藤の花のようにイキイキとしていました」

 悠太は藤の花を見上げ、笑う。

「それなら、摘んですぐ届けられたんだろうね……つまり、贈り主は自宅の庭に藤の木があるんだと思うよ」

「自宅の庭に、ですか?」と悠太は不思議そうに首を傾げた。

「だって、藤の花は花屋には置いてないし、どこかの公園や他所様の庭先から勝手に拝借するわけにいかないでしょ?」

 花音は当然のことのように言う。

 たしかに常識的に考えて、その可能性は高いのかもしれない。

 相変わらず理路整然と答えを導き出す花音に、咲は舌を巻いた。

「──更にいえば、贈り主の自宅も、その擁護施設の近くにあったんだと思うよ」
「そうなんですか?」

 キョトンとして、悠太が花音を見つめた。
 
「さっきも言ったけど、藤の花はすぐ綻びてしまうし、萎れてしまう。摘んだままの状態を維持するのはとても至難の業なんだ。だから、なるべく早く届ける必要がある……悠太くんの擁護施設は中山市にあったの?」

 花音の問いに、はい、と悠太は頷く。

「それなら贈り主はこの中山市に自宅があって、庭に藤の木がある人だろうね」

 花音は結論づける。

「ちなみに、贈られてきたものは、藤の花だけだった?」
「あ、メッセージカードも添えられていました」

 えーとですね、と悠太は思い出すように視線を宙に向けた。

「『恋しけば 形見にせむと 我がやどに 植ゑし藤波 今咲きにけり』っていう短歌が書かれていました」

 なるほど、と花音が頷く。

「あと、贈り主は松さんという方になっていましたね……会ったことはありませんけど」

 悠太は遠慮がちに告げる。

「松……」と呟き、花音は何事かを考え込むように顎に手を当てた。

「心当たりでも?」

 悠太が尋ねる。

「心当たりというか……」

 曖昧な笑みを浮かべ、花音は頭を掻いた。

「──古来から日本では、藤と松の組み合わせはとても縁起の良いものとされていたんだ」と続ける。

「藤も松も寿命の長い木だからね──悠太くんは清少納言の枕草子って知ってる?」
「えーと、たしか、平安時代に書かれたエッセイですよね」
「うん、そうだね。その中に『めでたきもの』という段があるんだけど。そこでは藤と松の関係性に触れているの……あ、『めでたきもの』っていうのは、素晴らしいものっていう意味ね」

 だんだんと顔を曇らせる悠太に、花音はすかさず説明を付け加えた。

 そうなんですね、と悠太が頷く。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...