70 / 105
エディブルフラワーの言伝
エディブルフラワーの言伝 -2-
しおりを挟む花音の話していた和菓子屋は、一〇分程歩いたところにあった。
一見すると普通の住宅のようなのだが、入り口にかかる暖簾から、そこがお店なのだとわかる。
暖簾をくぐり、中に入ると、和菓子の陳列されたショーケースが目に入った。店内はそれほど広くはなく、客が一組入るといっぱいになってしまうほどの大きさだ。
チャイムの音に反応して、「はーい」という店員の声が奥の方から聞こえてきた。
「いらっしゃいっ」と奥から姿を現した年配の女性が、花音を見て、目を丸くする。
「あれっ。もしかして、坊かい?」
花音に尋ねた。
「いやだな、女将。坊って言い方、もうやめてください」
花音は困ったように苦笑した。
「ああ、そうだね。いい年をした男の人に対して失礼だったね」と笑い、それから隣に立つ咲に「そちらは彼女さん?」と好奇の目を向けた。
「いえ、まだ彼女ではありませんよ、女将」
──まだって。
思わせぶりなことを言う花音にギョッとし、違います、と咲は焦って否定する。
そうかい、と女将は意味ありげに微笑んだ。
ほら、誤解された、と咲は非難の目を花音に向ける。それに花音は「ん?」とあからさまに惚けてみせた。
「ほら、見て、咲ちゃん」
話を逸らすように、ショーケースを覗き込んだ花音が手招きをする。
「これも食べられるお花だよ」
「食べられるお花?」
花音の言葉にショーケースを覗く。そこには色彩豊かな和菓子が並び、それぞれの和菓子には花の名前が書かれた札がつけられていた。
黄色いしべを、花びらを模したピンクの餡で包んだ『牡丹』。紫と白と黄色の餡で花の形を象った『アヤメ』。緑色のそぼろ状の餡を餡玉の上にのせ、ピンク色の花を飾った『岩根つつじ』。どれも今の季節を感じることができるものばかりだ。
「本当ですね。本物のお花みたいですね」
咲が感心して言うと、
「和菓子はね、季節を象徴する花や風物をモチーフに作るからね。お花と一緒で季節ごとに変わっていくんだよ」
女将が嬉しそう説明をしてくれる。
「これで、咲ちゃん念願の食べられる花束が作れるね」
花音がニコニコと笑った。
──もうすっかり花音さんの中では食いしん坊イメージなんだ、私。
咲はトホホとため息を零した。
結局、花をモチーフにした生菓子数個と花音が勧めてくれたフルーツ大福を購入することにした。
「それじゃあ、女将。また来ますね」
お菓子の入った紙袋を受け取り、花音は暖簾をくぐる。
その背中に「本当だよっ」と威勢のいい声をかけて、女将は大きく手を振った。
「女将さん、良い方でしたね。おまけまで頂いて……」
咲はどら焼きの入った包みを掲げた。
「あっ、決しておまけを頂いたから、いい人と言ったんじゃないですよ」
これ以上、食いしん坊だと思われないように釘を刺す。それにクスリと花音が笑った。
「そうだね。久しぶりに会ったけど、元気そうで良かったよ」
「──久しぶりだったんですか?」
「うん。昔は祖母と一緒に来てたけど……祖母が亡くなってからは、今日が初めてかな」
そうなんですか、と頷く。
「それじゃあ、その頃から髪は長かったんですか?」
「ううん、短かったけど──どうして?」
「あ、いいえ……」と咲はフルフルと首を振った。
──女将さんは何年も会ってなくて、髪型も変わった花音さんのことが分かったのか。
自分が花音に『髪型で認識している』と言われても仕方ないな、と咲はしょんぼり肩を落とした。
「また落ち込んでる」
花音が咲の顔を覗き込んで言った。
「あのね、咲ちゃん。悩みごとがあるなら、僕に相談して。一人で悩んだって良いことないよ」
真面目な顔で説教をされた。
「あ、いえ。別に悩んでは……ただ、花音さんの髪はいつから伸ばしてるのかなって考えていただけです」
「ほんとに?」
花音がジトリと咲を見つめた。
本当です、と咲は頷く。
だって、花音の髪のことを考えていたのは本当のことだもの、と自分に言い訳する。
それならいいんだけど、と呟いて、花音が緩く結んだ髪の先を持ち上げた。太陽に透けた髪が少し茶けて、明るく輝く。咲は思わず見惚れてしまう。
「──この髪はね、祖母が亡くなって、すぐに伸ばし始めたんだ。……ちょっとした願掛けなんだ」
花音の顔が一瞬、悲しそうに歪む。聞いてはいけないことを聞いてしまったようで、罪悪感が込み上げた。
あの、と謝辞を述べようと花音を見上げる。が、花音のいつもの穏やかな笑顔に会い、それは違うな、と思った。
「あの、……願い事、叶うといいですね」
頭をフル回転させてなんとか言葉を絞り出す。
それに花音は、そうだね、と頷いて、遠くを見た。
0
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯
☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。
でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。
今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。
なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。
今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。
絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。
それが、いまのレナの“最強スタイル”。
誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。
そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる