華村花音の事件簿

川端睦月

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エディブルフラワーの言伝

エディブルフラワーの言伝 -2-

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 花音の話していた和菓子屋は、一〇分程歩いたところにあった。

 一見すると普通の住宅のようなのだが、入り口にかかる暖簾から、そこがお店なのだとわかる。

 暖簾をくぐり、中に入ると、和菓子の陳列されたショーケースが目に入った。店内はそれほど広くはなく、客が一組入るといっぱいになってしまうほどの大きさだ。

 チャイムの音に反応して、「はーい」という店員の声が奥の方から聞こえてきた。

「いらっしゃいっ」と奥から姿を現した年配の女性が、花音を見て、目を丸くする。

「あれっ。もしかして、坊かい?」

 花音に尋ねた。

「いやだな、女将。坊って言い方、もうやめてください」

 花音は困ったように苦笑した。

「ああ、そうだね。いい年をした男の人に対して失礼だったね」と笑い、それから隣に立つ咲に「そちらは彼女さん?」と好奇の目を向けた。

「いえ、彼女ではありませんよ、女将」

 ──まだって。

 思わせぶりなことを言う花音にギョッとし、違います、と咲は焦って否定する。

 そうかい、と女将は意味ありげに微笑んだ。

 ほら、誤解された、と咲は非難の目を花音に向ける。それに花音は「ん?」とあからさまに惚けてみせた。

「ほら、見て、咲ちゃん」

 話を逸らすように、ショーケースを覗き込んだ花音が手招きをする。

「これも食べられるお花だよ」
「食べられるお花?」

 花音の言葉にショーケースを覗く。そこには色彩豊かな和菓子が並び、それぞれの和菓子には花の名前が書かれた札がつけられていた。

 黄色いを、花びらを模したピンクの餡で包んだ『牡丹』。紫と白と黄色の餡で花の形を象った『アヤメ』。緑色のそぼろ状の餡を餡玉の上にのせ、ピンク色の花を飾った『岩根つつじ』。どれも今の季節を感じることができるものばかりだ。

「本当ですね。本物のお花みたいですね」

 咲が感心して言うと、

「和菓子はね、季節を象徴する花や風物をモチーフに作るからね。お花と一緒で季節ごとに変わっていくんだよ」

 女将が嬉しそう説明をしてくれる。

「これで、咲ちゃん念願の食べられる花束が作れるね」

 花音がニコニコと笑った。

 ──もうすっかり花音さんの中では食いしん坊イメージなんだ、私。

 咲はトホホとため息を零した。

 結局、花をモチーフにした生菓子数個と花音が勧めてくれたフルーツ大福を購入することにした。

「それじゃあ、女将。また来ますね」

 お菓子の入った紙袋を受け取り、花音は暖簾をくぐる。

 その背中に「本当だよっ」と威勢のいい声をかけて、女将は大きく手を振った。

「女将さん、良い方でしたね。おまけまで頂いて……」

 咲はどら焼きの入った包みを掲げた。

「あっ、決しておまけを頂いたから、いい人と言ったんじゃないですよ」

 これ以上、食いしん坊だと思われないように釘を刺す。それにクスリと花音が笑った。

「そうだね。久しぶりに会ったけど、元気そうで良かったよ」
「──久しぶりだったんですか?」
「うん。昔は祖母と一緒に来てたけど……祖母が亡くなってからは、今日が初めてかな」

 そうなんですか、と頷く。

「それじゃあ、その頃から髪は長かったんですか?」
「ううん、短かったけど──どうして?」

「あ、いいえ……」と咲はフルフルと首を振った。

 ──女将さんは何年も会ってなくて、髪型も変わった花音さんのことが分かったのか。

 自分が花音に『髪型で認識している』と言われても仕方ないな、と咲はしょんぼり肩を落とした。

「また落ち込んでる」

 花音が咲の顔を覗き込んで言った。

「あのね、咲ちゃん。悩みごとがあるなら、僕に相談して。一人で悩んだって良いことないよ」

 真面目な顔で説教をされた。

「あ、いえ。別に悩んでは……ただ、花音さんの髪はいつから伸ばしてるのかなって考えていただけです」
「ほんとに?」

 花音がジトリと咲を見つめた。

 本当です、と咲は頷く。

 だって、花音の髪のことを考えていたのは本当のことだもの、と自分に言い訳する。

 それならいいんだけど、と呟いて、花音が緩く結んだ髪の先を持ち上げた。太陽に透けた髪が少し茶けて、明るく輝く。咲は思わず見惚れてしまう。

「──この髪はね、祖母が亡くなって、すぐに伸ばし始めたんだ。……ちょっとした願掛けなんだ」

 花音の顔が一瞬、悲しそうに歪む。聞いてはいけないことを聞いてしまったようで、罪悪感が込み上げた。

 あの、と謝辞を述べようと花音を見上げる。が、花音のいつもの穏やかな笑顔に会い、それは違うな、と思った。

「あの、……願い事、叶うといいですね」

 頭をフル回転させてなんとか言葉を絞り出す。

 それに花音は、そうだね、と頷いて、遠くを見た。
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