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三本のアマリリス
三本のアマリリス -5-
しおりを挟むその後、凛太郎の通報により、すぐに警察は現れた。そのまま警察署に直行し、色々と事情を聞かれ、解放された頃には夜になっていた。
「今日は本当にありがとうございます」
助手席で咲は深々と頭を下げた。
「ううん。僕の方こそ、咲ちゃんを巻き込んじゃって、ごめんね」
花音も謝辞を述べる。
「いいえ、そんなこと。それに、あのとき花音さんが来てくれて、すごく心強かったです」
そう言って、つい抱きついてしまったことを思い出す。咲は顔を赤くし、俯いた。
そんな咲は花音も同じく顔を赤くしていることに気がついていない。
気まずい沈黙が流れる。
後部座席に座る凛太郎は二人を眺め、やれやれ、とため息を吐いた。
「そういえば、お前、花束で日本刀を受け止めていたけど、どうやったんだ?」
仕方なく助け舟を出す。
ああ、と花音はホッとしたように話し出した。
「アマリリスって、大きな花のわりには、茎が空洞になっているんだ。だから、そのまま生けると時間が経つにつれて、茎が弱くなって、花の重さで折れてしまうの」
「それなら、なおさら、日本刀の攻撃なんて防げないだろ?」
「普通ならね」と花音は笑う。
「あのアマリリスは、折れないように空洞の茎を枝で補強していたの」
「補強?」
「そう。花屋ではよくやる細工なんだよ。空洞の茎の中に枝を通して、折れないようにするの。一本一本はそこまで太い枝じゃないけど、たくさん集まったらそこそこ丈夫になるでしょ──『三本の矢』ならぬ『三本のアマリリス』だよ」
「三本のアマリリスって……」
咲もつぶやいて、花音と目を合わせ笑い合う。
ようやくいつもの二人に戻ったらしい。
凛太郎は安堵し、乗り出していた身体を後部座席のシートに沈めた。
「ところで」
いつもの調子を取り戻した花音が、それでも緊張気味に話を切り出す。
「咲ちゃんは、今後、どうするつもりなの?」
「……どう、する?」
突然の質問に意図するところが分からず、咲は首を傾げた。
「その、……結婚の話は無くなったから、もう実家を出るつもりはないのかな?」
花音は言いにくそうに尋ねる。
それに「いいえ」と咲は小さく首を振った。
「やっぱり今回のことがあって、なおさら自立しないといけないなって思いました」
決意を込めた瞳で花音を見返す。そうなの、と花音は安心したように頷いた。
「それなら、また、華村ビルに住まない?」
「え?」
咲は目をパチクリとさせ、花音の横顔を見る。
それは願ったりな話ではあるけれど。
──でも
「やめておきます」
「え、どうして?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、驚いた様子で花音が問う。
「もしかして、凛太郎のことが嫌だった?」
「は? 俺?」
思わぬところで名指しされ、凛太郎が顔を顰める。
「それとも、僕のせい? いろいろ咲ちゃんに隠しごとしていたから……」
花音はしょんぼりと眉根を寄せた。
「違います」
咲は慌てて否定する。
「お話はとてもありがたいですが……」
「ですが?」
花音がしょんぼりとしたまま言葉尻を捉えて聞き返す。
「だってあそこは駆け込み寺じゃないですか。本当に困った人のために空けておいたほうがいいと思うんですよ」
咲の言葉に、花音はグッと息を呑んだ。
「まぁ、そりゃ、正論だよな」
凛太郎も納得して大きく頷く。
「……じゃあ、やめた」
しばらくの沈黙のあと、花音がポツリとつぶやく。
「は?」
「駆け込み寺、やめた」
いやいや、そんな無茶な、と思わずツッコミそうになるのを、咲は既のところでこらえた。
「いいんですか? お祖母さまの意志を簡単にやめたりして」
代わりに花音の情に訴えかけてみる。
「そ、それはそうだけど。──だけど、咲ちゃんの前は五年も空き部屋だったんだよ。もったいないよ。それに、そんなこと言ったら、とっくに追い出さなきゃいけない奴が二人いる」
早口で捲し立てる。
「あ、たしかに……」
それは一理あるな、と後部座席の凛太郎をチラリと見る。たしかに悠太くんはともかく、凛太郎さんは華村ビルを出てもやっていけそうだ。
チッ、と凛太郎が大きく舌打ちをした。
「おい、咲っ。今まで誤魔化してたのに、お前のせいでとばっちり食っただろ」
不機嫌そうに声を荒げ、咲に食ってかかる。
「責任とれっ」
「え? 責任?」
そんなご無体な、と咲は顔を引き攣らせる。
「そうだ。責任とって華村ビルに引っ越してこい。そうすれば、俺のことも誤魔化せる」
「はあ?」
なに、そのこじつけ。
咲は呆れて凛太郎を眺めた。
「だって、咲ちゃん」
花音がクスクスと笑い声を上げる。
「ああ見えて、凛太郎も咲ちゃんのことすごく気に入っているんだ」
「そんなわけあるかっ」と怒鳴って、そっぽを向いた凛太郎の顔は心なしか赤く見えた。
「悠太くんだってすごく寂しがっているし。それになにより──」
花音はそこで言葉を切った。
「なにより?」
咲は首を傾げ、花音を見つめた。
「僕が、咲ちゃんに、一緒にいてほしいんだ」
意を決して告げた花音の顔は耳まで真っ赤で。
「そ、そうなんですか」と応じた咲の顔も赤く染まっていたが。
本当の意図するところは咲には伝わっていないようで。
全然ダメだな、この男、と凛太郎は心の中でぼやくのであった。
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