魔王が識りたかったもの

香月 樹

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第一章 旅立ち

#19 呪術師の娘3

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運び込まれる荷物に身を潜ませ、定期船にどうにか潜り込めた。

荷物の中で暫く息を潜めていると、汽笛の音が鳴り、出航した事を知った。
暫く身を隠していたが、辺りが暗くなって来たのを見計らって荷物から這い出した。

そして、何処か隠れるのに最適な場所はないかと船内を物色し始め、
少しして空いた船室があるのを見つけたので、大陸に着くまでそこに隠れる事にした。

船室に入って隅で小さくうずくまり、
空腹を堪えるため早めの眠りにつこうとしていたが、

「ガチャッ」

と、急に入口のドアが開いた。

しまった!空き部屋じゃなかった!!!

そう思い、身を隠そうとより一層体を小さくしていると、
1人の老婆が私の顔を覗き込んできた。

優しそうな顔で、髪もピシッと結われ乱れもなく、
きちんとした身なりをした上品な感じの老婆だった。

きちんとした身なりとは言っても、貴族のような華やかな派手さでは無く、
平民でも裕福な家の奥様といった印象だった。

「あなた、此処で何をしているの?」

まずい、叱られる!
いや、それどころか船員達に突き出されるかもしれない!

焦る気持ちばかりが大きくなり、
顔から血の気が引いていくのがわかった。

目は涙ぐみ、口はガクガクと小刻みに震え、声を発する事が出来ない私に、

「お腹、空いてるんじゃない?」

右手を差し伸べながら、老婆は優しそうな笑顔でそう言った。

(え?なんで?)

私は理解出来なかった。

汚れた身なりで空き部屋に忍び込んで、お世辞にも真っ当な乗客には見えない。
そんな見ず知らずの私に、どうして優しく手を差し伸べるの?

その時の私は、きっと目を丸くしていただろう。

つい最近まで、愛してくれていると思ってた村の人々に捨てられたばかりで、
何故何の関わりも無い人が優しく接してくれるのかわからなかった。

そして戸惑いながらも、思わず目から涙がこぼれ落ちた。
緊張の糸が一気に解け、安堵したのか、流れ出した涙は暫く止まらなかった。

「さ、こっちにいらっしゃい。」

私は老婆に手を引かれながら、空き部屋を出た。
そして、少し離れた船室まで来ると、老婆は私を自室に招き入れた。

「まずは体を洗って、それから食事に行きましょうね。」

老婆はそう言うと、ふた部屋あるうちの一方の部屋に私を案内し、
お湯を張った木桶と体を拭くための布を置いて、「隣で待ってるわ」と言って部屋を出て行った。

船に乗るまでは生きる事に必死で、他には何も考えられなかったが、
お湯に浸した布を絞り左腕を拭き始めたところで、この手で人を殺した事を思い出した。

人を殺め不浄となったこの体の穢れを落とそうと、真っ赤になるまで布でこすっているのを、
「着替え、ここに置いておくわね」と声をかけてきた老婆に気付かれた。

「ちょっと、何をやっているの!ほら、少し落ち着いて」

老婆は私の手から布を奪い、そして優しく抱きしめて言った。

「何があったかは知らないけど、落ち着いて。
此処には怖い人も、あなたを傷付ける人もいないから。」

その言葉にまた暫く泣き続けてしまったが、
老婆は優しく抱きしめ、私が落ち着くのを待ってくれた。

「さ、手伝うわ。」

そう言って、腕や背中を先程取り上げた布で拭いてくれた。

「後は自分で出来るかしら?隣の部屋で待ってるわね。」

部屋から老婆が出て行った後、まだ拭いてない場所を拭き、
すっかり綺麗になったその身に、老婆が用意してくれた服を纏った。

年配が着るには少し華やかな服だった。

(娘さんの服かな?)

私は漸く落ち着きを取り戻し、隣で待つ老婆の下へ向かった。
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