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チャプター4:「異海に轟く咆哮」《海隊編》

4-3:「第1魚雷・ミサイル艇隊」

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 ――海上を、海面からその船底を完全に離して宙に浮かせ。文字通り飛ぶように、掛けるように海上を進む一隻の小柄な船――船艇がある。
 正確にはその船艇は本当に飛んでいるわけではない。その船底よりは三つの小さな柱、足下駄のような物が伸びて海面より突き込まれている。その元にはスクリューを備える推進器があり、船艇はそれをもって推進しているのだ。

 ――その船艇は、〝PG-827 ミサイル艇7号〟と呼ばれた。

 日本国海隊の装備保有する、1号型ミサイル艇という艦級のその7号艇。
 その船体を持ち上げて船底に備えた水中翼をもって航行する(フォイルボーンと呼ばれる)という、船の常識を引っくり返す船形形態――水中翼船型の戦闘艇だ。
 その船体の艦尾には、名称にも冠されるミサイル――90式艦対艦誘導弾の発射筒を4基備える。その内の一基からはまさに今しがた、艦対艦誘導弾が撃ち出されて固体燃料ロケットの燃焼により飛び、先に見える一隻のキャラベルに似た船を撃破した所であった。
 そしてミサイル艇7号はその艇先を『嵐鮫の大海団』に向けて、船の常識をまた覆す高速で航行。船団に向けて突撃を敢行しようとしていた。
 さらにミサイル艇7号の右舷より先を望めば、その向こうにはまた同様に、海面上を飛び掛け、あるいは滑る様に航行する二つの船影が見えた。


 一隻はミサイル艇7号の同型艇。同じく1号型ミサイル艇の〝PG-824 ミサイル艇4号〟。
 そしてそれに距離を開けて隊形を取り続くは、前二隻とは別に海面を滑る様に進む、11号型魚雷艇、〝PT-817 魚雷艇17号‶〟。
 3隻はいずれもが、日本国海隊の〝第1魚雷・ミサイル艇隊〟に所属し、それを構成する戦闘艇であった。


 そして3隻は『嵐鮫の大海団』の正面右側、及び左側より突入接近を試みている最中だ。両翼より4号、7号両艇のミサイル攻撃により初撃を加え。その上で後方に配置した〝かまくら〟の火力援護の元、船団の懐へと突入する算段だ。
 その艇隊の7号艇の近くの海面に、大きな雷が落ちたのはその瞬間。『嵐海の大海団』の船が発動し放ってきた、雷魔法だ。
 しかし落ちた瞬間には、7号艇は駆け抜けその先へととうに進み去っていた。光の速度で落ちる雷とはいえ、その事前照準は人の手で行われる。しかし人の目でその進路方向を予測目測するには、ミサイル艇は速過ぎた。
 艇隊各艇は敵に照準をさせぬために、その速度で可能な限りの蛇行回避運動を行い。落ち襲い来る雷の魔法攻撃を避けながら、そして船団へと距離を詰め。


 船団の最中懐さなかふところへと踏み込み、その搭載火砲の咆哮を上げた――


 まず先陣を切り『嵐鮫の大海団』の正面左翼から4号艇が突入。その艇上に装備する遠隔操作型の20㎜多銃身機銃(バルカン)が唸り声を上げた。
 その火線が飛び込み喰らうは、船団主力大型船を護るように配置している小~中型船。その喫水を狙い撃ち流して浮力を奪い、あるいは船上構造を直接撃ち舐めて破壊して損傷させ。次から次へと船団の船をその砲火で浚えながら、高速でその合間を翔け抜けた。

 4号艇に間髪入れずに、続け7号艇も船団の正面右翼より突入。
 7号艇は4号艇と異なり、その主砲として62口径76mm単装速射砲を一基搭載している。これは1号型のタイプシップであるスパルヴィエロ型の例を模し、5号艇以降に採用された変更点の一つであった。
 その7号艇の76㎜速射砲が、また咆哮を唸らせた。
 76㎜速射砲が狙うは船団主力の中~大型船、そして船団が従える水龍や海龍だ。先行した4号艇のやり方と同様に主として喫水を狙い、その破壊力で船体に大穴を開けて浮力を奪って見せる。そして続けざまに追従していた水龍の体に76㎜砲弾を数発叩き込み、屠り海面へと沈めて見せた。

 先行し突入した2隻のミサイル艇より少し距離を離し、殿を務め突入したのが魚雷艇17号。
 当艇は艇隊の指揮艇を務め。同時に水中翼船の特性上、中速域での戦闘行動に難を抱える1号型ミサイル艇のギャップをカバーする役割を担っていた。
 そしてもう一つ、魚雷艇17号が担う役割。
 それは船団の中核である、巨大戦列艦やガレオン船への肉薄からの一撃だ。
 船団の懐へと突っ込み踏み込んだ魚雷艇17号は、小~中型の船には目もくれずにその合間をすり抜け、その先に鎮座する巨大戦列艦をその切っ先に捉える。
 そしてその艇上に装備した533㎜魚雷発射管より、72式魚雷Ⅱ型を撃ち放った。
 放たれた魚雷は海中へ飛び込み、突進の勢いで海面に軌跡を描く。そして捉えた戦列艦へと瞬く間に間合いを詰め――直撃――巨大な水飛沫を上げて、そのどてっ腹に大穴を開けた。
 それを確認するが早いか、魚雷艇17号は二発目の魚雷を発射。それはまた別の、後続の巨大戦列艦へと進み突っ込み、またもその水飛沫と合わせてその腹を喰らった。
 さらにそこから魚雷艇17号が、艇上に備える二基のボフォース 40mm機関砲を旋回させ投射攻撃を開始。目に付く船をその大~小に構わず、片端から舐めるように喰らい、弾き破壊して行った。


 突如として現れ船団へと飛び込み。そしてその小ぶりな姿からは想像もつかぬ脅威を体現し始めた戦闘艇の艇隊によって。
 『嵐鮫の大海団』はより一層の混乱に陥った――


 『嵐鮫の大海団』の合間を高速で縫い進みながら、備える装備火力を惜しみなく展開する第1魚雷・ミサイル艇隊の各艇。
 内の一隻、ミサイル艇7号の艦橋・操舵室内部には複数名の人影があった。
 主としては7号艇の艇長以下、艇の操艇を担う海隊隊員等。今も艇長である行正(ゆくまさ)という名の三等海佐が指示を飛ばし、艇の操縦を預かる海曹がまるでレーシングカーでも操る様相で艇を動かしている。

「ッゥ!?」

 その中に交じり、海隊隊員等とは全く様相を異にする者の姿があった。
 青年から中年の境といった男性で、その容姿の特徴は元の世界でのヒスパニック系に類似するか。一際目に付くはその姿格好。頭にはカウボーイハットそのものの形の帽子を纏い、服装もまたそれに合わせた軍人か警察の類を思わせるもの。その姿はまさに西部劇に出て来る保安官のそれだ。
 そしてその保安官姿の男性は、大きく揺れた艇に思わず声を零した。

「ッ――艇長殿ッ。この船は……ッ、凄いが同時にとんでもないじゃじゃ馬ですねッ!」

 続けその保安官姿の男性は、彼用に当てられた座席シートにしがみついて荒々しい艇の動きに耐えながらも。艇長である行正三佐に、そんななんとかの冗談交じりの評する言葉を送る。

「荒々しいのは我慢しれくれ、タウディ大尉。こいつは我々でも扱いには骨が折れる癖馬――我が海隊最速の船だ」

 その行正は保安官姿の男性をそんな名と階級呼称で呼び。静かで端的な口調で、そんな要求の言葉を返す。

「――たいぃ~……っ!」

 そんな両名の元へ、何か気の抜けたような力ない声が背後より届く。行正のタウディが振り向けば、その後ろの座席シートにその声の主の姿が見えた。
 そこに座すは、その頭に犬の耳を生やす特徴を持つ一人の女性。この異世界で獣人と呼ばれる種族形態の者。詳細にはその各部分の特徴や毛並み毛色から、それがシェパードに類するものであることが伺える。纏う服装格好はタウディと同じく保安官のようなそれ。
 そしてそのシェパードの犬獣人の彼女は、その凛々しい顔立ちをしかし参らせ目をぐるぐると回していた。ミサイル艇の高速に翻弄されてのそれだ。
 傍らには海隊の海士が、心配混じり呆れ交じりの様子で付き添い様子を見ており。犬獣人の彼女はそんな海士の腕に文字通り縋りついている。

「ッー……耐えろ、エリレ少尉ッ」

 そんな彼女の姿を見たタウディは、彼もまた少し困った様子を見せ。そして彼女の名と階級に合わせて、そんなピシャリと断ずる言葉を送った。


 海隊隊員と異なる様相のタウディとエリレ。
この二名の正体は、現在の戦闘の舞台であるこの内海――翼抱海の南に寝そべり存在する、〝剣と拳の大公国〟の。その大公国の有する保安軍の軍人であった。
今は子細は経緯は省くが。この異世界に転移してきた日本国海隊は、すでに剣と拳の大公国と接触の上、いくらかの交渉や調整の類は終えており。
 その上で今戦闘――いや作戦の実施において、大公国保安軍より派遣された派遣武官を受け入れ、同乗乗艇させていたのだ。


 その一人である保安軍のタウディ大尉は、背後で目を回す部下から視線を戻し。ミサイル艇艦橋の窓の向こうに見える光景を再びその眼に捉える。
 7号艇より距離を離した先には先行する4号艇の姿が見え。その4号艇は今まさに、急降下襲撃を仕掛けて来た翼龍を、その20mm多銃身機銃の猛威をもって叩き落す瞬間を見せた。

「――ッ!ユクマサ少佐・・ッ!」

 しかし直後。タウディは別方に動きを見て、行正に知らせる声を発する。
 7号艇の進行方向左舷。その海面より飛沫を立てて海龍が巨体を現していた。その巨体をうねらせて描く軌道は、明らかな7号艇を狙い襲うそれ。
 海龍の体は、7号艇の2~3倍では収まらない大きさだ。その図体で体当たりを喰らえば、装甲耐久を度外視している1号型ミサイル艇はひとたまりもないだろう。

「ッ!」

 その海龍が目の前に迫る姿を前に、タウディは思わず目を剥く。
 ――しかし直後瞬間。その海龍の胴、首元付近で複数の爆炎が巻き起こった。

「!」

 再び、しかし別の意図で目を剥くタウディ。
 そして彼が視線を降ろせば。7号艇の全甲板上に備わる76㎜速射砲の砲塔が、旋回してその砲口を海龍へと向ける光景が見えた。
 海龍のその巨体を薙ぎ降ろすよりも前に、76mm速射砲はその巨体を撃ち弾き仕留めて見せたのだ。
 一瞬の後に、千切れボロ切れ同然となった海龍の巨体が、次には支えを失いぐらりと力なく倒れて来る。しかしその時には7号艇はその高速をもって、海龍の下を潜り抜けて遥か前方へと駆け去り。
 海龍は一人虚しく、そのボロボロの肉塊と化した巨体を海面へと落とした。

「……本当に凄い……ッ」

 遥か後ろに去るその光景を艦橋の側面窓越しに身ながら、タウディは感嘆の言葉を零す。

「際どかったな。コケ脅しのパフォーマンスは、この一撃が限界だろうな」

 一方の艇長の行正は、視線を前方へ向けたままそんな分析の言葉を紡ぎ零す。
 今、戦闘艇隊による殴り込み同然の強襲は。威力偵察と何より敵船団の攪乱、士気の瓦解等々のいくつかの効果を狙って敢行されたものであったが。リスクと効力を考えれば、この最初の一撃が有効な結果が望める限界だろう――そう再分析しての言葉であった。

《17号、鶴美つるみより各艇へ。ドッキリはこの一撃こっきりだ、離脱し距離を取れ》

 それを進言せずとも汲み取る様に。後方の指揮担当の魚雷艇17号より。艇隊指揮官の声での離脱の指示命令が、通信越しの届く。

「だろうな――離脱だッ」

 それを聞いて呟き。
 そして行正も操舵を担当する海曹に向けて、そう命ずる言葉を発した。
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