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チャプター10:「Intrigue&Irregular」
10-3:「暗黒の語り手」
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草風の村の中心部に展開された避難区域から、少し離れた一角に一つの業務用天幕が設営されている。意図して避難区域より離れた場所に設営された天幕。その内部には数名の人間の姿があり、そして中心では置かれた長テーブルを挟んで、双方に置かれたパイプ椅子に座する、二人の人物が相対していた。
「……どうしても話す気はないのか?」
その片方は、装甲戦闘車車長の穏原。
彼はパイプ椅子に座して長テーブル上に肩肘を付き、そして自身と相対するもう一人の人物に、冷たい視線と言葉を投げかける。
「……何をだ?」
穏原の言葉に対して、しかしそのもう一人の人物から冷ややかな一言が返される。
返したその人物は、商議会に雇われる盗賊兼傭兵の青年――リーサーであった。
正しく言えばリーサーの方に関しては、その両腕に手錠を嵌められ拘束された上で、椅子に座らせられている状態であった。
「先程から聞いている通りだ。君達の身分、行動目的、そして背後にいる組織人物。私達は、君が知ってるであろう情報を欲している」
そのリーサーの一言に対して、穏原は問う言葉を紡ぐ。
今朝方、自由等の手により捕縛拘束されたリーサー。彼は、草風の村襲撃や商議会の思惑同行について、加担しそして何らかの情報を持つ重要参考人と判断され、今現在こうして聴取を受けている真っ最中であった。
そしてその尋問の役割を担う事となったのが穏原。
本来ならば警務科警務隊等の然るべき部門部署の隊員の担う役割であったが、生憎この世界に飛ばされて来た部隊の中に、該当の隊員は居合わせていなかった。
そこで、主要陸曹の中で丁度手の空いていた穏原が抜擢された。穏原は先、日野盗達の根城を制圧した際に、身柄を確保した野盗に対して、簡易ながらも行われた聴取のその主導を取っており、その事を半ば無理やり実績とされての人選でもあった。
「そんな事を聞かれても困る。俺達は、ただ通りがかっただけなんだ」
しかしそんな事情の穏原の問う言葉に、対するリーサーは目に見えた白々しい様子で、そんな答えを返す。
「見え透いた嘘を吐くな。君達が明らかな偵察行動の姿勢を見せ、そして〝傭兵〟の言葉を口にしていた事は報告で聞いている」
「何の事だかさっぱりだな。あんた等の人間が、聞き間違えたんじゃないのか?」
穏原の続けての問いかけにも、とぼけた態度で返すリーサー。
「君……いつまでもそんな嘘が通用すると?」
そこへ今度はリーサーの横に立っている陸士長から声が飛ぶ。監視、不測事態対処、及び穏原の補佐の役割を担う隊員だ。
「通用も何も、知らない物は話せない」
だがその陸士長の言葉にも、リーサーはそう返すばかり。
「………」
そんな様子のリーサーを前に、難しくしていたその顔をさらに苦くする穏原。
少し前から始められた聴取だったが、しかし穏原等の問いかけに対してリーサーはこのような、はぐらかし知らぬ存ぜぬの態度を一貫し微塵の情報も吐き出す様子を見せなかった。
「終始、あの様子です」
「そうか」
聴取が行われている業務用天幕の外。天幕の出入り口の隙間から、内部の様子を覗き見ながら言葉を交わす、隊員等の姿がある。
一人は見張りの陸曹。もう一人は、今現在この草風の村での活動の指揮主導を任されている、長沼だ。
「埒が明きません。多少なり、荒い手段を取る必要性もあるのでは?」
天幕内で行われている、お世辞にも芳しいとは言えない聴取を前にして、陸曹は長沼に向けてそんな進言の言葉を発する。
「ダメだ。拘束無力化した者に対して、暴力行為を手段として取る事は看過できない」
しかし陸曹のその進言を、長沼は静かな、それでいて毅然とした口調で却下した。
「ですが今の調子ですと……本当に何も先に進みませんよ」
長沼のその言葉を受けた陸曹は、少し困ったような口調で返しながら、再び天幕の内部を覗き見る。
「――っと、お疲れ様です」
そんな所へ、長沼等の背後から声が聞こえ来る。長沼等が振り向けば、そこに一人の陸士が立っていた。
「あぁ、どうした?」
陸士が言葉と共に寄越した敬礼動作に、長沼等は同様に返しながら、その陸士に用件を問う。
「えぇ。確保した内の、気を失っていたもう一人が目を覚ましたので、その事を知らせに」
問いかけに陸士はそう返す。
陸士の言葉が示すのは、今朝方に自由等がリーサーと共に確保捕縛した、リーサー配下の少年の事だ。
「なので、失礼します」
陸士は長沼等に断ると、その横を抜けて通り、天幕内へと立ち入る。
そして内部の穏原の傍まで近寄り、今のその件を伝えるのでろう、穏原に耳打ちする様子を見せた。
「――了解、連れて来てくれ」
「は」
陸士から耳打ちを受けた穏原は、その陸士に向けて頼み返す。指示を受け、陸士はすぐさま身を翻して天幕を出て行く。陸士のその姿を見送った後に、穏原は対峙するリーサーに向き直る。
「君の相方が目を覚ましたそうだ。――交代だ、少し自分の立場を考えてみるんだな」
そしてリーサーに向けて、冷たい表情と言葉で投げかける穏原。
しかしリーサーは、つまらなそうな表情を作って見せるのみであった。
村を通る道を歩く、数名の隊員の姿がある。
讐に旗上、他数名の、先に輸送ヘリコプターによって到着した隊員等だ。
増援として到着した彼等は、指定された部隊へ合流、再編成を行うために、村の避難区域へ向かっている最中であった。
その讐等は、避難区域へと向かう途中で、道の反対側より現れ来た別の一隊とすれ違う。その一隊を構成する数名の隊員等は、皆一様に警戒の姿勢を見せている。そして一隊の縦隊の中心には、隊員等とは違い姿格好の人間の姿も見える。
「――今のは?えらい物々しい様子で、誰かを連れてったな」
その一隊とすれ違った所で、讐等の中から声が上がる。声の主は、分隊支援火器を肩に掛けた大柄の陸士長。彼は、すれ違った一隊を振り返り、不可解な目で追いかけ見つめている。
「事態の関係者の一部を、確保拘束したという話は聞かされただろう。おそらくそれだ」
陸士長のその疑問の声に、讐が淡々とした口調で回答の言葉を発する。
讐の言葉通り、すれ違った一隊の中に見えたのは、身柄を拘束された関係者――リーサーの身であった。一度聴取の切り上げられたリーサーの身は、一隊により、村の離れた場所に設けられた隔離拘置場所に護送されている所であった。
「今は聴取――という名の尋問の最中だそうだ」
そしてつまらなそうな顔のまま、皮肉気にそんな言葉を付け加える讐。
説明に大柄の陸士長は、「はーん」という納得の、しかしどこか投げやりな様子の言葉を発した。
それからさらに歩いた讐等は、件の聴取が行われている業務用天幕の傍を通りかかる。その天幕の前では、長沼や陸曹が難しい顔を作り、何かを話し合う様子を見せていた。
「――おぉや」
そんな様子を見止め、隊伍の中の旗上が、何か興味深げな声を上げる。
「どうやら、芳しくないようだな」
「まぁ無理もねぇだろう。警務隊や専門の人間がいない中、今居る人間で聴取や尋問なんてやってるんだろう?」
一方で讐や大柄の陸士長は、見えたその光景から、行われている聴取が順調でない事に察しをつけ、それぞれ言葉を零し呟く。そして讐等は、天幕の前を通り過ぎようとした。
――しかし、旗上が一人、唐突の脚を止めたのはその時であった。
唐突に脚を止めて隊伍より零れた旗上。それに気づいた大柄の陸士長始め数名の隊員が、不可解そうに彼を振り向く。
「――讐。私は少し外させてもらうが、構わないかね?」
旗上はそんな言葉を吐いたのは、その瞬間であった。
「あぁ?」
他の各員と違い、振り向かず止まる様子も見せていなかった讐が、しかし掛けられた声によって遅れ振り向く。その声色は酷く鬱陶し気であり、振り向いたその顔には大変怪訝な色が浮かんでいる。そしてその眼が、旗上を睨む。
「少し、出番がありそうだ」
讐の非難にも似たその眼光。しかしそれを向けられた当の旗上は、臆する事も悪びれる様子も見せずに、続けそんな言葉を発した。
そして旗上は一言そう言ったかと思うと、先に問いかけたにも関わらずその返事を待って聞くこともせずに、身を翻すと隊伍を離れて行ってしまった。
「は?おい旗上?」
「はーはっはぁッ」
唐突に予定外の行動を取り出した旗上に、大柄の陸士長が若干の困惑の声で、その背に呼びかける。しかし対する旗上は、背を向けたまま片手を掲げて見せ、そして胡散臭い笑い声を上げて返すのみであった。
「――フン。行くぞ」
旗上の突然の行動に、大柄の陸士長始め各員が少なからず驚き訝しむ中、一人、讐だけが皮肉気に鼻を鳴らす。そして讐は各員に向けて一言促すと、体の向きを戻して再び歩き出した。
「おい、いいのか?」
大柄の陸士長は、勝手に隊伍を外れ行ってしまった旗上を視線で追いながら、それを無視する様子を見せる讐に問い尋ねる。
「いい。どうせ本来は別の命令系統の隊員だ。それに、ヤツはヤツの〝仕事〟をしに行ったのだろうよ」
「仕事?」
尋ねる声に、忌々しそうな声色で答える讐。しかしその回答の中の不可解なワードに、大柄の陸士長は再び訝し気に尋ねる声を返す。
「あぁ。失念していたが、ヤツは〝専門〟の人間だ――」
それに対して讐は今一度振り向き、端的に答えて見せた。
聴取に使用されている業務用天幕にはリーサーに代わって、その配下であるクニという名の少年が連れて来られていた。
「……俺は何も知らない……」
パイプ椅子に座らされたクニは、相対する穏原を前に、絞り出すようにそんな言葉を発する。クニはリーサーと同様に、先から何も知らないという主張し続けていた。だがクニの表情や口調には、リーサーの時ような余裕や冷静さは感じられない。
まだ十代半ばにも達していない少年である彼にとって、周りを正体不明の者等に囲まれて、実質の尋問を受けている今の状況で、リーサーのように振る舞う事は叶わずにいるようであった。
「そんなわけはないだろう。君達がこの村を襲った傭兵と関係してるのは明らかだ。知っている事を話すんだ」
そんなクニに向けて、穏原は静かだが凄みを利かせた声色で発する。
穏原は相手が少年という事で、内心は心苦しい思いであったが、心を鬼にしてしつこく問いただし、口を割らせようとしていた。
「本当に知らない……通りすがりだって言ってるだろ……!」
だがクニも少年とはいえ、その手の仕事に携わる者としての意地があるのか、一筋縄では行かず、なかなかに口を割ろうとはしなかった。
しかしその姿からは、恐怖、怯えを懸命に抑えようとする様子がありありと伝わって来る。
(ッ、素人にこんなことさせてくれるなよ……)
そんなクニの姿を前に、穏原は冷たい表情を保ちながらも、心の中で悪態を吐く。
「物語を進めるための、キーワードは見つかりましたかなぁ?」
そんな穏原の背後から、異様な声色での台詞が聞こえて来たのはその時だった。
「?」
穏原始め天幕内の各員は、その声に若干の驚きと訝しみを顔に出しながら振り返る。そして各員の眼に映ったのは、開かれた天幕入口に立つ、旗上の姿がであった。
「君は――?」
穏原は、現れた旗上を目に留めて疑問の声を上げる。
しかし同時に旗上の纏う、陸隊の物とは異なる特異な迷彩服を見止め、入って来た旗上が多用途隊の隊員である事に、穏原は察しを付けた。
「ごー機嫌よぅ、三曹殿。そして同胞(はらから)の諸君」
そんな穏原始め隊員等に対して、旗上はおよそ隊員のそれとは思えない挨拶を発し上げ、天幕内へと踏み入って来る。
「少し、彼と話をさせてもらえますかなぁ?」
そして旗上は、穏原に向けて藪から棒にそんな要求の言葉を発した。
「話……?」
突然の要求に、戸惑う声を零す穏原。
「穏原三曹、途中で割り込んですまん」
そんな所へ、さらに声が割り入る。穏原が視線を動かし見れば、旗上の背後に、続けて入って来たのであろう長沼の姿が見えた。
「長沼二曹。何事です?この多用途隊の彼は――?」
長沼の姿を見止めた穏原は、若干の戸惑いの色で旗上を一瞥しつつ、尋ねる声を発する。
「あぁ、彼は旗上多士長。実は彼から、聴取に手を貸させてくれないかとの申し出を受けた。彼は――〝拘管(こうかん)〟の人間だそうでな」
「拘管――!〝国事(こくじ)〟のですか……!?」
しかし、成された長沼の説明と、そして言葉にされた何らかの組織名と思しき名。それを聞き留めた穏原は、思わず顔を険しくし、驚きの色の含まれた言葉を上げた。
〝国外事象行動隊、拘留者管理指導隊〟――。
日本国隊の四つ目の有事組織、多用途隊に編成される部隊の一つだ。
上級部隊、〝東部多用途方面隊〟の中に置かれる国外事象行動隊は、国外での事態、国際事情が絡む各事象に対して、専門部隊として各隊より優先率先してその対応対処に当たる事を役割とする。
そしてその国外事象行動隊の中の、さらなる一部隊である拘留者管理指導隊は、有事行動に発生した拘留者――逮捕者や、捕虜などの管理取り扱いを、受け持つ部隊である。
旗上は、その拘留者管理指導隊を所属とする隊員であった。
「あぁ。他隊故に掌握から零れていたが、〝専門〟の人間がいたんだ。だから――少し彼に任せてみたいと思う」
驚く様子を見せた穏原に、長沼は続け説明して見せる。
「しかし……大丈夫なんですか?」
が、穏原は再び旗上の姿を一瞥しながら、懸念の色の含まれた声を発した。
拘留者管理指導隊は、逮捕者や捕虜等の〝取り扱い〟を得意とする部隊である。巷では、そんな同隊の一面を暗に言い表す言葉が広まっていた。
穏原は、自身も聞き及んでいたその言葉を思い返し、そしてその不穏な噂を抱える部隊の所属である旗上の存在、及びこれからの動きを懸念して、それを長沼に向けて訴えたのだ。
「人道に反する手段は取らないと、彼からは聞いてる。――だな、旗上多士長?」
その穏原の訴えを察し、長沼はそれに対して回答。そして旗上に向けて、確認の言葉を向けて発する。
「はっはっはぁ、御心配なく。そう、私はただ、人々と語り合いたいだけですから」
長沼の確認の言葉に、旗上は仰々しい口調でそんな言葉を返す。
彼のその言動に、一方の長沼や穏原等は、怪訝な物にしたままの顔を再び向けた。
「――とにかく、その旨を厳守してくれ。その上で、聴取を君に任せる。穏原三曹、君にも引き続き、聴取の監督を頼みたい」
少し困惑の色を見せながらも、長沼は気を取り直して、旗上に釘を刺す。そして穏原に向けても、続き聴取の主導を取るよう、要請の言葉を発した。
「あぁ、はい。了解です」
少し戸惑いつつも、穏原は長沼の言葉を了承する。それを聞いた長沼は「すまんな、頼む」と、申し話開け無さそうに一言を返した。
「さぁてぇ――よろしいかなぁ、少年よ?」
直後、おもむろに天幕内に、旗上の独特な声色が響いた。
そして怪訝な色で向けられる各員の視線をよそに、旗上は長机の前に立つと、座らされているクニの顔を覗き込んだ。
「……!?」
旗上の常にニヤついているような、薄気味悪いその表情と眼。それを目の前に、クニの顔は歪む。
「お、俺は何も知らない……!」
しかし賢明に虚勢を張り、クニは訴える言葉を紡ぐ。
「まぁーまぁ、落ち着きたまえぇ。君も疲れているだろう。そうだ、気分転換にいくつかお話を聞きたくはないかねぇ?」
「……は……?」
所が、旗上から発せられたのは、そんな状況に反した提案であった。旗上のその言葉の意図がすぐには呑み込めずに、クニは呆けたような顔を作る。
「旗上多士長?一体何を始めるつもりだ?」
「焦らずに、三曹殿。さて、まずはどの物語を話そうかぁ―――」
懐疑的な声を寄越した穏原に対して、旗上はまぁまぁといったジェスチャーと共に促す。そして、旗上はその口から何かを紡ぎ始めた――
それから二時間後。聴取に使用される天幕には、再びリーサーが連れて来られていた。
(……しつこい奴等だ。……しかし、コイツ等本当に一体なんなんだ?)
椅子に着席させられたリーサーは、外面では仏頂面を保ちながらも、内心では自分を囲う隊員等を盗み見ながら、考えをめぐらしていた。
(この村の住人ではまずない。だが……この国の警備隊でもなく、月詠湖の兵団とも違う……どこぞの傭兵か?格好に顔立ち、他にも色々と妙だ……糞、思い当たる節がねぇ……)
自信を捉えたこの組織の正体の、推測を立てるリーサー。しかし納得の行く予測を立てる事はできず、心の中で悪態を吐く。
(……まぁ、なんでもいい。どうせ今日の夜には、傭兵連中の本隊がこの村にまた攻撃を掛ける事になってる。次は総攻撃だ、それまではぐらかせばいい)
リーサーはしかしそこで考えを変え、そして目の前で何かを話し合っている異質な者達――穏原や隊員等を盗み見る。
(理由は知らんが、こいつらの尋問は恐ろしくぬるい。ただ威圧的に質問をしてくるだけで、拷問の類を行ってくる様子が無い。時間稼ぎは、余裕だ……)
内心で策を組み立て、その達成が難しくないであろう事を感じ、リーサーは先に光明を見る。そしてリーサーは視線を手元に戻し、時間稼ぎのために、これまで通りの素知らぬ表情を作ろうとする。
「やーぁ」
ぬっ――と。リーサーの背後から肩越しに、何者かの顔が現れたのはその時だった。
「――ッ!?」
突然現れ、自分を覗きこんできたその顔と視線。突然のそれと、なによりその顔が酷く不気味で胡散臭い物であったために、リーサーは目を剥き、思わず声を上げかけた。
「御ぉ機嫌よう、良き人よ!気分のほうはいかがかねぇ?」
その突如として現れた胡散臭い顔の人物こそ、他でも無い旗上であった。
旗上は、その独特の声色を高らかに張り上げ、リーサーに向けて挨拶の声を投げかけた。
「我々の勝手でご足労願って申し訳ない、まずその無礼を詫びよう。さて、それを踏まえた上で……よければ君とぉ、少し話がしたい」
そこから旗上は、続けながらリーサーの背後から横に回る。そして必要以上に上半身を屈めて、再度リーサーの顔を覗きこんだ。
(な……なんだ……?この気色悪い男……!)
背後から音も無く唐突に現れ、気色の悪い顔で気色の悪い言葉遣いをしてくる旗上。その存在を前に、ここまで平静を装ってきたリーサーの表情は、ここに来て酷く歪んだ。
「……何も……知っている事なんか無い、ずっと言っているだろう……」
旗上のその気食悪さ、異質さに平静を大きく崩されたリーサー。しかし彼はどうにか仏頂面を作り直して、シラを切ろうと試みる。
「おーとっとぉ、そんな邪険な態度をしないでくれたまえ。私の心が悲しみで溢れてしまうよ……!あぁ!そうだね失礼。確かにこちらから君にお話を要求するばかりでは、不公平というものか!よろしい。ならば気分転換も兼ねて、私から君に、ある昔話をお送りしよう」
だがそんなリーサーを前に、旗上はわざとらしく悲しんで見せる――かと思いきや、次にはそんな提案をリーサーに向けて投げかけた。
「……は?何を言って……」
唐突な意図の読めないその言葉に、リーサーなんとか浮かべた仏頂面を再び怪訝な物へと変え、視線をわずかに上げる。
「さぁ!お耳を拝借、良き人よォ!ここで我等が顔を合わせたのはただの偶然か、はたまた何かの因果か!この小さな出会いを祝して、この物語をお送りしよう」
旗上が突然両手を広げて、芝居のような大げさな口調で話し始めたのは、次の瞬間だった。突然の出来事に、リーサーは思わず目を見開いて体を引く。
「はぁぁ……」
一方、リーサーの対面に座る穏原は、心底うんざりした表情で頬杖を付き、そんな旗上を横目で見ていた。
「これからお語りするのは、いつかのどこかの物語!真実か、はたまた風のイタズラが作り出したか御伽噺か!?ある男の一生を綴った物語ぃ!」
あまり好意的ではない反応をする周囲を意に介さず、旗上はそのお話を語りだした。
「その男はぁ、物心ついた時にはすでに孤独の身。父の背の心強さも、母の腕の中のぬくもりも記憶には無く、知っているのは、身を貫くような風と世間の冷たさだけ!何があったのか、なぜ男がそうなったのかを綴る記録は何も無い。ただその男は、頼るべき者の無い小さな身で、過酷な環境を死に物狂い生きるしかなかったぁ!」
大げさな口調でそこまで言い切ったかと思うと、今度は一転して声のトーンを落として続きを語りだす。
「男の寝床は路地裏の冷たい地面。物を乞い、ゴミを漁り、汚水をすすって飢えを満たし、小さな命を繋ぐ。幼き身にはあまりに辛い日々……だがぁ、その劣悪な環境の中を男は生き抜いた。死への恐怖……いやぁ、それ以上に自身の居る環境に対する挑戦心のような物が、 男の中に生まれていたのかもしれませんなぁ」
旗上は穏原に同意を求めるように視線を送る。
(知らんわ……)
しかし対する穏原は、内心でそんな言葉を呟いた。
「劣悪な環境を耐え抜き、夜を幾度も越え、男は少しづつに成長してゆく。そしてぇ、日々育って行くその身を支えるには、ゴミを漁り、汚水をすするだけではあまりに心許ない!男がその手を次の手段に染めるのに、時間はかからなかったぁ。そうだぁ。男は生活の糧を得るべく、盗みを働くようになったのだぁ」
旗上は不自然に大げさな歩調で机の周囲を回りながら、話を続けて行く 。
「男が住まうのは罪人に慈悲など与えられぬ社会!盗みの場を見つかり捕まれば、命の保障すら無い危険な綱渡りぃ!だがぁ、今日と言う日を生きるべく、男は危険な領域へと踏み込んだ。ある一軒の家へと忍び込み、食料と思わしきものを手当たりしだいに掴み取り、そして死に物狂いでその場を後にした……」
一拍だけ旗上は間隔を置く、そして目を見開き、続きを吐き出した。
「なんということだろう!そこで得られたのは、ゴミを漁り得られる食物とは比べ物にならない味!そして暖かさ!男は初めて、満ち足りたと言う感覚を味わった……。そしてぇ……男は同時に、この世の冷たさを再確認したのだぁ!この満ち足りた感覚は、自分達に〝与えられる〟事は今までも無く、そしてこれからも無いだろう。格差、理不尽……それらは男を闇の世界へいざなうには十分だったぁ」
旗上はそこまで話すと一度、リーサーにニヤリと不気味な笑顔を向けた。
「……」
「そして月日が立った。初めて盗みに手を染めて以来、男はありとあらゆる悪行に手を染めた。生きるべく盗みを続け、時には騙すようになり、そしてぇ……ついには殺すようになったぁ。それは時に自身のために。時には金銭と引き換えに、他人のためでもあった。そう!この世は常に表裏一体、光の世界あれば闇の世界もまたあり。男はいつしか、他者の代わりに手を染める事を、生業とするようになって行ったのだ!過酷な環境で身につけた知識と技術を持って、権を持つものの闇を肩代わりし、何人もの人を時に殺め、時に陥れていった……。皮肉にも苛酷な環境が、男を強く、そして残酷に育て上げたのだぁ!」
両手を大きく広げて天井を仰ぎ、旗上は大げさに言い放った。
「男は、闇の世界での名声と地位を手に入れた。その一方でぇ、強く育った男の下には、いつしか境遇を同じくする仲間が少しづつが集っていった。生き残るべく集まった、何の縁も無いはずの者たちの群れ。だが、男はそこに集う者たちに感じるものがあった。それはぬくもりだ。幼少期では得る事のできなかった暖かさを、初めて知ることができたのだぁ」
少し易しめの口調で言い終えると、旗上はくるりと背を向けた。
「……はッ、それでめでたしめでたしか……?」
リーサーはそう言い、旗上の話を鼻で笑おうとした。
「だがぁ!」
しかし、その前に旗上は勢い良く振り返り、リーサーの間近まで顔を近づける。
「そんなささやかな温もりの一方でぇ、男はより深い闇の世界へと引きずり込まれて行く!その世界は、どこまで行こうと、どこまで技を磨こうとも、いつ切れるとも知れない綱渡りであることに変わりはなぁいッ!あぁぁッ!なんとも不条理ッ!男が手に入れたぬくもりは、いつその手から零れ落ちるのかも分からないのだぁッ!」
言い切ると旗上は、目を剥くリーサーから顔を離して、再びゆっくりと机の周囲を回り始め、語りを再開する。
「そして残酷にもぉ、その裁きの日はふいに訪れた……。ある日のことだぁ。男は国の政府の要人から、秘密裏に仕事の依頼を受ける。その国の政府は長年二つの派閥が対立しており、依頼内容は対立する派閥の要人を暗殺することだった。大きな仕事だったが、男にとって困難な物ではなかったはずだった。決行の日は、暗殺対象の屋敷で晩餐会が開かれる夜。男は夜闇にまぎれてその屋敷へと忍び込む。そして屋敷の中庭にて、いとも簡単に暗殺対象の姿を見つけた。多くの人々が晩餐を楽しんでいる中だったが、男にとってその中から対象を見つけるなど容易な事だった。男が陣取るは中庭を見下ろせる屋敷の一室、標的を射抜ける最良の位置から、何も知らぬ獲物に向けて弓を引く。その手を放せば、対象を矢が貫き、息を止めるだろう。そして男は矢を放つべく、指の力を緩める……」
そこで旗上は、息を吐くようにして静かに言葉を区切る。
「だが!なぁんという事だろうッ!」
と、思った次の瞬間、台詞とともに旗上は目をくわっと見開いた。そして両手で顔を覆うようにしながら、嘆くように語りを再開した。
「悲しき偶然か、もしくは性悪な運命のいたずらなのだろうか!?次の瞬間、いままでそよ風すら無かった中庭に、唐突に風が吹き込んだのだぁッ!風を即座に感じた男は、目を見開き矢を掴み直そうとする。しかし、時はすでに遅かったぁ!矢は男の手を離れ、空中へと打ち出されていた。そして風はいたずらにも矢を煽り、矢は標的を貫くという己の使命を果たさずに、儚くも地面に突き刺さったぁ……!」
わざとらしいまでに驚愕に満ちた表情で、旗上は一気にまくし立てる。
「男は息を呑んだ。風が止み、周囲を一瞬の静寂が支配する……。ほんのわずかな時間の後に、女性の悲鳴がその静寂を破った。そして中庭は一転して騒然となる!目的を果たせなかった矢は、逆に仕留めるべく標的に危機を伝える主の存在を敵に知らせてしまったのだ!標的は内部へと引き込み、暗殺の続行は絶望的。それどころか、侵入者を見つけ出すべく衛兵達が屋敷内を駆けずり回り始める!暗殺の舞台は崩れ去り、男はその舞台から逃げ出すしかなかった!」
「……」
「危機的状況の中だったが、男はからくも敵地からの脱出に成功する。幸いにも追撃は無く、男は自らの悪運の強さに感謝しつつ、その場を後にした。もちろん男には、このまま引き下がる気など毛頭無ぁい!次の手を考えつつ、男はアジトへの岐路に着いた。この脱出劇で、最後の悪運が尽きたとも知らずに……」
不気味な笑みを浮かべたまま、旗上は言葉を溜める。
「翌日、男は雇い主から呼び出される。そして伝えられたのは……〝解雇〟という冷たい一言だったのだ……ッ!雇い主が求めていたのは完璧な遂行人、たった一度の失敗も看過する事は許されなかったのだ!無慈悲に伝えられた言葉に、男は驚愕し、その顔はみるみる青ざめていったッ!通告に対して男は、身元が割れるような証拠は残していない事や、次こそは確実に暗殺を成功させるという旨を、必死で弁明する!だがぁ!悲しくもその悲痛な弁明が聞き届けられる事は無かった!たった一度の失敗により、男は見放されてしまったのだぁ……!」
わざとらしいまでの悲観的な口調で語りきると、旗上は穏原に向けて問いかけてきた。
「さぁて――三曹殿ォ。彼の運命は大きく変わってしまった。その後、男が一体どうなったのかぁ――三曹殿の予想をお伺いしても、よろしいでしょうかぁ?」
「あぁー……?顧客からの信用を失ったんだろう?その手の仕事から足を洗って、堅気に戻ったんじゃないのか?」
旗上からの問いかけに、穏原は心底だるそうにそう答える。
「成る程……そうでしょうなぁ、そうであれば――あぁ!そうであれば……ッ!まだ救いがあったかもしれないッ!」
旗上は自分の身を抱くようにして、嘆くように言葉を発する。
「だが……!男の苦悩と苦痛に満ちた人生は、ここからが始まりだったのだぁ!闇に生きてきた男は、既に数多くの黒い秘密を知ってしまっていた。当然その中には、男が仕事を請け負った者たちの秘密も含まれている。彼等は、男が絶対の仕事人だからこそ、男にその秘密を託したのだ。だがぁ……今回の男の失敗によりその安心にヒビが入った……。もし男が敵対する者の手中へ落ちていたら!あるいは今後、そのような事が起これば!最悪の場合、そのヒビから自分たちの黒い秘密が露見してしまうかもしれない……雇い主たちがそう考えるのは、ごく自然な事……そうだろう?」
旗上は最後の一言を、リーサーの耳元で不気味に囁く。
「ッ……」
「この先の展開は、君にもわかるだろう?雇い主は男と、さらには男に付き従う仲間たちを……消しに掛かったのだよ!失敗を犯した闇の仕事人に与えられるのは、労いでも慈悲でも無い、暗い死だ!あぁッ、なんと無慈悲なことかぁッ!!」
旗上は本気で嘆いているかのように叫び、さらに続けてまくしたてる。
「男と、彼の元に集った仲間達は、哀れにも追われる身となった!それから始まったのは、つらく苦しい逃亡の生活だった。彼等はみすぼらしくも、暖かかった住処を捨て、ちりぢりなって必死に逃げた。だが、保身が懸かった元雇い主達の魔の手は、あまりに強力で残酷だった!金と数に物を言わせた追撃の手により、次々と殺されて行く仲間達!そんな中を盗賊は、幼少期からの経験と秀でた自らの力で、必死に逃げ延びた。だが……一度、仮初とはいえ暖かさを知った身に、その生活は苦しく、つらく……寂しいものだったぁ……」
そして最後は打って変わって、儚げな口調で言いながら、手のひらを胸に当てた。
「逃亡生活は永きに渡り、男の体を蝕んでいった。寒く暗い下水の隅に追いやられた男は、痩せた己の身を抱え、昔の暖かかった時間を思い出す……渇いた口と喉に染み込んでゆく水。胃を満たしてくれるパンの味。凍えて縮こまった身を解してくれる、暖かな暖炉とやわらかな毛布の感触。共に酒を分かち合い、他愛の無い会話を交わし会う仲間。その全ては、すでに彼の届かぬ所にあった……」
(よくやる……)
語り続ける旗上を、穏原は呆れ顔で眺めていた。
「……ッ……」
「……ん?」
しかしその時、視界の脇のリーサーが、生唾を飲み込むのが目に映った。
「そして……彼はついに息絶えたぁ……冷たい路地裏で、静かに地面に倒れたのだ。誰に見守られることも無く、最後には何一つ満たされぬまま……結局彼がこの世に残せたものは何一つ無かった!そして、生きた証を残せぬまま、その亡骸は鳥達についばまれてゆき、ついにこの世に彼がいたという事実は、何も残らなかったぁ……これはある男の一生を綴った物語。真実かはたまた御伽噺か、世にも悲しいお話だぁ」
旗上は物語の最後を、その一節で締めくくった。
「――良き人よ、いかがだったかなぁ?」
そして、今一度リーサーの顔を覗きこみ、感想を尋ねる。
「……ふざけてるのか?ただ間抜けなコソドロが、ヘマをしてくたばったってだけじゃねぇか……」
「おぉやぁ、なんとぉ!御気に召さなかったか。それはそれは、残念でぇならないよ……!」
リーサーの吐き捨てるような言葉に、心底、そして大げさに残念そうな口調で旗上は紡ぐ。
「くだらない話は終わりか?いい加減に……」
「そうだぁ!」
が、そこでリーサーの言葉を遮り、旗上は再び大きな声を上げた。
「ならばこのお話ならどうだろう!」
「ッ……!おい!これ以上は――」
「良き人よ!同胞達よ、今一度お耳を拝借!これは、ある少女の摩訶不思議な冒険譚ッ!」
リーサーは文句の声を上げかけたが、旗上はそれを遮り、次のお話を優々と語りだした。
そして一時間が過ぎ、さらに二時間が過ぎる。
「そのキャラバンはついに仲間の死体に手を出したぁ!特に太っている者の肉を切り出し……」
その間に、旗上はいくつもの話をしていった。
「腐臭と血の臭いに耐えつつ、少年は腐乱死体から金品を漁る生活を続けた!だが、疫病はついに少年へとその牙を向ける……!」
それらはどれも異常に生々しくて痛々しく、人の不快感を煽るような内容の物ばかりだった。
そして穏原はといえば、椅子に背を預けて足を組み、酷くしんどそうな顔を浮かべている。この状況はあまりにも酷なので、自分と旗上、そしてリーサーを除く他の各隊員には、数度、交替と休憩を指示していた。
(タバコ吸いてぇ……)
内心でそんな要望を浮かべる穏原。長時間の不快な話に付き合わされた身の上では、無理も無い自然な感情であった。
「………ッ」
だが、一方のリーサーの様子はまた違っていた。彼は両手を自分の膝の上で握り、顔を俯けている。そして俯けたその顔には、大量の汗が浮かんでいた。
旗上の話は、何の覚えも無い人間が普通に聞いただけなら、ただの気色悪い話で終わっただろう。
――しかしリーサーは違った。
聞かされる話の登場人物の境遇は、そのいずれもがリーサーのそれと似通っていたのだ。
そして登場人物達の痛々しい末路は、この先の選択を誤れば、リーサー自身が辿る事になるかもしれない未来だった。
先のクニの尋問にて旗上は、内容やアプローチの仕方に多少の違いはあったが、ほぼ同様の方法で尋問を実施。対象の不安感を極限まで煽り、そこに付け入る事で情報を聞きだしていた。リーサーと違って余裕の感じられなかったクニは程無くして口を割ったが、残念ながら隊が必要としている情報は得られなかった。だが、旗上はクニから彼等の生活やリーサーの過去を詮索、そこで彼等が苦しい生活を送っていた過去を知り、それを尋問のための作り話に混ぜ込んでいた。
「口封じのために、盗賊の少年はマフィアから追われる身と――!おや……?どうされた良き人よ!なにやら顔色が優れないようだぁ」
リーサーの状態の変化に旗上は早い段階で気付いていたが、あたかも、たった今それに気付いたかのように、わざとらしく問いかける。
「……」
「その顔、もしや何か不安を抱えているのではないかな?ふむ……私が口を挟む事ではないかもしれないが……あえて、愚かな私に提案させてもらえないか!?心に闇を抱えているのならば、良ければ吐き出してみてはどうだろう!?君の心のわだかまりを、少しでも晴らせるかもしれない!」
「……何も話す事なんて無い……」
白々しく言う旗上に、リーサーは憎々しそうに答えた。
「そうかね?背負い続けるのは心にも体にも良い事では無いのだが……良き人がそう言うのなら、無理強いはできまい。――では、話を続けよう!少年はマフィアから追われる身となり、何日にも渡って逃走を続けた!どこまでも追って来る死角を振り切るべく、形振り構わぬ逃亡が続け、体は傷つき疲弊して行く。あちこちに負った傷は癒える事無く化膿してゆき、慢心相違の身をより蝕んで行った!」
「ッゥ……」
休むまもなく、リーサーの不安感は煽られ続ける。だが、リーサーの精神を蝕むのはそれだけではなかった。数時間の尋問により、リーサーは少なくない飢えと乾き、そして疲労感に襲われていた。ただでさえ監禁、拘束されているという状況の中、数時間に渡って蓄積されていったそれらの負担は、リーサーの心身を確実に追い込んで行った
「そして己の限界を感じた少年は、ある決断に至った……ボロボロの足を引きずり向う先。それはマフィアの息のかからない、遠い町の騎士団の砦!己が知る、マフィアの悪行を全て伝えるべく……!」
旗上はその極限状態のリーサーの前に、一滴の水を垂らしにかかる。
「少年は騎士団の元へ出頭し、全てを打ち明けた……当然、自らも盗賊の見である少年は、そのまま騎士団の元に拘留された。だが、少年により打ち明けられた真実によって、少年を追うマフィア達の悪行が明るみに出た。一度亀裂が入れば、物事はあっというまに崩れ去って行く。少年を追うマフィアも例外ではなく、やがて組織は壊滅に追い込まれたのだぁ!」
「……う……」
「少年を追う者はいなくなった。だが同時に、少年も罪を償わなくてはならなかった。この成り行きは少年の因果だろうか?それとも、神が少年に与えた小さな慈悲だったのか?それは記録には残っておらず、知る事は叶わない。だがぁ、願わくば少年が罪を償い、第二の人生を歩んだ事を願おうではないか」
旗上はそう言って、その物語を締めくくった。
「――おーっとぉ!最初は前菜の感覚で、短めの話をいくつか紹介させてもらったのだが、思ったよりも時間が過ぎてしまったぁ!」
「……」
「困ったことだ。まだ、聞いてもらいたい物語はたくさんあるというのに!そうだな……抑えておきたいのは、ある貴族の家系に起こった不可解な……」
「……ッ、おい……!」
その時、旗上の声を遮り、リーサーが声を上げた。
「ん?どうしたのかね良き人?」
「……この後の……俺達の処遇を、どうするつもりだ……?」
リーサーは言葉を搾り出すように、旗上に向けてそう尋ねる。
「……事が落ち着いたら、君達の身柄は隣国――月詠湖の国、だったかな。そこの警察組織に引き渡す事になるだろう」
リーサーの質問には穏原が答えた。
「……話す……」
「ん?」
「俺が把握してる事は……全部話す……!だから、その後はとっとと引き渡してくれ……!」
リーサーは汗だくの顔と険しい表情で、ぶっきらぼうに言い捨てた。それは、極度の恐怖と不安から逃れたいがために吐き出された、保身のための言葉だった。彼の心からは余裕などとうに消え去っていたのだ。
「――あぁ、あぁ神よ!良き人が私に心の内を話してくれると申し出てくれた!なんたる感激!私の物語が、良き人の心を開いてくれたのだぁ!」
リーサーの言葉を聞いた旗上は、不自然なまでの感激の言葉を発しながら、天井を仰ぐ。
「あー、それは良かったな……」
そのしらじらしい姿に、神ではなく穏原が皮肉たっぷりの口調で答えた。
「……どうしても話す気はないのか?」
その片方は、装甲戦闘車車長の穏原。
彼はパイプ椅子に座して長テーブル上に肩肘を付き、そして自身と相対するもう一人の人物に、冷たい視線と言葉を投げかける。
「……何をだ?」
穏原の言葉に対して、しかしそのもう一人の人物から冷ややかな一言が返される。
返したその人物は、商議会に雇われる盗賊兼傭兵の青年――リーサーであった。
正しく言えばリーサーの方に関しては、その両腕に手錠を嵌められ拘束された上で、椅子に座らせられている状態であった。
「先程から聞いている通りだ。君達の身分、行動目的、そして背後にいる組織人物。私達は、君が知ってるであろう情報を欲している」
そのリーサーの一言に対して、穏原は問う言葉を紡ぐ。
今朝方、自由等の手により捕縛拘束されたリーサー。彼は、草風の村襲撃や商議会の思惑同行について、加担しそして何らかの情報を持つ重要参考人と判断され、今現在こうして聴取を受けている真っ最中であった。
そしてその尋問の役割を担う事となったのが穏原。
本来ならば警務科警務隊等の然るべき部門部署の隊員の担う役割であったが、生憎この世界に飛ばされて来た部隊の中に、該当の隊員は居合わせていなかった。
そこで、主要陸曹の中で丁度手の空いていた穏原が抜擢された。穏原は先、日野盗達の根城を制圧した際に、身柄を確保した野盗に対して、簡易ながらも行われた聴取のその主導を取っており、その事を半ば無理やり実績とされての人選でもあった。
「そんな事を聞かれても困る。俺達は、ただ通りがかっただけなんだ」
しかしそんな事情の穏原の問う言葉に、対するリーサーは目に見えた白々しい様子で、そんな答えを返す。
「見え透いた嘘を吐くな。君達が明らかな偵察行動の姿勢を見せ、そして〝傭兵〟の言葉を口にしていた事は報告で聞いている」
「何の事だかさっぱりだな。あんた等の人間が、聞き間違えたんじゃないのか?」
穏原の続けての問いかけにも、とぼけた態度で返すリーサー。
「君……いつまでもそんな嘘が通用すると?」
そこへ今度はリーサーの横に立っている陸士長から声が飛ぶ。監視、不測事態対処、及び穏原の補佐の役割を担う隊員だ。
「通用も何も、知らない物は話せない」
だがその陸士長の言葉にも、リーサーはそう返すばかり。
「………」
そんな様子のリーサーを前に、難しくしていたその顔をさらに苦くする穏原。
少し前から始められた聴取だったが、しかし穏原等の問いかけに対してリーサーはこのような、はぐらかし知らぬ存ぜぬの態度を一貫し微塵の情報も吐き出す様子を見せなかった。
「終始、あの様子です」
「そうか」
聴取が行われている業務用天幕の外。天幕の出入り口の隙間から、内部の様子を覗き見ながら言葉を交わす、隊員等の姿がある。
一人は見張りの陸曹。もう一人は、今現在この草風の村での活動の指揮主導を任されている、長沼だ。
「埒が明きません。多少なり、荒い手段を取る必要性もあるのでは?」
天幕内で行われている、お世辞にも芳しいとは言えない聴取を前にして、陸曹は長沼に向けてそんな進言の言葉を発する。
「ダメだ。拘束無力化した者に対して、暴力行為を手段として取る事は看過できない」
しかし陸曹のその進言を、長沼は静かな、それでいて毅然とした口調で却下した。
「ですが今の調子ですと……本当に何も先に進みませんよ」
長沼のその言葉を受けた陸曹は、少し困ったような口調で返しながら、再び天幕の内部を覗き見る。
「――っと、お疲れ様です」
そんな所へ、長沼等の背後から声が聞こえ来る。長沼等が振り向けば、そこに一人の陸士が立っていた。
「あぁ、どうした?」
陸士が言葉と共に寄越した敬礼動作に、長沼等は同様に返しながら、その陸士に用件を問う。
「えぇ。確保した内の、気を失っていたもう一人が目を覚ましたので、その事を知らせに」
問いかけに陸士はそう返す。
陸士の言葉が示すのは、今朝方に自由等がリーサーと共に確保捕縛した、リーサー配下の少年の事だ。
「なので、失礼します」
陸士は長沼等に断ると、その横を抜けて通り、天幕内へと立ち入る。
そして内部の穏原の傍まで近寄り、今のその件を伝えるのでろう、穏原に耳打ちする様子を見せた。
「――了解、連れて来てくれ」
「は」
陸士から耳打ちを受けた穏原は、その陸士に向けて頼み返す。指示を受け、陸士はすぐさま身を翻して天幕を出て行く。陸士のその姿を見送った後に、穏原は対峙するリーサーに向き直る。
「君の相方が目を覚ましたそうだ。――交代だ、少し自分の立場を考えてみるんだな」
そしてリーサーに向けて、冷たい表情と言葉で投げかける穏原。
しかしリーサーは、つまらなそうな表情を作って見せるのみであった。
村を通る道を歩く、数名の隊員の姿がある。
讐に旗上、他数名の、先に輸送ヘリコプターによって到着した隊員等だ。
増援として到着した彼等は、指定された部隊へ合流、再編成を行うために、村の避難区域へ向かっている最中であった。
その讐等は、避難区域へと向かう途中で、道の反対側より現れ来た別の一隊とすれ違う。その一隊を構成する数名の隊員等は、皆一様に警戒の姿勢を見せている。そして一隊の縦隊の中心には、隊員等とは違い姿格好の人間の姿も見える。
「――今のは?えらい物々しい様子で、誰かを連れてったな」
その一隊とすれ違った所で、讐等の中から声が上がる。声の主は、分隊支援火器を肩に掛けた大柄の陸士長。彼は、すれ違った一隊を振り返り、不可解な目で追いかけ見つめている。
「事態の関係者の一部を、確保拘束したという話は聞かされただろう。おそらくそれだ」
陸士長のその疑問の声に、讐が淡々とした口調で回答の言葉を発する。
讐の言葉通り、すれ違った一隊の中に見えたのは、身柄を拘束された関係者――リーサーの身であった。一度聴取の切り上げられたリーサーの身は、一隊により、村の離れた場所に設けられた隔離拘置場所に護送されている所であった。
「今は聴取――という名の尋問の最中だそうだ」
そしてつまらなそうな顔のまま、皮肉気にそんな言葉を付け加える讐。
説明に大柄の陸士長は、「はーん」という納得の、しかしどこか投げやりな様子の言葉を発した。
それからさらに歩いた讐等は、件の聴取が行われている業務用天幕の傍を通りかかる。その天幕の前では、長沼や陸曹が難しい顔を作り、何かを話し合う様子を見せていた。
「――おぉや」
そんな様子を見止め、隊伍の中の旗上が、何か興味深げな声を上げる。
「どうやら、芳しくないようだな」
「まぁ無理もねぇだろう。警務隊や専門の人間がいない中、今居る人間で聴取や尋問なんてやってるんだろう?」
一方で讐や大柄の陸士長は、見えたその光景から、行われている聴取が順調でない事に察しをつけ、それぞれ言葉を零し呟く。そして讐等は、天幕の前を通り過ぎようとした。
――しかし、旗上が一人、唐突の脚を止めたのはその時であった。
唐突に脚を止めて隊伍より零れた旗上。それに気づいた大柄の陸士長始め数名の隊員が、不可解そうに彼を振り向く。
「――讐。私は少し外させてもらうが、構わないかね?」
旗上はそんな言葉を吐いたのは、その瞬間であった。
「あぁ?」
他の各員と違い、振り向かず止まる様子も見せていなかった讐が、しかし掛けられた声によって遅れ振り向く。その声色は酷く鬱陶し気であり、振り向いたその顔には大変怪訝な色が浮かんでいる。そしてその眼が、旗上を睨む。
「少し、出番がありそうだ」
讐の非難にも似たその眼光。しかしそれを向けられた当の旗上は、臆する事も悪びれる様子も見せずに、続けそんな言葉を発した。
そして旗上は一言そう言ったかと思うと、先に問いかけたにも関わらずその返事を待って聞くこともせずに、身を翻すと隊伍を離れて行ってしまった。
「は?おい旗上?」
「はーはっはぁッ」
唐突に予定外の行動を取り出した旗上に、大柄の陸士長が若干の困惑の声で、その背に呼びかける。しかし対する旗上は、背を向けたまま片手を掲げて見せ、そして胡散臭い笑い声を上げて返すのみであった。
「――フン。行くぞ」
旗上の突然の行動に、大柄の陸士長始め各員が少なからず驚き訝しむ中、一人、讐だけが皮肉気に鼻を鳴らす。そして讐は各員に向けて一言促すと、体の向きを戻して再び歩き出した。
「おい、いいのか?」
大柄の陸士長は、勝手に隊伍を外れ行ってしまった旗上を視線で追いながら、それを無視する様子を見せる讐に問い尋ねる。
「いい。どうせ本来は別の命令系統の隊員だ。それに、ヤツはヤツの〝仕事〟をしに行ったのだろうよ」
「仕事?」
尋ねる声に、忌々しそうな声色で答える讐。しかしその回答の中の不可解なワードに、大柄の陸士長は再び訝し気に尋ねる声を返す。
「あぁ。失念していたが、ヤツは〝専門〟の人間だ――」
それに対して讐は今一度振り向き、端的に答えて見せた。
聴取に使用されている業務用天幕にはリーサーに代わって、その配下であるクニという名の少年が連れて来られていた。
「……俺は何も知らない……」
パイプ椅子に座らされたクニは、相対する穏原を前に、絞り出すようにそんな言葉を発する。クニはリーサーと同様に、先から何も知らないという主張し続けていた。だがクニの表情や口調には、リーサーの時ような余裕や冷静さは感じられない。
まだ十代半ばにも達していない少年である彼にとって、周りを正体不明の者等に囲まれて、実質の尋問を受けている今の状況で、リーサーのように振る舞う事は叶わずにいるようであった。
「そんなわけはないだろう。君達がこの村を襲った傭兵と関係してるのは明らかだ。知っている事を話すんだ」
そんなクニに向けて、穏原は静かだが凄みを利かせた声色で発する。
穏原は相手が少年という事で、内心は心苦しい思いであったが、心を鬼にしてしつこく問いただし、口を割らせようとしていた。
「本当に知らない……通りすがりだって言ってるだろ……!」
だがクニも少年とはいえ、その手の仕事に携わる者としての意地があるのか、一筋縄では行かず、なかなかに口を割ろうとはしなかった。
しかしその姿からは、恐怖、怯えを懸命に抑えようとする様子がありありと伝わって来る。
(ッ、素人にこんなことさせてくれるなよ……)
そんなクニの姿を前に、穏原は冷たい表情を保ちながらも、心の中で悪態を吐く。
「物語を進めるための、キーワードは見つかりましたかなぁ?」
そんな穏原の背後から、異様な声色での台詞が聞こえて来たのはその時だった。
「?」
穏原始め天幕内の各員は、その声に若干の驚きと訝しみを顔に出しながら振り返る。そして各員の眼に映ったのは、開かれた天幕入口に立つ、旗上の姿がであった。
「君は――?」
穏原は、現れた旗上を目に留めて疑問の声を上げる。
しかし同時に旗上の纏う、陸隊の物とは異なる特異な迷彩服を見止め、入って来た旗上が多用途隊の隊員である事に、穏原は察しを付けた。
「ごー機嫌よぅ、三曹殿。そして同胞(はらから)の諸君」
そんな穏原始め隊員等に対して、旗上はおよそ隊員のそれとは思えない挨拶を発し上げ、天幕内へと踏み入って来る。
「少し、彼と話をさせてもらえますかなぁ?」
そして旗上は、穏原に向けて藪から棒にそんな要求の言葉を発した。
「話……?」
突然の要求に、戸惑う声を零す穏原。
「穏原三曹、途中で割り込んですまん」
そんな所へ、さらに声が割り入る。穏原が視線を動かし見れば、旗上の背後に、続けて入って来たのであろう長沼の姿が見えた。
「長沼二曹。何事です?この多用途隊の彼は――?」
長沼の姿を見止めた穏原は、若干の戸惑いの色で旗上を一瞥しつつ、尋ねる声を発する。
「あぁ、彼は旗上多士長。実は彼から、聴取に手を貸させてくれないかとの申し出を受けた。彼は――〝拘管(こうかん)〟の人間だそうでな」
「拘管――!〝国事(こくじ)〟のですか……!?」
しかし、成された長沼の説明と、そして言葉にされた何らかの組織名と思しき名。それを聞き留めた穏原は、思わず顔を険しくし、驚きの色の含まれた言葉を上げた。
〝国外事象行動隊、拘留者管理指導隊〟――。
日本国隊の四つ目の有事組織、多用途隊に編成される部隊の一つだ。
上級部隊、〝東部多用途方面隊〟の中に置かれる国外事象行動隊は、国外での事態、国際事情が絡む各事象に対して、専門部隊として各隊より優先率先してその対応対処に当たる事を役割とする。
そしてその国外事象行動隊の中の、さらなる一部隊である拘留者管理指導隊は、有事行動に発生した拘留者――逮捕者や、捕虜などの管理取り扱いを、受け持つ部隊である。
旗上は、その拘留者管理指導隊を所属とする隊員であった。
「あぁ。他隊故に掌握から零れていたが、〝専門〟の人間がいたんだ。だから――少し彼に任せてみたいと思う」
驚く様子を見せた穏原に、長沼は続け説明して見せる。
「しかし……大丈夫なんですか?」
が、穏原は再び旗上の姿を一瞥しながら、懸念の色の含まれた声を発した。
拘留者管理指導隊は、逮捕者や捕虜等の〝取り扱い〟を得意とする部隊である。巷では、そんな同隊の一面を暗に言い表す言葉が広まっていた。
穏原は、自身も聞き及んでいたその言葉を思い返し、そしてその不穏な噂を抱える部隊の所属である旗上の存在、及びこれからの動きを懸念して、それを長沼に向けて訴えたのだ。
「人道に反する手段は取らないと、彼からは聞いてる。――だな、旗上多士長?」
その穏原の訴えを察し、長沼はそれに対して回答。そして旗上に向けて、確認の言葉を向けて発する。
「はっはっはぁ、御心配なく。そう、私はただ、人々と語り合いたいだけですから」
長沼の確認の言葉に、旗上は仰々しい口調でそんな言葉を返す。
彼のその言動に、一方の長沼や穏原等は、怪訝な物にしたままの顔を再び向けた。
「――とにかく、その旨を厳守してくれ。その上で、聴取を君に任せる。穏原三曹、君にも引き続き、聴取の監督を頼みたい」
少し困惑の色を見せながらも、長沼は気を取り直して、旗上に釘を刺す。そして穏原に向けても、続き聴取の主導を取るよう、要請の言葉を発した。
「あぁ、はい。了解です」
少し戸惑いつつも、穏原は長沼の言葉を了承する。それを聞いた長沼は「すまんな、頼む」と、申し話開け無さそうに一言を返した。
「さぁてぇ――よろしいかなぁ、少年よ?」
直後、おもむろに天幕内に、旗上の独特な声色が響いた。
そして怪訝な色で向けられる各員の視線をよそに、旗上は長机の前に立つと、座らされているクニの顔を覗き込んだ。
「……!?」
旗上の常にニヤついているような、薄気味悪いその表情と眼。それを目の前に、クニの顔は歪む。
「お、俺は何も知らない……!」
しかし賢明に虚勢を張り、クニは訴える言葉を紡ぐ。
「まぁーまぁ、落ち着きたまえぇ。君も疲れているだろう。そうだ、気分転換にいくつかお話を聞きたくはないかねぇ?」
「……は……?」
所が、旗上から発せられたのは、そんな状況に反した提案であった。旗上のその言葉の意図がすぐには呑み込めずに、クニは呆けたような顔を作る。
「旗上多士長?一体何を始めるつもりだ?」
「焦らずに、三曹殿。さて、まずはどの物語を話そうかぁ―――」
懐疑的な声を寄越した穏原に対して、旗上はまぁまぁといったジェスチャーと共に促す。そして、旗上はその口から何かを紡ぎ始めた――
それから二時間後。聴取に使用される天幕には、再びリーサーが連れて来られていた。
(……しつこい奴等だ。……しかし、コイツ等本当に一体なんなんだ?)
椅子に着席させられたリーサーは、外面では仏頂面を保ちながらも、内心では自分を囲う隊員等を盗み見ながら、考えをめぐらしていた。
(この村の住人ではまずない。だが……この国の警備隊でもなく、月詠湖の兵団とも違う……どこぞの傭兵か?格好に顔立ち、他にも色々と妙だ……糞、思い当たる節がねぇ……)
自信を捉えたこの組織の正体の、推測を立てるリーサー。しかし納得の行く予測を立てる事はできず、心の中で悪態を吐く。
(……まぁ、なんでもいい。どうせ今日の夜には、傭兵連中の本隊がこの村にまた攻撃を掛ける事になってる。次は総攻撃だ、それまではぐらかせばいい)
リーサーはしかしそこで考えを変え、そして目の前で何かを話し合っている異質な者達――穏原や隊員等を盗み見る。
(理由は知らんが、こいつらの尋問は恐ろしくぬるい。ただ威圧的に質問をしてくるだけで、拷問の類を行ってくる様子が無い。時間稼ぎは、余裕だ……)
内心で策を組み立て、その達成が難しくないであろう事を感じ、リーサーは先に光明を見る。そしてリーサーは視線を手元に戻し、時間稼ぎのために、これまで通りの素知らぬ表情を作ろうとする。
「やーぁ」
ぬっ――と。リーサーの背後から肩越しに、何者かの顔が現れたのはその時だった。
「――ッ!?」
突然現れ、自分を覗きこんできたその顔と視線。突然のそれと、なによりその顔が酷く不気味で胡散臭い物であったために、リーサーは目を剥き、思わず声を上げかけた。
「御ぉ機嫌よう、良き人よ!気分のほうはいかがかねぇ?」
その突如として現れた胡散臭い顔の人物こそ、他でも無い旗上であった。
旗上は、その独特の声色を高らかに張り上げ、リーサーに向けて挨拶の声を投げかけた。
「我々の勝手でご足労願って申し訳ない、まずその無礼を詫びよう。さて、それを踏まえた上で……よければ君とぉ、少し話がしたい」
そこから旗上は、続けながらリーサーの背後から横に回る。そして必要以上に上半身を屈めて、再度リーサーの顔を覗きこんだ。
(な……なんだ……?この気色悪い男……!)
背後から音も無く唐突に現れ、気色の悪い顔で気色の悪い言葉遣いをしてくる旗上。その存在を前に、ここまで平静を装ってきたリーサーの表情は、ここに来て酷く歪んだ。
「……何も……知っている事なんか無い、ずっと言っているだろう……」
旗上のその気食悪さ、異質さに平静を大きく崩されたリーサー。しかし彼はどうにか仏頂面を作り直して、シラを切ろうと試みる。
「おーとっとぉ、そんな邪険な態度をしないでくれたまえ。私の心が悲しみで溢れてしまうよ……!あぁ!そうだね失礼。確かにこちらから君にお話を要求するばかりでは、不公平というものか!よろしい。ならば気分転換も兼ねて、私から君に、ある昔話をお送りしよう」
だがそんなリーサーを前に、旗上はわざとらしく悲しんで見せる――かと思いきや、次にはそんな提案をリーサーに向けて投げかけた。
「……は?何を言って……」
唐突な意図の読めないその言葉に、リーサーなんとか浮かべた仏頂面を再び怪訝な物へと変え、視線をわずかに上げる。
「さぁ!お耳を拝借、良き人よォ!ここで我等が顔を合わせたのはただの偶然か、はたまた何かの因果か!この小さな出会いを祝して、この物語をお送りしよう」
旗上が突然両手を広げて、芝居のような大げさな口調で話し始めたのは、次の瞬間だった。突然の出来事に、リーサーは思わず目を見開いて体を引く。
「はぁぁ……」
一方、リーサーの対面に座る穏原は、心底うんざりした表情で頬杖を付き、そんな旗上を横目で見ていた。
「これからお語りするのは、いつかのどこかの物語!真実か、はたまた風のイタズラが作り出したか御伽噺か!?ある男の一生を綴った物語ぃ!」
あまり好意的ではない反応をする周囲を意に介さず、旗上はそのお話を語りだした。
「その男はぁ、物心ついた時にはすでに孤独の身。父の背の心強さも、母の腕の中のぬくもりも記憶には無く、知っているのは、身を貫くような風と世間の冷たさだけ!何があったのか、なぜ男がそうなったのかを綴る記録は何も無い。ただその男は、頼るべき者の無い小さな身で、過酷な環境を死に物狂い生きるしかなかったぁ!」
大げさな口調でそこまで言い切ったかと思うと、今度は一転して声のトーンを落として続きを語りだす。
「男の寝床は路地裏の冷たい地面。物を乞い、ゴミを漁り、汚水をすすって飢えを満たし、小さな命を繋ぐ。幼き身にはあまりに辛い日々……だがぁ、その劣悪な環境の中を男は生き抜いた。死への恐怖……いやぁ、それ以上に自身の居る環境に対する挑戦心のような物が、 男の中に生まれていたのかもしれませんなぁ」
旗上は穏原に同意を求めるように視線を送る。
(知らんわ……)
しかし対する穏原は、内心でそんな言葉を呟いた。
「劣悪な環境を耐え抜き、夜を幾度も越え、男は少しづつに成長してゆく。そしてぇ、日々育って行くその身を支えるには、ゴミを漁り、汚水をすするだけではあまりに心許ない!男がその手を次の手段に染めるのに、時間はかからなかったぁ。そうだぁ。男は生活の糧を得るべく、盗みを働くようになったのだぁ」
旗上は不自然に大げさな歩調で机の周囲を回りながら、話を続けて行く 。
「男が住まうのは罪人に慈悲など与えられぬ社会!盗みの場を見つかり捕まれば、命の保障すら無い危険な綱渡りぃ!だがぁ、今日と言う日を生きるべく、男は危険な領域へと踏み込んだ。ある一軒の家へと忍び込み、食料と思わしきものを手当たりしだいに掴み取り、そして死に物狂いでその場を後にした……」
一拍だけ旗上は間隔を置く、そして目を見開き、続きを吐き出した。
「なんということだろう!そこで得られたのは、ゴミを漁り得られる食物とは比べ物にならない味!そして暖かさ!男は初めて、満ち足りたと言う感覚を味わった……。そしてぇ……男は同時に、この世の冷たさを再確認したのだぁ!この満ち足りた感覚は、自分達に〝与えられる〟事は今までも無く、そしてこれからも無いだろう。格差、理不尽……それらは男を闇の世界へいざなうには十分だったぁ」
旗上はそこまで話すと一度、リーサーにニヤリと不気味な笑顔を向けた。
「……」
「そして月日が立った。初めて盗みに手を染めて以来、男はありとあらゆる悪行に手を染めた。生きるべく盗みを続け、時には騙すようになり、そしてぇ……ついには殺すようになったぁ。それは時に自身のために。時には金銭と引き換えに、他人のためでもあった。そう!この世は常に表裏一体、光の世界あれば闇の世界もまたあり。男はいつしか、他者の代わりに手を染める事を、生業とするようになって行ったのだ!過酷な環境で身につけた知識と技術を持って、権を持つものの闇を肩代わりし、何人もの人を時に殺め、時に陥れていった……。皮肉にも苛酷な環境が、男を強く、そして残酷に育て上げたのだぁ!」
両手を大きく広げて天井を仰ぎ、旗上は大げさに言い放った。
「男は、闇の世界での名声と地位を手に入れた。その一方でぇ、強く育った男の下には、いつしか境遇を同じくする仲間が少しづつが集っていった。生き残るべく集まった、何の縁も無いはずの者たちの群れ。だが、男はそこに集う者たちに感じるものがあった。それはぬくもりだ。幼少期では得る事のできなかった暖かさを、初めて知ることができたのだぁ」
少し易しめの口調で言い終えると、旗上はくるりと背を向けた。
「……はッ、それでめでたしめでたしか……?」
リーサーはそう言い、旗上の話を鼻で笑おうとした。
「だがぁ!」
しかし、その前に旗上は勢い良く振り返り、リーサーの間近まで顔を近づける。
「そんなささやかな温もりの一方でぇ、男はより深い闇の世界へと引きずり込まれて行く!その世界は、どこまで行こうと、どこまで技を磨こうとも、いつ切れるとも知れない綱渡りであることに変わりはなぁいッ!あぁぁッ!なんとも不条理ッ!男が手に入れたぬくもりは、いつその手から零れ落ちるのかも分からないのだぁッ!」
言い切ると旗上は、目を剥くリーサーから顔を離して、再びゆっくりと机の周囲を回り始め、語りを再開する。
「そして残酷にもぉ、その裁きの日はふいに訪れた……。ある日のことだぁ。男は国の政府の要人から、秘密裏に仕事の依頼を受ける。その国の政府は長年二つの派閥が対立しており、依頼内容は対立する派閥の要人を暗殺することだった。大きな仕事だったが、男にとって困難な物ではなかったはずだった。決行の日は、暗殺対象の屋敷で晩餐会が開かれる夜。男は夜闇にまぎれてその屋敷へと忍び込む。そして屋敷の中庭にて、いとも簡単に暗殺対象の姿を見つけた。多くの人々が晩餐を楽しんでいる中だったが、男にとってその中から対象を見つけるなど容易な事だった。男が陣取るは中庭を見下ろせる屋敷の一室、標的を射抜ける最良の位置から、何も知らぬ獲物に向けて弓を引く。その手を放せば、対象を矢が貫き、息を止めるだろう。そして男は矢を放つべく、指の力を緩める……」
そこで旗上は、息を吐くようにして静かに言葉を区切る。
「だが!なぁんという事だろうッ!」
と、思った次の瞬間、台詞とともに旗上は目をくわっと見開いた。そして両手で顔を覆うようにしながら、嘆くように語りを再開した。
「悲しき偶然か、もしくは性悪な運命のいたずらなのだろうか!?次の瞬間、いままでそよ風すら無かった中庭に、唐突に風が吹き込んだのだぁッ!風を即座に感じた男は、目を見開き矢を掴み直そうとする。しかし、時はすでに遅かったぁ!矢は男の手を離れ、空中へと打ち出されていた。そして風はいたずらにも矢を煽り、矢は標的を貫くという己の使命を果たさずに、儚くも地面に突き刺さったぁ……!」
わざとらしいまでに驚愕に満ちた表情で、旗上は一気にまくし立てる。
「男は息を呑んだ。風が止み、周囲を一瞬の静寂が支配する……。ほんのわずかな時間の後に、女性の悲鳴がその静寂を破った。そして中庭は一転して騒然となる!目的を果たせなかった矢は、逆に仕留めるべく標的に危機を伝える主の存在を敵に知らせてしまったのだ!標的は内部へと引き込み、暗殺の続行は絶望的。それどころか、侵入者を見つけ出すべく衛兵達が屋敷内を駆けずり回り始める!暗殺の舞台は崩れ去り、男はその舞台から逃げ出すしかなかった!」
「……」
「危機的状況の中だったが、男はからくも敵地からの脱出に成功する。幸いにも追撃は無く、男は自らの悪運の強さに感謝しつつ、その場を後にした。もちろん男には、このまま引き下がる気など毛頭無ぁい!次の手を考えつつ、男はアジトへの岐路に着いた。この脱出劇で、最後の悪運が尽きたとも知らずに……」
不気味な笑みを浮かべたまま、旗上は言葉を溜める。
「翌日、男は雇い主から呼び出される。そして伝えられたのは……〝解雇〟という冷たい一言だったのだ……ッ!雇い主が求めていたのは完璧な遂行人、たった一度の失敗も看過する事は許されなかったのだ!無慈悲に伝えられた言葉に、男は驚愕し、その顔はみるみる青ざめていったッ!通告に対して男は、身元が割れるような証拠は残していない事や、次こそは確実に暗殺を成功させるという旨を、必死で弁明する!だがぁ!悲しくもその悲痛な弁明が聞き届けられる事は無かった!たった一度の失敗により、男は見放されてしまったのだぁ……!」
わざとらしいまでの悲観的な口調で語りきると、旗上は穏原に向けて問いかけてきた。
「さぁて――三曹殿ォ。彼の運命は大きく変わってしまった。その後、男が一体どうなったのかぁ――三曹殿の予想をお伺いしても、よろしいでしょうかぁ?」
「あぁー……?顧客からの信用を失ったんだろう?その手の仕事から足を洗って、堅気に戻ったんじゃないのか?」
旗上からの問いかけに、穏原は心底だるそうにそう答える。
「成る程……そうでしょうなぁ、そうであれば――あぁ!そうであれば……ッ!まだ救いがあったかもしれないッ!」
旗上は自分の身を抱くようにして、嘆くように言葉を発する。
「だが……!男の苦悩と苦痛に満ちた人生は、ここからが始まりだったのだぁ!闇に生きてきた男は、既に数多くの黒い秘密を知ってしまっていた。当然その中には、男が仕事を請け負った者たちの秘密も含まれている。彼等は、男が絶対の仕事人だからこそ、男にその秘密を託したのだ。だがぁ……今回の男の失敗によりその安心にヒビが入った……。もし男が敵対する者の手中へ落ちていたら!あるいは今後、そのような事が起これば!最悪の場合、そのヒビから自分たちの黒い秘密が露見してしまうかもしれない……雇い主たちがそう考えるのは、ごく自然な事……そうだろう?」
旗上は最後の一言を、リーサーの耳元で不気味に囁く。
「ッ……」
「この先の展開は、君にもわかるだろう?雇い主は男と、さらには男に付き従う仲間たちを……消しに掛かったのだよ!失敗を犯した闇の仕事人に与えられるのは、労いでも慈悲でも無い、暗い死だ!あぁッ、なんと無慈悲なことかぁッ!!」
旗上は本気で嘆いているかのように叫び、さらに続けてまくしたてる。
「男と、彼の元に集った仲間達は、哀れにも追われる身となった!それから始まったのは、つらく苦しい逃亡の生活だった。彼等はみすぼらしくも、暖かかった住処を捨て、ちりぢりなって必死に逃げた。だが、保身が懸かった元雇い主達の魔の手は、あまりに強力で残酷だった!金と数に物を言わせた追撃の手により、次々と殺されて行く仲間達!そんな中を盗賊は、幼少期からの経験と秀でた自らの力で、必死に逃げ延びた。だが……一度、仮初とはいえ暖かさを知った身に、その生活は苦しく、つらく……寂しいものだったぁ……」
そして最後は打って変わって、儚げな口調で言いながら、手のひらを胸に当てた。
「逃亡生活は永きに渡り、男の体を蝕んでいった。寒く暗い下水の隅に追いやられた男は、痩せた己の身を抱え、昔の暖かかった時間を思い出す……渇いた口と喉に染み込んでゆく水。胃を満たしてくれるパンの味。凍えて縮こまった身を解してくれる、暖かな暖炉とやわらかな毛布の感触。共に酒を分かち合い、他愛の無い会話を交わし会う仲間。その全ては、すでに彼の届かぬ所にあった……」
(よくやる……)
語り続ける旗上を、穏原は呆れ顔で眺めていた。
「……ッ……」
「……ん?」
しかしその時、視界の脇のリーサーが、生唾を飲み込むのが目に映った。
「そして……彼はついに息絶えたぁ……冷たい路地裏で、静かに地面に倒れたのだ。誰に見守られることも無く、最後には何一つ満たされぬまま……結局彼がこの世に残せたものは何一つ無かった!そして、生きた証を残せぬまま、その亡骸は鳥達についばまれてゆき、ついにこの世に彼がいたという事実は、何も残らなかったぁ……これはある男の一生を綴った物語。真実かはたまた御伽噺か、世にも悲しいお話だぁ」
旗上は物語の最後を、その一節で締めくくった。
「――良き人よ、いかがだったかなぁ?」
そして、今一度リーサーの顔を覗きこみ、感想を尋ねる。
「……ふざけてるのか?ただ間抜けなコソドロが、ヘマをしてくたばったってだけじゃねぇか……」
「おぉやぁ、なんとぉ!御気に召さなかったか。それはそれは、残念でぇならないよ……!」
リーサーの吐き捨てるような言葉に、心底、そして大げさに残念そうな口調で旗上は紡ぐ。
「くだらない話は終わりか?いい加減に……」
「そうだぁ!」
が、そこでリーサーの言葉を遮り、旗上は再び大きな声を上げた。
「ならばこのお話ならどうだろう!」
「ッ……!おい!これ以上は――」
「良き人よ!同胞達よ、今一度お耳を拝借!これは、ある少女の摩訶不思議な冒険譚ッ!」
リーサーは文句の声を上げかけたが、旗上はそれを遮り、次のお話を優々と語りだした。
そして一時間が過ぎ、さらに二時間が過ぎる。
「そのキャラバンはついに仲間の死体に手を出したぁ!特に太っている者の肉を切り出し……」
その間に、旗上はいくつもの話をしていった。
「腐臭と血の臭いに耐えつつ、少年は腐乱死体から金品を漁る生活を続けた!だが、疫病はついに少年へとその牙を向ける……!」
それらはどれも異常に生々しくて痛々しく、人の不快感を煽るような内容の物ばかりだった。
そして穏原はといえば、椅子に背を預けて足を組み、酷くしんどそうな顔を浮かべている。この状況はあまりにも酷なので、自分と旗上、そしてリーサーを除く他の各隊員には、数度、交替と休憩を指示していた。
(タバコ吸いてぇ……)
内心でそんな要望を浮かべる穏原。長時間の不快な話に付き合わされた身の上では、無理も無い自然な感情であった。
「………ッ」
だが、一方のリーサーの様子はまた違っていた。彼は両手を自分の膝の上で握り、顔を俯けている。そして俯けたその顔には、大量の汗が浮かんでいた。
旗上の話は、何の覚えも無い人間が普通に聞いただけなら、ただの気色悪い話で終わっただろう。
――しかしリーサーは違った。
聞かされる話の登場人物の境遇は、そのいずれもがリーサーのそれと似通っていたのだ。
そして登場人物達の痛々しい末路は、この先の選択を誤れば、リーサー自身が辿る事になるかもしれない未来だった。
先のクニの尋問にて旗上は、内容やアプローチの仕方に多少の違いはあったが、ほぼ同様の方法で尋問を実施。対象の不安感を極限まで煽り、そこに付け入る事で情報を聞きだしていた。リーサーと違って余裕の感じられなかったクニは程無くして口を割ったが、残念ながら隊が必要としている情報は得られなかった。だが、旗上はクニから彼等の生活やリーサーの過去を詮索、そこで彼等が苦しい生活を送っていた過去を知り、それを尋問のための作り話に混ぜ込んでいた。
「口封じのために、盗賊の少年はマフィアから追われる身と――!おや……?どうされた良き人よ!なにやら顔色が優れないようだぁ」
リーサーの状態の変化に旗上は早い段階で気付いていたが、あたかも、たった今それに気付いたかのように、わざとらしく問いかける。
「……」
「その顔、もしや何か不安を抱えているのではないかな?ふむ……私が口を挟む事ではないかもしれないが……あえて、愚かな私に提案させてもらえないか!?心に闇を抱えているのならば、良ければ吐き出してみてはどうだろう!?君の心のわだかまりを、少しでも晴らせるかもしれない!」
「……何も話す事なんて無い……」
白々しく言う旗上に、リーサーは憎々しそうに答えた。
「そうかね?背負い続けるのは心にも体にも良い事では無いのだが……良き人がそう言うのなら、無理強いはできまい。――では、話を続けよう!少年はマフィアから追われる身となり、何日にも渡って逃走を続けた!どこまでも追って来る死角を振り切るべく、形振り構わぬ逃亡が続け、体は傷つき疲弊して行く。あちこちに負った傷は癒える事無く化膿してゆき、慢心相違の身をより蝕んで行った!」
「ッゥ……」
休むまもなく、リーサーの不安感は煽られ続ける。だが、リーサーの精神を蝕むのはそれだけではなかった。数時間の尋問により、リーサーは少なくない飢えと乾き、そして疲労感に襲われていた。ただでさえ監禁、拘束されているという状況の中、数時間に渡って蓄積されていったそれらの負担は、リーサーの心身を確実に追い込んで行った
「そして己の限界を感じた少年は、ある決断に至った……ボロボロの足を引きずり向う先。それはマフィアの息のかからない、遠い町の騎士団の砦!己が知る、マフィアの悪行を全て伝えるべく……!」
旗上はその極限状態のリーサーの前に、一滴の水を垂らしにかかる。
「少年は騎士団の元へ出頭し、全てを打ち明けた……当然、自らも盗賊の見である少年は、そのまま騎士団の元に拘留された。だが、少年により打ち明けられた真実によって、少年を追うマフィア達の悪行が明るみに出た。一度亀裂が入れば、物事はあっというまに崩れ去って行く。少年を追うマフィアも例外ではなく、やがて組織は壊滅に追い込まれたのだぁ!」
「……う……」
「少年を追う者はいなくなった。だが同時に、少年も罪を償わなくてはならなかった。この成り行きは少年の因果だろうか?それとも、神が少年に与えた小さな慈悲だったのか?それは記録には残っておらず、知る事は叶わない。だがぁ、願わくば少年が罪を償い、第二の人生を歩んだ事を願おうではないか」
旗上はそう言って、その物語を締めくくった。
「――おーっとぉ!最初は前菜の感覚で、短めの話をいくつか紹介させてもらったのだが、思ったよりも時間が過ぎてしまったぁ!」
「……」
「困ったことだ。まだ、聞いてもらいたい物語はたくさんあるというのに!そうだな……抑えておきたいのは、ある貴族の家系に起こった不可解な……」
「……ッ、おい……!」
その時、旗上の声を遮り、リーサーが声を上げた。
「ん?どうしたのかね良き人?」
「……この後の……俺達の処遇を、どうするつもりだ……?」
リーサーは言葉を搾り出すように、旗上に向けてそう尋ねる。
「……事が落ち着いたら、君達の身柄は隣国――月詠湖の国、だったかな。そこの警察組織に引き渡す事になるだろう」
リーサーの質問には穏原が答えた。
「……話す……」
「ん?」
「俺が把握してる事は……全部話す……!だから、その後はとっとと引き渡してくれ……!」
リーサーは汗だくの顔と険しい表情で、ぶっきらぼうに言い捨てた。それは、極度の恐怖と不安から逃れたいがために吐き出された、保身のための言葉だった。彼の心からは余裕などとうに消え去っていたのだ。
「――あぁ、あぁ神よ!良き人が私に心の内を話してくれると申し出てくれた!なんたる感激!私の物語が、良き人の心を開いてくれたのだぁ!」
リーサーの言葉を聞いた旗上は、不自然なまでの感激の言葉を発しながら、天井を仰ぐ。
「あー、それは良かったな……」
そのしらじらしい姿に、神ではなく穏原が皮肉たっぷりの口調で答えた。
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