―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター10:「Intrigue&Irregular」

10-4:「転移魔法講習」

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 村の中心部、避難区域の片隅一角。そこに業務用天幕が一つ設置されている。

「握把と銃身をしっかり握って構えるんだ。 そしたらストックを肩に押し当てて安定させる」
「こうかい?」
「オーケー。そうすると、照準が目で覗ける位置まで来る。構えた状態で、両方が重なるようにそれを覗く」

 その天幕の傍では、策頼が銃のとり扱いの指導をしている光景があった。指導を受けているのはディコシア。ディコシアの手には小銃が握られ、策頼の指示に従って構えの姿勢を取っている。

「よーぉ、お兄ちゃんに教えてなんの意味があるんだぁ?」

 そんな所へ、端でだらけながらそれを見ていた竹泉が口を挟む。

「知りたいというんだ、教えるくらいはいいだろう。面倒かけている彼等に対して、自分等の事を色々不鮮明なままにしておくのも、失礼だ」

 飛んで来た竹泉の言葉に、策頼はそのこうどうの必要性を説く。

「感心だねぇ。地域との交流に意欲的なようでぇ」

 そう発する竹泉だが、その口調はどう聞いても感心しているの者のそれではなかった。

「――あぁ、中断してすまない」
「いや、いいよ。で、次は?」
「前後の照準を重なるように覗く。そしたら、その態勢を崩さないようにしながら、照準の先に目標を捕らえるんだ。そうだな、あの木を狙ってみてくれ」

 策頼は、視線の先、少し離れた所にある一本の木を、借りの照準先として示し促す。

「撃つ直前まで、引き金には指を掛けないように。動く時は銃だけじゃなく、上半身ごと捻るように動くんだ」

 ディコシアは策頼の説明を聞きながら、言われたとおりに、指定されたその木を照準内に収めて覗く。

「照準を合わせたら、引き金を引くんだ。この時、極力体を動かさないように意識する」

 策頼が続け発し、そしてディコシアは引き金を引いた。彼の持つ小銃は、今は弾倉も弾丸も込められていないため、ガン、と激鉄が降りる音だけが響いた。

「戦闘時には、弾倉を込めてこの動作をする。すると――」
「ヤッキョウ……につめられた粉が破裂して、先についた鉛を打ち出す……」
「細部は省いたが、おおまかな動作はそうだ」

 策頼の肯定の言葉を聞きながら、ディコシアは構えを解いて小銃を降ろす。そして腕中の小銃に視線を落とした。

「こうして改めて見ると、取り回しや基本的な作りは、クロスボウに似てる感じがするね」
「あぁ、発想は類似――延長線上にある物だ」
「けど……一度に撃ち出せる数が違う。弓を引き直す手間もない……」
「他の特徴として、銃弾は矢に比べて風の影響を受けにくい。それに、なにより殺傷力が大きく違う」
「……よくできてるね」

 策頼の説明を聞き、ディコシアは感心の様子をその口から零した。

「兄貴~……」

 傍にある天幕内から少女――ティの声が聞こえてきたにはその時だった。

「ん?」
「あんだぁ?」

 それを聞き留めたディコシアは、小銃を策頼へと渡し返し、そして天幕内へと入る。
 続けて訝しむ声を上げた竹泉が、天幕内を覗き込む。
 天幕内には大きな布が敷かれ、布の上にはインクで描かれている最中の円形の紋様――魔方陣が見えた。

「どうすんだっけ……分かんなくなっちゃった……」

 そしてそんな魔方陣の前で屈み、助けを求めるように振り返り見上げる、ティの姿がそこにはあった。

「あぁん?問題発生かよ?」
「う、うるさいなぁ……」

 天幕外から飛ばされる竹泉の嫌味気な言葉に、ティは唸る声を零す。

「お前教本を忘れてきたな?ったく、だから暗記しておけと言ったのに……どれ?どこで詰まってるんだ?」

 一方、ディコシアは天幕内に入ってティの横に立つと、描かれている途中の魔法陣を覗き込む。

「……最初の基礎術式と、この魔方陣の指定式は書いてあるな。その先は各転移先の指定式を書く……って、家の魔方陣の指定式までは書いてあるじゃないか」
「んー、その先……ここで一度、完結記号でくくるんだっけ……?」
「違う。そのまま続けて他の場所の指定式を書く。そして最後に魔方陣の完結式を書くんだ」
「あー、そっか」

 魔方陣の設置完成に関わる事なのだろう、言葉を交わし、何かを確認し合うディコシアとティ。

「まるでプログラミングだなぁ」

 そんな様子を後ろから伺っていた竹泉は、関心とも呆れともつかない口調でそう呟いた。

「……ん?ちょっと待て!お前、最初のほう描き間違えてるぞ」
「うぇ!?どこ!」
「ここだ、基礎術式とこの魔法陣の指定式の間の完結記号。余計な単語が混じってる。これじゃ転移できないぞ」
「あ……」
「ったく……まだお前、荒が多いな」
「うぅ……ねー、やっぱり兄貴横に居て教えてよ」
「あのなぁ、それじゃいつまでたっても習得できないだろ?頑張るんだ。ほら、後は一人で書けるだろ」
「むぅ、わかったよ……」

 ディコシアの促す言葉に、ティは少し不服そうな顔をしながらも、魔方陣の続きを描き始めた。

「おい、大丈夫なんだろうな?ヘタして、訳分かんねー所に飛ばされるなんざゴメンだぞ?」

 アドバイスを終え、天幕から出て来たディコシアに、竹泉が問いかける。

「大丈夫、それは心配ないよ。設置式の転移魔法は、指定が少しでも違えば発動しないから。少なくとも事故にはならない」
「設置式?あの子が今描いてるあれは、そう言うのか」
「ああ。魔方陣を描いて、そこから別の魔法陣に転移するのが設置式。もう一つの、術者がその場で詠唱して転移するのが詠唱式だ」
「後者は、最初に訪問した時にあの子が見せた物か」

 ディコシアの説明に、策頼はディコシア等とのファーストコンタクトの際に、ティが転移魔法を用いて現れた事象を思い返しながら呟く。

「そう。ちなみに、詠唱式も正しい詠唱をしなければ発動しないから、事故の心配は無いよ」
「ハッ、だといいがね」

 皮肉に、そして訝し気に発する竹泉。

「その二つは、具体的にはどう違うんだ?」
「違いはいくつかあるけど……」

 ディコシアは説明する。
 違いとしてまずは、策頼等も以前にも見た通り、発動の方法が。そして発動にかかる手間に違いがあるという。設置式の転移魔法はその設置に手間と時間が掛かり、何より最初は目的の場所に設置しに行く必要があるというデメリットを抱えると言う。対して、詠唱式はその手間が無く、その場で発動できるメリットを持つとの事だ。
 そして移動先の自由度。設置式は魔法陣を設置した場所にしか転移できないが、詠唱式は任意の場所に転移する事ができるとの事だ。

「聞く限りは、利便性に大分偏りがあるように聞こえるな」

 そこまで聞いた所で、策頼はそう考え呟く。

「ジャンプ先の安全が確認できねぇと、その詠唱式とやらの方はリスクが伴う――アイツはそんな事を言ってたがぁ?」

 そこで竹泉が言葉を割り入れる。竹泉は、先日ティから聞き及んでいた、詠唱式のデメリットを思い返して発して見せた。

「うん、それが詠唱式の抱える危険性の一つだね。だけど――」

 ディコシアは、そのデメリットには解決策がある事を示した。
 話によれば、各種存在する魔法の中の一つに、〝遠方知覚能力〟という物があるそうだ。
 それは遠く離れた場所の状況を把握することができる、魔法能力であり、その魔法と詠唱式転移魔法を合わせて仕様する事により、物理的に目視できない地点への、安全な転移が可能になると言う。

「本来は詠唱式転移魔法と遠方知覚魔法は合わせて覚える物なんだけど……アイツ――ティは遠方知覚の習得に根を上げちゃってね。だから、詠唱式の使用に制約を抱えてるんだ」
「お勉強不足のせいかよ」

 説明の最期に、困ったように言って見せたディコシア。そしてそれを聞き、竹泉が呆れた様子で言葉を吐いた。

「しかし聞く限り、もしその遠くを確認できる魔法で、詠唱式の方のデメリットを補えるのなら、利便性は相当だな」
「なのに不便そうな、その地面にお絵かきする方式を使ってんのは、お勉強不足が故の苦肉の策ってかぁ?」

 そこで、聞いた説明から策頼が推測の言葉を発し、そして続けて竹泉が、皮肉気に言って見せる。

「そういう理由も無いわけではないけど……詠唱式が一方的に優れているわけじゃないんだ。設置式には設置式の利点がもちろんある」

 ディコシアによると設置式転移魔法には、一度設置すれば後は術者自身を要さずとも、誰もが転移魔方陣を用いての転移が可能になるという、最大のメリットがある事を説明した。そもそも転移魔法という物自体が、容易くはない知識技術を必要とするばかりか、何より個人の魔力保有の器という、生まれ持った資質による所が大きい物であるらしい。
 その貴重な転移魔法能力を、誰もがその恩恵に預かれる設置式は、それだけで十分価値に値する物であるとディコシアは説いた。

「確かに。実際、自分達も今現在、その恩恵に預かっている」

 そしてそのメリットは、すでに隊も恩恵に預かっている物であり、策頼はその事を思い返して、感心の声を上げた。

「というわけで、どっちにも利点と欠点はあるんだ。そして両方を使い合わせて、然るべき補助魔法も習得して、欠点を補い合う事が理想なんだけど……」

 そこでディコシアは一度、チラとティのいる天幕の方を見る。

「ティは残念な事に、色々習得が不完全でね。理想のように転移魔法を使いこなせていないのが、現状だよ……」

 そしてどこか残念そうに、肩を竦めて言って見せた。

「残念な妹殿だなぁ、オイ」
「竹泉」

 嫌味を端的に言う竹泉。策頼がそれを冷たい口調で咎める。

「あはは……ただ一応、兄として擁護もさせてもうらうよ」

 ディコシアによれば、転移魔法は形式に関わらず、発動には強く大きな魔力を有するそうだ。転移の距離、一度に転移できる人数や物量等、全ては使用できる魔力量に左右されるらしい。そしてティは、魔力の器に関して言えば、転移魔法を十二分に活用できるだけのそれを、その身に備えているとの事であった。

「成程。あの子はそれだけの器を備えているんだな」
「宝の持ち腐れって言うんじゃねぇのか、それはよぉ?オベンキョ不足のせいで台無しだわよ!」

 ディコシアのティを擁護する言葉。それに策頼は興味深げに紡いだが、一方の竹泉は、減らない嫌味の言葉を並べて見せる。

「なんかさっきから、あたしの悪口が聞こえてきてるんだけどー?」

 そこへ、竹泉の嫌味を聞きつけたのか、天幕内からティの声が聞こえて来た。

「気のせいじゃござんせんかねぇ!」

 対して、竹泉はそんな偏屈な返事で返す。

「一応、ティなりに勉学方面も努力はしてるんだけどね」

 そしてディコシアは、困り顔で妹に対するフォローの言葉を入れた。

「――所で今更だけどよぉ、そんなモンが存在するなら、町とかの守りはどうなってんだぁ?」

 そこで、竹泉は話題を少し別種の物へと変えて、ディコシアに尋ねる。

「確かに――ここに来るまで、城壁で囲まれた町を見てきたが、こんな能力が存在するのなら、城壁とかも意味を成さないんじゃないのか?」

 それには、策頼も同意して疑問の言葉を紡ぐ。それについて、ディコシアはまた回答をして見せた。
 この世界の大きな街等は大抵、障壁魔法という物を張ってるとの事だ。これにより内外からの転移を弾いて、街への侵入を防ぐ事ができるらしい。更に感知魔法という物もあり、これは内部に無断で設置された設置式魔方陣を発見、種類によっては転移魔法を発動できないよう、無力化する事ができる物であるとの説明が成された。

「ほーん。そりゃまた便利で至れり尽くせりだね」

 そんな各種存在する魔法の説明に、竹泉は感心というよりも、呆れに近い口調で発して見せた。

「まぁ、転移魔法がらみの騒ぎはほとんど聞かないけどね。さっきも言ったけど、転移魔法は知識技術面、そして何より資質面で習得が容易じゃない物だから、習得者事態が少ないものだから」

 最後に、ディコシアは補足の言葉を付け加え言う。

「しかし、その難易度の高い物に対して、君自身は随分詳しいんだな」

 しかしそこで、策頼がそんな言葉を発する。それは、これまで説明を行って来たディコシア自身に、注目し言及する物だった。

「先程は、あの子にアドバイスをしていたようだし、あの子以上に知識に長けているように見える――君もその転移能力が使えるのか?」

 そして尋ねる策頼。

「……いや、俺は使えないんだ。ただティを手助けしてるうちに、詳しくなっただけだよ」

 しかし策頼の問いかけに、ディコシアは否定しそう返した。が、そう言ったディコシアの表情には、少し陰りが浮かんで見えた。

「兄貴ー、できたから確認お願い」

 策頼はその様子を見止め少し疑問に思ったが、しかしそこへ、それを遮るように、天幕内からティの声が聞こえ来た。

「あぁ、今行く」

 ティの呼ぶ声を聞き留めたディコシアは、一瞬だけ浮かべた陰りの色をすぐに消し、天幕内へと入っていった。

「――おい、来やがったぜ」

 ディコシアが天幕内へ姿を消した直後、竹泉が視線を別方向へと向け、そして策頼に向けて促す。策頼が同様にその視線を追えば、その向こうから、こちらに向けて歩いて来る、制刻と鳳藤の姿が目に映った。

「よーぉ」

 程なくして策頼等の元まで歩いて来た制刻は、独特の重低音の声色で声を掛けて来た。

「摩訶不思議ジャンプシステムの設置は、もう終わったのか?」

 そして制刻は、傍の天幕を一瞥しながら、策頼等に向けて尋ねる。

「あー、今さっき終わったみてぇだよ。宝の持ち腐れ妹ちんがお絵かきして、お兄ちゃんが今確認中だ」
「何だそれは?」

 先の一連のやり取りを聞いていない者には、一部分からない説明の台詞を捲し立てる竹泉。それに対して、鳳藤が訝しむ声を上げる。

「おぉし、丁度いい。じゃあオメェ等は、装備を整えに行け」

 しかし一方の制刻は、竹泉の言葉の余計な部分は気にせず、設置が終わった事を理解掌握。そして策頼等に向けて、そう指示の声を発した。

「あぁん?あんだよ、もうチトゆっくりできると思ったのによぉ?」
「何に対する行動です?」

 その指示の言葉に、竹泉はあからさまに面倒くさそうな愚痴を零し、策頼は尋ねる声を発する。

「今朝、とっ捕まえた奴等が、ゲロったらしい。次の手がかりの目途が付いた。そいつを、掴み抑えに行く――」

 そのそれぞれの言葉に対して、制刻は説明を始めた。


 場所は月詠湖の国の月流州。隊の制圧した、野盗達の根城があった森へ。
 野盗達の根城が置かれていた森の中の空間広場。そこに以前には密集し立ち並んでいた、野盗達の住処となっていた掘っ立て小屋のほとんどはすでに撤去されて無く、開けた光景が広がっている。そして先日約束された事態引継ぎのために到着した、この国の兵団の兵達の、各種作業のために動き回る姿が見て取れた。
 そんな光景を見せる空間の一角に、隊が設置した業務用天幕が一つある。
 そしてその内部には数名の人間の姿があり、置かれた長机を間にして、何か言葉を交わしてる。

「――そうですね。これで一通りの要項は、お引継ぎできました」

 その片側、一人の中年男性からそんな言葉が紡がれる。発しつつ、手元のまとめられた羊皮紙に目を落している男性は、濃い色の青を基調とした軍服を纏っている。
 男性は、事態引継ぎのために派遣されて来た、この月詠湖の国の軍の部隊――月詠第12兵団、第1分兵団の指揮官であった。付け加えると、この国で兵団と呼称される部隊は連隊に、分兵団は大隊に値する物であるとの事であった。

「ありがとうございます、アロクスラス中佐」

 そんな大隊に値する部隊の指揮官の男性に、彼の物である名と階級を上げ、そして礼の言葉を述べる声が、長机の反対側から聞こえる。
 その主は、井神であった。
 隊から兵団への事態に関わる各種引継ぎ作業は、今に至ってそのほとんどは完了。そして両者は今この場にて、その締めの確認を行い、そして終えた所であった。
 そこで話が一区切り付くと、井神は背後へと振り返る。

「ハウィットパントさん、長い事待たせて申し訳ありませんでした」
「ああ、いや……大丈夫」

 そして発せられた井神の声に、彼の視線の先から返事が聞こえ来る。
 天幕の片隅には一つのパイプ椅子が用意して置かれ、そこには少し落ち着かなそうに浅く腰掛ける、狼の娘――チナーチの姿があった。
 彼女は、今回の一件での被害者として、引継ぎの上でいくつかの確認を求められ、それに立ち会うために。そして月詠湖の国側から、今後彼女に対して行える保障、対応についての説明を受けるために、この場に同席していた。

「ハウィットパントさん。今回はこんな事になってしまい、なんとお詫びしたらよいか」

 井神に続いて、兵団のアロクスラスがチナーチに向き直り視線を向ける。そして彼は、チナーチに向けて、一番に謝罪の言葉を発した。

「お詫びって……別にあんたらのせいじゃ……」

 アロクスラスから向けられた謝罪の言葉に対して、チナーチ自身は別に兵団に今回の事態の責を求めるつもりはなく、困惑の色を作る。
 しかしアロクスラスは、この地域の治安維持は本来は自分達の管轄である事を話す。そして、であるにも関わらず森に野盗が根付くのを許し、チナーチ達の一行に今回の危害が及んでしまった事を強く謝罪。
 最後にアロクスラスと、その横に控えていた彼の副官の女性兵団兵が、チナーチに向けて頭を下げた。

「よ、よしてくれ……!あんたらに頭を下げられても困るよ……頭を上げてくれ」

 その姿を受け、対するチナーチは慌て狼狽え、アロクスラス達に頭を上げるよう求めた。
 その求める言葉を受けて頭を上げたアロクスラス達は、続けて説明の言葉をチナーチに向けて発し始める。

「我々にできる事はあまり多くはありませんが、いくらかの手配をさせてもらいました」

 アロクスラスが述べ、そして副官が詳しい内容を紡ぎ始める。
 まず一つとして、兵団の駐留する星橋の街の教会へ、国側から話が通してあり、しばらくの間は教会でチナーチの身を客人として置いてくれる事。また、すぐにでも故郷に帰る事を希望するのなら、ギルドから人を雇い、チナーチを送り届けさせる事も可能である事。それらの事が、チナーチに対して説明された。

「もちろん、どちらもあなたの意思次第ですが」
「……」

 最後に付け加えられるアロクスラスの言葉。
 それ等の案を提示されたチナーチだったが、彼女は膝の上で拳を握り考え込んでしまう。さすがに、すぐには決めかねているようだった。

「――まぁ、すぐに決めるというのも難しいでしょう。しばらく考えるのもいいんじゃないでしょうか。その間は、私達の所に居てもらっても構いません」

 チナーチのその様子を察し、そこへ井神が口添えをする。

「……ごめん、そうさせてもらっていいかな」

 チナーチは、ひとまず現状を維持するその案を受け入れ、申し訳なさそうに願う旨を発した。

「すみません。我々からもお願いします」

 続け、アロクスラスからも願い入れの言葉が発せられ、井神は両者に対して承諾の返事を返した。

「ハウィットパントさん、ありがとうございました――さて。最後にですが」

 そこでその一件に関する話は終了。チナーチに対して礼を言った井神は、そこから話題を切り替える言葉と共に、アロクスラスへと向き直る。

「――紅の国の、一件ですね?」

 アロクスラスは、その次に井神から紡がれる言葉に察しを付け、先んじて発した。
 紅の国の草風の村の襲撃の件。そして、その裏にある魔王軍の関与の疑いなど。昨夜から次々に遭遇、発覚した一連の案件。これらはすでに今朝方には、隊から兵団側に対しても、情報として伝えられていた。

「すでに兵団司令部にも上がるよう、伝令を出しました。そこから、軍上層部や政府にも伝達されるでしょう。しかし……」

 そこまで進行状況を伝えたアロクスラスは、しかしそこで苦い色をその顔に浮かべる。

「やはり現段階では、すぐに動くことは難しいだろうな……」

 そしてアロクスラスの言葉の続きを、副官が引き継いで話した。
 事態が発生している紅の国。そして月詠湖の国を始めとする周辺諸国の間にある、簡単ではない国際事情。
 抱えるそれらの事情から、紅の国への各国の介入が難しい物である事は、隊側もすでに村の住民達より聞き及んでいた。
 そしてその事は、その介入の要請先である兵団側からもまた、あまりうれしくはない同様の説明が返されていたのだ。

「これだけヤバい話が色々聞こえて来てるってのに、まだ動けないってのか」

 そんな所へ、井神の背後から、アロクスラスに向けて不服気な色の言葉が飛ぶ。声の主は井上の後ろに立つレンジャーの陸曹。先日の五森の公国の砦での戦闘にも参加した、快活そうな姿が特徴の隊員、波原であった。

「あぁ、歯がゆい話だけど……」

 波原のその言葉に、同様に面白くなさそうな色を見せて返すのは、副官の女。
 彼女は、村襲撃に関しては、現段階では紅の国国内で対応すべき出来事と見なされる事。もたらされた魔王軍に関する情報も、現段階では聞き伝えによる物に限り、これだけでは確度が低く、各国の政府や軍上層部はこれを根拠にした介入行動は躊躇い、ただちにの行動は起こせないであろう事を、説明した。

「……少し突っ込んだ事を聞くが――」

 そこで波原が言葉を発する。
 ここまで隊が見て来た所によると、今回の件の発生以前から、月詠湖の国と紅の国の国境線周りでは、野盗の多発等事件が頻発してるようであった。その発生源を隣国――紅の国と睨み、調査をする事等はしていないのか。その旨を、アロクスラス達に向けて尋ねる。
 この国の軍および政府の水面下の行動に言及するその質問に、情報を開示すべきか考えているのであろう、アロクスラス達は少しの沈黙を見せる。しかし少しの間の後に、アロクスラスは口を開いた。

「――我々も一地域の部隊に過ぎませんので、詳細は知らされていません。しかし、我が国も何らかの探りの手はいれているはずです」
「ただ……そちらもすでに知っている通り、紅の国関係は制約が大きい。おそらくその探りの手も、あまり大きな行動は取れていないのだろう」

 アロクスラスは波原の問いかけを、朧気ながらも肯定する言葉を紡いだ。しかし続け副官は、その行われているであろう調査活動も、芳しくはないのであろう推測の言葉を零した。

「マジでその条約とやらで、周辺各国は雁字搦めか」
「えぇ――」

 それ等の言葉を聞き、波原は呟く。
 そしてアロクスラス達もそれに同調。本来大国同士の衝突を防止し、この地の安定を保つ事が目的であった条約が、このような形で利用されこの地の平和を脅かしている現実に、その顔を苦く変えて見せた。

「――アロクスラス中佐。それでは介入を正当とするには、どのような物があればよいでしょうか?」

 そのアロクスラスへ、井神はそんな尋ねる言葉を投げかけた。

「そうですね……」

 井神のその質問に、アロクスラスは少し考える様子を見せた後に、回答を始める。
 アロクスラスによれば、一つに各国への工作活動が、紅の国主導である事の事実。もう一つに、魔王軍の誘致の事実。
 このいずれかでも、紅の国商議会の関係者――議員等から直接発言として取る事などができれば、それは各国を納得させうる証拠と成り、大国同士の衝突の危険を無くした上での、介入が可能になるであろうとの事であった。
 しかし、そのような事を向こう側が自ら暴露する訳は無く、それを得る事は容易では無い。
 紡いだ説明の言葉が、しかしあまり現実的ではない物である事を理解しているのだろう、アロクスラスはその表情をさらに難しくする様子を見せた。

「成程――」

 そこまでの一連の説明を聞き、呟く声を上げる井神。

「――中佐。その証拠、根拠ですが――私達の方で入手し、そちらへお届けできるかもしれません」

 そして直後に、井神はアロクスラスに向けて、そんな言葉を発した。

「………はい?」

 その言葉に、アロクスラスから懐疑的な声が返される。彼だけでなく、副官や他に控える兵団兵達も、同様の様子で井神の姿へ視線を送っている。

「私達は、そのチャンスを掴んでいます」

 そんなアロクスラス達に向けて、一言返す井神。
 その顔には、微かな不敵の色が浮かんで見えていた。
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