―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター10:「Intrigue&Irregular」

10-5:「Hunt Start」

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 紅の国領内、露草の町。
 町の中心部にある、一軒の建物の前に一台の馬車が止まっている。それは一般に使われている荷馬車ではなく、丁寧な作りの要人用の馬車だった。

「まったく。いちいち魔王軍側に便宜を図らねばならんとは、面倒な事だ……!」

 その馬車の着ける建物の入口から、愚痴を漏らしながら一人の中年の男が出てくる。その男は、先日この紅の国商議会の長であるエルケイムと、密談を交わしていた人物。男の正体は、そのエルケイムと同じく商議会に身を置く、商議会議員であった。

「向こうの準備は進んでいるのか?」

 議員の男は、後ろから続く側近に尋ねる声を上げる。

「は。すでに警備隊に、準備配置を命じる伝達は出たそうです」

 交わさせる会話。それは先日画策された、勇者一行――すなわちファニールや水戸美達を、隣町の〝凪美の町〟にて捕らえる企みについての、首尾を確認する物であった。

「ならよい」

 議員の男は首尾が順調である旨にそう返しながら、停められていた馬車へと乗り込み、座席へ座る。
 議員の男達は、その勇者捕縛計画の音頭を取るために、これより凪美の町へと発つ所であった。

「出発してくれ」

 共に乗り込んだ側近が、馬車の前側に付いている小窓から御者に告げる。それを合図に、馬車はゆっくりと走り出した。

「……傭兵どもは町を出発した頃か?」

 少し窓の外の町並みが流れた所で、議員の男が口を開く。

「ええ、おそらくは。今夜には草風の村に到着し、再度襲撃を仕掛ける手筈となっています」
「まったく……一体どうなっているのだ。あの小さな村ごときに、一体何をやっているのだ?」

 側近の言葉を聞いた後に、顔をしかめ、文句を口にする議員の男。
 議員の男の言う村とは、すなわち草風の村。
 草風の村の襲撃は、商議会の彼等の手に寄り計画され、向けられた物である。その小さな村の口封じのための差し向けた襲撃の、成功の報を議員の男は何も疑う事なく待っていた。しかし、昨晩夜明け前に突如彼の元にもたらされたのは、差し向けられた傭兵が、反撃に遭い逃げ帰って来たという、信じがたい報であったのだ。

「その逃げ帰ってきた傭兵共の話によると……なんでも村に、村人とは違うおかしな者達がいたとか」
「おかしな連中……?」

 懐疑的な声を上げた議員の男に、側近が返す。しかしその言葉に、議員の男はより訝しむ色をその顔に浮かべる。

「聞き及んだ所によると、異質な魔法と怪物を操る者達だとか。傭兵共はそれらに退け返されたそうです」
「なんだそれは……?あの村の村長が術師か魔物使いでも呼び寄せたのか……?あやつの協力者はあらかた潰したつもりだったが……」
「草風村長を慕うものは国内にまだいくらか潜んでいますので、もしやという事も……」
「忌々しい。一応、目立たぬようにと、傭兵の数を制限したのが裏目に出たか……」

 議員の男は、苦々しい表情を浮かべ呟く。

「先にもお伝えしました通り、今晩の襲撃には、雇い寄せた傭兵隊の残り全てを差し向けました。腕利きも含みますので、今度は潰せるはずです」
「そう願う。これ以上、あの村に手間取る事はしたくない。早く紅風の街に帰りたいものだ」

 会話を交わす議員の男達を乗せた馬車は、やがて町の南側の城壁まで到着。
 城壁の門の近くには、数騎の馬が待機していた。軽装兵を乗せた軽騎兵――この国での名称を軽騎警備兵と呼ぶ騎兵が十騎程。そして騎手、馬共に鎧を纏った重騎兵――この国では重装警騎と呼ばれる騎兵の姿が数騎。いずれもこの紅の国の軍警察組織である、警備隊の警備兵達であり、今回は議員の男の乗る馬車を護衛するのが任務としていた。
 到着した馬車が一度停止すると、騎手達は馬を操り、馬車の前後に配置して隊列を形成していく。
 そして形成された隊列は町を出て、目的地である隣の町。凪美の町へ向けて出発した。



「……」

 町から数百メートル離れた地点。そこでオートバイに跨った新好地が、双眼鏡を覗いている。
 町から出て来る馬と馬車の隊列が、双眼鏡を通して偵察の目に映っていた。

「……ナッシャー1-2だ。出たぞ」

 そして新好地は、口許のインターカムに向けて、静かに発した。



 空模様は数刻前から機嫌を損ね出し、今は薄暗い雲が空を覆っている。そんな中、議員の男達を乗せた馬車とその護衛の隊列は、凪美の町へと続く道を進んでいた。

「しかし、魅光の王国の勇者か……小娘だというのに、ご苦労な事だな」
「あの……お言葉ですが、勇者に手を出すなど大丈夫なのでしょうか……」
「今更何を言う。我々は、いや、我が紅の国は魔王側と手を組もうとしているのだぞ」

 弱気な発言をした側近を、議員の男は半ば呆れ顔で叱咤する。

「それに――各国から勇者の一行が各地に派遣されているが、その内からは行方不明となる者も少なくないと聞く。魅光の王国のような、中途半端な大きさの国の勇者が消えても、今のご時勢さして騒ぎにはなるまい」
「それならば、よいのですが……」
「ここまで来て、臆病風に吹かれる事は困るぞ」

 以前不安な様子を見せる側近に、議員の男は再び釘を刺す。

「は。……して、勇者の娘に関しましては魔王軍に引き渡す事になりましょうが、仲間の娘二人はいかがいたしましょう?」
「護衛の騎士と、出自の不明な異大陸の娘だったか……?魔王軍側の要望次第だな。向こうがいらぬと言うのなら、適当に売り払い流してしまえば――」
「な……なんだあれは!?」

 そこまで交わされていた企みの言葉を、突如割り行った声が遮った。それは外の御者席で馬車を操る、御者の声だ。

「なんだ、どうした?」

 側近が御者席とを繋ぐ小窓より、外の御者に問いかける。

「う、後ろからおかしな荷車が……なんだありゃ、馬無しでうごいてやがる!」
「はぁ?」

 しかし御者から聞こえ来たのはそんな要領を得ない発言。それに側近は怪訝な顔を作る。

「何をおかしな事を……」

 同じく御者の声を聞き、議員の男も不可解そうに声を上げる。しかし――

《――こちらは、ニホンコクリクタイです。ただちにその場で停止し、こちらの指示に従いなさい》

 何か異質で大きな音声が、彼等の耳に聞こえ届いたのは、その次の瞬間だった。

「な……何だ今のは……!?」
 
 唐突に聞こえ来た異質なその音声に、議員の男もそこで表情を変えて、声を零す。そして議員の男は、馬車の側面に設けられた窓から、外へと視線を向ける。

「……な!?」

 その次の瞬間には、議員の男達も御者の心情を理解する事となった。
 隊列の右斜め後方に、緑色の荷車らしき物が見える。そして議員の男達が何に驚いたかと言えば、その荷車は引く馬も無しに動いている事。さらにはかなりの速度を出し、議員の男達の隊列を追いかけて来ている事にあった。

「なんだあれは……?」

 側近も窓に張り付き、隊列を追って来る異質な物体へ視線を向けている。

「は、反対側からも来てます!」

 御者の叫び声を聞き、側近は反対側の窓へと回る。左後方に、先の荷車より一回り小さい荷車が、同じように追いかけてくる姿が見えた。

《――繰り返します、こちらはニホンコクリクタイです。ただちに停止しなさい》

 そして再び異質な音声が議員の男達の元に聞こえ来る。

「止まれだと……?なんだ、賊か……?」
「前からも何か来てます!な、ば、化け物かありゃ!?」

 姿を現した異質な物の数々。そして停止命令に、側近達は狼狽え零す。
 並べられるそれ等の不穏な単語に、議員の男のその表情が強張る。

「ご、護衛の警備兵は何をしとる!?早く対処させんか!」
「は、はい!おい、各兵に対処させろ!」
「そ、それが……前の隊の者達も、狼狽えてるようでして……!」

 議員の男の命を受け、護衛の警備兵達に事態に対処させるべく、御者に指示を飛ばす側近。しかし御者からは困惑の声が返される。どうやら、隊列の前側に配置していた警備兵隊は、進行方向の先に現れた〝何か〟に狼狽し、適切な行動が取れていないようだ。

「う、うわッ!」

 そして御者からは、またしても狼狽の声が聞こえ来る。

「今度はなんだ!?」
「ま、前の兵がやられた……!く、糞……!」

 尋ねる側近の声に対して、三度の困惑の声が御者より返される。
 そして直後、馬車が揺れて、走る上で伝わりくる振動が微弱に増す。狼狽した御者の操作で、馬車はこれまで辿っていた轍を外れて走り出したようだ。

「な、何が起こっているのだ……!?」

 揺れの増した馬車の内部で、議員の男もまた再び困惑の声を上げる。

「お、落ち着かんか!どうなっているんだ!?」

 側近は、声を荒げて御者の男に尋ねる。

「こ、こっちに向かって来てる!う、うわ!兵を跳ね飛ばした!」

 しかし御者から返されるは、悲鳴に近い狼狽えの声。

「うわぁぁッ!く、来る……ッ!?」
「一体……何が――!?」

 そして極めつけの、御者の叫び声。 
 議員の男は、混乱しながらも再び窓より外を見る。
 ――そこで彼の目に映った物。それは馬車の前右方から、こちらへと突っ込んでくる異質な緑色の化け物。

「な――」

 議員の男がそれが何であるかを理解する前に、馬車の横っ腹に、その異質な化け物の鼻っ面が激突――。

「――おごわぁぁぁッ!?」

 次の瞬間、馬車全体に暴力的なまでの衝撃が走った。そして馬車の転地は傾き、議員の男達は地面と平行になった馬車内の壁に叩き付けられた。



 およそ15分程前。
 露草の町と凪美の町を結ぶルートほぼ中間地点。
 昼がる草原の中を通る道を、外れて100m程行った箇所にある傾斜地。その影を利用し姿を隠す、旧型73式小型トラックの姿が、そこにはあった。
 小型トラックには、前席に制刻と鳳藤。荷台後席に策頼、竹泉、多気投の搭乗している様子が見えた。

「……」

  運転席に座る鳳藤は、ハンドルの上に両手を置き、指をしきりにトントンと動かしている。

「落ちつかねぇようだな」

   そんな鳳藤へ、 助手席に座る制刻が声を掛ける。その言葉通り、鳳藤は何やら落ち着かなそうな様子だ。一方、制刻はというと、小型トラックのボンネット上に足を放り出して踏ん反り返るという、鳳藤とは対照的な悠々とした姿を見せていた。

「あぁ……なぁ、本気で実行しようというのか?」
「本気じゃなきゃ、こんな所までわざわざ来るかよ。偉いさんを、ここでふん捕まえる」

 鳳藤の、その顔にありありと懸念の色を浮かべての尋ねる言葉に、対する制刻は端的に返し発して見せた。
 ――隊に身柄を抑えられた、紅の国商議会の雇われ人のリーサーは、行われた聴取の末にいくつかの情報を暴露。それは、商議会の画策する計画の一部や今後の同行。そしてそれに関与する人物達、その者達の行動予定等に至り、有力な各種情報を隊にもたらした。
 さらにその上で隊側は、商議会の各種計画に深く関わっている議員の内の一人が、駐留する草風の村から近い二つの町の間――すなわち、現在地点である露草の町の凪美の町間を、本日中に移動するという報を入手した。
 隊の指揮主導を取る井神始め主要隊員は、これに目を付けた。
 その議員が移動を行うタイミングを、身柄を確保するチャンスと踏んだのだ。
 そして疑われる企てへの関与が濃厚である、商議会の議員の身柄を確保できれば、隣国各国の紅の国への介入を正当化する証拠。並びにさらなる情報を得られる可能性は十分に存在する。
 これ等を鑑みた上で、井神はこの議員の身柄確保を行う事を決定。そのための拘束作戦を発動した――。
 現在、制刻等の他にも一帯の周辺各所には、拘束作戦に参加する各部隊や車輛が身を隠し待機している。少し前には、拘束対象である議員一行が露草の町を出発したとの報が、偵察の新好地よりもたらされており、各隊はその一行がこの一帯に現れるのを、待ち構えている所であった。

「しかし……この作戦は少し、いや……かなり乱暴な物に思える……」

 しかし作戦を前にして、鳳藤の顔色は複雑そうだ。今回の作戦は、表面上言葉を選んではいるが言ってしまえば拉致だ。その事実が、鳳藤の心境に二の足を踏ませていた。

「今んトコ、他にねじ開ける手はねぇ」
「……やるしかないのか」

 そこへ制刻の端的な言葉。それを聞き呟く鳳藤。隊の置かれる状況を好転させる事はもちろんの事、草風の村を始め、企みの犠牲となっている人々を救うためにも、現状を打破する事は必須だ。その事を思い返しての言葉であった。
 しかしそれでも気が進まない様子の鳳藤。その気を紛らわすためか彼女は、シフトレバーの近くに置かれていたチューインガムの包みに手を伸ばし、その一粒を口に放り込んだ。

「あ、オイッ!そりゃ最後の一個だぞ!」

 瞬間、後席から竹泉から、鳳藤の背に向けて文句の声が飛ばされた。

「んむ?あぁ……すまない」

 鳳藤が手元を見れば、竹泉のその言葉通り、チューインガムは鳳藤が口にしたそれが最後の一つだったようであった。その事に、鳳藤はその綺麗な整い方をしている口許や顎周りを、もちもちと咀嚼動作で動かしつつ、後席に振り向き謝罪の言葉を発する。

「お前ッ……!最後の一個なら聞けよ!ったく、世間知らずのお嬢ちゃまムーブかましやがってッ!」
「分かった!悪かったよ……!」

 しかし竹泉の文句と嫌味の声は止まず、対する鳳藤は困りそして鬱陶しそうな声色で、竹泉に対して張り上げ返す。

「くだらねぇ事で騒ぐな」

 その二人に対して、呆れしかし淡々とした声で、釘を刺す言葉を放つ制刻。

《各ユニット、こちらアルマジロ1-1。聞け》

 そんなしょうもないやり取りが行われていた所へ、通信が割り込むように入る。声は、これよりの拘束作戦の指揮を取る事なっている、長沼の物であった。長沼は現在、別の場所に隠された高機動車に身を置いている。

《拘束対象を乗せた馬車、及び隊列をこちらで目視。間もなく、作戦予定エリアに入る》
「フゥ、お出ましだぜぇ」

 その長沼からの続けての通達。それを聞き、後席で多気投が陽気な声を上げる。

《隊列構成は馬車が一台。軽装の騎兵が十騎程、重装甲の騎兵4から5。馬車を中程にして前後を護衛する陣形。――作戦は当初の予定通りに行う。各車各隊、備えろ』

 さらに長沼の声は、拘束対象の隊列の詳細を伝えて来る。そして最後に、周辺に待機している各隊へ向けての、指示の声が聞こえ来た。

「ジャンカー4、了解。――おし、お前ら準備しろ。作戦は頭にちゃんと入ってるだろうな」

 作戦開始に備える要請の声に、インターカムを用いて了解の返答を返す制刻。そしてそれを終えると、制刻は背後後席に振り向き、搭乗している指揮下の各員に向けて、尋ねる声を発する。

「あー――指揮車が奴等を通せんぼして、俺等は止まったお馬ちゃん達のケツにビンタかましゃいいんだろ?」
「隊列を強制停止させ包囲、その上で高機(高機動車)が突入。要人の身柄を確保拘束」

 多気投や策頼は、それぞれの装備火器の確認を行いながら、事前に説明されていた作戦の手順を思い返し、反芻する。

「ハッ!まごう事なき拉致誘拐でござんす!」

 そして作戦の本質に、竹泉が皮肉の声を上げる。

「まぁ、言い方は好きにしとけ。拘束対象は、おそらく馬車の中だ。生け捕りが目標だ、馬車を撃たねぇよう、射線には気を付けろ」
「了」
「いよいよか……」

 制刻の説明と注意の言葉に、策頼が返答。そして運転席で自身の小銃の確認を終えた鳳藤は、小さく呟いてから、小型トラックのエンジンをかけるべく、キーに手を伸ばそうとした。

「あぁ剱、ガムは吐いとけ。舌噛むぞ」

 だがキーを掴む前に、制刻にそう声を掛けられた。そして制刻の指先が、鳳藤の口元を指し示している。

「ん?あぁ、大丈夫だ。これくら――んむッ!?」

    それに対して心配ない旨を返そうとした鳳藤。しかしその言葉は途中で遮られ、くぐもったそれに変わった。見れば、鳳藤の口に制刻の指が突っ込まれていた。

「ふもぉ……!?ふぉぉ……!?」

 突然の事態に目を白黒させ、声にならない声を漏らす鳳藤。そんな彼女をよそに、制刻は鳳藤の口内の指でまさぐる。

「ぷぁッ……!」

 そして制刻は鳳藤の口内のガムを探り当て、指先でつまんで掴みだした。それにより鳳藤の口はようやく解放され、彼女は舌を微かに突き出して息を吐いた。

「ふぁ……おま、お前なぁ……ッ!」

 口を解放された所で、鳳藤は制刻を睨みつけて非難の声を発そうとする。

「舌噛んで、ピーピー泣き喚く未来が容易く見える」

 しかし制刻はそれを、鳳藤の先の姿を予測する言葉で遮る。そして指先でつまみ出したガムを、包に包んで車上に放った。

「せめて、先に口で言えよ……!」
「オメェ、御託並べて渋るだろ?」

 鳳藤の抗議の声に、しかし淡々と返す制刻。そして制刻は言いながら鳳藤へ手を伸ばし、彼女の戦闘服上衣で、鳳藤の唾液に塗れた自分の指を拭く。

「って、オイッ!」

 その行動に声を荒げ、鳳藤は慌てて制刻の腕を払いのけて、自身の戦闘服上衣を掴んで視線を落とす。

「ヲイヲイ、色々ばばっちぃずぇ」
「ざまぁ見やがれ」

 そのやり取りを後席より傍観していた多気投が、その行為の衛生面を咎める軽口を発する。そして竹泉はガムの恨みなのかそんな言葉を吐き捨てる。

「今日もくだらない事でギスギスしてる」

 その傍ら、策頼はいつもの事と言うように冷たく呆れの言葉を零しながら、小型トラックの後席荷台に搭載据え付けられている、MINIMI軽機に着いた。

「ほれ、エンジン掛けとけ」
「最悪だ……」

   制刻の促す声。鳳藤はそれを横に聞きつつ、口を濯ぐための水筒を探しながら、エンジン起動のキーを回す。操作でエンジンがかかり、小型トラックは周囲の風景に合わない、異質な音で唸りだした。
    一方の制刻は再度後席の竹泉等へ振り向き、作戦の確認を続行する。

「細かい所を確認するぞ。シキツウが隊列を止めたら、俺等は隊列の左翼後方へ展開する。策頼。オメェはトラックに残って、軽機で援護しろ」
「了」
「他は俺と来い。降車展開して、隊列後ろの敵を排除。高機の1分隊が、対象をふん捕まえるのを援護する」
「そううまく行くのかねぇ?」

 制刻の説明に策頼は端的な了解の返事を返すが、竹泉はどこか鼻で笑うように、訝しむ言葉を発する。

「うまく行くようにやるんだ。気合が入るよう奴等の前に、お前に斜め45度のチョップを食らわせてもいいんだぞ?」
「ジョーダンこくなや。俺様は貴重な精密機器なんだよ」

 制刻の言葉に竹泉は軽口で訴え返す。直後、その会話の切れ目を狙ったかのように、再度各員のインターカムに、通信が聞こえ来た。

《各隊、目標が想定エリアに進入した。チャプター開始、チャプター開始――』

 長沼から声での通達と、続けてのそんな言葉。作戦開始の合図だ。

「ッ!……ペッ、開始か……!」

    水筒の水を含んで口を濯いでいた同僚は、作戦開始の合図を聞き、水を車外へと吐き出して呟く。そして被る88式鉄帽を直した後に、ハンドルを握る。

「おぉし剱、出せ」
「あぁ」

 制刻が指示を出し、鳳藤がアクセルを踏み込む。
 小型トラックはより唸り声を大きくして上げ、動き出す。その身を隠していた傾斜地を登り、開けた一帯へと飛び出す。そして車上の各員は、草原の中を走る轍の上を行く、馬車を中心とした隊列をその先に目視。
 轍を越えた反対方向には、同様に行動を開始した、1分隊の搭乗する高機動車の姿も見える。
 それぞれの車輛は隊列を包囲すべく追いかけ始める。
 かくして、拘束作戦は開始された――



 同時刻。現れた商議会の隊列より、さらに1km以上先。
 通る轍を少し外れた所に茂る、木立と草木。その影を利用して、他の各隊の各車同様にその身を隠す、82式指揮通信車の車体がある。

《――チャプター開始、チャプター開始》
「来たな」

 その車上のキューポラ上で、車長の矢万が作戦開始の合図を、身に着けるインターカムより聞いた。

「作戦開始だ――82操縦手、出せ」
《了解》

 作戦開始の報を聞いた矢万は、操縦手である鬼奈落にインカム越しに指示を送る。操縦席の鬼奈落からの返答とともに、アイドリング状態にあった指揮通信車のエンジンは、一層の唸り声を上げる。そして指揮通信車は動き出した。
 身を隠していた木立草木を押し退け踏み倒し、その先へと出る指揮通信車。そして少し走り轍に乗ると、方向を変えて轍に沿って走り出した。
 走り出した指揮通信車はその正面先は、轍に沿いこちらに向かってくる商議会の隊列が見える。指揮通信車により、商議会の隊列を真正面より迎え撃ち、その進路を封鎖。隊列を強制停止させる――これが隊の腹積もりであった。

「真正面、轍上に目視」

 対象の隊列を目視し、それを声に出す矢万。
 さらに彼の眼は、隊列の両サイド後方より追いかけ上げて来る、高機動車と小型トラックの姿を向こうに見る。

「よし、一度停車しろ」

 一定の距離を詰めた所で、矢万が指示の声を発して指揮通信車は一度停車する。

《――こちらは、ニホンコクリクタイです。ただちにその場で停止し、こちらの指示に従いなさい》

 そのタイミングで高機動車の方向から、拡声器を通した物であろう効果の効いた、停止命令の音声が聞こえ来る。

《素直に止まりますかね》
「さぁな、期待はするなよ」

 その音声を遠くに聞いた上での、鬼奈落からの疑念の言葉が、インカム越しに矢万に届く。それに対して、キューポラ上で先の隊列を観察しながら、返す矢万。

「矢万三曹」

 そこへ別の声が矢万に掛けられる。
 声を辿り、矢万はキューポラの隙間より、指揮通信車の車内に視線を降ろす。その向こう、指揮通信車の後部隊員用スペース内に、座席を立ちこちらを見上げる威末の姿があった。さらに奥には、武器科の門試の姿もある。両名は、指揮通信車の随伴及び展開要員として、同車に同乗していた。

「俺達は、まだ展開しなくてもいいんですか?」
「まだ待つんだ。向こうさんがどう動くかわからん、出方を見る」

 こちらを見上げ尋ねて来た威末に、いましばらくの待機を指示する矢万。

「了解。門試、まだだそうだ」

 その指示に了解の返答を返した威末は、門試に伝えつつ、再び着席する様子を見せた。



「お、おい……!なんなんだあれは!?」
「反対側からも、追ってくるぞ!」

 一方の商議会の隊列側。
 議員の乗る馬車の護衛に着く警備兵達は、混乱の渦中にあった。

「ま、前を見ろ!前にも何か、大きい物がいるぞ……!?」
「と、止まれとか言ってたぞ……ど、どうするんだ……!」
「どうするって……」

 突如として周辺より姿を現し、そして自分達を追いかけて来る異質な物体の数々に。そして得体の知れぬ異質な音声での停止命令。一度に立て続いた異質な出来事の数々に、警備兵達の狼狽は大きく、適切な判断を下せずにいた。

「バカモンッ!狼狽えるな!」

 しかしそこへ、戸惑う警備兵達に怒号が降りかかった。
 その主は、隊列の先頭に位置する馬に跨る、中年の男。男は、この隊列の護衛隊の指揮官であった。

「得体の知れぬ輩の言う事に、正直に従う奴があるか!あれが何であろうと関係ない!議員殿を守るのが我々の仕事だ!」

 声を張り上げ、警備兵達に檄を飛ばす中年の警備兵。

「ラニス、重装警騎の者達は馬車の守りを固めるのだ!」
「わ、分かりました!」

 そして中年の警備兵は、隊伍の中にいた一名を名指しして命令。該当の重装警騎の者は飛び上がるように返事を返す。

「よし、任せたぞ!ニルとミリノンは私と来るのだ、進路を塞ぐあの得体の知れぬ物を排除する!」
「え!?し、しかし……!」

 続き、隊伍の中の軽騎警備兵達に追従の指示を発する中年の警備兵。しかしそれを受けた警備兵達は、その指示内容に再び狼狽える声を発し、さらには顔を青くする。

「ええい、狼狽えるなと言ったろう!役目を果たすのだ!行くぞ、続けぇ!」
「は……は!」

 中年の警備兵が勇ましい掛け声を共に、手綱を操り愛馬と共に駆け出す。そして他の指名を受けた二名の警備兵も、戸惑いつつもそれに追従。三騎は、その先に鎮座する異質な物体目がけて、吶喊を開始した。



「――先頭配置の内の三体、こっちに向かってくる。――武器も抜いた、攻撃行動だ」

 指揮通信車のキューポラ上で、双眼鏡を覗いて先の隊列の様子を観察していた矢万。その隊列より一部の騎兵が、攻撃行動であろう動きを見せた事に、その事を苦い口調でインカムに発する。

《困りましたね。こちらからも、停止の要請を呼び掛けますか?》

 発信に対して、操縦席の鬼奈落からそんな進言の言葉が返される。

「いや、言葉じゃ止まらないだろう――警告射撃をやる」

 しかし矢万は進言に対してそう返す。そして警告射撃を行う判断を取り、同時に避けてあった12.7㎜重機関銃の握把を握り、引っ張りターレットを旋回させて寄せる。

「後続の馬車を射線から外したい。鬼奈落、少し位置を変えてくれ」
「了解です」

    矢万は、拘束対象の乗る馬車にまで流れ弾が行く可能性を鑑み、射線を変えるべく指揮通信車の移動を鬼奈落に指示。指示はすかさず鬼奈落の手で動きとして反映され、指揮通信車は轍の上を外れて、少しだけ位置を変える。

「素直に止まってくれるか」

 再び停止した車上で、矢万は12.7㎜重機関銃を再度旋回させ、細かな照準動作を行う。狙うは、接近する軽騎警備兵達の、その馬の足元側面。
 矢万は照準が確かである事を確認し、押し鉄に置いた両親指に力を込めた。
 火薬の炸裂音と、重々しく金を撃つ音。それ等からなる数発分の発砲音が響き、銃口から12.7㎜口径弾が複数発撃ち出される。
 その12.7㎜口径弾の群れは、瞬間に迫る軽騎警備兵達の元へ到達。彼等の馬の足元に着弾し、衝撃を起こして土を微かに巻き上げた。

「――止まらないか」

 しかし先の光景に、矢万は再び苦い声を零す。
 身の近くを襲った射撃に、警備兵達は微かに動揺の色こそ見せたが、しかしその吶喊の勢いを減退させる様子は見せなかった。

《こちらへの排除意識が強いようです。生半可な警告では、無理そうですね》

 操縦席より同様の光景を見ているであろう鬼奈落より、冷静な声での分析の言葉が寄越される。

「――仕方がない。直接の処理行動を行う」

 鬼奈落の言葉を聞き、少しの考えの後に矢万は決断の声を零す。
 そして、再び12.7㎜重機関銃を操作し、再照準を行う。今度狙うは、迫る軽騎警備兵達の先頭を来る一騎。その馬上の人間。
 照準の先にその姿を収め、一呼吸置いた後に、矢万は押し鉄に置く親指に力を込めた――



 現れた前方を塞いだ異質な物体に対して、陣形を組み突撃行動を行う中年の警備兵達。
 そんな彼等の眼は、その異質な物体が轍の上から移動する様子を見る。そして少しの間の直後、何かが破裂するような音が、複数回に渡り響き聞こえ来た。

「ッ!?」

 そしてほぼ同時に、彼等の跨り操る愛馬の足元で、何かが弾けそして土が微かに舞う。

「け、警備兵長!今、何かが……!」

 突然の現象に、警備兵達はその正体こそ掴めぬ物の、それが何らかの自分達を狙った攻撃行動である事に漠然と察しを付け、困惑の声を発する。

「矢……!?いや魔法か……!?」
「落ち着け!狙いは甘いようだ。このまま踏み込み、射手ないし術師を討つ!」

 しかし中年の警備兵は、そんな警備兵達に対して張り上げ宥める。そして手綱を握る力を強くし、前方に鎮座する謎の物体を睨む。
 再びの異質な破裂音が響き聞こえたのは、その直後――

「また――」

    険しい顔を作り、忌々しく吐き零そうとした中年の警備兵。――その顔の上半分が爆ぜ飛んだの、その瞬間であった。

「――は?」

 追従する警備兵の一人が、先を行く長のその変貌に、素っ頓狂な声を上げる。
 その視線の先の中年の警備兵は、頭の上半分を失い、次には残った下半分から血を思い切り噴き出す様子を見せる。
 そして中年の警備兵の体はやがて支える力を失ったのか、走る愛馬の上でぐらりと揺れ、そして地面に投げ出された。

「――え?」

 突然進路上に落下する様子を見せた長に、後続の警備兵達は、理解が及ばぬまま反射で手綱を引き、それぞれの愛馬を急停止させる。
 中年の警備兵の愛馬は主を失ったまま明後日の方向に走り去ってしまい、その場に残されたのは中年の警備兵の体のみ。
 顔の上半分を失ったその体は、地面に力なく放り出され、おびただしい量の血を地面に流している。そして見渡せば、中年の警備兵の頭部を構成していた〝パーツ〟が周囲に散らばっている様子も見えた。



「――先頭一体排除。後続は止まった」

 矢万は12.7㎜重機関銃の照準の向こうに、接近する軽騎警備兵の内の一体の無力化を確認。そこからさらに、動きを止めた後続の警備兵に照準を合わせようとする。
 しかしインカムに通信が飛び込んだのは、その時であった。

《アルマジロ1-1よりハシント。対象の乗る馬車が、道を外れての逃走を図っている》
「はい?」

 聞こえ来たのは、高機動車の長沼からの状況を知らせる声。
 それを頼りに視線を動かせば、拘束対象の乗る馬車が轍を外れて草原には入り、逃走を図ろうとしている様子が確かに確認できた。

「ッ――面倒な事を」

 その光景に、顔を顰め悪態を吐く矢万。

《抑えてくれ。こちらからも向うが、君等からの方が早い》

 そこへ続けて、長沼より馬車を抑えるよう要請の言葉が届く。

「ハシント、了解――聞いたな鬼奈落?アレを追いかけろ!」
「前方の、残った彼等はどうします?」

 要請に了解の返答の声を返した矢万は、そしてただちに鬼奈落に向けて指示を発する。
 しかしそれを受けた一方の鬼奈落は、指揮通信車を発進させながらも、残る警備兵達への対応をいかにするべきかを尋ね返す。
    先に見える軽騎警備兵達は、地面に落下した先頭の警備兵を前に、馬を止めてそこから動きを見せる様子は無い。

「後回しだ、それより拘束対象の馬車を優先する。他、各員は戦闘展開に備えろ!」

 鬼奈落の尋ねる言葉に、矢万は馬車を優先する旨を発し返す。そして同時に、指揮通信車に搭乗している各員に、備えるよう告げる。

「了解」

 その指示に、鬼奈落は端的に返してアクセルを踏み込む。エンジンを再び吹かし、指揮通信車は拘束対象の馬車を抑えるべく、動き出して速度を上げた。



「……」

   警備兵達は、それぞれの愛馬の上から、地面に視線を落としていた。
 地面には彼等の長である中年の警備兵の、頭の破裂部から流れ出した血液が、ドス黒い水溜まりを作っている。

「な、なんだこりゃ……何が起こったんだ……?」

 状況を未だ呑み込み切れずに、警備兵の内の片割れが、そんな困惑の声を零す。一方、もう一人の警備兵は、地面の血溜まりをただ呆然と見つめている。

「……あ……あ……うわ、うわぁぁぁッ!?」

 だが次の瞬間、その彼は叫び声を上げる。そして彼は愛馬の手綱を考えなく引き、そのばから駆け出し、いや逃げ出した。

「ニル!?おい!?」

 突然逃走を図った同僚の姿に、もう一人の警備兵は彼の名を呼び叫ぶ。しかし錯乱した彼がそれに応じる事は無く、彼と愛馬は轍を外れて逃げてゆく。
 その先が、馬車を追いかける指揮通信車とぶつかる進路だとも知らずに。



 轍を外れ逃走を始めた馬車。それを正面より迎え抑えるべく、指揮通信車は速度を上げる。

「際まで近づけて、奴さんの進路を塞ぎ強制停止させるんだ。頼むぞ、うまくやれ」
《えぇ、了解》

 不整地を走るために揺れる指揮通信車の上で、先に見える馬車を視線で追いながら発する矢万。ハンドルを預かる鬼奈落からは返事が返され、指揮通信車は細かく進路を変えながら、馬車との距離を詰める。
 このまま行けば、うまく馬車の進路を塞ぐ事ができると思われた。

『ハシント、後ろを見ろ!そちらの右側後方、一騎突っ込んでくるぞ!』

 しかしインカムより、長沼の声で警告の報が寄越され聞こえ来たのはその時であった。

「はい――!?」

 飛び込んで来た報に、矢万は声を零しながらも、示された方向へと半身を捻り振り返る。
 指揮通信車の右側やや後方、ギリギリ矢万等の視界の死角となっていた方向。矢万はそこに、かなりの速度を出し、そして目と鼻の先まで迫った一騎の軽騎警備兵の姿を見る。
 先に、取り乱し走り出した軽騎警備兵だ。
 そしてその軽騎警備兵は次の瞬間、指揮通信車の進路上に割り入るように、その身を飛び出した。

「――ッ!回避ッ――」
《ダメです――》

 それを見止めた瞬間、矢万は目を剥き、そして張り上げる。だがほとんど同時に鬼奈落から返される、それがすでに間に合わない事を告げる一言。
 そして指揮通信車はそのまま、進路を遮った軽騎警備兵と衝突した。

「――ヅッ!」

 指揮通信車はその正面を馬の胴に激突させた。 衝突により鈍い音が響き、そして指揮通信車と搭乗する各員に衝撃が走る。

「ギェッ!?」

 一方、軽騎警備兵の側からは、人と馬それぞれの、鈍くしかし痛々しい悲鳴が聞こえ来た。
 馬は平均して300㎏近い体重と60㎞/hの速度を誇る。それを武器とする騎兵の走りを止める事は、並大抵の事ではないはずであった。しかし、13t以上の重量を持つ指揮通信車を前に、そのはずは容易く突き崩された。
 指揮通信車に激突された馬は、そのまままるで空き缶のように宙を飛び、その先の地面に叩き付けられ倒れる。
 かたや馬上にあった警備兵は、衝突により馬上より掬われ投げ出され、指揮通信車の車上へとその身を落した。

「おわッ!?」

 そのまま勢いで指揮通信車の上を転ってきた警備兵の体に、矢万は思わず声を上げる。しかし幸い、警備兵の揺れる車上でその姿勢を変え、矢万の脇を抜けて、側面から地面へと落下して行った。

「ヅッ!?」

 所が、直後に車体は大きく跳ねあがり、そして何か気色の悪い歪な間隔が、指揮通信車の各員を襲った。直感的に不快さを感じ取り、顔を歪め声を零す矢万。
 指揮通信車は、進路変更が間に合わずに、先に跳ね飛ばした馬の亡骸に乗り上げたのだ。コンバットタイヤが生き物の亡骸を轢いて潰したその感触が、各員へ伝わりその不快感を煽ったのだ。

《――まずいな》

 そこで零れ聞こえたのは、インカム越しの鬼奈落の微かな呟き。
 82式指揮通信車は車高が高く、バランスが悪い。
 そして馬車の前に回り込み抑えるために、それなりの速度を出していた指揮通信車は、その状態で馬の亡骸に乗り上げた事により、その体勢を崩した。
さらに間の悪いことに、馬の亡骸を乗り越えた指揮通信車の着地先には、地面から剥き出しになった岩の塊が待ち構えていた。指揮通信車は回避もままならずにそれを踏んで乗り上げ、車体は再び揺れて跳ねる。

「ごッ――!?何事ですッ!?」
「ッ――つかまってろッ!」

 突然車体が激しく揺れ出した事に、後部隊員用スペースで備えていた、威末からの状況を尋ねる声が聞こえ届く。しかし車上の矢万にも説明の余裕は無く、彼はキューポラにしがみ付きながら、身構えるよう要請する言葉だけを発する。
 二度の異物への乗り上げで酷くバランスを崩した指揮通信車は、鬼奈落の操縦でどうにかその状態を脱する。
 しかし揺れが収まった時には、指揮通信車はまた別の問題に踏み込んでいた。
 轍を外れた周辺一帯は、なだらかな斜面になっている。そして一帯を覆う、湿り気を含んだ草原。それ等の地形の影響で、揺れから回復した頃には指揮通信車の車体は、横滑りを始めていた。

「滑り出してる!?――鬼奈落、停止しろッ!」
《ダメです。今ブレーキをかけたら、横転の危険があります》

 矢万は指揮通信車の停止を命じるが、鬼奈落は今の状態での急停止は、横転の可能性がある旨を返す。
 その間にも、指揮通信車は危うい体勢と速度のまま草原の上を滑るように進み続ける。

「――ッ!前方!」

 そこで、矢万は進行方向の先に、目標である逃走中の馬車を見る。
 ここまでの一連の事態の間に、両者の距離は詰まり、今はすでに目と鼻の先。しかし、予定では馬車の進路を遮り停止させるはずであったが、今の指揮通信車の速度体勢は、それを成すには過剰過ぎる。

「ああ、畜生――」

 矢万の、視線の先に迫る馬車の姿。その上には、目を見開き恐怖の色を見せる、御者の姿までもがはっきりと見える。
 最早停止も回避もままならない。その事に、悪態を吐き零す矢万。
 ――そして指揮通信車は馬車に激突。その鋼鉄でできた強固な鼻っ面を、馬車の側面横腹へと叩き込んだ――
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