77 / 114
チャプター14:「衝撃と畏怖」
14-3:「膝蹴り食らった先の、死ねる泥」
しおりを挟む
時間は十数分ほど遡る。
「クソ、これじゃ進めねぇ!」
「どうすればいいんだ!」
竹泉と多気投の陣取る岩場から少し離れた場所で、地形に身を隠して銃火をしのぐ剣狼隊の傭兵達の姿があった。一度態勢を整えるため、クラレティエの命により後方へと引いた剣狼隊の傭兵達。だったが、そのクラレティエ当人がなかなか戻らず、彼女の身を案じた傭兵達は、隊の一部を応援のために先立って差し向けた。
しかし差し向けられた応援の傭兵達は今、竹泉等によって進路を妨害され、クラレティエの元にたどり着けずにいた。
「えーい、鬱陶しいなぁ!」
「これをなんとか潜り抜けないと、隊長の元にたどり着けないぜ!」
「隊長みたいに、敵の攻撃を跳ね除けて突っ込めればいいんだけど……」
物陰の端には、クリスやランス、ヨウヤといった若手の傭兵達の姿もある。彼等もまたクラレティエの身を案じて舞い戻り、そしてこの場で足止めを受けていた。
「ちょっと、あんたら一体何をやってんだい!」
攻めあぐねていた傭兵達の背後から声が響く。そして同時に、二人分の人影がその場に駆けこんで来た。
「キウル!それにリムリス!」
現れたのは二人の女傭兵。両者とも、他の傭兵達と同じ特徴的な黒い服を纏っていたが、彼女達の体には、それ以上に目を引く部分があった。
キウルという、最初に声を発した女の頭部には白色の狼の耳が、その後ろにたたずむリムリスという女傭兵には、黒に近いグレーの狼耳が生えていた。そして、それぞれの首元は、耳と同色の毛で覆われ、服の腰の部分に開けられた隙間からは、同色の尻尾が覗いている。両者は共に狼の獣人だった。
「隊長が一人で戦ってるかもしれないってのに、何をこんな所でクズグズしてんのさ!」
「奴らの放ってくる鏃のせいで、前に進めねえんだ!」
キウルの怒り声に、相手の傭兵は物陰から進行方向を指し示す。開けた場所では銃火が飛び交い、地面には数人の傭兵達の亡骸が見えた。
「もう何人か餌食になった。下手に飛び出したら、串刺しにされちまう!」
「まったく、だらしない男たちだねぇ……!あんたらには任せておけない、あたしが突っ込んで敵を片づける」
状況に痺れを切らしたキウルは、勢いよく抜剣し、敵のいる方向を睨んだ。
「そっか!キウルの姐さんの速さなら、あの中を駆け抜けられる!」
キウルの言葉とその姿に、クリス達若い傭兵は沸き立った。
「リムリス、〝いつも通り〟にやるよ!」
「分かったわ」
キウルの威勢の良い声に、相方のリムリスは微かに笑みを作って静かに答える。相棒同士となって長い彼女等は打ち合わせ、たった一言言葉を交わしただけで完了した。
「坊主たち!」
相方との意思疎通を終えると、キウルはヨウヤ達若い傭兵に振り向き、声を上げる。
「敵の目があたし等に向いてる隙に、坊主たちは隊長の所まで行きな!特になついてるあんた達が行けば、隊長も喜ぶだろうさ」
「はい!」
「了解、姐さん!」
キウルの言葉に、ヨウヤやクリスは意気揚々と返事を返す。
「良い返事だよ。よし、ちょいと行ってみようかね!」
若い傭兵達の返事に気をよくしたキウルは、白い尻尾をファサリと揺らす。そして物陰から飛び出し、敵のいる方向に向かって駆けだした。
竹泉と多気投は周辺の岩場や小さな崖を遮蔽物を利用し、周囲を時に身を隠し時に飛び越えと縦横無尽に動き回りながら、突破を試みようとする傭兵達の妨害を続けていた。
「チッ、また一匹!多気投、お前の方向だッ!」
遠方の地形の影から一人の傭兵が姿を現し、こちらに向けて直進して来る。その姿を見留めた竹泉は、少し離れた場所で陣取る多気投に向けて叫ぶ。
「よっしゃあ、ご案内だなぁ!」
多気投は直進して来る敵影を確認すると、MINIMI軽機の銃口を向け、引き金を引いた。放たれた弾頭の群れが傭兵へと襲い掛かる。しかし着弾する直前に、傭兵は軽やかに飛び上がった。そして全ての弾頭は空を切り、明後日の方向へと飛んで行った。
「ファオ!?」
傭兵は空中で一回転して着地すると、すかさず駆け出しこちらへと迫る。多気投は驚きの声を上げながらも、敵の姿を追いかけ、発砲を続ける。しかし傭兵は上下左右へステップを頻繁に行い、こちら狙いを翻弄しながら着実にこちらへと迫っていた。
「でへー!敵ちゃん、動き早えぞ!」
「一々狙うな!正面全域にばら撒きまくれェッ!」
竹泉は多気投に指示を飛ばしながら、最初に装備を集積した岩場の影に滑り込み、岩に立てかけてあったカールグスタフ無反動砲を掴む。無反動砲を構え、接近する傭兵とその周囲を照準内に覗くと、微調整もそこそこに竹泉はトリガーを引いた。装填されていた多目的榴弾が撃ち出され、竹泉の背後にバックブラストが噴き出す。多目的榴弾は傭兵の進行方向に着弾し、炸裂。爆煙を上げた。
「どうよ?どうなったよ?」
竹泉は目を凝らして着弾地点を睨む。煙が掻き消え、そこから敵の亡骸が現れる事を祈りながら。
しかし次の瞬間、傭兵は煙の中から勢いよく飛び出してきた。致命傷を負った様子は無く、傭兵は衰えぬ素早さでこちらに向かって接近続ける。
「ケッ!なこったろうと思ったよ。多気投、ありゃあ少しヤバそうだぞッ!」
竹泉は悪態を吐き出し、同時に多気投に向けて警告を発する。
「どうするべー、竹しゃん?なんぞ他のプランを考えるかぁ?」
「いや、もちっとばら撒け。距離が縮まりゃ、当たるかもしんねぇ」
敵傭兵はみるみる距離を縮めて来るが、それは同時に速度と威力の衰えぬ弾頭に晒される事を意味する。竹泉は近距離で傭兵が被弾することを期待し、射撃継続の指示を出した。
「オーイェーッ!」
陽気に軽機を撃ち続ける多気投と、接近を続ける敵影を交互に見ながら、竹泉は無反動砲を投げ捨て、下げていた小銃を手繰り寄せる。敵の予測進行方向に銃口を向けて構えると、三点制限点射に設定された小銃の引き金を引いた。射線が交わり、十字砲火が形を成す。
一方、攻撃が二方向からになった事を察し、傭兵は速度を上げた。進行方向は多気投の陣取る岩場、肉薄攻撃の対象を彼に定めていた。
多気投の元へ肉薄を許す前に敵を止めるため、竹泉は死に物狂いで引き金を幾度も絞る。しかし獣人は十字砲火の交点を巧みにくぐり抜け、どんどん距離を詰める。
「ッ!」
だが直後、一発が傭兵の足元を掠める、傭兵は微かにバランスを崩した。それはほんの一瞬の出来事で、傭兵はすぐさま体制を立て直す。
しかし竹泉はそれを見逃さず、接近と弾速の上昇に、傭兵にも余裕が無い事に気が付いた。あと一歩だと思った竹泉だが、しかしそのタイミングで、小銃の弾倉が空になった。
「でぇチキショ、リロードする!多気投、お前は撃ち続けろ!奴も余裕はねぇみてぇだ、どーにか当てろ!」
「と、行きてーんだけどよ竹しゃぁん。俺の方もそろそろ、リロードしねぇとやべーんだわぁ!」
「あぁ!?」
緊張感の無いふざけた声で言う多気投に、対する竹泉はこめかみに青筋を浮かべて声を上げる。今、多気投の軽機が弾切れを起こせば、そのまま肉薄されるのは必須だ。
「こりゃあ、ヒットが先か弾切れが先かの勝負だぜぇ!ウィーーッ!」
「はしゃいでんじゃねぇ!ダボかお前は!ゲボカスだぜ――」
竹泉は緊張感の無い多気投に罵倒の言葉を送りつつ、足元に置かれた予備弾倉を拾い上げて、弾倉の交換にかかる。
――その竹泉の背後に、忍び寄る女の姿があった。
一人の女が、竹泉の陣取る岩場の背後に、ふわりと降り立った。漆黒の服と、体の各所を覆う黒に近い灰色の毛により、その姿は暗闇に溶け込んでいる。
(――みつけたわ)
その正体は、キウルの相方のもう一人の獣人、リムリスだ。
素早く、過激な立ち回りを得意とするキウルに対し、リムリスは隠密行動を得意する傭兵だ。キウルが敵の正面で暴れている隙に、リムリスが背後に回り、両者の挟撃によって敵を無力化する。要点突破の際に、二人が好んで行う戦法だった。
竹泉の姿を確認し、接近を始めるリムリス。狼獣人特有の素早い動きを見せるリムリスだが、その際、足音を始めとする物音は一切上がっていない。それは彼女の卓越した身のこなしによるものだった。加えて、サイル・コーティと呼ばれる気配を希薄にする魔法の効果も相まり、音も気配も立てずに動く彼女の姿は、まるで幽霊を思わせた。
(まったく、いけないおいたする子がいたものね……隊長に楯突いた上、頼りにならないとはいえ、仲間にも手を出すなんて)
音も立てずに接近を続けながら、リムリスは心の中でそんな事を呟く。
(でも、くすす――そんなおいたもここで終わり。あなたはこの手の刃の餌食になるの)
心の中で加虐的に笑うリムリス。獲物を目の前に彼女の口許は緩み、狼の尻尾は音を抑えつつも、ゆらりゆらりと揺れて彼女の興奮を現していた。そしてリムリスは艶めかしく、しかし目にも止まらぬ動きで、竹泉の背後まで急接近。
(さぁ、凄惨な悲鳴で、私を喜ばせて――)
怪しい笑みを浮かべながら、竹泉の半身へ両腕をぬるりと回すリムリス。そしてそのダガーの切っ先を、竹泉の首元へと突き立てる――
「――ごぉぼッ!?」
しかしダガーの切っ先が竹泉の喉を貫く前に、リムリスの口から鈍い悲鳴が漏れた。そして彼女は口から胃液が吐き出し、耳や尻尾の毛を逆立てる。
リムリスの鳩尾には、後方に突き出された竹泉の肘がめり込んでいた。
(ぉごぉ……ぇ、なん――?)
目を見開き舌を突き出し、腹に走る鈍痛に意識を持っていかれながらも、リムリスは脳裏に疑問が浮かべる。奇襲は成功したはずだった。
実際、敵はリムリスが背後に立ってなお、彼女の存在に気付く様子すらなく、そのままダガーの餌食となる事は確実だった。しかし現実にはダガーは敵の首元に届かず、逆に彼女の腹部に肘による打撃が加えられている。
「気付くわッ!んなもんッ!」
そして苦痛と困惑の中にあるリムリスの耳に、竹泉の怒声が響いた。
竹泉の肘は、見事にリムリスの鳩尾に命中した。
命中と同時に罵倒を飛ばした竹泉は、続けて、鳩尾にめり込む肘を支点に、その右腕をバネ仕掛けのように振り上げて、追撃の拳骨を放つ。
「ブギュィッ!?」
拳骨はリムリスの顔面に直撃し、彼女は悲鳴を上げて上体をもんどりを打つ。その隙に竹泉は腰のホルスターに手を伸ばし、そこに収まる拳銃を掴み、引き抜く。そして振り向くこともせずに銃口だけを後ろへと向け、引き金にかかる指に力を込めた。
「びゃぇッ!?」
銃声と共に悲鳴が上がる。
撃ち出された9mm弾はリムリスは顔面に命中。彼女の片目と脳漿を飛び散らせた。そして支えの力を失った彼女の体は、背後へゆっくりと倒れてゆき、雨で濡れた地面にドサリと倒れ込んだ。彼女の体は少しの間、手から足、果ては尻尾や耳までもをビクビクと痙攣させていたが、やがて完全に動かなくなった。
「殺意がダダ漏れなんだよ、嫌でも気づくわボゲェ!」
一連の行動を終えた竹泉は、そこで初めて背後に振り向き、倒れたリムリスに向けて吐き捨てるように言った。
リムリスの身のこなしと魔法の組み合わせによる隠密行動は、決して最初から竹泉にばれていたわけではなかった。実際、竹泉はリムリスがダガーを己の首筋に向けるその瞬間まで、彼女の接近に気付けなかった。しかしダガーが首元に突き立てられようとする直前、己に向けられた殺意から脅威の接近を直感的に察知し、モーションを起こしたことが竹泉の勝因となった。
「しかしだ……気配や音は完全に消してやがった。こいつも摩訶不思議な魔法ちゃんか?」
撃退には成功した物の、警戒していたにもかかわらず背後に回り込まれ、接近を許したことに冷や汗をかきつつ、竹泉は横たわる獣人女の死体を訝し気に観察する。
「ついでのおまけに耳尻尾付きと来た、意味不明にも程が――」
しかし直後、竹泉は別方向での動きを察知し、そちらの上空へ視線を向ける。そこで目に飛び込んで来た光景に、竹泉は思わず「げ!」と濁った声を上げた。彼が陣取る場所を避けるように飛びぬけてゆく、5~6名程の人影がそこにあったからだ。
「やべぇッ、奴等の本命はこれかッ!」
足元で横たわる獣人女の奇襲が、上空を通り過ぎてゆく傭兵達のための陽動なのだと理解し、竹泉は悪態を吐いた。
そして同時に、追いかけて排除しなければという考えが、竹泉の脳裏をよぎる。しかし振り返って見れば、突撃を慣行して来た先の傭兵は、すでにこちらの懐にまで潜り込み、多気投と白兵戦状態にあった。
「……チッ!」
それを見た竹泉は傭兵の追撃を断念し、舌打ちをすると同意に多気投の方へと駆け出した。
「らぁッ!このッ!」
「フォゥッ!危ねえぇッ!」
多気投は獣人傭兵のキウルと白兵戦を繰り広げていた。正確にはキウルが一方的に剣を振り回し、多気投は回避に徹している状況だ。
「ファーオ!ハッスルしてるなビーストちゃぁん!」
「このデカブツ!見た目の割にちょこまかと!」
しかし状況に反して、多気投は薄ら笑いを浮かべて悠長にキウルを煽っている。
「こんのぉッ!大人しく切られなッ!」
対するキウルは優勢にもかかわらず、その表情に焦りと苛立ちを浮かべていた。先程から放つ剣撃を軒並み回避され、一太刀も浴びせられていない事が、彼女の焦燥の原因だった。多気投はその巨体に似合わぬ俊敏さで、半身を捻り、跳躍を混ぜ込み、キウルの放つ剣撃を確実に回避してゆく。
キウルはこれまでの戦いでも、自身よりも体躯や力に勝る男やモンスターを、得意の剣技と身のこなしで幾度も打倒してきており、それが彼女の自慢でもあった。しかし破格の巨体からは想像のできない機敏さで、小馬鹿にするように剣撃をよけ続ける、目の前の得体の知れない存在は、キウルのプライドを逆なでした。
「クソッ、バカにして!この変色トロルッ! 」
「ウォーウッ!スリリングだぜぇッ!」
苛立ちの声と共に、首を狙って横に薙ぎ払われた剣撃。しかし多気投は上体を反らして回避して見せる。
(ゆーて、困ったちゃん。このままじゃジリ貧乏だぜ)
持ち前のセンスを活かして見事に回避を続ける多気投だが、次の一手を決めかねていた。
キウルは苛立っているもののその動きは警戒であり、今の不安定な状況からヘタに攻勢に出れば、隙を見せる事になるだろう。
片手間に剣撃を回避しながら、周囲に目を配りつつ考えを巡らせていた 多気投だったが――
(んー………やるべぇ)
しかし何度目かの剣撃を避けた所で、多気投は行動に出た。
「さぁワンちゃん!遊びはここまでだッ!」
大げさに言葉を発しながら、地面を踏めしめて後退の動作を停止。両手を大きく広げて、キウルを捕まえようと襲い掛かった。しかしその動作は無駄な振りが多く、お世辞にも軽快な動作とは言えない代物だ。
「ヲウ!?」
そして多気投は驚きの声を上げる。
案の定、キウルは襲い掛かって来た多気投に即座に反応。真上に跳躍し、多気投の腕からするりと逃れてみせた。
「ふふん!そんなトロイの、食らうもんかい!」
中空で不敵な笑みを浮かべながら発するキウル。
それまでの機敏な回避運動と打って変わった、無駄の多く粗だらけの攻撃を回避することは、彼女にとって造作も無い事だった」
「ちょっとはチョコマカ動けるみたいだけど、結局それだけの単純野郎かい。所詮、男なんてこんなもんさッ!」
多気投の体は復元が間に合わずに大きな隙を見せ、キウルにとって絶好のチャンスが現れる。
「ほうら!できるもんなら、こいつを避けてみな――!」
勇ましい掛け声と共に、キウルは多気投目がけて愛用の剱を振り降ろした。無駄のない軌道を描いた剣が、多気投の胴を両断する――
「ぁ――ぎゃびぇぼッ!?」
事は無かった。
剣の刃が多気体投の体へと届くその前に、キウルの横顔を衝撃と鈍痛が襲い、彼女の口からは名状し難い悲鳴が上がる。
「――ウッゼんだよォッ!主に発言がァッ!!」
そしてキウルの姿に重なるように、宙空でキウルの横顔に膝を叩き込む竹泉の姿があった。
顔の真横、頬付近から膝蹴りを叩き込まれたキウル。その唇は衝撃で裏側が見える程に揺れて歪み、頬の肉が盛り上がってキリっとした目元を不細工に変え、おまけに白目を剥いている。見るも無残な姿を晒しながら、キウルは多気投の直上から吹っ飛ばされ、そのままの勢いでうつ伏せに地面へと突っ込んだ。
「びぇびゅぼッ!?」
そしてほぼ同時に、竹泉は地面に叩きつけられたキウルに上に着地して見せる。竹泉の左右の足が、まるでスケートボードにでも乗るかのように、キウルの頭と胴をそれぞれ踏みつけ、踏みつけられたキウルは妙な声を上げ、尻尾と耳をビクリと跳ね上げて全身の毛を逆立てた。
「フゥッ、ナーイス」
一方、うまくバランスを取り直し、姿勢を復元させた多気投は、ニヤけた表情とふざけた口調で賞賛の言葉を口にした。
多気投の狙いはこれだった。
こちらへと向かってくる竹泉に気付いた彼は、わざと粗の多く隙だらけの動きで囮となり、キウルの注意を引き付けたのだ。一歩違えば本当に両断されていたかもしれなかったが、目論見は成功し、キウルは竹泉の襲撃を諸にその身に受けることとなった。
「ぶぅ……!ぐぅッ!?」
強烈な一撃を受けた挙句、泥と化しつつある地面にカエルのように踏みつけられたキウル。しかし人よりも強靭な体と、野生の闘争本能を持つ獣人はなおも抵抗しようともがいている。だがその時、彼女の後頭部にゴリと拳銃の先端が突き付けられる。
そして数発分の発砲音が木霊した。
拳銃弾が立て続けに後頭部から撃ち込まれ、キウルの後頭部からブシュ、ブシュっと何度も血飛沫が上がる。キウルはほんの一瞬、ビクリと体を硬直させ、そして顔面を濡れた地面にべちゃりと落とす。それは彼女が絶命した証に他ならなかった。
「ッ――あんだこのゲロうぜぇイキりは!?」
キウルの絶命を確認し、薄い煙の上がる自身の拳銃を標的の後頭部から放すと、竹泉はこめかみに青筋を立てながら吐き捨てた。
「ヴぉへーっ、相変わらず容赦ねぇなあ」
「ぺっ、こんな気色悪ぃ奴にしてやる必要はねぇよ!それよかお前よぉ、危ねぇ真似してんじゃねぇ!」
「悪ぃ悪ぃ、でもおめぇがナイスタイミングでぶっ飛んで来たしオールオーケーだろぉ?」
竹泉は自らを囮にした多気投の行為を咎めるも、多気投は悪びれる様子も無く、いい笑顔で言ってのける。それを見た竹泉は怒る気も失せたのか「ったく……」とため息交じりの言葉を漏らした。
「ヨォ。ところでこのビーストちゃん、内で拾った狼ちゃんと同類じゃねぇか?敵にも現れるたぁ、諸行無常だずぇ」
多気投はキウルの体を、わざわざ両手の指先で指さしながら、その姿に似合わぬしみじみとした表情を作る。
「どうでもいい。それよか聞け、この二匹は陽動だ。これと遊んでる隙を突かれて、自由等の方向に敵が数匹こぼれたぞ」
「アウ!そりゃ追わねぇとまずくねぇか?」
「無理だな、見ろ」
竹泉は拳銃に新しい弾倉を装填しながら、岩場の向こうを顎でしゃくる。キウル達の突撃する姿に当てられたのか、隠れていた傭兵達が次々飛び出してくる様子が見えた。
「おーう、アイドルの追っかけちゃん達が、ムラムラきちまったみてぇだな!」
「あれ全部ダダ漏れにしたら、自由がうぜぇぞ」
「じゃあ通せんぼして、通っちゃ〝メッ〟ってしねぇとなぁッ!」
竹泉と多気投は再び近くの岩場に身を隠し、散らかった装備をかき集めて態勢を整える。
「多気投、お前はとりあえず周辺にばら撒いて牽制しろ。俺は自由にこぼれた奴等の事を伝える」
多気投に指示を伝えると、竹泉はインカムに向けて発し出した。
「クソ、これじゃ進めねぇ!」
「どうすればいいんだ!」
竹泉と多気投の陣取る岩場から少し離れた場所で、地形に身を隠して銃火をしのぐ剣狼隊の傭兵達の姿があった。一度態勢を整えるため、クラレティエの命により後方へと引いた剣狼隊の傭兵達。だったが、そのクラレティエ当人がなかなか戻らず、彼女の身を案じた傭兵達は、隊の一部を応援のために先立って差し向けた。
しかし差し向けられた応援の傭兵達は今、竹泉等によって進路を妨害され、クラレティエの元にたどり着けずにいた。
「えーい、鬱陶しいなぁ!」
「これをなんとか潜り抜けないと、隊長の元にたどり着けないぜ!」
「隊長みたいに、敵の攻撃を跳ね除けて突っ込めればいいんだけど……」
物陰の端には、クリスやランス、ヨウヤといった若手の傭兵達の姿もある。彼等もまたクラレティエの身を案じて舞い戻り、そしてこの場で足止めを受けていた。
「ちょっと、あんたら一体何をやってんだい!」
攻めあぐねていた傭兵達の背後から声が響く。そして同時に、二人分の人影がその場に駆けこんで来た。
「キウル!それにリムリス!」
現れたのは二人の女傭兵。両者とも、他の傭兵達と同じ特徴的な黒い服を纏っていたが、彼女達の体には、それ以上に目を引く部分があった。
キウルという、最初に声を発した女の頭部には白色の狼の耳が、その後ろにたたずむリムリスという女傭兵には、黒に近いグレーの狼耳が生えていた。そして、それぞれの首元は、耳と同色の毛で覆われ、服の腰の部分に開けられた隙間からは、同色の尻尾が覗いている。両者は共に狼の獣人だった。
「隊長が一人で戦ってるかもしれないってのに、何をこんな所でクズグズしてんのさ!」
「奴らの放ってくる鏃のせいで、前に進めねえんだ!」
キウルの怒り声に、相手の傭兵は物陰から進行方向を指し示す。開けた場所では銃火が飛び交い、地面には数人の傭兵達の亡骸が見えた。
「もう何人か餌食になった。下手に飛び出したら、串刺しにされちまう!」
「まったく、だらしない男たちだねぇ……!あんたらには任せておけない、あたしが突っ込んで敵を片づける」
状況に痺れを切らしたキウルは、勢いよく抜剣し、敵のいる方向を睨んだ。
「そっか!キウルの姐さんの速さなら、あの中を駆け抜けられる!」
キウルの言葉とその姿に、クリス達若い傭兵は沸き立った。
「リムリス、〝いつも通り〟にやるよ!」
「分かったわ」
キウルの威勢の良い声に、相方のリムリスは微かに笑みを作って静かに答える。相棒同士となって長い彼女等は打ち合わせ、たった一言言葉を交わしただけで完了した。
「坊主たち!」
相方との意思疎通を終えると、キウルはヨウヤ達若い傭兵に振り向き、声を上げる。
「敵の目があたし等に向いてる隙に、坊主たちは隊長の所まで行きな!特になついてるあんた達が行けば、隊長も喜ぶだろうさ」
「はい!」
「了解、姐さん!」
キウルの言葉に、ヨウヤやクリスは意気揚々と返事を返す。
「良い返事だよ。よし、ちょいと行ってみようかね!」
若い傭兵達の返事に気をよくしたキウルは、白い尻尾をファサリと揺らす。そして物陰から飛び出し、敵のいる方向に向かって駆けだした。
竹泉と多気投は周辺の岩場や小さな崖を遮蔽物を利用し、周囲を時に身を隠し時に飛び越えと縦横無尽に動き回りながら、突破を試みようとする傭兵達の妨害を続けていた。
「チッ、また一匹!多気投、お前の方向だッ!」
遠方の地形の影から一人の傭兵が姿を現し、こちらに向けて直進して来る。その姿を見留めた竹泉は、少し離れた場所で陣取る多気投に向けて叫ぶ。
「よっしゃあ、ご案内だなぁ!」
多気投は直進して来る敵影を確認すると、MINIMI軽機の銃口を向け、引き金を引いた。放たれた弾頭の群れが傭兵へと襲い掛かる。しかし着弾する直前に、傭兵は軽やかに飛び上がった。そして全ての弾頭は空を切り、明後日の方向へと飛んで行った。
「ファオ!?」
傭兵は空中で一回転して着地すると、すかさず駆け出しこちらへと迫る。多気投は驚きの声を上げながらも、敵の姿を追いかけ、発砲を続ける。しかし傭兵は上下左右へステップを頻繁に行い、こちら狙いを翻弄しながら着実にこちらへと迫っていた。
「でへー!敵ちゃん、動き早えぞ!」
「一々狙うな!正面全域にばら撒きまくれェッ!」
竹泉は多気投に指示を飛ばしながら、最初に装備を集積した岩場の影に滑り込み、岩に立てかけてあったカールグスタフ無反動砲を掴む。無反動砲を構え、接近する傭兵とその周囲を照準内に覗くと、微調整もそこそこに竹泉はトリガーを引いた。装填されていた多目的榴弾が撃ち出され、竹泉の背後にバックブラストが噴き出す。多目的榴弾は傭兵の進行方向に着弾し、炸裂。爆煙を上げた。
「どうよ?どうなったよ?」
竹泉は目を凝らして着弾地点を睨む。煙が掻き消え、そこから敵の亡骸が現れる事を祈りながら。
しかし次の瞬間、傭兵は煙の中から勢いよく飛び出してきた。致命傷を負った様子は無く、傭兵は衰えぬ素早さでこちらに向かって接近続ける。
「ケッ!なこったろうと思ったよ。多気投、ありゃあ少しヤバそうだぞッ!」
竹泉は悪態を吐き出し、同時に多気投に向けて警告を発する。
「どうするべー、竹しゃん?なんぞ他のプランを考えるかぁ?」
「いや、もちっとばら撒け。距離が縮まりゃ、当たるかもしんねぇ」
敵傭兵はみるみる距離を縮めて来るが、それは同時に速度と威力の衰えぬ弾頭に晒される事を意味する。竹泉は近距離で傭兵が被弾することを期待し、射撃継続の指示を出した。
「オーイェーッ!」
陽気に軽機を撃ち続ける多気投と、接近を続ける敵影を交互に見ながら、竹泉は無反動砲を投げ捨て、下げていた小銃を手繰り寄せる。敵の予測進行方向に銃口を向けて構えると、三点制限点射に設定された小銃の引き金を引いた。射線が交わり、十字砲火が形を成す。
一方、攻撃が二方向からになった事を察し、傭兵は速度を上げた。進行方向は多気投の陣取る岩場、肉薄攻撃の対象を彼に定めていた。
多気投の元へ肉薄を許す前に敵を止めるため、竹泉は死に物狂いで引き金を幾度も絞る。しかし獣人は十字砲火の交点を巧みにくぐり抜け、どんどん距離を詰める。
「ッ!」
だが直後、一発が傭兵の足元を掠める、傭兵は微かにバランスを崩した。それはほんの一瞬の出来事で、傭兵はすぐさま体制を立て直す。
しかし竹泉はそれを見逃さず、接近と弾速の上昇に、傭兵にも余裕が無い事に気が付いた。あと一歩だと思った竹泉だが、しかしそのタイミングで、小銃の弾倉が空になった。
「でぇチキショ、リロードする!多気投、お前は撃ち続けろ!奴も余裕はねぇみてぇだ、どーにか当てろ!」
「と、行きてーんだけどよ竹しゃぁん。俺の方もそろそろ、リロードしねぇとやべーんだわぁ!」
「あぁ!?」
緊張感の無いふざけた声で言う多気投に、対する竹泉はこめかみに青筋を浮かべて声を上げる。今、多気投の軽機が弾切れを起こせば、そのまま肉薄されるのは必須だ。
「こりゃあ、ヒットが先か弾切れが先かの勝負だぜぇ!ウィーーッ!」
「はしゃいでんじゃねぇ!ダボかお前は!ゲボカスだぜ――」
竹泉は緊張感の無い多気投に罵倒の言葉を送りつつ、足元に置かれた予備弾倉を拾い上げて、弾倉の交換にかかる。
――その竹泉の背後に、忍び寄る女の姿があった。
一人の女が、竹泉の陣取る岩場の背後に、ふわりと降り立った。漆黒の服と、体の各所を覆う黒に近い灰色の毛により、その姿は暗闇に溶け込んでいる。
(――みつけたわ)
その正体は、キウルの相方のもう一人の獣人、リムリスだ。
素早く、過激な立ち回りを得意とするキウルに対し、リムリスは隠密行動を得意する傭兵だ。キウルが敵の正面で暴れている隙に、リムリスが背後に回り、両者の挟撃によって敵を無力化する。要点突破の際に、二人が好んで行う戦法だった。
竹泉の姿を確認し、接近を始めるリムリス。狼獣人特有の素早い動きを見せるリムリスだが、その際、足音を始めとする物音は一切上がっていない。それは彼女の卓越した身のこなしによるものだった。加えて、サイル・コーティと呼ばれる気配を希薄にする魔法の効果も相まり、音も気配も立てずに動く彼女の姿は、まるで幽霊を思わせた。
(まったく、いけないおいたする子がいたものね……隊長に楯突いた上、頼りにならないとはいえ、仲間にも手を出すなんて)
音も立てずに接近を続けながら、リムリスは心の中でそんな事を呟く。
(でも、くすす――そんなおいたもここで終わり。あなたはこの手の刃の餌食になるの)
心の中で加虐的に笑うリムリス。獲物を目の前に彼女の口許は緩み、狼の尻尾は音を抑えつつも、ゆらりゆらりと揺れて彼女の興奮を現していた。そしてリムリスは艶めかしく、しかし目にも止まらぬ動きで、竹泉の背後まで急接近。
(さぁ、凄惨な悲鳴で、私を喜ばせて――)
怪しい笑みを浮かべながら、竹泉の半身へ両腕をぬるりと回すリムリス。そしてそのダガーの切っ先を、竹泉の首元へと突き立てる――
「――ごぉぼッ!?」
しかしダガーの切っ先が竹泉の喉を貫く前に、リムリスの口から鈍い悲鳴が漏れた。そして彼女は口から胃液が吐き出し、耳や尻尾の毛を逆立てる。
リムリスの鳩尾には、後方に突き出された竹泉の肘がめり込んでいた。
(ぉごぉ……ぇ、なん――?)
目を見開き舌を突き出し、腹に走る鈍痛に意識を持っていかれながらも、リムリスは脳裏に疑問が浮かべる。奇襲は成功したはずだった。
実際、敵はリムリスが背後に立ってなお、彼女の存在に気付く様子すらなく、そのままダガーの餌食となる事は確実だった。しかし現実にはダガーは敵の首元に届かず、逆に彼女の腹部に肘による打撃が加えられている。
「気付くわッ!んなもんッ!」
そして苦痛と困惑の中にあるリムリスの耳に、竹泉の怒声が響いた。
竹泉の肘は、見事にリムリスの鳩尾に命中した。
命中と同時に罵倒を飛ばした竹泉は、続けて、鳩尾にめり込む肘を支点に、その右腕をバネ仕掛けのように振り上げて、追撃の拳骨を放つ。
「ブギュィッ!?」
拳骨はリムリスの顔面に直撃し、彼女は悲鳴を上げて上体をもんどりを打つ。その隙に竹泉は腰のホルスターに手を伸ばし、そこに収まる拳銃を掴み、引き抜く。そして振り向くこともせずに銃口だけを後ろへと向け、引き金にかかる指に力を込めた。
「びゃぇッ!?」
銃声と共に悲鳴が上がる。
撃ち出された9mm弾はリムリスは顔面に命中。彼女の片目と脳漿を飛び散らせた。そして支えの力を失った彼女の体は、背後へゆっくりと倒れてゆき、雨で濡れた地面にドサリと倒れ込んだ。彼女の体は少しの間、手から足、果ては尻尾や耳までもをビクビクと痙攣させていたが、やがて完全に動かなくなった。
「殺意がダダ漏れなんだよ、嫌でも気づくわボゲェ!」
一連の行動を終えた竹泉は、そこで初めて背後に振り向き、倒れたリムリスに向けて吐き捨てるように言った。
リムリスの身のこなしと魔法の組み合わせによる隠密行動は、決して最初から竹泉にばれていたわけではなかった。実際、竹泉はリムリスがダガーを己の首筋に向けるその瞬間まで、彼女の接近に気付けなかった。しかしダガーが首元に突き立てられようとする直前、己に向けられた殺意から脅威の接近を直感的に察知し、モーションを起こしたことが竹泉の勝因となった。
「しかしだ……気配や音は完全に消してやがった。こいつも摩訶不思議な魔法ちゃんか?」
撃退には成功した物の、警戒していたにもかかわらず背後に回り込まれ、接近を許したことに冷や汗をかきつつ、竹泉は横たわる獣人女の死体を訝し気に観察する。
「ついでのおまけに耳尻尾付きと来た、意味不明にも程が――」
しかし直後、竹泉は別方向での動きを察知し、そちらの上空へ視線を向ける。そこで目に飛び込んで来た光景に、竹泉は思わず「げ!」と濁った声を上げた。彼が陣取る場所を避けるように飛びぬけてゆく、5~6名程の人影がそこにあったからだ。
「やべぇッ、奴等の本命はこれかッ!」
足元で横たわる獣人女の奇襲が、上空を通り過ぎてゆく傭兵達のための陽動なのだと理解し、竹泉は悪態を吐いた。
そして同時に、追いかけて排除しなければという考えが、竹泉の脳裏をよぎる。しかし振り返って見れば、突撃を慣行して来た先の傭兵は、すでにこちらの懐にまで潜り込み、多気投と白兵戦状態にあった。
「……チッ!」
それを見た竹泉は傭兵の追撃を断念し、舌打ちをすると同意に多気投の方へと駆け出した。
「らぁッ!このッ!」
「フォゥッ!危ねえぇッ!」
多気投は獣人傭兵のキウルと白兵戦を繰り広げていた。正確にはキウルが一方的に剣を振り回し、多気投は回避に徹している状況だ。
「ファーオ!ハッスルしてるなビーストちゃぁん!」
「このデカブツ!見た目の割にちょこまかと!」
しかし状況に反して、多気投は薄ら笑いを浮かべて悠長にキウルを煽っている。
「こんのぉッ!大人しく切られなッ!」
対するキウルは優勢にもかかわらず、その表情に焦りと苛立ちを浮かべていた。先程から放つ剣撃を軒並み回避され、一太刀も浴びせられていない事が、彼女の焦燥の原因だった。多気投はその巨体に似合わぬ俊敏さで、半身を捻り、跳躍を混ぜ込み、キウルの放つ剣撃を確実に回避してゆく。
キウルはこれまでの戦いでも、自身よりも体躯や力に勝る男やモンスターを、得意の剣技と身のこなしで幾度も打倒してきており、それが彼女の自慢でもあった。しかし破格の巨体からは想像のできない機敏さで、小馬鹿にするように剣撃をよけ続ける、目の前の得体の知れない存在は、キウルのプライドを逆なでした。
「クソッ、バカにして!この変色トロルッ! 」
「ウォーウッ!スリリングだぜぇッ!」
苛立ちの声と共に、首を狙って横に薙ぎ払われた剣撃。しかし多気投は上体を反らして回避して見せる。
(ゆーて、困ったちゃん。このままじゃジリ貧乏だぜ)
持ち前のセンスを活かして見事に回避を続ける多気投だが、次の一手を決めかねていた。
キウルは苛立っているもののその動きは警戒であり、今の不安定な状況からヘタに攻勢に出れば、隙を見せる事になるだろう。
片手間に剣撃を回避しながら、周囲に目を配りつつ考えを巡らせていた 多気投だったが――
(んー………やるべぇ)
しかし何度目かの剣撃を避けた所で、多気投は行動に出た。
「さぁワンちゃん!遊びはここまでだッ!」
大げさに言葉を発しながら、地面を踏めしめて後退の動作を停止。両手を大きく広げて、キウルを捕まえようと襲い掛かった。しかしその動作は無駄な振りが多く、お世辞にも軽快な動作とは言えない代物だ。
「ヲウ!?」
そして多気投は驚きの声を上げる。
案の定、キウルは襲い掛かって来た多気投に即座に反応。真上に跳躍し、多気投の腕からするりと逃れてみせた。
「ふふん!そんなトロイの、食らうもんかい!」
中空で不敵な笑みを浮かべながら発するキウル。
それまでの機敏な回避運動と打って変わった、無駄の多く粗だらけの攻撃を回避することは、彼女にとって造作も無い事だった」
「ちょっとはチョコマカ動けるみたいだけど、結局それだけの単純野郎かい。所詮、男なんてこんなもんさッ!」
多気投の体は復元が間に合わずに大きな隙を見せ、キウルにとって絶好のチャンスが現れる。
「ほうら!できるもんなら、こいつを避けてみな――!」
勇ましい掛け声と共に、キウルは多気投目がけて愛用の剱を振り降ろした。無駄のない軌道を描いた剣が、多気投の胴を両断する――
「ぁ――ぎゃびぇぼッ!?」
事は無かった。
剣の刃が多気体投の体へと届くその前に、キウルの横顔を衝撃と鈍痛が襲い、彼女の口からは名状し難い悲鳴が上がる。
「――ウッゼんだよォッ!主に発言がァッ!!」
そしてキウルの姿に重なるように、宙空でキウルの横顔に膝を叩き込む竹泉の姿があった。
顔の真横、頬付近から膝蹴りを叩き込まれたキウル。その唇は衝撃で裏側が見える程に揺れて歪み、頬の肉が盛り上がってキリっとした目元を不細工に変え、おまけに白目を剥いている。見るも無残な姿を晒しながら、キウルは多気投の直上から吹っ飛ばされ、そのままの勢いでうつ伏せに地面へと突っ込んだ。
「びぇびゅぼッ!?」
そしてほぼ同時に、竹泉は地面に叩きつけられたキウルに上に着地して見せる。竹泉の左右の足が、まるでスケートボードにでも乗るかのように、キウルの頭と胴をそれぞれ踏みつけ、踏みつけられたキウルは妙な声を上げ、尻尾と耳をビクリと跳ね上げて全身の毛を逆立てた。
「フゥッ、ナーイス」
一方、うまくバランスを取り直し、姿勢を復元させた多気投は、ニヤけた表情とふざけた口調で賞賛の言葉を口にした。
多気投の狙いはこれだった。
こちらへと向かってくる竹泉に気付いた彼は、わざと粗の多く隙だらけの動きで囮となり、キウルの注意を引き付けたのだ。一歩違えば本当に両断されていたかもしれなかったが、目論見は成功し、キウルは竹泉の襲撃を諸にその身に受けることとなった。
「ぶぅ……!ぐぅッ!?」
強烈な一撃を受けた挙句、泥と化しつつある地面にカエルのように踏みつけられたキウル。しかし人よりも強靭な体と、野生の闘争本能を持つ獣人はなおも抵抗しようともがいている。だがその時、彼女の後頭部にゴリと拳銃の先端が突き付けられる。
そして数発分の発砲音が木霊した。
拳銃弾が立て続けに後頭部から撃ち込まれ、キウルの後頭部からブシュ、ブシュっと何度も血飛沫が上がる。キウルはほんの一瞬、ビクリと体を硬直させ、そして顔面を濡れた地面にべちゃりと落とす。それは彼女が絶命した証に他ならなかった。
「ッ――あんだこのゲロうぜぇイキりは!?」
キウルの絶命を確認し、薄い煙の上がる自身の拳銃を標的の後頭部から放すと、竹泉はこめかみに青筋を立てながら吐き捨てた。
「ヴぉへーっ、相変わらず容赦ねぇなあ」
「ぺっ、こんな気色悪ぃ奴にしてやる必要はねぇよ!それよかお前よぉ、危ねぇ真似してんじゃねぇ!」
「悪ぃ悪ぃ、でもおめぇがナイスタイミングでぶっ飛んで来たしオールオーケーだろぉ?」
竹泉は自らを囮にした多気投の行為を咎めるも、多気投は悪びれる様子も無く、いい笑顔で言ってのける。それを見た竹泉は怒る気も失せたのか「ったく……」とため息交じりの言葉を漏らした。
「ヨォ。ところでこのビーストちゃん、内で拾った狼ちゃんと同類じゃねぇか?敵にも現れるたぁ、諸行無常だずぇ」
多気投はキウルの体を、わざわざ両手の指先で指さしながら、その姿に似合わぬしみじみとした表情を作る。
「どうでもいい。それよか聞け、この二匹は陽動だ。これと遊んでる隙を突かれて、自由等の方向に敵が数匹こぼれたぞ」
「アウ!そりゃ追わねぇとまずくねぇか?」
「無理だな、見ろ」
竹泉は拳銃に新しい弾倉を装填しながら、岩場の向こうを顎でしゃくる。キウル達の突撃する姿に当てられたのか、隠れていた傭兵達が次々飛び出してくる様子が見えた。
「おーう、アイドルの追っかけちゃん達が、ムラムラきちまったみてぇだな!」
「あれ全部ダダ漏れにしたら、自由がうぜぇぞ」
「じゃあ通せんぼして、通っちゃ〝メッ〟ってしねぇとなぁッ!」
竹泉と多気投は再び近くの岩場に身を隠し、散らかった装備をかき集めて態勢を整える。
「多気投、お前はとりあえず周辺にばら撒いて牽制しろ。俺は自由にこぼれた奴等の事を伝える」
多気投に指示を伝えると、竹泉はインカムに向けて発し出した。
0
あなたにおすすめの小説
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる