―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター14:「衝撃と畏怖」

14-2:「真剣勝負 再び」

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 制刻のチェーンソーとクラレティエの機械剣がぶつかり合ったのと同じ頃。

「うぁぁぁッ!」
「フーゥッ!まるでスクランブルだぁ!」

 上昇する鉱石柱から飛び降りた鳳藤等は、飛び移った先の鉱石柱を利用し、地上に向けて滑り降りていた。

「いでッ!?」
「だッ――ぶぺ!?」

 地上への到達にはものの十数秒もかからず、鳳藤等は先の追加鉱石柱による埋め潰しを間逃れていた、比較的開けた場所へと着地。その際、受け身を取り致命傷は避けたものの、竹泉は尻を打ち、鳳藤はバランスを崩して再び地面に顔を擦り付けた。

「フゥッ!」

 最後に降り立った多気投だけは、その巨体に似合わぬ身軽さでかろやかに着地してみせた。

「ぷぇ……クソ、こんなのばっかりだ!」

 鳳藤は口許に着いた泥を拭いながら、渋い表情で愚痴を吐く。

「おい剱、へばってんな!とっととこのトゲ林を抜けちまうぞ」
「分かっている……行くぞ!」

 竹泉に急かされて鳳藤は起き上がる。そして彼女等は鉱石柱林の出口を目指して駆け出した。着地地点は出口に近い場所だったようで、少し進んだ所で鉱石柱の林は終わり、元の開けた場所へと抜けた。

「竹泉、多気投、周囲を警戒しろ!」

 林を抜けた所で、鳳藤は竹泉と多気投に指示を出し、自身も小銃を構えて付近を見渡す。

「自由と脅威存在はどこに……うぁッ!?」

 その時、微かな地響きと同時に、開けた視界の向こうに、鉱石柱のシルエットが突き出るのが目に映った。鉱石柱は今までのように、多数が一斉に生えるのではなく、一本一本が一定の感覚を空けて、道筋を描くように生え連なってゆく。

「よぉ見ろ、奴だ!」

 竹泉が、均等に並んだ鉱石柱群の上空を指し示して叫ぶ。そこに、鉱石柱の頭頂部を飛び移りながら、後方へ跳躍してゆく脅威存在の姿が見えた。

「あれは、後退しているのか……自由は!?」
「まさかぶった切られたかぁ?」

 敵の姿だけが確認でき、制刻の姿が見当たらない事から、鳳藤等は制刻が脅威存在に撃退された可能性を疑い、顔に焦りの色を浮かべる。
 しかしその次の瞬間、ズダンと、まるで隕石でも落ちて来たかのような衝撃が鳳藤等の目の前で巻き起こった。

「わぁ!?」
「ぼへッ!」

 突然の衝撃と、巻き上がり降りかかる湿った土砂に、各々声を上げる鳳藤等。そんな彼等の前に現れたのは、他でもない制刻だった。

「健在だ、残念だったな」

 豪快な着地によって帰還した制刻は、竹泉に向けて皮肉を発しながら、若干ひしゃげたチェーンソーを担ぎ直した。

「べっ……あぁ、まったくだ。程よくスライスされてスマートになった方が良かったんじゃねぇの?でぇ、奴は逃げてったみてぇだが?」
「少しビビらせて、調子を狂わせた。どうやら体制を立て直しに後退したらしい」
「逆を言えば、そう長くねぇ内に立て直して、戻って来る可能性大って事だろ?」

 竹泉はクラレティエが後退していった方向を顎でしゃくりながら言う。

「そんな隙はやらねぇ。追いかけて、立て直す前にさらに殴ってガタガタにするんだ」
「一々簡単に言ってくれる……」

 制刻の発案に、竹泉はウンザリした表情を浮かべる。

「ヘイ、なんか見えるぜ!」

 その時、多気投が声を上げた。

「あ?」

 竹泉は暗視眼鏡で、多気投が指し示した方角を確認する。すると夜空を背景に、跳躍しながらこちらへと迫る複数の敵影が見えた。

「チッ、取り巻き共だ!ノミみたいにピョンピョン跳ねながらこっちへ向かって来やがる!」
「目的は一体……彼女の救援か、それとも観測壕への再攻撃か……?」

 同じく暗視眼鏡を覗く鳳藤が、敵の目的を推察しながら呟く。

「なんにせよ、跳ね返さねぇとなんねぇ。二手に分かれるぞ。竹泉、多気投、お前ぇ等はこの辺に陣取って、奴らを迎え撃て」
「いやヲイ、カンベンしろよ!何押し付けさらしてくれてんだ!」

 制刻の指示に、竹泉は目を暗視眼鏡から外して見開き、抗議の声を上げた。

「じゃあ、逆がいいか?俺がここで奴らと遊んで、お前らがゲリ女を追っかけて潰す」
「……あー、分かった分かった。ここで奴らの足を引っかけりゃいいんだろ……」

 制刻に提示された二つの案を天秤にかけ、竹泉は非常に面倒くさそうな表情で、この場での足止めを承諾する。

「……つまり私とお前だけで、脅威存在の彼女と戦わなきゃならないのか……」

 そして傍らで会話を聞いていた鳳藤が、気が重そうにつぶやいた。

「所でよぉ、もしこっちの取り巻き連中の方に、やべぇのが混じってた時はどうしてくれんだ?」
「そんときゃしゃあねぇ、お前らは逃げろ。細かい判断は任せるが、とにかくやべぇに真正面からぶつかるのは避けろ」
「あぁ、言われなくても、そうさせてもらわぁ」

 竹泉は吐き捨てるように言った。

「剱、行くぞ」
「はぁ……分かったよ」

 竹泉に指示を伝えると、制刻は鳳藤を連れて、北へと逃げた驚異存在を追いかけていった。

「――ったく。さぁて、急ぐぞ多気投」
「へいよぉ」

 それを見送った竹泉と多気投は、傭兵を迎え撃つため、少し行った所にある岩場へと駆け込んだ。
 周辺は剥き出しの岩が連なり、背後は小さな崖となっている。大きな岩の一つを乗り越えてその岩の反対側の影に身を隠すと、竹泉と多気投はまず、小銃の弾倉入れの連なるサスペンダーや雑嚢、無反動砲の予備弾の入った背嚢等、かさばる物を全て降ろし、地面にひっくり返した。荷物を降ろすと、竹泉はまず自分の小銃へ弾を装填し直す。続いて84㎜無反動砲にも砲弾を装填して、遮蔽物とした大きな岩に立てかけておく。弾は、降ろした弾倉の中から必要最低限の数だけを取って弾帯に着け直し、残りの弾倉と無反動砲弾はすぐに取れるようにして地面に並べておく。
 そこまで終えると、竹泉は雑嚢を開いて中身を漁りだした。そこから出て来たのは、スタンガンや催涙スプレー、警棒型懐中電灯等の防犯用品の類だった。これらは正式な装備ではなく、竹泉が私物として密かに隠し持っていたものだ。そして当然のことながら、これ等の危険物を隊内に持ち込む行為は、本来禁止されていた。

「ウェヒヒ!ビビりの持ち物ラインナップだなぁ」
「やかましい!お前も使えそうなモンあったら出しとけ!」

 多気投のからかう声を一喝しつつ、竹泉は取り出した各種物品をポケットや弾帯を利用して身に着けていく。

「はぁ、こんなモンだろ。多気投、お前は?」
「あらまかオーケーだぜぇ」

 多気投はMINIMI軽機をバシバシと叩きながら、ウヒヒと笑う。竹泉は多気投の準備が整っている事を確認すると、暗視眼鏡を構えて先を覗く。人間離れした跳躍を続ける傭兵隊は、竹泉等の隠れる岩場のすぐ近くまで迫っていた。

「数は一個分隊とちょいぐれぇか――よぉし多気投、お前はとりあえず奴らに向けて軽機をぶっ放してろ、細かくばらけた奴は俺が殺る」

 言うと竹泉は暗視眼鏡を降ろし、自分の小銃を手繰り寄せて構える。

「よぉし、ぶっぱなせ!」
「イェーーーッ!!」

 竹泉の合図で、多気投がMINIMIの引き金を絞り、戦端が開いた。
 銃撃を受けた傭兵達は、跳躍を止めて地上へと降りる。そして身を低くし、地面を這うように走り、こちらへと迫って来た。

「飛ぶのを止めたな、地面を這うように来やがる!左右にばら撒け!」
「大放出だぁッ!フゥーーッ!」

 夜闇の中で、陽気な声と景気の良い音が響き始めた。



「大丈夫なのかあいつら……」

 背後で発砲音が響き出し、劔は後ろを振り返りながら呟く。

「オメェは自分の心配してろ」

 制刻と鳳藤は脅威存在のクラレティエを追いかけ、彼女が逃走のために生成した、等間隔で連なり生える鉱石柱を辿っていた。
 しばらく辿って行った所で、鉱石柱は途絶え、遮蔽物の少ない開けた空間がまた広がっていた。

「ここで終わってる……」
「柱でキャッキャすんのは、飽きたみてぇだな」

 開けた場所へと出た二人は、警戒しながら周囲を見渡す。周辺は静かで目立った物もなく、控えめな雨音だけが響いていた。

「――ッ!」
「うわッ!」

 しかし次の瞬間、唐突な地鳴りと揺れが二人を襲う。そして湿った土を巻き上げながら、地表から次々と鉱石柱が姿を現した。鉱石柱は先程の剣山のような密集隊形ではなく、等間隔で二人の周囲を囲うように生えそろってゆく。

「柱が……周りを!」
「趣味の悪ぃスタジアムだな。第一俺ぁ、スポーツ全般が好きじゃねぇんだ」

 この異様な状況にもかかわらず、淡々と言いながら、制刻は信号けん銃を取り出して、夜闇に照明弾を打ち上げる。

「この状況で何を悠長に――おい、前方ッ!」

 制刻の発言を咎めようとした鳳藤だったが、その刹那、彼女の目が鉱石柱の一つに人影を見止める。

「お出ましか」

 制刻は皮肉気な口調で呟きながら、劔が指し示した鉱石柱へと視線を向ける。鉱石柱の頭頂部に、脅威対象クラレティエの姿があった。

「まったく、品の無い小手を使ってくれた……」

 眼下の敵を睨みつけながら、クラレティエは不愉快そうに呟く。

「不快なだけでなく、毒を持つ害虫となれば、もはや潰す事に遠慮等いらないな!」

 凛とした声に怒気を混ぜて吐き捨てると、彼女は鉱石柱の頭頂部から飛び立つ。そして肩に構えていた愛用の大剣を、空中で大きく振るった。

「剱、横に飛べッ!」
「ッ!?」

 制刻が怒号を上げ、二人はそれぞれ左右に飛ぶ。
 その次の瞬間、今まで立っていた場所を凄まじい衝撃が襲い、湿った土砂が周囲に巻き上がった。

「ゴホッ……なッ!」

 退避した先で体を起こした鳳藤は、目に入った光景に言葉を詰まらせる。先ほどまで自分等が立っていた地面には、直径10m近くに達する巨大な亀裂ができていた。

「彼女の仕業なのか……剣を振るっただけでこんなに……!」

 目の前の亀裂に視線を落とし、冷や汗を垂らす鳳藤。

「逐一面倒なやつだ」

 一方の制刻は、停止していたチェーンソーを再起動させながら、クラレティエの姿を探して視線を動かす。そして先と反対側の鉱石柱に、動く物体を捉えた。
 クラレティエは斬撃を放った直後に、その反動を利用して大きく跳躍していた。跳躍先の鉱石柱の側面へ足を着けると同時に、クラレティエは素早く詠唱を始める。

「鋼よ、鎚の雨となりて、愚者を大地に打ち付けよッ!」

 すると彼女の周辺に、鉱石でできた巨大な杭のような物がいくつも現れる。そして鉱石の杭は、眼下の敵に向けて一斉に突き進みだした。

「また何か来る――うわ、クソォッ!」

 鳳藤が叫び切る前に、鉱石の杭の群れは、制刻等の周囲に次々と落ちて土砂を巻き上げる。砲弾と同じサイズの鉱石が襲い来る様は、まさに砲撃のそれであった。

「これも鉱石か……?こんな――」

 困惑の声を漏らしかけた鳳藤だったが、続けて迫る脅威がそんな暇すら与えなかった。制刻等の直上に、目と鼻の先まで迫るクラレティエの姿があった。鉱石による攻撃は目眩ましであり、本命は彼女自身による斬撃だ。

「はぁぁッ!」

 落下するように制刻の直上まで肉薄した彼女は、中空で振りかぶった大剣を、制刻目がけて斜めに薙いだ。

「おぉう」

 命中すれば制刻の体を真っ二つに切り裂いただろう。だが、制刻は上半身を捻りながら反り、クラレティエの薙いだ大剣を、紙一重で回避した。

「ッ!」

 奇襲による一撃を回避され、眉間に微かな皺を寄せるクラレティエ。内心で舌打ちをしながら、彼女はすぐさま、薙いだ大剣を一秒にも満たない速度で持ち直し、再び大剣を制刻に向けて振り下ろす。対する制刻は、上半身を反った体制から復帰させながら、チェーンソーを繰り出し、斜めに振り上げる。

「っとぉ」
「ッ!くぅぅッ!」

 チェーンソーと機械剣が再び衝突。浅い角度でぶつかり合った互いの刃は、滑り、金切り音を立てて火花を上げた。

「どこまでも小賢しい害虫め……ッ!」
「余裕がねぇな。ゲリ便呼ばわりされて、悔しかったか?」

 制刻は鍔競り合いの最中にクラレティエを挑発。醜い口から発せられる品に欠ける煽り文句が、クラレティエの不快感を増長させる。

「くッ……はぁッ!」

 クラレティエは大剣に力を込め、チェーンソーを跳ね除ける。そして反動を利用して後ろへと飛び、制刻から距離を取って着地した。

「はッ!?くッ――!」

 劔は唐突に発生した白兵戦に目を奪われていたが、一瞬動きを止めたクラレティエに気付き、彼女に向けて小銃を構えて発砲する。しかし撃ち放たれた弾は、空しくもすべてクラレティエの大剣に跳ね返された。

「岩よ、鋼よ、鏃となりて牙を向け!」

 そしてクラレティエは素早く詠唱。お返しといわんばかりに鉱石の針を放った。

「ひぁっ!?」
「うぜぇ」

 鳳藤は慌てて横へ飛び退き、制刻はチェーンソーを適当に振るって、鉱石針を払いのける。

「ぷぁっ……クソ、彼女が消えた!」

 二人が襲い来る鉱石柱の撃退に追われている間に、クラレティエは姿を晦ましていた。

「どこ行きやがった」

 制刻は姿を消したクラレティエを捜索し、視線を周囲に走らせる。

「――ッ!あっちだぁッ!」

 その時、制刻とは別方向を見上げながら鳳藤が叫び声を上げる。

(あっちじゃわかんねぇよ)

 慌てた鳳藤の明瞭ではない伝達を、内心で呆れながら、鳳藤の視線を追う。鳳藤の視線の先に、連なり生える鉱石柱の側面を、壁でも走るような動きで伝うクラレティエの姿があった。そしてクラレティエは鉱石柱を伝いながら大剣を振るい、刃付きのブーメランを放つ。放たれた三枚のブーメランは分散し、それぞれの方向から二人へと襲い掛かった。

「うわッ!ひッ!」
「飽きねぇな」

 それぞれ違う高さとタイミングで襲って来たブーメランを、鳳藤は飛び跳ね身を屈めて回避、制刻は二つを身をよじって回避し、一枚をチェーンソーで弾き返した。
 ブーメランの襲撃をやりすごした制刻だが、彼の斜め後ろの宙空に、クラレティエの姿があった。二人の注意がブーメランに向いている間に、クラレティエは死角を突いてまるで瞬間移動の如き速さで接近。制刻の背後を取り、その背中目がけて大剣を振り下ろした。
 金切り音が響く。
 制刻は半身を捻りながら、背後に向けてチェーンソーを振り上げ、振り下ろされた大剣を、浅い角度で掬い上げるように受け止めた。
 両者の刃が交差して滑り、またも火花を上げる。制刻はチェーンソーをそのまま真上まで振り上げ、大剣の剣先を明後日の方向に逃がすように撥ね退ける。クラレティエは忌々し気な表情を浮かべたが、しかし跳ね除けられた勢いに逆らわずに、勢いを利用してそのまま後方宙空へ飛び、一回転して着地した。

「ッ、クソ!」

 制刻との白兵距離から離れたクラレティエに向けて、鳳藤は再び小銃を向けて発砲。隙を与えないために、今度はフルオートで弾をばら撒き続ける。しかしクラレティエは大剣で悠々と弾を跳ね除けながら、背後へ大きく跳躍。照明弾の光の弱まりだした夜空へと、またも姿を消した。

「近づいては離れ行きやがる。ヤツのほうがよっぽど害虫みてぇだ」
「どうしたらいいんだ!弾が掠りもしない!」
「喚くな。チャンスを伺え」

 焦る鳳藤を宥めつつ、制刻は姿を消したクラレティエの捜索をする。
 一方、クラレティエは鉱石柱を利用して上空を飛び交いながら、二人の様子を観察していた。

(やはり……あの醜悪な見た目の者、機械剣の扱いにかなり気を使っている)

 制刻が扱うチェーンソーはあくまで民生の作業道具に過ぎず、クラレティエの人間離れした腕力で振るわれる、とてつもない重量の大剣を、真正面から受け止められる程の強度は無い。制刻は、クラレティエの大剣を最良の角度で受け止め、威力を殺して逃がす事により、チェーンソーによる大剣とのぶつかり合いを実現していた。

(あの機械剣は見た目の凶悪さに反して、強度はそこまで高くはない――ふっ、所詮は害虫の背伸びか!)

 チェーンソーの脆弱さを確信したクラレティエは、鉱石柱の一つに足を着け、眼下の敵を睨む。

「鋼よ、鎚の雨となりて、愚者を大地に打ち付けよッ!」

 牽制のため、魔法詠唱により再び鉱石の杭を生成し、地上に向けて放つ。そして間を置いた後に、鉱石柱を足場に踏み切り、自身の体を空中へと撃ち出した。

「ッ、また杭だぁッ!」
「よく見て避けろ!」

 地上の制刻等の注意は、襲い掛かって来た鉱石杭の回避のために、わずか一瞬であるが上空より反れる。その隙を突き、クラレティエは再び制刻等の直上へと肉薄。制刻の目と鼻の先へと飛び込んだクラレティエは、制刻目がけて肩に担いだ大剣を振り降ろす。

「チッ」

 それに気づいた制刻も、ほぼ同時にチェーンソーを繰り出す。チェーンソーは、大剣と浅い角度で交じるための軌道で振り上げられる。その動作は、クラレティエの予測した通りだった。

「貴様の浅はかな抵抗は――もう通用せんッ!」

 クラレティエは互いの得物が触れ合う直前で、手首を捻じり、大剣の進入角度を変えた。遠心力に引っ張られる大剣の向きを、片手の力だけで一瞬で変えるという、クラレティエの腕力と動体視力だからこそできる力技だ。
 大剣はその破壊力の全てをぶつけられる角度で、チェーンソーへと叩き付けられた。チェーンソーのソーチェンは切れ、ソーチェンを巻き付けていたガイドバーは、一瞬ひしゃげた後に、千切れるように切断される。
 そして大剣はそのまま切り裂くべく、目がけて鼻先まで迫る。

「さぁ、私の前に亡骸を晒せッ!」

 もはや大剣を阻害する手立てもなく、クラレティエは目の前の醜悪な敵が、無残な亡骸になり果てるであろうことを確信する。
 しかし――その直後、クラレティエを異質な現象が襲った。

「ッ――!?」

 敵を切り裂き、綺麗な弧の軌道を描くはずの大剣は突如、主の意思に反して急停止。柄を掴んだままの彼女の体は、宙空に持ち上げられる形となる。

「――な――」

 そして彼女は自身の目に、信じられないものを見た。目の前の醜悪な存在を切り裂くはずの大剣が、その醜悪な存在によって止められていた。
 それも、素手で。
 正しくは彼女の大剣は、制刻の人差し指と親指につままれ、制刻を切り裂く一歩手前で、その凶悪なまでの運動エネルギーを完全に殺されていた。

「おぅ、際どかった」

 状況に反して、制刻は微塵も緊張感の感じられない口調で呟いた。

(バカ、な――)

 大剣の重量は半端なものではなく、並みの人間はもちろん、彼女の配下の屈強な傭兵達ですら、一人では満足に持ち上げる事もできない代物だ。まして、クラレティエの超人的な腕力によって扱われるそれが、指先だけで封じ込められるなど、ありえないはずの事だった。
 しかし彼女の目の前の存在は、それを悠々と成し遂げていた。 想定外の事態に、クラレティエの状況判断はほんのわずかに遅れる。
 そして次の瞬間、彼女の視界は大きく揺れた。

「――!?――ごェッ!?」

 気付いた時には、クラレティエの体は凄まじい勢いで地面に叩き付けられていた。
 制刻が大剣ごと彼女を振り飛ばしたのだ。
 わずか一瞬の隙を突かれ、自覚のないままに投げ飛ばされたクラレティエ。どれだけの速度で吹きとばされたのか、彼女の半身は地面にめり込んでいた。

「ぁ、こぉ……!ご、か……ぁ!」

 受け身を取る事もままならず、彼女の全身は凄まじいダメージを負った。
 体中に走る鈍痛は呼吸を困難にし、彼女の口からは、咳とも嘔吐きとも呼吸音ともつかない音が漏れ出している。少し前までの優雅に空を舞っていた姿から一転、土砂に塗れて、歪に手足を動かすクラレティエは、まるで死に際の虫のようだった。

「ふざけた奴だったな」

 クラレティエへの注意を保ちつつ、制刻は手元の巨大な得物へと視線を向ける。彼女から奪い取った、というより結果的に奪い取れた大剣を、まるで爪楊枝のように指先で弄くりながら観察する。

「どうやら、摩訶不思議な能力の付いた、ふざけたモンじゃねぇみてぇだな」

 異常性が無い物だと確認すると、制刻は一言吐き捨てた。

「んな………」

 一方その側で、一連の流れに目を丸くして、立ち尽くしていた劔。

「お前……無茶苦茶すぎるだろッ!っというか、そんな手段が取れるのであれば、なぜ最初から試みなかった!?」

 彼女は制刻がクラレティエを撃退した事実を理解すると、驚愕と呆れがない交ぜになった形容し難い表情で口を開いた。

「得体の知れねぇ得物に、直に触れたくなかったんでな。ただの鋼だったみてぇだが」

 言いながら大剣を放り投げる制刻。
 重々しい音を立てて落下した大剣は、その瞬間に制刻がつまんでいた部分から亀裂が走り、真っ二つに折れてしまった。制刻がその大剣の剣身に掛けた、指圧の影響であった。
 そしてその重さによって、湿った地面に深く沈み込んで行った。

「うわッ!?こ、この剣何キロ……いや何十、何百キロあるんだ……?それをお前……」

 真っ二つになった大剣と制刻を交互に見ながら、鳳藤は零す。

「どうでもいい、それよりヤツだ」
「ッ――そうだ!」

 しかし制刻の言葉に鳳藤は身を翻し、小銃を構えてクラレティエへと駆け寄る。
 未だ、苦悶の表情を浮かべて地面を這う満身創痍のクラレティエ。しかし彼女は敵の接近を察すると、顔を起こして鳳藤を睨みつけた。

「ッ……!君、抵抗するな!」

 クラレティエの鋭い眼光に一瞬たじろいだ鳳藤だが、負けじと声を張り上げ、クラレティエを確保拘束するべく、銃口を向けながら彼女の体へと近寄ろうとする。
 だが、その時だった。

「隊長に近づくなぁーーーッ!」
「は!?」

 突如、叫び声と共に何者かが上空より襲来した。現れた人影の手には巨大な戦斧が握られ、それが鳳藤に向かって振り下ろされた。

「うっわッ!?」

 鳳藤は咄嗟に回避行動を取り、かろうじて戦斧を回避する。しかし地面へと振り下ろされた戦斧は凄まじい衝撃を産み、不安定な体勢の鳳藤を吹き飛ばした。

「ひ――ふぉごッ!? 」

 巻き上げられた土砂と共に吹き飛ばされ劔は、地面に体を打ち付け、濁った悲鳴を上げた。

「あぁ、今度はなんだぁ?」

 一段落ついたと思っていた所への襲撃に、制刻は苛立ち混じりの声を漏らす。

「クリス!一人で突っ込むなよ!」
「皆、隊長の周りを固めるんだ!」

 襲撃者は戦斧持ちの人影だけに留まらなかった。上空より複数の人影が次々に現れ、地上に倒れるクラレティエの周囲を囲うように降り立ってゆく。人影はいずれも皆、クラレティエと同じ黒いレザースーツのような服を纏っている。顔立ちは誰も幼さを残し、動きは俊敏で活力に満ちていた。

「お前達……!」

 現れたのは、クラレティエの配下の若手の傭兵達だった。先の戦斧の襲撃者を含む傭兵達は、クラレティエの盾となるように立ち並び、一斉に武器を構えて制刻を睨む。

「我等!月歌狼の傭兵団、剣狼隊!そしてクラレティエ様の猟犬!」
「我らは主の盾であり牙!主を守り、そして獲物の喉元に食らいつく!」
「俺達猟犬に喧嘩を売った事、後悔させてやるぜ!」

 若い傭兵達は、それぞれの武器の切っ先を制刻に向けると、まるで演劇の舞台に立った役者のように、声高らかに言い放った。

「――おい、なんか気持ち悪ぃ茶番共が出て来たぞ」

 現れた傭兵達の立ち振る舞いに、制刻は訝し気な表情を作り呟く。

「ごほッ……じ、自由……手を、貸してくれ……!」

 一方、制刻の足元には、地面に打ち付けられたダメージでダウンし、這いつくばって来た鳳藤の姿。

「あっちもこっちも、カスみてぇなのしかいねぇ」

 双方を一瞥した後に、制刻は顔を顰めて吐き捨てた。
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28歳独身、一般事務の会社員である俺は、勇者召喚に巻き込まれて異世界へと転移した。 勇者、聖女、剣聖―― 華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。 【戦術構築サポートAI】 【アンドロイド工廠】 【兵器保管庫】 【兵站生成モジュール】 【拠点構築システム】 【個体強化カスタマイズ】 王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。 だが―― この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。 最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。 識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。 「今日からお前はレイナだ」 これは、勇者ではない男が、 メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。 屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、 趣味全開で異世界を生きていく。 魔王とはいずれ戦うことになるだろう。 だが今は―― まずは冒険者登録からだ。

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