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チャプター17:「終結と発動準備」
17-3:「Lest time in Jeep」
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草風の村の中心部。その一角で展開する需品科の野外厨房。
そこにディコシアとティの兄妹の姿があった。
「はい、これで少しは足しになるかな?」
「ありがたい、すごく助かるよ」
二人はそれぞれ一つづつ手に提げていた、スープの入った大鍋を差し出す。良い筋肉をした需品科の陸士長が、それを二つまとめて受け取った。
「みんな戻って来たと聞いたけど、他に何か手伝えることはあるかい?」
「ありがたい。けど、今の所は大丈夫だよ」
「そっか、また何かあったら言ってくれ」
そう言うと、ディコシア達は野外厨房を後にした。
「はぁ~、いいなぁ……異世界のイケメン。みてるだけで目の保養になるわ~」
良い筋肉の陸士長の横で、需品科の女隊員が力の抜けた言葉を吐く。調理作業中の彼女だったが、その手は止まり、健康的に焼けた肌のその顔は緩み、視線は立ち去ってゆくディコシアを未だに追いかけていた。
「コラ、海憩(うみいこい)。だらしねぇ顔してないで、手を動かせ手を」
しかしそこで、鍋を受け取った良い筋肉の需品科隊員、縁賭(へりがけ)陸士長からそんな言葉を飛んで来た。
「村の人たちの分はそろったが、隊員の分はまだ足りない。それに、明日の朝の分の仕込みもしておかないとならないんだ」
「ぐっへぇ……あと、鍋何個分になるのやら……」
海憩と呼ばれた女需品科隊員は、緩んでいた顔を固くして歪め、うなだれる。
「愚痴りたい気持ちも分かるが、少しは菓錐(かすい)を見習ってくれ」
「菓錐を比較にだされても……」
呟きながら需品科の女隊員は、野外厨房の奥側に目をやる。そこでは菓錐と呼ばれたの需品科隊員が、凄まじく早く、しかし正確な動作でスープの具材の下ごしらえを進めていた。
「長沼二曹がずっと離れちゃってるのがな~……いくら普通科の経験があるからって、今はここ(需品科)の人なのに」
「ただでさえ現状、数少ない中級陸曹だからな――とにかく、テキパキ作業を進めろ。その長沼二曹や隊員達を、腹を空かせたまま次の作戦に送り込むわけにはいかないからな」
「はいは~い、がんばりますよ」
縁賭の言葉に、海憩は気の抜けた返事で答えた。
「ジユウやタケズミも帰って来てるらしい。会って行こう」
「そだね」
一方のディコシアとティはそんな算段を交わしながら、野外厨房を離れて歩き出す。
その二人の後ろには、もう一人分の人影があった。
「……どうなってんの?」
二人の後ろにあったのは、驚きながら周囲を見渡している、羊の特徴を持つ少女の姿だった。
時系列は夕方まで遡る。
「久しぶりー。おーい?」
声と共に、スティルエイト邸の玄関の扉が開かれる。
戸をくぐり入って来たのは、18~20代ほどと思われる一人の少女。
少女のその身体の特徴は、彼女が普通の人間の少女ではない事を現していた。彼女の後ろ首まで伸びた髪は、白くて柔らかくまるで羊毛のような質感をしている。否、彼女のそれは本当に羊毛だった。首周りも同じく羊毛で覆われ、そして頭からは特徴的な羊の角が一対生えている。
彼女は羊の獣人であった。
「親方ー?ディコー、ティちゃーん?留守かなぁ?」
遠慮なく家内に押し入った羊娘は、手にしていたバスケットを机に置いて、家内の物色を始める。
「およ?夕飯の準備中だね。遠くには行ってないかな?」
そして台所の鍋に寝かされているスープを見つけると、呟きながら、その中身を勝手に一口つまんだ。
「ふむふむ、ディコの味だね。相変わらず適当な作りで上達が見られない」
そんな評価を下す羊娘の背後に影が差す。
「――ふぉっ!?」
そして羊の少女の後頭部が何者かに掴まれ、思い切り前に押された。
「人の家に勝手に上がり込んで、何してんだお前は」
見れば、ディコシアが羊の少女の頭を掴んで、鍋に押し込もうとしていた。
「みぎゃーッ!?羊肉のスープになっちゃうーッ!」
大鍋に押し込まれかけている羊の少女は、両手をバタバタとさせながらそんな悲鳴を上げる。
やがて羊の少女の頭は解放され、羊の少女は慌てて起き上がった。
「酷いよディコー!ここまでする事ないじゃん!」
「勝手に上がり込んだ挙句、勝手に人の家の物に手を付けてた奴には当然の対応だ」
抗議の声を上げる羊の少女に、しかしディコシアは冷たい言葉で言い放った。
「兄貴、何騒いでんの?あ、モゥル先輩」
騒ぎを聞きつけ台所に現れたティは、羊娘の姿を見て、彼女の名らしき名前を口にした。
「ティちゃん!暴力的なお兄さんがいじめるよー!」
モゥルと呼ばれた羊の少女は、ティに抱き着いてわざとらしく泣き出す。
「はいはいよしよし。相変わらず兄貴、ティ先輩には容赦ないね」
ティはモゥルの羊毛で覆われた頭をモコモコと撫でながら、しかしモゥルの言葉を本気にはしていない様子で発した。
「そいつは定期的に叩いておかないと、すぐ好き勝手調子に乗るからな」
「酷いー!もぉー、せっかくフィルト作って来たのに!」
モゥルは頬を膨らませて言いながら、机の上に置いたバスケットを指し示す。
「不法侵入の理由にはならん」
モゥルの来訪により騒がしくなったスティルエイト邸の台所。
そんな所へ、家の二階に続く階段から、人影が現れた。
「ん~?」
倦怠感の混じる声を零しながら現れたのは、狼娘のチナーチだ。
彼女は療養のためにスティルエイト邸にその身を預けられていた。隊の元よりも負担が少ないだろうと言う陸隊側の配慮と、スティルエイト家側の好意によるものだった。
(ひぇ!?お、狼!)
チナーチが現れ、モゥルはぎょっとする。狼の獣人である彼女に、モゥルは本能的な苦手意識を抱いたようだった。
「あれ?ハウィットパントさん、どうしたの?何かあった?」
「すまん、もしかしてうるさかったか?」
「いや、それは大丈夫……それより、あたしも何か、手伝った方がいいんじゃないかと思って……」
「うーん。ありがたいけど、〝彼等〟の医者からは安静にさせるよう言われてるからな……」
(彼等?)
ディコシアの発した言葉に含まれた気になる一言に、モゥルは首を傾げる。
「そっか……」
「ごめんね」
狼の耳と尻尾をしおらせるチナーチに、ティが謝罪の言葉を述べた。
「俺達は彼等の所に行くけど、申し訳ないがハウィットパントさんは休んでいてくれ」
言いながらディコシアは、台所に立つ。
「さて、夜までに間に合うように仕込みをしないと」
「え?もう出来てるじゃん。まだ作るの?」
「これは頼まれものなんだ、今からもう一鍋作る――ティ、手伝ってくれ。夕方中に仕込みを終えて、夜にはもう一度向こうに行けるようにしよう」
「だね」
ディコシアの言葉に答えながらティも台所に立ち、二人は仕込み作業を始める。
「え、行くってどこに?」
そんな二人の背中を見ながら、モゥルが疑問の声を上げた。
時系列は夜に戻る。
一軒の半焼した家屋の横に、ジープベースの小型トラックが停車している。
そしてその傍には、ちょうど今その場に到着したばかりの、竹泉と策頼の姿があった。
「はぁ、やぁれやれだぜ」
竹泉は呟きつつ、雨から逃れるように幌が展開された小型トラックの助手席にその身を収めた。
策頼は同様に雨を凌ぐため、小型トラックの後部扉を開け放って荷台に腰かける。
策頼は、本心であれば誉と鈴暮の遺体に寄り添っていたい所であった。しかし策頼も数時間後には新たな作戦に投入される可能性のある身であり、今は休息と準備に時間を割くことが求められた。
「たっくカスみたいな二時間だったぜ」
助手席のシートに身を預けた竹泉は、そんな悪態を吐く。
「よぉ策頼、大丈夫かよ」
「あぁ」
「……聞いといてアレだけどよ、大丈夫な奴の返事じゃねーぞ」
「あぁ」
「ダメだこりゃ」
生返事しか返さない策頼に、竹泉は疲れた様子のあきれ声で呟いた。
「あ、いたいた」
「おーい」
そこへ別の声が聞こえた。
「あん?」
竹泉が視線を動かすと、こちらへ向かって歩いて来るディコシア達の姿があった。ディコシア達は雨から逃れるように、小型トラックに隣接する家屋の軒に小走りで駆けこんで来た。
「んだお前ら、まだこっちに居座ってたのか?」
「頼まれてたスープを届けに来たんだよ。それと、君等のことがなんか気になってさ」
「ここは戦闘地域への進出地点に使ってんだ。長居してなんぞあっても、安全の保障できねぇぞ」
「今更だよ」
竹泉の警告に、ディコシアは肩を竦めながら返した。
「ん?そっちは?」
竹泉はそこでディコシアとティと共にいた、モゥルの姿に気が付いた。
「あぁ、こいつはモゥル。あまり気にしないでくれ」
「酷くない?」
「荒道の町に住んでるあたし達の友達だよ。同じ首都の学校の出身でもあるの」
「ほーぅ」
モゥルの紹介を大して興味の無いような声で返す竹泉。
「モゥル先輩、コイツはタケズミ。正直失礼なヤツだから気を付けてね」
「はぁ……」
「そっちのサクラは良い人だけど――ん?」
そこでティは、策頼の様子が、今までと違うことに気が付いた。
「ねぇタケズミ。サクラ、何か元気ないように見えるけど……?」
「今はそっとしておけ」
ティの尋ねる言葉に、しかし竹泉は詳しく説明する事はせずに、それだけ言った。
「へーい、お待ちどぉだずぇ!」
そこへ、ハイテンションでふざけた調子の声が飛び込んで来た。皆が視線をそちらへ向けると、こちらに向かって歩く多気投の巨体が嫌でも目に入った。その太い両腕には、それぞれ一つの食缶と複数の飯盒が提げられていた。
「お、なんだ兄ちゃんと妹ちんもこっちに来てたか。入れ違いんなっちまってたみてぇだなぁ。おぉ?そっちのカノジョはニューフェイスかぁ?」
「兄妹のダチだと」
「ど、ども……」
モゥルは巨体でテンションの高い多気投に、若干気圧されている様子だった。
「オーキナゲは相変わらず元気そうだね」
ティが感心ともあきれとも付かない調子で言う。
「ハハァッ!元気印が俺様のキャッチコピーだからなぁッ!」
「んなもん、今初めて聞いたわ。それよかよぉ、テンションがいつも通りなのは結構だが、とっとと飯にありつかせてくれませんかねぇ?」
「はっはぁ、竹泉ちゃんはお腹空っぽでイライラゲージはマックスかぁ!」
言いながら多気投は食缶と飯盒の一つを助手席の竹泉に渡す。受け取った竹泉は、空いている運転席側にそれを置き、食缶の蓋を開けて、入っていたオタマで中身の味噌汁を掬おうとした。
「……あぁ?」
しかしそこで竹泉は怪訝な声を上げた。
「んだこのけったいな味噌汁?芋やニンジンはまだしも、腸詰めやキャベツまでぶち込んであっぞ」
「あぁ、そいつのベースはこの村の人々向けのスープだ。俺等の分にだけ味噌をぶち込んだ、応急味噌汁らしいぜぇ」
二人の言う通り、食缶には元はスープ――というよりもポトフに似せた料理に、ブイヨンの代わりに味噌を溶いた物がなみなみと入っていた。
「中途半端な事しやがってぇッ。はぁ……ちゃんとした豚汁が食いてぇ」
うなだれながら、竹泉は飯盒の蓋にその応急味噌汁をよそった。
「なんかタケズミ、不機嫌なだけじゃなくて、ちょっと元気なくない?」
「あぁ、そりゃ当然だっつの――」
竹泉は事の経緯を、特に特異な存在であった剣狼隊との戦いについてを、ディコシア達に説明した。
「――勇者に魔女だって!?」
「そんなのを相手に……よく無事だったね……」
ディコシアとティは、それぞれ驚く声を上げる。
「無事じゃねーヨ。俺等は生きてたが、身内から犠牲が出た」
内のティの言葉に、竹泉は荷台に座る策頼に視線を送りながら言う。
「あ……ごめん……」
失言に気付き、謝罪の言葉を述べるティ。
「別にお前が謝る必要はねぇけどよ――あぁとにかく、揃いも揃って気色悪ぃノリでイキりやがって、吐き戻しそうな奴らだったぜッ!ああいう気色悪ぃのにでくわすと、世の中はやっぱカスだなって思うのさ!」
嫌悪感を現すように箸先を中空でくるくる回しながら、吐き捨てる竹泉。
「それに……人を使役魔にしてたって、なんてことを……」
「あー……こっちじゃ、人間をそういう扱いするってーのは一般的なのかぁ?」
多気投がぞっとしないといった様子で尋ねる。
「冗談。少なくとも、月読湖の国ではまず使役魔に関する全てが違法だ。50年以上前にこの国が独立した時、全面禁止されたんだ。まして人を使役魔にしてたなんて……極刑、死刑は免れない。それも兵団や保安官が発見したその場で、簡易裁判で執行できるくらいの重罪さ」
「あー、まともな考えみたいでよかったよ」
ディコシアの説明に、竹泉は安心というよりも皮肉気な口調で発した。
「たぶんそれ、雲翔の王国から流れて来た傭兵じゃない?あっちはまだ、法規制が行き届いてなくて、そういう文化が残ってるって聞くし……」
「そうだな……向こうの内情なら、そういった組織が残っている事も考えられる話か……。実際、国外から入って来た組織団体が、摘発や逮捕される例も未だにあるしな……」
モゥルの推測の台詞に、ディコシアが肯定するように言葉を紡ぐ。
「あー、当たり前かもしんねぇが、国を跨ぐと色々ずいぶん違ってくんだなぁ。特に、最初に降りた国と比べても、兄ちゃん達の国は割と進んでるように見えるぜぇ」
多気投が言葉を発する。
「そういえば君等、五森の公国にも陣を置いてると言ってたね」
「五森の公国かぁ、昔ながらの王国って感じだよね。王様が居て、王子様やお姫様がいて騎士がいて」
「なんていうか前近代的な国のお手本みたいな所って思うなぁ。騎士隊も未だに身分や魔法偏重な嫌いがあるって聞いてるし」
ティがおとぎ話でも読んだ感想のようなのんきな口調で言い、モゥルは国の身分制度に対して言及する。
「……同じ時代のお前らから見てもそんな印象なのかよ」
モゥルやティの言葉に、竹泉は呆れ顔を作って言う。
特に異質な姿のモゥルから出た前近代的という単語は、おかしな感覚を覚えるには十分だった。
「まぁ正直な話、月詠湖の国がここ数十年で急激に変化し過ぎたって言う理由も大きいけどね。月詠湖の国や、他は……剣と拳の大公国くらいかな、これらの国がむしろ異質なんだ。最近は月詠湖の国や剣と拳の大公国に影響され、賛同する国も増えてるけど――それでもまだ、程度の差はあれど、多くの国の文化は五森の公国みたいな感じだよ」
「つまり、お前等の国はまだしも、他の国じゃあ吐き気を催す案件に、出くわす可能があるって事か」
「嫌なお話だずぇ」
「そんな中で比較まともなお前等の国に入れた事は、まぁ不幸中の幸いだったかもなぁ」
愉快でない可能性に、竹泉と多気投は嫌な顔で言葉を吐いた。
「あー、ディナー時にするにゃ愉快な話じゃあなかったなぁ――おう?」
呟きながら疾うに空になっていた飯盒を片づけようとした多気投は、そこで策頼の手元に気が付いた。
「策頼。お前さん、ディナーに一口も箸を付けてねぇんじゃねぇか?」
多気投の言う通り、策頼の手元にある飯盒は、全く手が付けられた様子が無かった。
「食える気分じゃねぇんだろ」
「けどよぉ。なんぞ腹に入れてきっちりスリープしとかねぇと、ネクストバトルでもたねぇぜよ?」
「あ――あの、甘い物ならどう?エイプルのフィルトだけど」
そこでモゥルが、自分の手から下がったバスケットの存在を思い出した。小型トラックの荷台に腰かける策頼の前でモゥルは屈み、かかったナプキンを取り払って、バスケットを差し出す。
その中身はアップルパイだった。
「パイか――」
正直な所食欲は無かったが、差し出された以上悪いと思った策頼は、ホールのアップルパイから一切れを手に取り、口に運んだ。
「………」
「……」
策頼は黙々とアップルパイを口に運ぶ。
モゥルはそれを見守っている。
「………」
程なくして策頼は、一切れのアップルパイを食べ終わった。
「―――ごちそうさま、ありがとう」
淡々と礼の言葉を言う策頼。
「ひょっとして、あんましおいしくなかった?」
しかし終始真顔だった策頼に、モゥルは心配になり尋ねる。
「いや、そんな事はないよ。おいしかった」
言う策頼の顔は、しかしやはり真顔だった。
「モゥルの魅了の料理も、失った悲しみの前には無力か」
その時、ディコシアがそんな表現の言葉を発した。
「何の話だよ?」
ディコシアの言葉に、竹泉が訝し気に尋ねる。
「あぁ。あまり褒めたくはないが、こいつは料理の腕だけは大層なものでさ。今までも結構な数の人間の胃袋を掴んで、虜にして来たんだ」
「人を魔性の女みたいに言うのやめてよ」
ディコシアの言葉に、モゥルは渋い顔で返す。
「ほーん、気色悪い話だな」
そして竹泉は、適当な様子でそんな反応を返す。
「食べた人は皆、やたら大げさに感激するのが恒例だったんだが――サクラの心の傷は、そんな物で動く程度のものではないようだね」
しかしモゥルには返事を返さず、ディコシアはそう紡ぎながら、少し悲しそうな眼で策頼の姿を見る。
「まぁ元々そいつは、んな顔に出すタイプじゃねぇ。おまけに今は酷くしんどい精神状態で、喜怒哀楽の〝喜〟とか〝楽〟が死んでっからな。リアクションもより薄っぺらーくなってんだろ」
竹泉は、そんな分析の言葉を発する。
「そ、そうなの……?」
「あぁ、ごめんな。せっかくくれたのに変な誤解させて。本当においしかったよ、ありがとう」
モゥルの少し戸惑いつつも尋ねる声に、策頼はそう謝罪し、そして礼の言葉を返す。
「あ、いや、こちらこそ」
策頼からの相も変わらず淡々としたその言葉に、モゥルはぎこちなくも返事をした。
「なんか、相当きつい戦いだったみたいだね……」
やり取りが一区切りし、そこでティがそう言葉を発する。
「ああ、あれで平気な顔してんのは多気投や自由くらいのモンだろうよ」
「そういえばジユウは?」
「さぁな、一応組長だからどこぞで何か――ああ、噂をしたら来やがった」
竹泉は小型トラックのフロントガラス越しに、道の向こうから歩いて来る制刻と鳳藤の姿を見つけた。
(ひぇッ!なんかスゴイ人来た……!)
「心配すんな、一応取って食われはしねぇからよ」
モゥルが何を思ったのかを予想した竹泉が、そんな言葉を発する。
「人が来て早々、失礼な物言いだな。所で、見ねぇ顔がいるな」
「ブラザーズのダチだと」
「ほう」
竹泉の適当な紹介に、制刻は特段興味は無さそうな一言で答えた。
「君たち」
そこへ、横にいた鳳藤が前へ出て来た。
(うわ、こっちはかっこいい女の人……!)
鳳藤のその容姿に、制刻の時とはまた別種の驚きの感情を抱くモゥル。
「確か協力してくれてる、補給地点近くの民家の人たちだね?協力は大変ありがたいが、ここは安全な地域じゃない。あまり長居する事は感心できないな」
そう言う鳳藤の声色と表情は、ただ人に注意するというよりも、どこか女を口説くような甘さを含んでいた。
そしてディコシア達を安心させるためなのか、言葉の最後にフフと、どこか妖艶に微笑んで見せる。
これらは鳳藤が初対面や、出会って浅い人間と接するときに見せる癖であった。
「それ、もう俺が言った。承知でこいつ等はいるんだよ」
「え――そ、そうなのか?」
しかし、竹泉の横からの声に、鳳藤の纏っていた妖艶な雰囲気はあっさりボロを見せる。
「知らん人間の前で、いちいちイキろうとするな」
「んな!?私は別にイキろうとなど――」
「で、お前等飯は終えたようだな。ディコシアん家の方の補給地点まで、トラックが追加装備を持ってきてる。そいつを受け取るために、一度向こうまで戻るぞ」
「おい聞けよッ!」
そして制刻の言葉により、鳳藤のハリボテの王子様ムーブはあっさり崩れ去った。
(あ、この人見た目かっこいいけど、なんか残念さ漂ってるな)
モゥルは今のやり取りで、鳳藤の本質に察しをつけたようだった。
「ま、まぁ……あまりここに居座るのも迷惑だろうし、俺達ももう帰るとするよ」
鳳藤の姿を不憫に思ったのか、ディコシアがフォローするようにそんな言葉を発する。一方、竹泉等はいつもの事だと、残念な姿を晒した鳳藤に興味を向ける事すらなく、飯盒や食缶を片づけ、次の作業の準備に取り掛かっていた。
「あぁ、策頼はいい。休んでろ」
その中で、皆と同じように次の行動に移ろうとしていた策頼を、制刻が差し止めた。
「はい?しかし――」
「少しでも多く休め。オメェには、休みが必要だ」
「………すみません、ありがとうございます」
制刻のやや強引な促しに、策頼は端的に謝罪と礼を返す。
「なんで策頼にだけちょっと甘いんだよお前ぇは」
「休みを取るべき人間を、休ませてるだけだ」
そして飛んだ竹泉の嫌味な言葉に、制刻は淡々と返した。
策頼を除く制刻等とディコシア達は、ティにより設置された転移魔方陣のある天幕の前にまで来た。
「さて摩訶不思議の初体験と行くか」
「おう?おめぇ未体験だったか?森の時に飛んでなかったか」
魔方陣を前にしてそう発した制刻に、多気投が疑問の声を投げかける。
「いや、俺は初めてだ。だから、楽しみだな」
「気分のいいモンじゃねぇぞ」
竹泉が忠告の言葉を発する。
そんな会話を交わしながら一同は天幕内へ入り、エレベーターにでも乗るような感覚で、転移魔方陣の上に収まった。
「………」
しかし、待てども転移魔方陣が機能する気配は訪れなかった。
「あれ?と、飛べない?」
転移魔方陣を描いた張本人であるティが、戸惑いの声を上げる。
「んだよ、ここにきて不具合かよ?」
「えー、そんなはず……」
竹泉の皮肉気な声に、困惑の声を漏らすティ。
「しゃあねぇ、兄ちゃんとねーちゃんはその摩訶不思議の仕掛けをもう一度調べてくれるか。俺等は、先にこっちでできる作業をする」
「あぁ、分かったよ」
「やれやれ」
制刻の言葉にディコシアが返し、竹泉が悪態を吐く。そしてティを除いた全員が、転移魔方陣から退いてその場を離れようとした。
「おかしいな、別に変えたりはしてな――」
魔方陣の上に居たティの姿が消えたのは、その次の瞬間だった。
「あ?」
「え?発動した……?」
怪訝な声を上げる竹泉に、驚くディコシア。
一同が驚き、あるいは懐疑的な目で見る中、少しの間をおいて、消えたティの姿が再び魔方陣の上に現れた。
「――び、び、ビックリした!いきなり発動するんだもん!」
「時間差で発動した?でも、いったいなぜ?」
驚きを露わにするティと、疑問の声を上げるディコシア。彼等にとっても想定外の事態のようだ。
「おいよぉ、発動したのは俺等が離れた瞬間だったよな?ひょっとしてこれも魔法が効くやつ、効かないやつ云々に関係すんじゃねぇのか?」
「あぁ、調べる事が一つ増えたな」
竹泉が考察を話、制刻がそれに端的に答える。
さらなる検証の必要性が、ここに発生した。
そこにディコシアとティの兄妹の姿があった。
「はい、これで少しは足しになるかな?」
「ありがたい、すごく助かるよ」
二人はそれぞれ一つづつ手に提げていた、スープの入った大鍋を差し出す。良い筋肉をした需品科の陸士長が、それを二つまとめて受け取った。
「みんな戻って来たと聞いたけど、他に何か手伝えることはあるかい?」
「ありがたい。けど、今の所は大丈夫だよ」
「そっか、また何かあったら言ってくれ」
そう言うと、ディコシア達は野外厨房を後にした。
「はぁ~、いいなぁ……異世界のイケメン。みてるだけで目の保養になるわ~」
良い筋肉の陸士長の横で、需品科の女隊員が力の抜けた言葉を吐く。調理作業中の彼女だったが、その手は止まり、健康的に焼けた肌のその顔は緩み、視線は立ち去ってゆくディコシアを未だに追いかけていた。
「コラ、海憩(うみいこい)。だらしねぇ顔してないで、手を動かせ手を」
しかしそこで、鍋を受け取った良い筋肉の需品科隊員、縁賭(へりがけ)陸士長からそんな言葉を飛んで来た。
「村の人たちの分はそろったが、隊員の分はまだ足りない。それに、明日の朝の分の仕込みもしておかないとならないんだ」
「ぐっへぇ……あと、鍋何個分になるのやら……」
海憩と呼ばれた女需品科隊員は、緩んでいた顔を固くして歪め、うなだれる。
「愚痴りたい気持ちも分かるが、少しは菓錐(かすい)を見習ってくれ」
「菓錐を比較にだされても……」
呟きながら需品科の女隊員は、野外厨房の奥側に目をやる。そこでは菓錐と呼ばれたの需品科隊員が、凄まじく早く、しかし正確な動作でスープの具材の下ごしらえを進めていた。
「長沼二曹がずっと離れちゃってるのがな~……いくら普通科の経験があるからって、今はここ(需品科)の人なのに」
「ただでさえ現状、数少ない中級陸曹だからな――とにかく、テキパキ作業を進めろ。その長沼二曹や隊員達を、腹を空かせたまま次の作戦に送り込むわけにはいかないからな」
「はいは~い、がんばりますよ」
縁賭の言葉に、海憩は気の抜けた返事で答えた。
「ジユウやタケズミも帰って来てるらしい。会って行こう」
「そだね」
一方のディコシアとティはそんな算段を交わしながら、野外厨房を離れて歩き出す。
その二人の後ろには、もう一人分の人影があった。
「……どうなってんの?」
二人の後ろにあったのは、驚きながら周囲を見渡している、羊の特徴を持つ少女の姿だった。
時系列は夕方まで遡る。
「久しぶりー。おーい?」
声と共に、スティルエイト邸の玄関の扉が開かれる。
戸をくぐり入って来たのは、18~20代ほどと思われる一人の少女。
少女のその身体の特徴は、彼女が普通の人間の少女ではない事を現していた。彼女の後ろ首まで伸びた髪は、白くて柔らかくまるで羊毛のような質感をしている。否、彼女のそれは本当に羊毛だった。首周りも同じく羊毛で覆われ、そして頭からは特徴的な羊の角が一対生えている。
彼女は羊の獣人であった。
「親方ー?ディコー、ティちゃーん?留守かなぁ?」
遠慮なく家内に押し入った羊娘は、手にしていたバスケットを机に置いて、家内の物色を始める。
「およ?夕飯の準備中だね。遠くには行ってないかな?」
そして台所の鍋に寝かされているスープを見つけると、呟きながら、その中身を勝手に一口つまんだ。
「ふむふむ、ディコの味だね。相変わらず適当な作りで上達が見られない」
そんな評価を下す羊娘の背後に影が差す。
「――ふぉっ!?」
そして羊の少女の後頭部が何者かに掴まれ、思い切り前に押された。
「人の家に勝手に上がり込んで、何してんだお前は」
見れば、ディコシアが羊の少女の頭を掴んで、鍋に押し込もうとしていた。
「みぎゃーッ!?羊肉のスープになっちゃうーッ!」
大鍋に押し込まれかけている羊の少女は、両手をバタバタとさせながらそんな悲鳴を上げる。
やがて羊の少女の頭は解放され、羊の少女は慌てて起き上がった。
「酷いよディコー!ここまでする事ないじゃん!」
「勝手に上がり込んだ挙句、勝手に人の家の物に手を付けてた奴には当然の対応だ」
抗議の声を上げる羊の少女に、しかしディコシアは冷たい言葉で言い放った。
「兄貴、何騒いでんの?あ、モゥル先輩」
騒ぎを聞きつけ台所に現れたティは、羊娘の姿を見て、彼女の名らしき名前を口にした。
「ティちゃん!暴力的なお兄さんがいじめるよー!」
モゥルと呼ばれた羊の少女は、ティに抱き着いてわざとらしく泣き出す。
「はいはいよしよし。相変わらず兄貴、ティ先輩には容赦ないね」
ティはモゥルの羊毛で覆われた頭をモコモコと撫でながら、しかしモゥルの言葉を本気にはしていない様子で発した。
「そいつは定期的に叩いておかないと、すぐ好き勝手調子に乗るからな」
「酷いー!もぉー、せっかくフィルト作って来たのに!」
モゥルは頬を膨らませて言いながら、机の上に置いたバスケットを指し示す。
「不法侵入の理由にはならん」
モゥルの来訪により騒がしくなったスティルエイト邸の台所。
そんな所へ、家の二階に続く階段から、人影が現れた。
「ん~?」
倦怠感の混じる声を零しながら現れたのは、狼娘のチナーチだ。
彼女は療養のためにスティルエイト邸にその身を預けられていた。隊の元よりも負担が少ないだろうと言う陸隊側の配慮と、スティルエイト家側の好意によるものだった。
(ひぇ!?お、狼!)
チナーチが現れ、モゥルはぎょっとする。狼の獣人である彼女に、モゥルは本能的な苦手意識を抱いたようだった。
「あれ?ハウィットパントさん、どうしたの?何かあった?」
「すまん、もしかしてうるさかったか?」
「いや、それは大丈夫……それより、あたしも何か、手伝った方がいいんじゃないかと思って……」
「うーん。ありがたいけど、〝彼等〟の医者からは安静にさせるよう言われてるからな……」
(彼等?)
ディコシアの発した言葉に含まれた気になる一言に、モゥルは首を傾げる。
「そっか……」
「ごめんね」
狼の耳と尻尾をしおらせるチナーチに、ティが謝罪の言葉を述べた。
「俺達は彼等の所に行くけど、申し訳ないがハウィットパントさんは休んでいてくれ」
言いながらディコシアは、台所に立つ。
「さて、夜までに間に合うように仕込みをしないと」
「え?もう出来てるじゃん。まだ作るの?」
「これは頼まれものなんだ、今からもう一鍋作る――ティ、手伝ってくれ。夕方中に仕込みを終えて、夜にはもう一度向こうに行けるようにしよう」
「だね」
ディコシアの言葉に答えながらティも台所に立ち、二人は仕込み作業を始める。
「え、行くってどこに?」
そんな二人の背中を見ながら、モゥルが疑問の声を上げた。
時系列は夜に戻る。
一軒の半焼した家屋の横に、ジープベースの小型トラックが停車している。
そしてその傍には、ちょうど今その場に到着したばかりの、竹泉と策頼の姿があった。
「はぁ、やぁれやれだぜ」
竹泉は呟きつつ、雨から逃れるように幌が展開された小型トラックの助手席にその身を収めた。
策頼は同様に雨を凌ぐため、小型トラックの後部扉を開け放って荷台に腰かける。
策頼は、本心であれば誉と鈴暮の遺体に寄り添っていたい所であった。しかし策頼も数時間後には新たな作戦に投入される可能性のある身であり、今は休息と準備に時間を割くことが求められた。
「たっくカスみたいな二時間だったぜ」
助手席のシートに身を預けた竹泉は、そんな悪態を吐く。
「よぉ策頼、大丈夫かよ」
「あぁ」
「……聞いといてアレだけどよ、大丈夫な奴の返事じゃねーぞ」
「あぁ」
「ダメだこりゃ」
生返事しか返さない策頼に、竹泉は疲れた様子のあきれ声で呟いた。
「あ、いたいた」
「おーい」
そこへ別の声が聞こえた。
「あん?」
竹泉が視線を動かすと、こちらへ向かって歩いて来るディコシア達の姿があった。ディコシア達は雨から逃れるように、小型トラックに隣接する家屋の軒に小走りで駆けこんで来た。
「んだお前ら、まだこっちに居座ってたのか?」
「頼まれてたスープを届けに来たんだよ。それと、君等のことがなんか気になってさ」
「ここは戦闘地域への進出地点に使ってんだ。長居してなんぞあっても、安全の保障できねぇぞ」
「今更だよ」
竹泉の警告に、ディコシアは肩を竦めながら返した。
「ん?そっちは?」
竹泉はそこでディコシアとティと共にいた、モゥルの姿に気が付いた。
「あぁ、こいつはモゥル。あまり気にしないでくれ」
「酷くない?」
「荒道の町に住んでるあたし達の友達だよ。同じ首都の学校の出身でもあるの」
「ほーぅ」
モゥルの紹介を大して興味の無いような声で返す竹泉。
「モゥル先輩、コイツはタケズミ。正直失礼なヤツだから気を付けてね」
「はぁ……」
「そっちのサクラは良い人だけど――ん?」
そこでティは、策頼の様子が、今までと違うことに気が付いた。
「ねぇタケズミ。サクラ、何か元気ないように見えるけど……?」
「今はそっとしておけ」
ティの尋ねる言葉に、しかし竹泉は詳しく説明する事はせずに、それだけ言った。
「へーい、お待ちどぉだずぇ!」
そこへ、ハイテンションでふざけた調子の声が飛び込んで来た。皆が視線をそちらへ向けると、こちらに向かって歩く多気投の巨体が嫌でも目に入った。その太い両腕には、それぞれ一つの食缶と複数の飯盒が提げられていた。
「お、なんだ兄ちゃんと妹ちんもこっちに来てたか。入れ違いんなっちまってたみてぇだなぁ。おぉ?そっちのカノジョはニューフェイスかぁ?」
「兄妹のダチだと」
「ど、ども……」
モゥルは巨体でテンションの高い多気投に、若干気圧されている様子だった。
「オーキナゲは相変わらず元気そうだね」
ティが感心ともあきれとも付かない調子で言う。
「ハハァッ!元気印が俺様のキャッチコピーだからなぁッ!」
「んなもん、今初めて聞いたわ。それよかよぉ、テンションがいつも通りなのは結構だが、とっとと飯にありつかせてくれませんかねぇ?」
「はっはぁ、竹泉ちゃんはお腹空っぽでイライラゲージはマックスかぁ!」
言いながら多気投は食缶と飯盒の一つを助手席の竹泉に渡す。受け取った竹泉は、空いている運転席側にそれを置き、食缶の蓋を開けて、入っていたオタマで中身の味噌汁を掬おうとした。
「……あぁ?」
しかしそこで竹泉は怪訝な声を上げた。
「んだこのけったいな味噌汁?芋やニンジンはまだしも、腸詰めやキャベツまでぶち込んであっぞ」
「あぁ、そいつのベースはこの村の人々向けのスープだ。俺等の分にだけ味噌をぶち込んだ、応急味噌汁らしいぜぇ」
二人の言う通り、食缶には元はスープ――というよりもポトフに似せた料理に、ブイヨンの代わりに味噌を溶いた物がなみなみと入っていた。
「中途半端な事しやがってぇッ。はぁ……ちゃんとした豚汁が食いてぇ」
うなだれながら、竹泉は飯盒の蓋にその応急味噌汁をよそった。
「なんかタケズミ、不機嫌なだけじゃなくて、ちょっと元気なくない?」
「あぁ、そりゃ当然だっつの――」
竹泉は事の経緯を、特に特異な存在であった剣狼隊との戦いについてを、ディコシア達に説明した。
「――勇者に魔女だって!?」
「そんなのを相手に……よく無事だったね……」
ディコシアとティは、それぞれ驚く声を上げる。
「無事じゃねーヨ。俺等は生きてたが、身内から犠牲が出た」
内のティの言葉に、竹泉は荷台に座る策頼に視線を送りながら言う。
「あ……ごめん……」
失言に気付き、謝罪の言葉を述べるティ。
「別にお前が謝る必要はねぇけどよ――あぁとにかく、揃いも揃って気色悪ぃノリでイキりやがって、吐き戻しそうな奴らだったぜッ!ああいう気色悪ぃのにでくわすと、世の中はやっぱカスだなって思うのさ!」
嫌悪感を現すように箸先を中空でくるくる回しながら、吐き捨てる竹泉。
「それに……人を使役魔にしてたって、なんてことを……」
「あー……こっちじゃ、人間をそういう扱いするってーのは一般的なのかぁ?」
多気投がぞっとしないといった様子で尋ねる。
「冗談。少なくとも、月読湖の国ではまず使役魔に関する全てが違法だ。50年以上前にこの国が独立した時、全面禁止されたんだ。まして人を使役魔にしてたなんて……極刑、死刑は免れない。それも兵団や保安官が発見したその場で、簡易裁判で執行できるくらいの重罪さ」
「あー、まともな考えみたいでよかったよ」
ディコシアの説明に、竹泉は安心というよりも皮肉気な口調で発した。
「たぶんそれ、雲翔の王国から流れて来た傭兵じゃない?あっちはまだ、法規制が行き届いてなくて、そういう文化が残ってるって聞くし……」
「そうだな……向こうの内情なら、そういった組織が残っている事も考えられる話か……。実際、国外から入って来た組織団体が、摘発や逮捕される例も未だにあるしな……」
モゥルの推測の台詞に、ディコシアが肯定するように言葉を紡ぐ。
「あー、当たり前かもしんねぇが、国を跨ぐと色々ずいぶん違ってくんだなぁ。特に、最初に降りた国と比べても、兄ちゃん達の国は割と進んでるように見えるぜぇ」
多気投が言葉を発する。
「そういえば君等、五森の公国にも陣を置いてると言ってたね」
「五森の公国かぁ、昔ながらの王国って感じだよね。王様が居て、王子様やお姫様がいて騎士がいて」
「なんていうか前近代的な国のお手本みたいな所って思うなぁ。騎士隊も未だに身分や魔法偏重な嫌いがあるって聞いてるし」
ティがおとぎ話でも読んだ感想のようなのんきな口調で言い、モゥルは国の身分制度に対して言及する。
「……同じ時代のお前らから見てもそんな印象なのかよ」
モゥルやティの言葉に、竹泉は呆れ顔を作って言う。
特に異質な姿のモゥルから出た前近代的という単語は、おかしな感覚を覚えるには十分だった。
「まぁ正直な話、月詠湖の国がここ数十年で急激に変化し過ぎたって言う理由も大きいけどね。月詠湖の国や、他は……剣と拳の大公国くらいかな、これらの国がむしろ異質なんだ。最近は月詠湖の国や剣と拳の大公国に影響され、賛同する国も増えてるけど――それでもまだ、程度の差はあれど、多くの国の文化は五森の公国みたいな感じだよ」
「つまり、お前等の国はまだしも、他の国じゃあ吐き気を催す案件に、出くわす可能があるって事か」
「嫌なお話だずぇ」
「そんな中で比較まともなお前等の国に入れた事は、まぁ不幸中の幸いだったかもなぁ」
愉快でない可能性に、竹泉と多気投は嫌な顔で言葉を吐いた。
「あー、ディナー時にするにゃ愉快な話じゃあなかったなぁ――おう?」
呟きながら疾うに空になっていた飯盒を片づけようとした多気投は、そこで策頼の手元に気が付いた。
「策頼。お前さん、ディナーに一口も箸を付けてねぇんじゃねぇか?」
多気投の言う通り、策頼の手元にある飯盒は、全く手が付けられた様子が無かった。
「食える気分じゃねぇんだろ」
「けどよぉ。なんぞ腹に入れてきっちりスリープしとかねぇと、ネクストバトルでもたねぇぜよ?」
「あ――あの、甘い物ならどう?エイプルのフィルトだけど」
そこでモゥルが、自分の手から下がったバスケットの存在を思い出した。小型トラックの荷台に腰かける策頼の前でモゥルは屈み、かかったナプキンを取り払って、バスケットを差し出す。
その中身はアップルパイだった。
「パイか――」
正直な所食欲は無かったが、差し出された以上悪いと思った策頼は、ホールのアップルパイから一切れを手に取り、口に運んだ。
「………」
「……」
策頼は黙々とアップルパイを口に運ぶ。
モゥルはそれを見守っている。
「………」
程なくして策頼は、一切れのアップルパイを食べ終わった。
「―――ごちそうさま、ありがとう」
淡々と礼の言葉を言う策頼。
「ひょっとして、あんましおいしくなかった?」
しかし終始真顔だった策頼に、モゥルは心配になり尋ねる。
「いや、そんな事はないよ。おいしかった」
言う策頼の顔は、しかしやはり真顔だった。
「モゥルの魅了の料理も、失った悲しみの前には無力か」
その時、ディコシアがそんな表現の言葉を発した。
「何の話だよ?」
ディコシアの言葉に、竹泉が訝し気に尋ねる。
「あぁ。あまり褒めたくはないが、こいつは料理の腕だけは大層なものでさ。今までも結構な数の人間の胃袋を掴んで、虜にして来たんだ」
「人を魔性の女みたいに言うのやめてよ」
ディコシアの言葉に、モゥルは渋い顔で返す。
「ほーん、気色悪い話だな」
そして竹泉は、適当な様子でそんな反応を返す。
「食べた人は皆、やたら大げさに感激するのが恒例だったんだが――サクラの心の傷は、そんな物で動く程度のものではないようだね」
しかしモゥルには返事を返さず、ディコシアはそう紡ぎながら、少し悲しそうな眼で策頼の姿を見る。
「まぁ元々そいつは、んな顔に出すタイプじゃねぇ。おまけに今は酷くしんどい精神状態で、喜怒哀楽の〝喜〟とか〝楽〟が死んでっからな。リアクションもより薄っぺらーくなってんだろ」
竹泉は、そんな分析の言葉を発する。
「そ、そうなの……?」
「あぁ、ごめんな。せっかくくれたのに変な誤解させて。本当においしかったよ、ありがとう」
モゥルの少し戸惑いつつも尋ねる声に、策頼はそう謝罪し、そして礼の言葉を返す。
「あ、いや、こちらこそ」
策頼からの相も変わらず淡々としたその言葉に、モゥルはぎこちなくも返事をした。
「なんか、相当きつい戦いだったみたいだね……」
やり取りが一区切りし、そこでティがそう言葉を発する。
「ああ、あれで平気な顔してんのは多気投や自由くらいのモンだろうよ」
「そういえばジユウは?」
「さぁな、一応組長だからどこぞで何か――ああ、噂をしたら来やがった」
竹泉は小型トラックのフロントガラス越しに、道の向こうから歩いて来る制刻と鳳藤の姿を見つけた。
(ひぇッ!なんかスゴイ人来た……!)
「心配すんな、一応取って食われはしねぇからよ」
モゥルが何を思ったのかを予想した竹泉が、そんな言葉を発する。
「人が来て早々、失礼な物言いだな。所で、見ねぇ顔がいるな」
「ブラザーズのダチだと」
「ほう」
竹泉の適当な紹介に、制刻は特段興味は無さそうな一言で答えた。
「君たち」
そこへ、横にいた鳳藤が前へ出て来た。
(うわ、こっちはかっこいい女の人……!)
鳳藤のその容姿に、制刻の時とはまた別種の驚きの感情を抱くモゥル。
「確か協力してくれてる、補給地点近くの民家の人たちだね?協力は大変ありがたいが、ここは安全な地域じゃない。あまり長居する事は感心できないな」
そう言う鳳藤の声色と表情は、ただ人に注意するというよりも、どこか女を口説くような甘さを含んでいた。
そしてディコシア達を安心させるためなのか、言葉の最後にフフと、どこか妖艶に微笑んで見せる。
これらは鳳藤が初対面や、出会って浅い人間と接するときに見せる癖であった。
「それ、もう俺が言った。承知でこいつ等はいるんだよ」
「え――そ、そうなのか?」
しかし、竹泉の横からの声に、鳳藤の纏っていた妖艶な雰囲気はあっさりボロを見せる。
「知らん人間の前で、いちいちイキろうとするな」
「んな!?私は別にイキろうとなど――」
「で、お前等飯は終えたようだな。ディコシアん家の方の補給地点まで、トラックが追加装備を持ってきてる。そいつを受け取るために、一度向こうまで戻るぞ」
「おい聞けよッ!」
そして制刻の言葉により、鳳藤のハリボテの王子様ムーブはあっさり崩れ去った。
(あ、この人見た目かっこいいけど、なんか残念さ漂ってるな)
モゥルは今のやり取りで、鳳藤の本質に察しをつけたようだった。
「ま、まぁ……あまりここに居座るのも迷惑だろうし、俺達ももう帰るとするよ」
鳳藤の姿を不憫に思ったのか、ディコシアがフォローするようにそんな言葉を発する。一方、竹泉等はいつもの事だと、残念な姿を晒した鳳藤に興味を向ける事すらなく、飯盒や食缶を片づけ、次の作業の準備に取り掛かっていた。
「あぁ、策頼はいい。休んでろ」
その中で、皆と同じように次の行動に移ろうとしていた策頼を、制刻が差し止めた。
「はい?しかし――」
「少しでも多く休め。オメェには、休みが必要だ」
「………すみません、ありがとうございます」
制刻のやや強引な促しに、策頼は端的に謝罪と礼を返す。
「なんで策頼にだけちょっと甘いんだよお前ぇは」
「休みを取るべき人間を、休ませてるだけだ」
そして飛んだ竹泉の嫌味な言葉に、制刻は淡々と返した。
策頼を除く制刻等とディコシア達は、ティにより設置された転移魔方陣のある天幕の前にまで来た。
「さて摩訶不思議の初体験と行くか」
「おう?おめぇ未体験だったか?森の時に飛んでなかったか」
魔方陣を前にしてそう発した制刻に、多気投が疑問の声を投げかける。
「いや、俺は初めてだ。だから、楽しみだな」
「気分のいいモンじゃねぇぞ」
竹泉が忠告の言葉を発する。
そんな会話を交わしながら一同は天幕内へ入り、エレベーターにでも乗るような感覚で、転移魔方陣の上に収まった。
「………」
しかし、待てども転移魔方陣が機能する気配は訪れなかった。
「あれ?と、飛べない?」
転移魔方陣を描いた張本人であるティが、戸惑いの声を上げる。
「んだよ、ここにきて不具合かよ?」
「えー、そんなはず……」
竹泉の皮肉気な声に、困惑の声を漏らすティ。
「しゃあねぇ、兄ちゃんとねーちゃんはその摩訶不思議の仕掛けをもう一度調べてくれるか。俺等は、先にこっちでできる作業をする」
「あぁ、分かったよ」
「やれやれ」
制刻の言葉にディコシアが返し、竹泉が悪態を吐く。そしてティを除いた全員が、転移魔方陣から退いてその場を離れようとした。
「おかしいな、別に変えたりはしてな――」
魔方陣の上に居たティの姿が消えたのは、その次の瞬間だった。
「あ?」
「え?発動した……?」
怪訝な声を上げる竹泉に、驚くディコシア。
一同が驚き、あるいは懐疑的な目で見る中、少しの間をおいて、消えたティの姿が再び魔方陣の上に現れた。
「――び、び、ビックリした!いきなり発動するんだもん!」
「時間差で発動した?でも、いったいなぜ?」
驚きを露わにするティと、疑問の声を上げるディコシア。彼等にとっても想定外の事態のようだ。
「おいよぉ、発動したのは俺等が離れた瞬間だったよな?ひょっとしてこれも魔法が効くやつ、効かないやつ云々に関係すんじゃねぇのか?」
「あぁ、調べる事が一つ増えたな」
竹泉が考察を話、制刻がそれに端的に答える。
さらなる検証の必要性が、ここに発生した。
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