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第7話 姫の伴侶
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「僕は納得できません。アミルの伴侶は、この僕だ。」
声を荒げることなく、毅然と告げる青年。この状況で冷静に話ができるなんて、彼の胆力には驚かされる。
名前はガラドール。海の姫の伴侶となる青年だ。黒い髪に黒い瞳、浅黒い肌。鍛えられた体躯に、鋭い眼光。
アミルが光輝く海の真珠であるならば、彼はそれを守り抱く堅牢な貝殻のよう。
姫の両親である神官長達が部屋を後にし、代わりに彼が招き入れられた。彼の協力が不可欠だからだ。
青の祭壇に上がり、観衆の面前でアラヤミと言葉を交わす。そのためには伴侶に選ばれなければならない。
だが、事情を聞いた彼が口にしたのは拒絶の言葉だった。
「たとえ形だけだとしても、伴侶の座は譲れない。」
「ガラドール、どうかお願い。」
アミルはガラドールに頭を下げる。
「最後のチャンスなの。」
「アミル。僕は意地を張って、伴侶の座に居座るわけじゃない。その作戦がうまく行かなかった時、彼は命を落とすことになるんだよ。巻き込むわけにはいかない。」
アミルは言葉を続けられない。ガラドールの言葉は事実だ。もしクレスが儀式を止めることができなければ、伴侶として海に沈められる。
ガラドールはクレスと私に視線を向け、静かに語りかけてくる。
「あなた達にはあなた達の事情があるのでしょう。同じように、僕にも僕の事情がある。継承の儀式から、アミルを解き放つ。そのために僕は生きてきた。」
生まれた時から海の姫となることを運命付けられたアミル。
ガラドールと出会った時、すでに彼女の死は決まっていた。
でも、彼は諦めなかったのだ。
「僕は王都に行き、儀式を研究する識者に師事し、そしてようやく、鍵を見つけた。」
「鍵?」
ガラドールは手にした鞄を開き、中から一冊の本を取り出した。
題名は『エコテト神話集』。
「儀式の由来はこの『エコテト神話集』。これは、もとは各地でばらばらに語り継がれていた神話をエコテト統一王国成立頃に集約したものだ。散りばめられた神話をまとめる時、そこには必ず人の意思が混ざる。」
ガラドールは今度は手書きの文書を取り出した。
「これはエコテト神話集編纂以前に書かれた、古い文献の文書を写したものだ。原本は王都の保管庫にある。この逸話は、エコテト神話集には組み込まれていない。」
《王の娘はアラヤザに尋ねた。
あなたの望みは何でしょうか。
アラヤザは答えた。
私の望みは、アラヤミと語らうことだ。
王の娘は言った。
ではわたくしが、あなたのお言葉を届けましょう。》
そこには、姫が山と海と語らう場面がはっきりと書かれていた。
「この逸話には、王の娘が命を落とす場面は出てこない。娘は伝言役を申し出ているだけだ。」
生贄であれば、伝言役は務まらない。
だとすれば、これは継承の儀式の根拠を否定する鍵になる。
クレスは嬉しそうに声を上げる。
「ちゃんと書かれてるんだ!ほら、アラヤミと話はできるんだよ!」
ガラドールは笑みを浮かべ、クレスに近づく。
「そう。だから、アラヤミと話をするという君の策を、僕は否定しない。クレスくん。これも見てくれないか?」
ガラドールは右手をクレスに差し出す。その拳には何かが握られていた。
それを不思議そうに覗き込むクレス。
ガラドールが拳を開くと、そこには。
「クレス、離れて!」
「我が名はガラドール、望むは《鎖》」
叫ぶが間に合わない。
ガラドールの手の中にある精霊石が砕け散る。
同時にクレスの手足を岩の鎖が絡め取り、彼を地面に叩きつける。
何とか体を捻り顔面を守るが、衝撃で息を詰まらせる。
その隙にガラドールはアミルを抱え、部屋の隅に移動している。
「姫を確保した!」
ガラドールの叫びと同時に、部屋に兵士がなだれこんできた。
兵士達は身動きの取れないクレスの元に駆け寄ろうとする。
「クレス逃げて!」
叫びながら、私は近くにあった椅子を先頭の兵士の顔面目掛けて投げつけた。
一瞬足が止まった兵士。
その隙に、クレスは精霊術で岩の鎖を砕いていた。
入り口は兵士達が塞いでいる。窓から飛び出すしかない。
「砕け散れ!」
私が走り出すのと、クレスが精霊術で窓を砕くのは同時だった。
勢いのまま窓に飛び込む。
外に出るやいなや、体を転がしながら受け身を取る。
すぐ立ち上がるが、周りには別の兵士が待ち構えていた。
部屋の周りはとっくの昔に兵士達に囲まれている。
逃げ場はない。
姫の安全さえ確保すれば、兵士達が大人しくしている理由はない。
クレスはどこ。
横目で部屋の中を確認する。クレスは出てこない。私に向かって手を振っている。
次の瞬間、体が宙を舞う。
足場の地面に強く弾かれたのだ。クレスの術だ。
私を逃がそうとしている。自分は残るつもりだ。
「クレス!あなた、まさか!」
まだ、諦めていないの?
空中で体勢を整え、神殿の屋根に降り立つ。
下では兵士達の怒号が響いていた。
「なんだあの身のこなしは!」
「構うな、精霊術士の方を捕えろ!」
今は逃げるしかない。
「必ず迎えに行くから。」
私は屋根の上を駆けた。
夜を待とう。必ず機会はある。
クレスがそう信じているのだから。
声を荒げることなく、毅然と告げる青年。この状況で冷静に話ができるなんて、彼の胆力には驚かされる。
名前はガラドール。海の姫の伴侶となる青年だ。黒い髪に黒い瞳、浅黒い肌。鍛えられた体躯に、鋭い眼光。
アミルが光輝く海の真珠であるならば、彼はそれを守り抱く堅牢な貝殻のよう。
姫の両親である神官長達が部屋を後にし、代わりに彼が招き入れられた。彼の協力が不可欠だからだ。
青の祭壇に上がり、観衆の面前でアラヤミと言葉を交わす。そのためには伴侶に選ばれなければならない。
だが、事情を聞いた彼が口にしたのは拒絶の言葉だった。
「たとえ形だけだとしても、伴侶の座は譲れない。」
「ガラドール、どうかお願い。」
アミルはガラドールに頭を下げる。
「最後のチャンスなの。」
「アミル。僕は意地を張って、伴侶の座に居座るわけじゃない。その作戦がうまく行かなかった時、彼は命を落とすことになるんだよ。巻き込むわけにはいかない。」
アミルは言葉を続けられない。ガラドールの言葉は事実だ。もしクレスが儀式を止めることができなければ、伴侶として海に沈められる。
ガラドールはクレスと私に視線を向け、静かに語りかけてくる。
「あなた達にはあなた達の事情があるのでしょう。同じように、僕にも僕の事情がある。継承の儀式から、アミルを解き放つ。そのために僕は生きてきた。」
生まれた時から海の姫となることを運命付けられたアミル。
ガラドールと出会った時、すでに彼女の死は決まっていた。
でも、彼は諦めなかったのだ。
「僕は王都に行き、儀式を研究する識者に師事し、そしてようやく、鍵を見つけた。」
「鍵?」
ガラドールは手にした鞄を開き、中から一冊の本を取り出した。
題名は『エコテト神話集』。
「儀式の由来はこの『エコテト神話集』。これは、もとは各地でばらばらに語り継がれていた神話をエコテト統一王国成立頃に集約したものだ。散りばめられた神話をまとめる時、そこには必ず人の意思が混ざる。」
ガラドールは今度は手書きの文書を取り出した。
「これはエコテト神話集編纂以前に書かれた、古い文献の文書を写したものだ。原本は王都の保管庫にある。この逸話は、エコテト神話集には組み込まれていない。」
《王の娘はアラヤザに尋ねた。
あなたの望みは何でしょうか。
アラヤザは答えた。
私の望みは、アラヤミと語らうことだ。
王の娘は言った。
ではわたくしが、あなたのお言葉を届けましょう。》
そこには、姫が山と海と語らう場面がはっきりと書かれていた。
「この逸話には、王の娘が命を落とす場面は出てこない。娘は伝言役を申し出ているだけだ。」
生贄であれば、伝言役は務まらない。
だとすれば、これは継承の儀式の根拠を否定する鍵になる。
クレスは嬉しそうに声を上げる。
「ちゃんと書かれてるんだ!ほら、アラヤミと話はできるんだよ!」
ガラドールは笑みを浮かべ、クレスに近づく。
「そう。だから、アラヤミと話をするという君の策を、僕は否定しない。クレスくん。これも見てくれないか?」
ガラドールは右手をクレスに差し出す。その拳には何かが握られていた。
それを不思議そうに覗き込むクレス。
ガラドールが拳を開くと、そこには。
「クレス、離れて!」
「我が名はガラドール、望むは《鎖》」
叫ぶが間に合わない。
ガラドールの手の中にある精霊石が砕け散る。
同時にクレスの手足を岩の鎖が絡め取り、彼を地面に叩きつける。
何とか体を捻り顔面を守るが、衝撃で息を詰まらせる。
その隙にガラドールはアミルを抱え、部屋の隅に移動している。
「姫を確保した!」
ガラドールの叫びと同時に、部屋に兵士がなだれこんできた。
兵士達は身動きの取れないクレスの元に駆け寄ろうとする。
「クレス逃げて!」
叫びながら、私は近くにあった椅子を先頭の兵士の顔面目掛けて投げつけた。
一瞬足が止まった兵士。
その隙に、クレスは精霊術で岩の鎖を砕いていた。
入り口は兵士達が塞いでいる。窓から飛び出すしかない。
「砕け散れ!」
私が走り出すのと、クレスが精霊術で窓を砕くのは同時だった。
勢いのまま窓に飛び込む。
外に出るやいなや、体を転がしながら受け身を取る。
すぐ立ち上がるが、周りには別の兵士が待ち構えていた。
部屋の周りはとっくの昔に兵士達に囲まれている。
逃げ場はない。
姫の安全さえ確保すれば、兵士達が大人しくしている理由はない。
クレスはどこ。
横目で部屋の中を確認する。クレスは出てこない。私に向かって手を振っている。
次の瞬間、体が宙を舞う。
足場の地面に強く弾かれたのだ。クレスの術だ。
私を逃がそうとしている。自分は残るつもりだ。
「クレス!あなた、まさか!」
まだ、諦めていないの?
空中で体勢を整え、神殿の屋根に降り立つ。
下では兵士達の怒号が響いていた。
「なんだあの身のこなしは!」
「構うな、精霊術士の方を捕えろ!」
今は逃げるしかない。
「必ず迎えに行くから。」
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夜を待とう。必ず機会はある。
クレスがそう信じているのだから。
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