【完結】さがしびと〜英雄の弟とまつろわぬ姫〜

よもぎ大福

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第8話 姫の妹

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 夜、静まり返った神殿。夜警の兵士達の焚く火が時折爆ぜる。

 満月の夜、薄暗い神殿を人知れず進むのは、そう難しいことではなかった。

 クレスはきっとこの神殿のどこかにいる。

 貴重な精霊術士は発見次第、術士の養成機関に連れて行かれる。でも、大切な儀式の前に警備の人員を割くわけがない。それでなくとも、これだけ騒ぎになっているのだから。

 今夜はどこかの部屋に閉じ込めておき、儀式終了後に連れ出すに違いない。

 あの騒動の中クレスの特殊な精霊術には、恐らく誰も気づいていないはず。

 正規の精霊術を叩き込まれた精霊術士達ほど、理解できないはずなのだ。

 一応の契約の祈りと、守り石を触れる動作。あれはただの隠れ蓑だ。

 クレスがまともな精霊術士に見えるよう、おそらくヴィオン・ユラフィスが授けた知恵。

 普通の精霊術士であれば、口を塞ぎ、精霊石を取り上げればさほど脅威ではない。

 見張りもそう多くない。救出はそれほど困難ではないだろう。

 問題は、どこに捕えられているかだ。

 姫からなるべく遠く、逃げ場のないところ。

 そう地下室。

 地下への階段には心当たりがあった。

 私は足音を消して廊下を進む。

 やがて吹き抜けの螺旋階段へと辿り着いた。

 昼間アルムに壁画まで案内してもらった際、螺旋階段の横に地下へ続く階段があったのを覚えていた。

 階段を降りる前に、ふと壁画を見やる。

 アラヤザとアラヤミ、そして2人の姫が暗闇に溶け込んでいる。

 ガラドールの示した文書が事実ならば、この絵の意味も変わってくる。

 姫はアラヤザとアラヤミをつなぐ伝言役。生贄ではなかった。

 ならばなぜ、いつから、生贄が始まったのか。

 ガラドールは言った。

 そこには必ず、人の意思が介在する。

 二千年にも渡り、塗り固められたこの意思を、拭い去ることが本当にできるのだろうか。

 私は暗い気持ちのまま、絵の横にある地下へ続く階段を降りる。

 階下からはうっすらとしたランタンの明かりが漏れている。やはり誰かいる。

 気づかれないよう、ゆっくりと音を立てずに階段を降りていく。見張りの姿はない。

 見えたのは簡易な牢屋。

 そして、その中でうずくまる人影。

「アルムさん?」

 呼びかけに慌てて顔を上げたのは、海の神殿の巫女アルム。

「イアルさん?戻ってきたのですか?」

「クレスを連れて帰らないと。でもあなたまで捕えられているなんて。」

 罠かとも思ったが、他に人の気配もない。私は鉄柵に歩み寄る。

「父と母は、私がまた儀式を妨害しないよう、ここへ。クレスさんは別の場所で神殿の監視下に置くと言っていました。儀式終了後、精霊術士達に引き渡すとのことです。」

 やはりクレスは普通の精霊術士と思われているようだ。

 そうでなければ、精霊術士以外の人間に任せるわけがない。

 アルムは申し訳なさそうに頭を下げる。

「巻き込んでしまって、すみません。」

 私は膝を折り、アルムを見つめる。

「いいえ、私は巻き込まれたとは思ってないよ。きっとクレスもね。私達は正しいと信じたことを、しようとしただけ。」

 アルムは笑みをこぼす。

「不思議な人達ですね。あなた達はどうして、儀式を止めようとしてくれたんですか?」

「私はずっと、儀式のこと疑問に思ってたよ。こんなもの、無くさないとって。誰も彼も不幸になるばかり。」

 思わず、鉄柵を掴む手に力がこもる。

「もしかして、近しい方が儀式で?」

 遠慮がちに尋ねるアルムに、曖昧な笑みを返す。

「あなたの気持ちがわかる、とまではいかないけど。」

 アルムは俯いて、ポツリと呟く。

「私はずっと、儀式は必要だと思っていました。」

 暗く響く声。これは、彼女の懺悔だ。

「姉はいつも言っていました。人々のために命を投げ出す、それは誇らしいことだと。そんな姉のことを、私は誰よりも尊い人だと思っていました。だから、姉の儀式のために、できることは何でもしようと思っていました。」

 姫は姫として育てられる。誰からも尊敬され、愛されるように。

 そしてその大切な姫を捧げる儀式は、何よりも重要なものだと、皆が信じてしまう。

「だから、半年前ガラドールの話を聞いた時、私は信じなかった。」

 ガラドールはあの文書を見つけながら、何故諦めてしまったのか。

 信じなかったのだ。

 誰もが、耳を貸さなかった。民衆も、役人も、神殿の人々も。

 姫の妹でさえも。

「その後、姫の装束の衣装合わせに同席したんです。姉はとても綺麗でした。でも、姉は泣いたんです。姫になんてなりたくないと初めて、口にした。」

 アルムの顔が歪む。

「私はその時、姉が人間であることに気づきました。」

 彼女を駆り立てるのは、後悔だ。

 初対面の私達に縋ってでも、儀式を止めようとした。

 人々が勝手な理想で作り上げた、『姫』という名の土人形。その中に閉じ込められ、海に投げ込まれるのは、生きる意思を持つひとりの女性。

 彼女を笑顔で死に追いやろうとした罪を、アルムは償わなければならない。

 牢の中でうずくまる彼女に、掛ける言葉が見つからない。

 アルムも、慰めの言葉を必要としているわけではなかった。

 努めて穏やかな声で、アルムが告げる。

「クレスさんは、おそらく神官長室です。継承の儀式は夜明けとともに始まります。父も母も儀式で役割がありますから、夜明け前に部屋を離れるでしょう。」

 普通の精霊術士と思われているクレス。

 大事な儀式の最中。

 見張りの交代が来たとしても、決して多くはないはず。

 クレスを助け、無事に逃げ出すには儀式の最中しかない。

 つまり、アミルを見捨てるしかないのだ。

「あなたとクレスさんの無事を祈っています。」

 全て承知の上で、アルムは微笑んでみせた。
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