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第15話 王の娘の後継者
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議会は拍子抜けするほど、あっさりと終わった。あくまでも法的手続きのための開催であり、結論はすでに決まっていたということだろう。
すなわち、アラヤミ・アラヤザと対話する術を継承しうる後継者の育成。それが可能であれば、形態を変えての儀式の続行。不可能であれば、引き続き旧態での儀式の継続。
クレスへの質問も、事前に女王がしたものと全く同じ。決められた通りの回答をし、難なく乗り越えた。
「緊張したー。」
ほっとしたように笑うクレス。
議会を終えた私達が今いるのは、王都の学者、ロザリオの研究室。
今後の儀式の形態についての話し合いが行われている。
呼ばれたのは、クレス、私、アムル、サラ王女の四人。
取りまとめは、目を輝かせてクレスに質問しているこの男性、ロザリオだ。
「君が持っていた瓶に入った小石は、アラヤザから受け取ったんだね?それをヴィオン・ユラフィスは青の祭壇に隠しておいたと。」
「そうです。失くすといけないから、次にアラヤミに呼び掛ける機会まで、ここに置いておくと。」
クレスが青の祭壇にこだわった理由は二つ。
そこがアラヤミと最も近づくことができる聖域であること。
そして、アラヤザからの伝言が安置されていること。
「そして今度は、君の持っているその小瓶を持って山の神殿にある、赤の祭壇に届ければ、アラヤザは応えてくれると。」
頷くクレス。
ロザリオは嬉しそうに手を叩く。
「さて、ここに集まってもらったのは、アラヤザ・アラヤミの伝言役たる、王の娘の後継者候補だ。」
現女王の娘であるサラ王女。
王家の末裔である海の神官長の次女、海の姫の妹アルム。
精霊術士であり、アラヤザ・アラヤミ研究の専門家ロザリオ。
「第一候補はサラ王女だ。よろしく頼みます。」
「あなたに言われるまでもないわ。相変わらず失礼な男ね。」
「お前ね、もう少し優しくなれないの?顔が可愛くても、そういう言い方じゃ男寄りつかないよ?」
「私に優しくされる価値が、あなたにあるのかしら?」
クレスがこっそりと私に耳打ちする。
「サラ王女って、ロザリオさんにだけ異様に高圧的じゃない?やっぱ好きじゃなかったのかな。」
「世の中にはね、びっくりするくらい不器用な人もいるんだよ。」
ロザリオにはいつものことなのだろう。あまり気にしてはいないようだ。
「出発は一週間後だ。汽車で行ける青の神殿とは違って、赤の神殿までは険しい山道を進むことになる。みんなしっかりと準備をしてくれ。何か必要なものがあれば、俺に言ってくれ。」
「自分のことくらい、自分でできます。それでは皆さん、ご機嫌よう。」
サラ王女は冷たく言い放ち、部屋を後にした。
ロザリオはため息をついて、困ったように笑う。
「みんな、ごめんな。サラは本当は優しい子なんだけど、俺のこと嫌っててさ。俺にだけいつもあんな態度なんだ。」
「嫌ってるのかなぁ。」
「俺の説は王家の権威を否定するものだからね。王族の彼女が俺を毛嫌いするのも無理はない。」
なんというすれ違い。
サラ王女の本当の気持ちを教えてあげたい気もするが、それは彼女も望んでいないだろう。
「さぁ、君達も準備を頼むよ!クレスくんには精霊術士の護衛を付くそうだ。後で合流するから。」
護衛兼監視だろうか。
やはり自由に行動は出来なさそうだ。
「みんなで一緒に神話を解き明かしに行こう!」
「ロザリオさんは、神話が間違っていると思っているんですね?」
私の問いに、ロザリオは首を横に振る。
「間違っている、とは言えないな。
例えば、最も有名なエコテト神話集ではアラヤザとアラヤミは憎しみ合い争ったとされている。
そして、今回のクレスくんとアラヤミの会話で、アラヤザとアラヤミがお互いを思い合う友好関係にあることがわかった。
俺はそれを以って、神話が間違っているとは考えない。憎しみ合うことと想い合うことは、両立し得るからだよ。人間だってそうだろ?」
ロザリオは仰々しく両手を広げる。
「矛盾しているものなんだ。物事も心も。それをわかりやすく説明しようとして、都合の悪い部分を切り落としていく。結果、偏ったものの見方しか出来なくなる。」
人が物語るとき、必ずそこには意思が混ざる。
かつてのロザリオの言葉が頭に浮かぶ。
「俺は、切り捨てられた部分を知りたいんだ。残しなくなかった理由にこそ、人の強い想いを感じられる。」
かつて王は、自分の娘を恐れ、命を奪った。
その娘を、神聖な生贄として後世へ伝えた。
娘を悪人に仕立てあげることもできただろうに。
王は何を切り捨てたのだろう。
私達はロザリオの研究室を後にする。
少し進んだ廊下の先で、サラ王女がうずくまり、頭を抱えて唸っていた。
「大丈夫ですか?」
「ロザリオは怒っていましたか?」
泣きそうな顔で聞いてくるサラ王女。
「いいえ。あなたのことを優しい子だ、と言っていましたよ。」
「あああそんな人に対して、私はなんてことを。」
「好きって言えばいいのに。俺が言ってきましょうか?」
『絶対だめ!』
女性陣の声が揃う。
これから一緒に旅をする内に、わかり合える日も来るのだろうか。
顔がにやけている自分に気がつく。
私は今、楽しんでいる。
変革に立ち会う幸運。
人の輪の中で過ごす幸福。
「イアルさん?」
呼び掛けに顔を上げる。
クレスが心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。これからのことを考えてただけ。」
「そっか。なんだか泣きそうな顔に見えたから。」
すなわち、アラヤミ・アラヤザと対話する術を継承しうる後継者の育成。それが可能であれば、形態を変えての儀式の続行。不可能であれば、引き続き旧態での儀式の継続。
クレスへの質問も、事前に女王がしたものと全く同じ。決められた通りの回答をし、難なく乗り越えた。
「緊張したー。」
ほっとしたように笑うクレス。
議会を終えた私達が今いるのは、王都の学者、ロザリオの研究室。
今後の儀式の形態についての話し合いが行われている。
呼ばれたのは、クレス、私、アムル、サラ王女の四人。
取りまとめは、目を輝かせてクレスに質問しているこの男性、ロザリオだ。
「君が持っていた瓶に入った小石は、アラヤザから受け取ったんだね?それをヴィオン・ユラフィスは青の祭壇に隠しておいたと。」
「そうです。失くすといけないから、次にアラヤミに呼び掛ける機会まで、ここに置いておくと。」
クレスが青の祭壇にこだわった理由は二つ。
そこがアラヤミと最も近づくことができる聖域であること。
そして、アラヤザからの伝言が安置されていること。
「そして今度は、君の持っているその小瓶を持って山の神殿にある、赤の祭壇に届ければ、アラヤザは応えてくれると。」
頷くクレス。
ロザリオは嬉しそうに手を叩く。
「さて、ここに集まってもらったのは、アラヤザ・アラヤミの伝言役たる、王の娘の後継者候補だ。」
現女王の娘であるサラ王女。
王家の末裔である海の神官長の次女、海の姫の妹アルム。
精霊術士であり、アラヤザ・アラヤミ研究の専門家ロザリオ。
「第一候補はサラ王女だ。よろしく頼みます。」
「あなたに言われるまでもないわ。相変わらず失礼な男ね。」
「お前ね、もう少し優しくなれないの?顔が可愛くても、そういう言い方じゃ男寄りつかないよ?」
「私に優しくされる価値が、あなたにあるのかしら?」
クレスがこっそりと私に耳打ちする。
「サラ王女って、ロザリオさんにだけ異様に高圧的じゃない?やっぱ好きじゃなかったのかな。」
「世の中にはね、びっくりするくらい不器用な人もいるんだよ。」
ロザリオにはいつものことなのだろう。あまり気にしてはいないようだ。
「出発は一週間後だ。汽車で行ける青の神殿とは違って、赤の神殿までは険しい山道を進むことになる。みんなしっかりと準備をしてくれ。何か必要なものがあれば、俺に言ってくれ。」
「自分のことくらい、自分でできます。それでは皆さん、ご機嫌よう。」
サラ王女は冷たく言い放ち、部屋を後にした。
ロザリオはため息をついて、困ったように笑う。
「みんな、ごめんな。サラは本当は優しい子なんだけど、俺のこと嫌っててさ。俺にだけいつもあんな態度なんだ。」
「嫌ってるのかなぁ。」
「俺の説は王家の権威を否定するものだからね。王族の彼女が俺を毛嫌いするのも無理はない。」
なんというすれ違い。
サラ王女の本当の気持ちを教えてあげたい気もするが、それは彼女も望んでいないだろう。
「さぁ、君達も準備を頼むよ!クレスくんには精霊術士の護衛を付くそうだ。後で合流するから。」
護衛兼監視だろうか。
やはり自由に行動は出来なさそうだ。
「みんなで一緒に神話を解き明かしに行こう!」
「ロザリオさんは、神話が間違っていると思っているんですね?」
私の問いに、ロザリオは首を横に振る。
「間違っている、とは言えないな。
例えば、最も有名なエコテト神話集ではアラヤザとアラヤミは憎しみ合い争ったとされている。
そして、今回のクレスくんとアラヤミの会話で、アラヤザとアラヤミがお互いを思い合う友好関係にあることがわかった。
俺はそれを以って、神話が間違っているとは考えない。憎しみ合うことと想い合うことは、両立し得るからだよ。人間だってそうだろ?」
ロザリオは仰々しく両手を広げる。
「矛盾しているものなんだ。物事も心も。それをわかりやすく説明しようとして、都合の悪い部分を切り落としていく。結果、偏ったものの見方しか出来なくなる。」
人が物語るとき、必ずそこには意思が混ざる。
かつてのロザリオの言葉が頭に浮かぶ。
「俺は、切り捨てられた部分を知りたいんだ。残しなくなかった理由にこそ、人の強い想いを感じられる。」
かつて王は、自分の娘を恐れ、命を奪った。
その娘を、神聖な生贄として後世へ伝えた。
娘を悪人に仕立てあげることもできただろうに。
王は何を切り捨てたのだろう。
私達はロザリオの研究室を後にする。
少し進んだ廊下の先で、サラ王女がうずくまり、頭を抱えて唸っていた。
「大丈夫ですか?」
「ロザリオは怒っていましたか?」
泣きそうな顔で聞いてくるサラ王女。
「いいえ。あなたのことを優しい子だ、と言っていましたよ。」
「あああそんな人に対して、私はなんてことを。」
「好きって言えばいいのに。俺が言ってきましょうか?」
『絶対だめ!』
女性陣の声が揃う。
これから一緒に旅をする内に、わかり合える日も来るのだろうか。
顔がにやけている自分に気がつく。
私は今、楽しんでいる。
変革に立ち会う幸運。
人の輪の中で過ごす幸福。
「イアルさん?」
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クレスが心配そうに覗き込んでいた。
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