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第19話 兄
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夜空にばら撒かれた、輝く星々。ここは、エコテトで一番空に近い場所。
私の育った場所。
山の神殿、赤の祭壇。
クレスは膝をつき、辺りを見渡す。
「ここは、赤の祭壇?これも、記憶の世界なのか?」
「いいえ。ここは今。あなた自身が、今いる場所だよ。」
クレスは苦しげな表情を浮かべている。焦点が定まっていない。
他人の記憶を覗き込むことは、自身を歪める危険な行為。
その負荷が、クレスを襲っていた。
申し訳ないと思う。
それでもクレスには、私を知って欲しかった。
アラヤザの儀式のない赤の祭壇に、人の気配はない。
神殿内に祭壇を擁する海の神殿と違い、山の神殿と赤の祭壇は遠く離れている。
山の神殿は麓の街に位置し、神官長達が常駐している。
一方で赤の祭壇は、山頂近くに構えられていた。神事のない期間は無人であることが多い。
「王都からここまで、どうやって。」
戸惑うクレス。
無理もない。王都からこの赤の祭壇まで辿り着くのに、三日はかかる。
でもそれは、私には関係のないこと。
「私はこの世界の余り物。どこにもいる必要がないから、どこにでもいられる。私が思い描ける場所には、どこへでも行ける。私が触れた存在ごと。」
マクザンの束縛の術も、とっくに解かれている。私を縛り付けることなどできない。
今頃、消えた私達を必死に探しているだろう。
クレスは私の言葉を懸命に受け止めようとしている。
「イアルさん。あなたは一体何なんだ。さっきの老人が、本当に兄さんなのか。」
震える声で、問いかけてくる。
「あなたが、兄さんを殺したのか。」
クレスの目に怒りの色はない。
まだ私を信じている。
「私はただ、あなたが止めたヴィオンの時間を動かしただけ。」
「俺が、止めた?」
「あなたは、自分がヴィオンに何をしたのか理解できていない。」
五十年前のあの日。クレスの故郷が岩のなだれに覆い尽くされた日。ほんの少し村を離れていた彼だけが生き残った。
でも5歳のクレスにとって、日常はいつまでも続くものでなければならなかった。
噴火で村がなくなるなんて、あってはならないことだった。
だから、噴火はないことになった。
「あなたは死んだ村を生き返らせ、5歳のまま暮らしていた。でも、彼がやってきた。」
ヴィオン・ユラフィス。
救助に携わっていた彼は、村の異変にすぐ気がついた。
他の村との位置関係から、被害を免れるはずのない山間の村。
それが何故か無傷だった。
「原因があなたであることに気づいたヴィオンは、あなたを村から連れ出した。」
幼いクレスの世界は、生まれ育った村の中だけだった。
世界の外に連れ出された途端、彼の力は行き場を失くした。
「あなたは、あなたの世界なら好きに思い描けた。でもその外側では、あなたは無力だった。だから、あなたの村は本来の姿に戻った。家は壊れ、人々は死んでしまった。」
ついさっきまで楽しく暮らしていた場所が、突然消え去る。
息をするのも忘れるようなその衝撃が、たった5歳のクレスを押し潰した。
彼は故郷を、今度こそ失ったのだ。
「その罪滅ぼしなのか、危険過ぎて野放しにできないと思ったのかはわからない。ヴィオンはあなたとともに暮らし始めた。」
他人を遠ざけていたヴィオン・ユラフィスは、クレスを家族として受け入れた。
「彼はあなたを人間として扱った。人としての時の流れの中に戻そうとした。
そのお陰で、完全に時が止まった私とは違って、あなたはゆっくりとだけど成長していった。
でもね、今度はヴィオンの時が止まってしまった。」
クレスの力の源は、家族といたいという願い。
初めは生まれ育った村。家族と、家族同然の村人達。
そして次は、ひとりぼっちになった彼の手を取り、育ててくれた『兄』。
「人は老いるもの。そのことを受け入れられない、もう家族を失いたくないあなたは、彼を永遠に共に生きる存在にしてしまった。ヴィオンはいつまでもあなたの『兄』としての姿を保つことになった。何十年も。」
老いることも許されず、徐々に友人や知人達との交流を断たれていく。
その孤独の中で、彼は何を思ったのだろうか。
「私が、あなたとヴィオンに気づいたのは、十五年前。隣国との戦いの最中。」
海の向こうから押し寄せてきた隣国の軍隊。そのエコテトの危機に、かつての英雄達は立ち上がった。
天真爛漫な姫君は、慈愛と冷酷を併せ持つ絶対勝者の女王に。
強さをひたすらに追い求めた若き精霊騎士は、老獪なる軍団長に。
悪態ばかりの傍若無人の学者は、知略縦横の軍師に。
そして、精霊の愛し子、神秘の精霊術士は。
「ヴィオン・ユラフィスは姿を現さなかった。歪んだ時の中で生きる彼は、かつての仲間と肩を並べることが出来なかった。」
それでも彼は、クレスを連れていくつかの戦地を渡り歩いていた。
精霊術で負傷者の治療にあたる彼らに出会えたのは、本当に偶然。
「周りは気づいていなかったけど、私はすぐにわかった。その四十年近く前に、ヴィオン・ユラフィスを見たことがあったから。そして、変わらぬ時を生きる存在があることを、知っていたから。」
戦争が終わっても、私は彼を観察し続けた。そして、そう長く掛からずに、自分が思い違いをしていることに気づいた。
「私は初め、ヴィオンが私の同類なんだと思ってた。でも違ったの。彼ではなく、クレス、あなただった。」
クレスの無邪気な願いに、ヴィオンは囚われ続けていた。
「あなたが、ヴィオンを大切に思っていることもよくわかった。苦しめるつもりなんてないことも。でもね、彼には救いが必要だった。」
自分ではどうしようもない、得体の知れない力に翻弄され、彼の心は爛れていた。
「だから私が、彼を救ったの。」
私の育った場所。
山の神殿、赤の祭壇。
クレスは膝をつき、辺りを見渡す。
「ここは、赤の祭壇?これも、記憶の世界なのか?」
「いいえ。ここは今。あなた自身が、今いる場所だよ。」
クレスは苦しげな表情を浮かべている。焦点が定まっていない。
他人の記憶を覗き込むことは、自身を歪める危険な行為。
その負荷が、クレスを襲っていた。
申し訳ないと思う。
それでもクレスには、私を知って欲しかった。
アラヤザの儀式のない赤の祭壇に、人の気配はない。
神殿内に祭壇を擁する海の神殿と違い、山の神殿と赤の祭壇は遠く離れている。
山の神殿は麓の街に位置し、神官長達が常駐している。
一方で赤の祭壇は、山頂近くに構えられていた。神事のない期間は無人であることが多い。
「王都からここまで、どうやって。」
戸惑うクレス。
無理もない。王都からこの赤の祭壇まで辿り着くのに、三日はかかる。
でもそれは、私には関係のないこと。
「私はこの世界の余り物。どこにもいる必要がないから、どこにでもいられる。私が思い描ける場所には、どこへでも行ける。私が触れた存在ごと。」
マクザンの束縛の術も、とっくに解かれている。私を縛り付けることなどできない。
今頃、消えた私達を必死に探しているだろう。
クレスは私の言葉を懸命に受け止めようとしている。
「イアルさん。あなたは一体何なんだ。さっきの老人が、本当に兄さんなのか。」
震える声で、問いかけてくる。
「あなたが、兄さんを殺したのか。」
クレスの目に怒りの色はない。
まだ私を信じている。
「私はただ、あなたが止めたヴィオンの時間を動かしただけ。」
「俺が、止めた?」
「あなたは、自分がヴィオンに何をしたのか理解できていない。」
五十年前のあの日。クレスの故郷が岩のなだれに覆い尽くされた日。ほんの少し村を離れていた彼だけが生き残った。
でも5歳のクレスにとって、日常はいつまでも続くものでなければならなかった。
噴火で村がなくなるなんて、あってはならないことだった。
だから、噴火はないことになった。
「あなたは死んだ村を生き返らせ、5歳のまま暮らしていた。でも、彼がやってきた。」
ヴィオン・ユラフィス。
救助に携わっていた彼は、村の異変にすぐ気がついた。
他の村との位置関係から、被害を免れるはずのない山間の村。
それが何故か無傷だった。
「原因があなたであることに気づいたヴィオンは、あなたを村から連れ出した。」
幼いクレスの世界は、生まれ育った村の中だけだった。
世界の外に連れ出された途端、彼の力は行き場を失くした。
「あなたは、あなたの世界なら好きに思い描けた。でもその外側では、あなたは無力だった。だから、あなたの村は本来の姿に戻った。家は壊れ、人々は死んでしまった。」
ついさっきまで楽しく暮らしていた場所が、突然消え去る。
息をするのも忘れるようなその衝撃が、たった5歳のクレスを押し潰した。
彼は故郷を、今度こそ失ったのだ。
「その罪滅ぼしなのか、危険過ぎて野放しにできないと思ったのかはわからない。ヴィオンはあなたとともに暮らし始めた。」
他人を遠ざけていたヴィオン・ユラフィスは、クレスを家族として受け入れた。
「彼はあなたを人間として扱った。人としての時の流れの中に戻そうとした。
そのお陰で、完全に時が止まった私とは違って、あなたはゆっくりとだけど成長していった。
でもね、今度はヴィオンの時が止まってしまった。」
クレスの力の源は、家族といたいという願い。
初めは生まれ育った村。家族と、家族同然の村人達。
そして次は、ひとりぼっちになった彼の手を取り、育ててくれた『兄』。
「人は老いるもの。そのことを受け入れられない、もう家族を失いたくないあなたは、彼を永遠に共に生きる存在にしてしまった。ヴィオンはいつまでもあなたの『兄』としての姿を保つことになった。何十年も。」
老いることも許されず、徐々に友人や知人達との交流を断たれていく。
その孤独の中で、彼は何を思ったのだろうか。
「私が、あなたとヴィオンに気づいたのは、十五年前。隣国との戦いの最中。」
海の向こうから押し寄せてきた隣国の軍隊。そのエコテトの危機に、かつての英雄達は立ち上がった。
天真爛漫な姫君は、慈愛と冷酷を併せ持つ絶対勝者の女王に。
強さをひたすらに追い求めた若き精霊騎士は、老獪なる軍団長に。
悪態ばかりの傍若無人の学者は、知略縦横の軍師に。
そして、精霊の愛し子、神秘の精霊術士は。
「ヴィオン・ユラフィスは姿を現さなかった。歪んだ時の中で生きる彼は、かつての仲間と肩を並べることが出来なかった。」
それでも彼は、クレスを連れていくつかの戦地を渡り歩いていた。
精霊術で負傷者の治療にあたる彼らに出会えたのは、本当に偶然。
「周りは気づいていなかったけど、私はすぐにわかった。その四十年近く前に、ヴィオン・ユラフィスを見たことがあったから。そして、変わらぬ時を生きる存在があることを、知っていたから。」
戦争が終わっても、私は彼を観察し続けた。そして、そう長く掛からずに、自分が思い違いをしていることに気づいた。
「私は初め、ヴィオンが私の同類なんだと思ってた。でも違ったの。彼ではなく、クレス、あなただった。」
クレスの無邪気な願いに、ヴィオンは囚われ続けていた。
「あなたが、ヴィオンを大切に思っていることもよくわかった。苦しめるつもりなんてないことも。でもね、彼には救いが必要だった。」
自分ではどうしようもない、得体の知れない力に翻弄され、彼の心は爛れていた。
「だから私が、彼を救ったの。」
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イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
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