魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。(趣味用)

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第七章

一炊の夢10

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 ◇



 ――誰かがいる。

 その気配に、青年は静かに意識を浮上させた。
 まぶたを閉じたまま、耳を澄ませ、気配の動きを探る。

 灯りなどあるはずもない室内に、扉の隙間からわずかな光が差し込み、まぶた越しにその存在を感じ取った。
 そして――そこに立っている。すぐそばに。

 張り詰めた気配。ためらいを孕んだ呼吸。
 やがて、木製の擦れる音。足元に何かを置いた気配。
 さらに、恐る恐る顔を覗き込む影が近づいてきた。

 寝入っていると思ったのだろう。
 張り詰めていた気配が、ふっと緩むのが分かる。
 すかさずその首に巻き付けた。

「こんばんは」
「ぐぇ!?」

 一声かけるとビクリと身体を震わせ、距離を取ろうとするが、そうもいかない。
 なぜなら青年の手首を縛っていたはずの縄が、そいつの首を締めていたからだ。

「あれ? もしかして、こんにちはだった?」

 青年は縄の両端を両手で引っ張り締め上げるように自身の顔を近づけた。
 赤い瞳が暗闇の中でうっすらと光る。
 男だ。黒の魔族だ。
 困惑した様子で微動だにもしない。

「意外とおとなしいなぁ」
「な、が……」

 扉から射し込む人工的な淡い光。それを頼りに床を見ると木製の皿に粗末なパン。
 どうにも目の前の情けない顔をした男はこれを持ってきただけらしい。

「俺、こう見えて縄抜け得意なんだよ。コツがあってさ、縛られるときが大事。俺を縄で縛るのはあまりよくないぞ。お前みたいになる」
「は、はぁ?」

 何がなんだかといった様子で間抜けな声を出した。

「お、俺は、飯を運んで来ただけだ」
「みたいだな」
「い、言われただけなんだ」
「何を?」
「あ、アニキに」
「あの頬に傷のある男か?」
「あれは違う」
「じゃあバンダナ男か?」
「アニキだ」
「あぁそう」
「ダメだもう無理だ離してくれ、人間なんぞ祟られる」
「はい?」

 真っ青な顔で訳の分からない事をいう。まぁ怯えているようなのでこちらとしては都合がいい。

「俺は何処の国に連れて行かれるんだ?」
「そ、それはあの人がいる国に」

(〝あの人〟か……確かにさっきのやつらもそう言っていたな)

「あの人って? お前達の親玉みたいな?」
「ら、ラオパン」
「は?」
「ぼす、ボスだよ。頼む離してくれ」

 ガタガタと震えだす男に、青年は拍子抜けしてその縄を解いた。
 目の前の男は青年からすかさず距離を取り警戒しながら首を擦っている。
 よく見ると

「あれ? お前……最初に俺を殴って来た奴じゃないか」

 正確には殴ろうとして青年に店の扉で一撃入れられた男である。
 青年よりは体格はいいが、神経質そうな目つきによく似合うひょろっと細長い高身長。
 そして何より髪が薄い。

(ストレスで髪が抜けたのかストレスで太れないのか)

「き、貴様が人間だと分かっていれば」
「分かっていれば?」
「ヒィィ喋るな」
「えぇ……」

 なぜこうも怯えられているのか。

「そんなに怖い?」
「怖いものか、お前ら人間なんぞ」

 膝立ちで少し近づいてみる。

「ヒィィ来るな、来るな」
「も~なんなんだよ」
「人間なんぞ下等で劣等な生物なんぞ」
「下等で劣等がなんだって?」
「と、だ、とととととととにかく卑劣で卑怯で醜悪で冷徹で暴力的で短気で血も涙もないようなお前達なぞ」
「人を迷わず殴ろうとして、監禁するような奴に言われたくないんだけど……」
「しゃ、喋るな」
「…………あのさ、お前人間になんかされたの?」
「されてない」

 真顔で即答され、思わず顔面から地面に崩れた。

「いや待て、されたぞ。貴様に扉で顔面を殴られた」
「…………」
「されたぞ! 痛かったぞ!」
「……そうだな。あれは俺が悪かったよ。ごめんな」
「分かればいい」

 これはもうまともに会話しようとする方がアホらしい。青年ははてさてと頭をかいて。

「俺、お手洗いに行きたいんだけど」


 ――厠(かわや)は意外と直ぐそこにあった。
 部屋を出ると真っ直ぐ横に燭台で照らされた廊下が続く
 左側の奥には階段があり、おそらく地上へ繋がっている。右側には他にも部屋が二つほど続いており、その奥に厠があった。

(残念。地上に出れるかもと思ったけど、そうもいかないか)

 用を済ませて先ほどの倉庫へと戻る。
 再度手首を縛られ、背後に青年の首輪からつながるリード、否、鎖をさっきの男が握っていた。
 足枷の鎖がじゃらりと音を立てる。
 倉庫の前までくると奥の階段の様子がよく見えた。

「なぁあそこから外に出れるんだろう? どこに出るんだ?」
「バカだな外に繋がっているわけないだろう。居間に出るだけだ。居間には大概アニキがいる。簡単には逃げらんねぇぞ」

 バカはこの男である。〝外〟とは文字通り外のつもりで聞いた訳ではない。しかもいらぬ情報を敵に送っていると気付いていない。

「そうかぁ。居間があってアニキがいるのね。そのアニキって頬に傷がある方?」
「そいつは違う」
(いるのはバンダナの方か)

 倉庫の中に入ると青年は大人しく床に座り、縛られた両手で器用にパンを手にとり口にした。

「喉が渇いた。牛乳も欲しい」
「……てめぇ、捕まってる自覚ないのか?」
「あるある」
「こんな図太い奴はじめてだぜ……なんなんだ。人間ってのはどいつもこいつもこうなのか」
「俺以外に人間と話したことでも?」
「…………そうかも知れねぇが人間でもねぇし」

 思い当たる節でもあるらしい。律儀に考え込んでいる。青年はパンのカスがついた口元を指で拭いながら、だんだん目の前の魔族が可愛らしく見えてきていた。勿論見た目ではなく中身が。

「なんだあるんじゃないか。今度紹介してくれよ」
「ない! いや……」
「も~なんなんだよ。言っちゃえよ」
「だから、その、あの人が」
「またそれかぁ……ラオパン?」
「本当かは知らない。が、人間と魔族のハーフだって」

 もし青年が今牛乳を飲んでいたなら盛大に吹き出していただろう。
 だが驚いたのも束の間で、それより気になったのは目の前の大の男の怯えた様子である。
 なにを思い出したのか、さっきまで血色の良かったひょろ長い男が急に全身青ざめて震えだしているのだ。思わず背中をさすってやろうとしたが、かえって怯えそうなのでやめておいた。

「もしかしてそれが原因で人間が苦手?」
「ち、違う。そもそも人間なんぞ劣等で劣悪で下等な」
「はいはい」
「昔からお前達に関わるとろくなことがないと言われて」
「へーへー」
「そもそもすぐ死ぬし他責だし」
「俺、死んでないけど?」
 ひょろ長は少し黙ったあと「確かに」と呟いた。
「俺、なにかお前のせいにした?」
 また少し黙ったあと「確かに」と呟いた。

「俺もね。最初お前のこと怖いやつだなぁと思ってたんだけど、話してたら結構楽しいよ」

 すると徐々にひょろ長の全身に血色が戻ってきた。

(なんて分かりやすい奴なんだ)

 こういう分かりやすくて扱いやすいのは青年の好みなのだ。あぁ恋愛的なそれではなく。

 ひょろ長はそれでもまだ怯えた様子で青年に尋ねる。

「気に入ったやつを標本にしたりしないか?」
「うん、標本は趣味じゃな……え?」

 青年は固まった。

「俺たち魔族を標本にしたり人間を標本にしたり、買ったり、お前はしないんだな?」
「え、しないよ?」

 青年はやはり固まったまま、もはや条件反射で答えていた。

(まさか……)

 ひょろ長はその大きな身体を縮こまらせ、ぶるぶると震えながら言う。

「あの人は……気に入ったら人だろうが動物だろうが関係なく捕らえて剥製にするんだ。そんで暫くしたらそれをオークションにかけるんだぞ」

(密輸、密猟、誘拐、監禁、殺人、死体損壊、死体遺棄、売買……か)

 おそらく全てやっている。人を平気で剥製にする奴だ。もちろん動物愛護管理法や鳥獣保護法も無視だろう。絶滅危惧種にも躊躇無く手を出しているのが想像に難くない。

「し、しかもそれが〝人間によく売れる〟って……こ、怖いだろ。たぶんお前もこのあと」
「お、落ち着けよ」

 青年は今度こそひょろ長の背をさすっていた。両手首を縛られているのでやりづらい。

「あ、あんなの見たら」
「まさか、されそうになったのか?」
「うぅっ」
「あ、こらバカ、吐くな? 吐くなよ?」
「ぎもぢわるぃ」
「わぁ待て待て待て待て、俺が悪かった! ごめんごめん大丈夫大丈夫! 変なこと聞いたな? ごめんな~」

 ひょろ長は情けなくもずびずびと鼻水をすすって涙でぐしゃぐしゃの目元を両手でぐりぐりと拭う。

「おいおいそんな強くさすったら赤くなるぞ」
「……お前いいやつだな」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま、青年の両手をぎゅっと握る。

「でも今回、失敗したんだ。っおれのせいで、酒、まぢがって、関係ない所に流しちまっで」
「うんうん」

 ひょろ長は涙声で続ける。

「だから取りに行って、でもおまえに見られて、俺、慌てて」
「うんうん」
「それに、ぜんぶ回収でぎなぐで、客怒らせて」
「あーー」

 察しの良い青年は、もはや話の流れで気付いてしまい頬が引きつく。

「だがら、だがら」
「ね、そういうね。なるほどね」
「お前持って行って、ゆるじで貰うじが」

(言うと思った……!)


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