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第四章
塞翁が馬05
しおりを挟むそのあと少女はもう戻らなきゃと、こちらを気にしながら、明日また必ず来るからと言って足早にさって行った。
だからという訳ではないが、体調もまだ万全ではないし、何より例え見付かっても、自分を追っている魔族達は、この泉に近付けない。
(魔族にとってこの泉は、神聖なものだからな)
この場所で誰かを殺める事など出来ないのだ。
(暫くここに身を隠そう)
そしてその翌日。本当にまた、少女は若者の前に現れた。
「ほらやっぱり、貴方の髪とっても綺麗だわ」
昼頃にひょっこりやって来た彼女は、遅くなってごめんなさい。お腹空いたでしょと、持って来た包みを広げた。いただくべきかどうか躊躇すると、彼女は好き嫌いはよくないと怒る。若者はそうじゃないと苦笑し、有り難く食べ物を口にした。
すると少女はにこにこしながら言ったのだ。
食べ終わったら貴方の身体を洗ってもいいかしら?と、無邪気に。
思わず食べ物を喉につまらせむせた。
なんでも今日は特に暖かいし、見たところ昨日はまだ治りきれていなかった傷がよくなっている為、泉に入れるだろうと考えたらしい。
着替えも持ってきたのよ。と言って、着ていた服を脱ぎ出す。
呆気に取られながら、どうりでやたら大きめの服を妙に着こんでいる訳だと気付く。
脱いだ服を日陰が広がる木の下に置くと、少女は薄着一枚で泉に飛び込んだ。
早く早くと若者を呼ぶ。
仕方無く、髪だけにしてくれと頼んで、逃げている最中に無惨にも擦り切れてしまった服と共に、彼は泉の中に入ったのだった。
「一目みた時から綺麗にしたら、絶対素敵だと思っていたのよ」
鼻唄でも歌いそうな少女は、腰まである若者の黒く長い髪を水で洗う。
「そうか、それは良かったな」
若者はすっかり諦め、とりあえず顔を洗い流したりしながら、大人しく終わるのを待っている。
「黒髪って素敵よね。水に濡れると更に映える気がするし、羨ましいわ」
「何言ってるんだ?」
思わず振り返って、彼女の水に濡れた髪を手に取る。
「君の方が綺麗じゃないか」
「ふふ、そんな事言っても何も出ないわよ」
「嘘じゃない。初めて君を見た時、てっきり天使だと思ったんだ」
「まぁお上手ね」
「それで自分は死んだと勘違いした」
「それは酷いわ」
少し間があいて、どちらともなくクスクスと笑い出す。
「やっぱり貴方おかしな人ね」
「君も。きっと周りの人は振り回されて苦労しているな」
「そうね。貴方の服を手に入れるのも苦労したのよ。きっと今頃、今度は何をと思っているわ」
すると、少女はじっと若者の顔を見詰め
「やっぱり素敵ね」
と、呟いた。
泉から上がると、少女が持って来てくれた服に着替える。
ちゃっかり自分の着替えも持って来ているのだから、なんとも彼女らしい。
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