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第七章
一炊の夢02
しおりを挟む「すごい。花みたいになってる」
「時代は代わったな。少し前ならこんな洒落た菓子などなかったぞ」
「魔王さまは一体いつの記憶と比べてるんだか」
拳ほどの大きさで、思ったよりも小さい。けれど、透き通った楕円のゼリーの中に、果物で花柄が再現されていた。ただ果物をぎゅうぎゅうに詰め込んだだけのものを想像していた青年は、その可愛らしさに心が弾む。
さっそくスプーンを手に取り、ゼリーを口へ運ぼうとした瞬間――魔王に手首をぐっと掴まれた。
「ちょっと、なにするんですか?」
驚いて見上げると、魔王の顔には一瞬の焦りが浮かんでいた。
「すまん。すっかり油断していた」
「なにが?」
魔王はしばらく彼を見つめた後、手を放し、深刻そうな表情で言う。
「その果物は、お前は喰ってはいかん」
「えぇ?」
青年は不満げに声を上げ、目の前のゼリーをもう一度見つめた。その中に混じっている果物は、見た目こそ美しく、毒々しさは微塵も感じられない。しかし、魔王の言葉には確固たる重みがあった。青年は疑念を抱きつつ、再び魔王を見上げる。
「知っていると思うが、この土地には邪気がある。動植物も例外ではない。アシッドやメノウ、テンオゴは問題ないが、その黄色い果物はお前には毒だ」
赤紫や青みがかった果物の中で、ひときわ鮮やかな黄色の実が目を引いた。その色合いはまるで太陽のように輝いて見え、けれどどこか警戒を呼び起こすような印象もあった。おそらく柑橘系の果物だろう。見た目にはまったく毒気を感じさせない。
「酒で言うなら、致死量の度数だ」
青年の心臓が一瞬、ドクンと音を立てた。口元がひくつく。致死量のアルコール度数……それが果物だなんて。信じられない。だが、魔王の言葉の一つ一つが、彼の中でどんどん現実味を帯びていった。
「それ以外は……まぁ、まだなんとかなるかも知れんが」
「じゃあ魔王さまにあげます」
青年は迷うことなく、スプーンで黄色い果物の部分をすくい取り、ゼリーごと魔王の口へと突っ込む。
「んん!?」
「食べながら喋るのは行儀が悪いですよ」
驚きと戸惑いが入り混じった顔を見せながらも、魔王は特に抵抗することなく、それを飲み込んだ。
「おいこら、いきなり突っ込むな。危ないだろう」
「美味しいですか?」
「ん? ああ、そうだな。悪くない。甘味と酸味、それにつるりとした食感が……」
「それじゃあ第二弾。魔王さま、あーん」
魔王はつられて口を開けたが、すぐにハッとして再びその手首を掴んでいた。
「そうじゃないだろう。私をいくつだと思ってる。赤子じゃないぞ」
「大丈夫。みんな最後には自分でスプーンも持てなくなりますから」
「バカを言うな。そうなるにはまだ早い」
そう言いながらも、魔王は結局そのまま食べた。その素直すぎる行動に、青年は思わず笑う。
「結局食べるんですか」
「仕方ないだろう。注文したんだ、残すわけにもいかんだろう」
「そうじゃなくて」
「じゃあなんだ?」
「魔王さまって本当おもしろい」
「お前はわけがわからん」
魔王は青年の手首を放すと、食べかけのゼリーの皿を自分の前へと引き寄せた。代わりに、自身のメノウタルトの皿を青年のほうへと押しやる。
「この菓子なら問題ない。土台部分もたいした邪気は感じないしな」
「……全く同じものが二つ」
青年はテーブルの上に並ぶ、魔王と自分のタルトを見比べてため息をつく。
「私も全く同じものが二つあるんだが」
「そっちも食べたかったなぁ」
「気持ちは分かる」
「はぁ」
溜め息をもう一つ落とした青年に、魔王は少しだけ柔らかい目を向けながら、ゼリーの一部をスプーンで掬った。人間の体にとって、比較的害が少ないと思われる部分を選んで。
「ほら、多少痺れるかも知れんが」
スプーンが青年の口元に差し出されると、彼は特に抵抗もなくそれを口にした。
「俺は病人じゃないですよ」
「知っているが、それがどうした?」
魔王は自分がさっきの青年と同じ行動をしていることに、気づいていないらしい。
「つるっとしてら」
「食べながら喋ると行儀が悪いと言ったのは誰だ」
黙ってゼリーと果物の味と食感を楽しんでいると舌に妙な痺れを覚える。
少しピリッとする程度でたいしたことはないのだが……青年はとりあえず飲み込んだ。すると喉を通って胃へと落ちていく間にも痛いわけではないが、痺れるような何かが走る。
――この感覚は。
初日に邪気にあてられ倒れてしまった時のことを思い出した。気を失い意識を取り戻す間際、身体の奥底から這い上がってくるような痺れ。
あれと似ている。あのときのように激しくはないが、どこか共通するものがあった。
「……魔王さま、もう一口」
青年がそう言うと魔王は「仕方ない」と彼の口元へと運ぶ。
再び口の中へ入って来たその味わい。口内に残る果実の甘さと、わずかな痺れ。それらがゆっくりと溶け合いながら、彼の中に広がっていく。
「……」
「どうした?」
「いやちょっと、舌が痺れるなって」
舌に感じるわずかな痺れを確かめるようにその感覚に意識を向けると、あの時の魔王とのやり取りがふと蘇る。状況が呑み込めず思わず殴って、そのあと部屋に行ってから、やっぱり辛くて助けを求めた。
口付けられた時の温もりと痺れを思い出して、青年は思わず視線をさ迷わせる。なぜかじわじわと顔が熱くなった。
(いやでもあれ一瞬だったよな? 結局俺、また殴ったし、そんな暇なかっただろ)
「どうした? まさか体調が悪く」
「いやそれは全然」
「もしそうなら早く言え」
(言ってどうすんだよ)
「あまり食べ過ぎると身体に毒だ。残りは私が貰うぞ」
「え」
「身体に浸透してしまった邪気の対処方は限られていて難しい。だからそうならんようにするのが手っ取り早い」
「魔力でなんとかならないんですか?」
「邪気は我らにとっては毒ではない。故に力を使ってと言われても思い付かんし試したことのある者も殆んどいない。少なくとも私はこの間より良い方法を知らんぞ」
自分で聞いておきながら、魔王の返答に青年は思わず顔をひきつらせた。この間と言えば……。
(俺、今それを忘れようとしてたんですが?)
意図せず自ら墓穴を掘った形だ。忘れたい記憶が勝手にフラッシュバックしてきて、ただでさえ火照っていた顔がじんわり熱を増す。
だが魔王に気にした様子は微塵もない。逆にその姿を見て、青年も冷静さを取り戻した。
(あれは人命救助だしな。意識するもんでもない。うん)
フレ茶を飲んで心を落ち着かせる。
「……おい、本当になんともないのか?」
普段鈍いくせになぜ気付いて欲しくない時だけ気付くんだと口から出そうになったが寸前のところで呑み込む。
「なに言って」
「いや……おかしい。悪いが帰るぞ」
「ええ!? 来たばっかりだし、俺まだ食べ終わってないんですけど」
「そうか、なら包んで貰おう」
魔王は手を上げてさっきの彼女を呼ぶ。
「ちょ、ちょっと待った! ストップ!」
近付いて来た彼女も魔王も律儀に動きを止めた。
「魔王さま。俺さっきの小劇場の午後の部みたいんですよ。あと他のお店も見て回りたいですし」
なにかを察した彼女が「あそこの劇とても完成度が高いですよね。魔王さまも是非!」と加勢した。
「それとこれ俺だけ食べるなんて勿体無いので、マール達の分も買っていきましょう!」
「……それは、私もちょうど考えていたところだが」
魔王がきょとんとして答えると、青年と彼女はすかさず畳み掛ける。
「気が合いますね魔王さま!」
「それじゃあ私準備しますね! いくつ作りましょうか?」
「とりあえずメノウタルトを二十個で!」
「かしこまりました! あぁけどどうしましょう。それだけあると作るのにお時間が……!」
二人はチラチラと魔王を見る。
魔王ははぁっと深いため息をついた。
「分かった分かった。下手な芝居はもういい。暫くそこら辺を見て回ろう、菓子は帰りに取りに来る。ああ、先に会計を済まそう。お前は外で待っていてくれ」
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