魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。(趣味用)

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第七章

一炊の夢07

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 するとそこにいたのは、見るからに「占い師です」と言わんばかりの風貌をした老婆だった。

「そうだよ。〝お前さん〟だよ」

 年老いて、男なのか女なのか見当もつかないほど、顔も手も皺だらけだが、真っ赤な髪と鮮やかな緑の瞳を見れば、女性であることは分かった。
 その手には、いかにも〝それっぽい水晶玉〟を両手でしっかりと持っている。

「おばあさん、俺が灰の魔族に見えるの?」
「ふん、年寄りの眼をごまかせると思うでないぞ。耄碌(もうろく)はしとるが、この水晶がそうだと告げておるわい」

 老婆は水晶を片手でぺしぺしと叩いた。
 自信満々に語る姿に呆気にとられつつ、青年はそっと魔王に問いかけた。

「俺の瞳のせいかな?」

 髪は帽子の中に隠している。となると、空色の瞳が灰の魔族の〝海のように青い瞳〟を連想させたのかもしれない。

「いや……そうではなさそうだ」

 老婆をじっと観察して、魔王は低く答えた。青年も改めて老婆に目を向けると、その視線がどうにも合わないことに気づく。
 まるで音や気配で、こちらの位置を測っているかのようだ。

(眼が悪いのか……)

「ふん、魔族も老いぼれると人間と変わらぬ。今は水晶だけが頼りじゃて……見えぬものも、すべて感じ取れる」

 またしても青年は、こそりと魔王に耳打ちする。

「どういう仕組み?」
「……分からん」

「おばあさん、悪いけど俺、灰の魔族じゃないから。人違いだと思うんだけど――」

「――見えるぞ」

 老婆が突如として語気を強めた。

「わしには見える。〝そなた〟の本来の姿が。嘘をついてもこの水晶はごまかせん。……還って来たのじゃろう、この世に」

 生温く、しかしどこか冷たい風が、青年の首筋をなぞるように通り過ぎた。

「呑気なものよ。数奇な運命を持つ〝お主〟にとっては……うたかたの夢になるやも知れぬぞ」

 老婆は、手のひらを差し出す。おそらく魔王に向けているのだろうが、少し場所がズレていた。

「さぁ占ってやったのだ、金を出せ」

 青年は一瞬黙りこみ、目を見開いた。

「金とるの!?」
「当たり前じゃろうが、わしは占い師ぞ」
「いやいやいや、勝手に言ってただけでしょ! て、魔王さま!?」

 振り向けば、魔王が財布を探して懐に手を入れていた。

「こんな詐欺師に、まともにお金出そうとしないでください!」
「だが、占ってもらったしなぁ……」
「勝手にですよ! 勝手に! あと全部デタラメですから! てか財布持ってる方を的確に判断してんのもおかしいでしょ!」
「そうかもしれんが」
「絶対ダメだ……って、あれ?」

 気付けば、老婆の姿はすでにそこにない。
 あたりを見回しても、どこにもいなかった。

『そなたらの人生に、幸多からんことを……』

 物寂しげな通りのどこからか、しわがれた声が響いた。


 ◇


「――なんだったんだろう、あのばあさん」

 一人、大通りの端を歩きながら、青年は小さく呟いた。

「俺が人間だってバレるより、あのおばあさんの方がよっぽど怖いじゃないか……」

 いきなり現れたかと思えば、わけのわからないことばかり言って、最後は声だけ残して消えた。
 不気味さで言えば、あの胡散臭い老婆の方がずっと上だ。
 魔王は「まぁこういうこともあるだろう」とさらりと流していたが。

「あるわけないっての……」

 もしかして、魔族にとってはあれが日常なのか。

 それはともかく、どうして青年が一人でいるかと言うと、あの後魔王がこう言ったからだ。

『すまん。先に工房へ寄ってもいいか?』

 大通りに出たところで、魔王がふと思い出したように言い出した。

『忘れ物ですか?』と尋ねると『そんなところだ』という。
 そこで青年は甘味処、魔王は工房へ向かうことにして、水時計の前で合流しようと提案した。
 魔王は「それなら私も一緒に」と言ったが、効率が悪いからとつっぱねて、青年は甘味処へ向かったのだった。
 追って来ないところを見ると、魔王は素直に工房へ行ったらしい。

「……魔王さま、俺のこと子供扱いしてないか?」

(あり得る)

 魔王の目から見れば、自分など子供も同然だろう。
 そういえば初日に〝少年〟と呼ばれたのだった。もちろん即座に否定したが。

(……それはちょっと面白くないかも)

 そんなことを思いながら、ようやく店の前にたどり着く。
 扉へ手をかけようとした時、ふと、店の横手にある細道からなにやら騒がしい声が聞こえた。
 気になって覗いてみると、店の勝手口より少し奥、木箱を荷馬車へ積み込む黒の魔族が三人。
 一見すると、ただの荷運びのようにも見える。
 だが妙にこそこそとした様子に違和感を覚えた。

(……何を積んでるんだ?)

 静かに足を進める。
 確認しようと一歩踏み出したその時、勝手口の扉が半分だけ開いた。
 中から、あの緑の瞳と赤い三つ編みの彼女が顔を出す。

「あら、あなたは魔王さまの――」

 言葉の途中で、男たちの鋭い目付きと視線がぶつかった。

(マズい)

「中に入って、絶対に出てくるな」
「え?」

 彼女は戸惑った様子で青年を見詰めた。
 だが青年の視線は、半開きの扉の後ろから近づいてくる棍棒を手にした男に向けられている。

 考えるより先に身体が動いた。
 取っ手をつかみ、勢いよく扉を開いて男にぶつける。
 ガンッ! と激しい音が響き、男は顔面を強打。
 尻餅をついたのと同時に、もう一人が走り寄ってくる。
 まだ状況を把握しきれていない彼女に、青年は早口で言う。

「逃げろ。広場の水時計へ」

 そして背中で扉を閉めた。直後、拳が目の前に!
 咄嗟に腰を低くし、足を払う。ぐらついた相手の横から、棍棒の男が今度はナイフを抜いて叫ぶ。

「ナメやがって!」

 迫る刃をかわし、腕と手首を捉えてそのまま背負い投げた。
 転がったナイフ。それを通りの方へ蹴り飛ばす。
 足を払われた男が起き上がろうとするのに気付き、すぐ近くに落ちていた棍棒を拾い、頭めがけて思い切り叩きつけた。

「ぎゃんっ!」

 犬のような悲鳴と共に男が再度倒れる。

 二人倒した。残りは一人。

 振り返ると、バンダナを巻いた男が「あ~あ」と面倒くさそうに頭をかきながら、ゆっくりと近づく。
 首に傷がある。腰に短剣。
 青年は棍棒を投げ捨て、一投足で間合いを詰めた。
 驚く男の腰から短剣を引き抜き、迷いなくその喉元へ突きつける。
 刃の冷たさが、男の喉をかすめ、動きが止まった。

 その瞬間、正面から風が吹き、青年の帽子がふわりと宙を舞う。
 露わになったのは、くすんだ黄金色(こがねいろ)の髪。

 男の瞳が動揺で揺れた。

「……にんげん、か?」

(まだ仲間がいるかも知れない。さっきの二人が起き上がる前に――)

「おっかないなぁ~」

 バンダナ男は両手を軽く上げ、引きつった笑みを浮かべる。しかし、どこか余裕のある態度。
 その違和感に気付くも遅かった。

 突然、鈍い痛みが頭を襲う。

(しまった……!)

 殴られたのだ。あの棍棒で。

 衝撃から、ぐらりと身体が傾く。
 歪んだ視界に先ほど殴った男の顔が一瞬映る。

 地面に沈みゆくのを感じながら、青年の意識は暗闇の中へと落ちていった――。


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