魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。(趣味用)

文字の大きさ
161 / 187
第七章

一炊の夢08

しおりを挟む

 
「一足、遅かったか……」

 魔王の頬を、一筋の汗が流れ落ちる。

 工房は甘味処よりも広場の水時計から遠かった。
 待たせては悪いと早々に用事を済ませ、急いで向かったが、そこに青年の姿はなかった。
 待つより迎えに行った方が早いか――そう思った矢先のことだ。

『魔王さま!』

 息を切らせながら、彼女がこちらへ駆けて来た。
 その様子にすぐ事態を察し、魔王が駆けつけた時には、すでにその姿はなかった。

 店の裏路地に足を踏み入れると、確かに争ったような形跡がある。
 だが、肝心の人物がいない。二人は勝手口のあたりで足を止めた。

「ティナ」

 魔王が思わず彼女の名を呼ぶ。
 彼女も周囲を見回しながら、「はい」と答えた。

「本当に、ここにいたのか?」 
「はい、確かに……いたんです」

 ティナは店のエプロン姿のまま、両手を胸元で握りしめて不安そうに言う。

「倉庫に用があって、勝手口を開けたらあの方がいたんです。それで〝中に入って、絶対に出てくるな〟って言われて……そしたら扉で誰かを殴って、かと思ったら〝水時計へ行け〟って」

 動転している彼女に魔王は「わかったティナ。落ち着け」と声をかける。

「何人だ? 顔は? どの魔族だ?」
「分かりません。顔も見てません。けど……たぶん三人」
「なぜそう思う?」
「あの方を入れて気配が四人分でした」
「そうか……ティナ、直ぐにカミルラを呼んでくれ」
「はい!」

 ティナは我に返ると、キリッとした目付きで踵を返し、駆け出した。

「倉庫か……」

 魔王が歩を進めると、足に何かが当たる。
 見れば鍔のある帽子が一つ、地面に転がっていた。

「これは」

 そう、青年に買ったあの帽子だ。

 魔王はその帽子を拾い上げると、静かに握り締めた――。


 ◇


 ――冷たい床の感触に、ゆるゆると意識が浮かび上がる。
 重い。頭が、異様に重い。
 まぶたの裏で、何かが鈍く脈打っていた。

「……ぅ、……あ……」

 声が漏れた瞬間、焼けるような痛みが後頭部を走った。
 思わず眉をしかめ、腕を動かそうとするが、身体が思うようについてこない。
 周囲は……暗い。ほとんど何も見えない。
 ただ、湿った木の匂いと、軋むような静けさが、ひたひたと肌を這ってくる。

(……ここは?……俺は)

 朧げな記憶に手を伸ばしかけて――そこで、殴られた瞬間の衝撃が、雷のように脳内を閃いた。
 そう、自身が殴り付けた相手に逆に後頭部をやり返されたのだ。

「っ、くそ……油断した」

 ようやく、青年は両手をついて身を起こそうとしたが、身体が思うように動かない。
 鈍く軋む骨と、ずきずきと頭の奥で膨らむ痛みに耐えながら、息をつく。
 夜か、地下か。窓を締め切っているだけなのか。
 わずかに差し込む明かりさえないこの闇に、青年は音もなく目を凝らした。

「あのやろう、思いっきり殴りやがって」

 まだじくじくと痛む頭を右手で押さえると、ぬるりとした感触。
 暗がりでも分かる。手にはべったりと血が着いた。

「どうりで痛いわけだよ」

 ついでにアルデラミンの怒る顔が浮かぶ。

「またお前はって言いたいんだろう。そんなん自覚ぐらいある。て……あぁくそ、増えた」

 ついでに魔王の顔までその隣に浮かんでしまった。アルデラミンとはまた違ったやかましさがある。

「……さすがに、今回は迂闊過ぎたか」

 思考はまだ霞んでいた。言葉は出ても、口内が乾き、喉がひりつく。
 初めから怪しい危険だと分かっておきながら深入りしてしまった。しかも自分の畑でもない場所で、もう少し利口に立ち回るべきだっただろう。
 とは言え相手は暴力で解決する気満々のやつらだと、一目で分かっていたからこそ先制攻撃をしかけてやったのだが――。

『そもそも気付いた時に引き返せ!』

 幻聴だ。居もしないアルデラミンの声が耳に響いた気がした。

『だから私も一緒に行くと、そう言ったというのにお前は』

 ついでに魔王の声も。

(あーぁ口煩いのが、増えちゃったなぁもう)

 青年はその声を振り払うように、なんとか身を起こした。
 すると、足元からガチャリと音がする。

「まぁ、そりゃそうだよな」

 なんとなく足首が重く、ひやりとすると思っていたが、両足にしっかりと足枷をされている。
 肩幅程しかない鎖で両足を繋げられては、走って逃げることもままならない。

「っ?」

 両足の間にある鎖、もし錆び付いているのであれば真っ二つに出来るかも知れない。
 そう思ってよく見ようと前方へ上体を下げようとした時だ。首が引っ張られて気付いた。

「あらま」

 触るとひやりとする重みのある鉄の首輪。そこから伸びた鎖が何かに繋がっている。
 手を伸ばすと掌が壁に振れた。畑にあるような簡素な木造の小屋ではなさそうだ。
 鎖の長さはそれなりにあるのでそこまで不自由はしない。だがそこまで自由もきかない。

(ずいぶん準備がいいじゃないか……)

 青年はてっきり縄で縛られるものだと思っていたのだ。まさかこんなにしっかり拘束されるとは。
 しかも自身の予想に間違いが無ければここはおそらく地下室である。
 そうなるとここから脱出するのは難しい。たとえ出られても、その先が何処に繋がっているか分からない――それが一番の問題だ。
 下手を打てば連れ戻され、拘束はより厳重になる。

(そもそも見られちゃマズイもんを見られて、何故あの場で殺さず、わざわざ連れて来た……)

 考えられることとしては、死体をそのまま放置して騒ぎになるのを気にしたか。しかも死んでいるのが人間となればそれこそだ。

 〝どうして人間がここに、誰がなんのために殺した?〟

 確実に世間を騒がせる。そうなると足が付くのも早いだろう。
 出来ることなら何事もなく立ち去りたかった筈だ。
 だからと言って死体処理に時間をかけるとそれはそれでリスクが高い。
 だから気絶させて連れ去り、こっそりと殺してしまう方が良い。

 だが……

(ならなぜ俺はまだ生きている? こっそり殺して埋めたとしてもバレたあとが面倒だと気にしてか?)

 結局どこで殺して隠そうとも、万一死体が見付かれば人間が魔族の領土で殺されたと世間が騒ぐ。
 では、彼らにとって一番安全な方法とは――。

(俺なら……重りをくくりつけて海に沈めるか、焼き殺すか、薬剤で液体にするか)

 海はここから遥か遠く、焼き殺せば悪臭がする、都合よく薬剤を所持しているとは思えない。

(一番てっとり早いのはネーベル森林に投げ捨てること)

 魔王が言っていた。死を求めてか、時折人間があの森林へ迷い込みそのまま死に逝くと。自身で手をくださずとも邪気の影響で勝手に死んでくれ、人間の遺体があってもなんの不思議もない。
 もしそのつもりなら勝機はある。

 目は暗闇に慣れて来た。ハッとして自身の腰を見る。
 イェンから貰った魔晶石を入れたポーチがない。
 当然やつらは青年が平気で魔族領にいる事に疑問を持って調べたのだろう。

「脳筋の集まりに見えたが、意外と頭が回るのか」

 まだ持っているのか、着いてから捨てられたのか、移動中に捨てられたか。
 あの魔晶石には追跡の効力があると魔王は言っていたが、イェンの助けは期待しない方が良さそうだと青年は溜め息をつく。

(なるほど、このままではネーベル森林どうこうのの前にお陀仏ってわけか。……しかし腑に落ちない。それならどうして拘束する必要があるんだ。利用価値でもあるのか……?)

 ふと、微かに鼻先をくすぐる香りがあった。
 古びた木の香りに混じって、どこかで嗅いだことのあるような甘い匂い。
 ハーブ酒のようでもあり、薬草のようでもある……けれど、それだけではない。
 アルコールの蒸気を含んだ、乾いた苦味が喉の奥をざらつかせる。

(……酒? それも、普通のじゃない)

 身動ぎすると肩に何かがぶつかった。木箱だ。
 よく目を凝らすとそこらには沢山の木箱と樽が置いてある。
 どうも見覚えがあるのも当然で、あの三人が荷馬車に積んでいた積み荷にそっくりなのだ。
 青年はそばの木箱の蓋をずらした。
 中には、中身が入った瓶が並んでいる。
 その漏れ出すどくとくの匂いに、青年は眼を見張った。


「まさか、〝緑の妖精〟か……?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

魔王の求める白い冬

猫宮乾
BL
 僕は交通事故に遭い、別の世界に魔王として転生した。最強の力を貰って。だから何度勇者が訪れても、僕は死なない。その内に、魔王はやはり勇者に倒されるべきだと思うようになる。初めはそうではなかった、僕は現代知識で内政をし、魔族の国を治めていた。けれど皆、今は亡い。早く僕は倒されたい。そう考えていたある日、今回もまた勇者パーティがやってきたのだが、聖剣を抜いたその青年は、同胞に騙されていた。※異世界ファンタジーBLです。全85話、完結まで書いてあるものを、確認しながら投稿します。勇者×魔王です。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...