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「……それはつまり、私との婚約を破棄したいということですの?」
私――フォルジュ侯爵家令嬢、アンジェラ・フォルジュのその言葉に、この国の第一王子であり、かつ私の婚約者であるシャルル様は、頰にかかる金の髪を揺らしながらへらりと笑ってみせた。
「人聞きの悪い言い方はやめてくれたまえ。これは双方の合意による、平和的な婚約解消だよ」
悪びれた様子もなくそう言うシャルル様の隣には、私より一回り……いや、二回りは大きいだろう、実に太ましい御令嬢の姿が。
私は思わず自分の身体を見下ろした。
さすがに目の前の彼女ほどではないけれど、年頃の令嬢にしては随分と肉のついた太い身体。
それは、元々は細く華奢な体型だった私の、実に涙ぐましい努力の成果だった。
女性は皆コルセットでありえないほどウエストを締め上げ、胸の豊かさと腰のくびれを競い合うようなこの社会で、私がこのような体型をしているのには勿論理由がある。
それは、私の婚約者であるシャルル様が、肉付きの良いふくよかな方を好む性癖の持ち主……いわゆる『デブ専』であるからだった。
そしてこの事は、シャルル様の周囲のごく一部の限られた人間だけが知る秘密でもあった。
婚約が決まるなり、シャルル様に『実は私は非常にふくよかな女性が好みなんだ。私のために、もう少し太ってくれない?』と言われた私。そして、その要望に必死に応えた結果がこの身体だ。
王妃となるための教育を受けつつ、食べたくもないのに一日五回の食事を吐きそうになるまで無理矢理詰め込み、ただ甘いだけで美味しいとも思えない菓子をひたすら頬張り続けた苦難の日々。
今の私が社交界でなんと噂されているかは知っている。自分の体型すらまともに管理できない、将来の王妃に相応しくない自堕落なデブ令嬢だと。
それでも、反論したい気持ちを必死に堪えて婚約者の秘密を守り、言うことを聞いてひたすら太るための努力を重ねて来たというのに、この仕打ち。
私たちの間に恋愛感情はなかったけれど、それでも国を支えていく者同士、確かな連帯感があると思っていた、それなのに。
私に何が足りなかったというのだろうか。いや肉付きが足りなかったのはわかっているのだけれど、それを認めてしまうのはあまりにも虚しい。
「君も頑張ってくれていたとは思うんだけどね、やはり私の理想にまでは至らなかったんだ。その点彼女、マリアは実に素晴らしいだろう?」
あまりの言い様に、もう言葉も出ない。
この人は、理想の体型でさえあれば中身はどうでもいいのだろうか。
改めて目の前の御令嬢の姿をまじまじと見てみる。
肉に埋もれているが、顔立ち自体は悪くない……と思う。情熱的な赤毛に、勝気そうな緑の瞳がやけに印象的な女性だ。
マリアと呼ばれたその御令嬢は、こちらへ優越感に満ちた微笑みを投げた後、甘えた素振りでシャルル様の腕にしなだれかかってみせた。
「マリアは隣国、サラス帝国の第五王女なんだ。先日からお忍びでこちらに遊びに来られていてね、私が一目惚れしたんだ。身分的にもなんの問題もないし、外交上もむしろ都合がいい。だからほら……わかるだろう?」
「……ええ」
上目遣いで機嫌を伺うように見つめられて、諦めの気持ちで頷く。
つまり、私はもう用済みというわけだ。
しかし、無駄に太った身体を抱え、おまけに婚約まで破棄された傷物の令嬢がこの先どうやって生きていくというのだろうか。
シャルル様は、そんな私の考えを読んだかのようににっこり笑って言葉を続けた。
「これまでの君の努力と献身には心から感謝しているし、申し訳ないと思っているよ。慰謝料はもちろんきちんと支払うし、君の今後についても考えてある。……彼をここへ」
言いながら、シャルル様が背後で控える侍従に合図すると、侍従は心得たように続き部屋への扉を開いた。
開かれた扉の奥から現れた人物に、私は驚きのあまり思わず目を見開く。
「……シリウス様!」
そこにいたのは、私とシャルル様の幼少の頃からの友人であり、ラグランジュ公爵家の次期当主でもあるシリウス・ラグランジュ様だった。
さらりとした黒髪に、すっきりとした姿勢の良い立ち姿。やや長めな前髪の間からは、涼しげなブルーの瞳が煌めいている。シリウス様と顔を合わせるのは随分久しぶりだけれど、相変わらず端正で美しい方だな、と思う。
「お久しぶりです、シリウス様。いつ留学からお戻りに?」
「つい十日ほど前だよ。まだ身辺が落ち着かなくて、連絡もできなくてごめんね」
久しぶりに会えた喜びに頰を紅潮させた私を、シリウス様が昔と変わらない柔らかな笑みを浮かべながら見つめ返す。
シリウス様は、王子であるシャルル様の従兄弟にあたる、王家とも繋がりの深い方だ。二つ年上の彼は、幼い頃は私とシャルル様と一緒によく遊んで下さった。
幼かった私は、穏やかでいつも優しかった彼に憧れ……そして、ほのかな恋心を抱いていた。
もっとも、そんな優しい関係は貴族としての教育が始まると段々途切れがちになり、三年前、私がシャルル様の婚約者に選ばれるのとほぼ同時にシリウス様が異国へ留学されたことで、完全に断たれてしまったのだけれど。
私――フォルジュ侯爵家令嬢、アンジェラ・フォルジュのその言葉に、この国の第一王子であり、かつ私の婚約者であるシャルル様は、頰にかかる金の髪を揺らしながらへらりと笑ってみせた。
「人聞きの悪い言い方はやめてくれたまえ。これは双方の合意による、平和的な婚約解消だよ」
悪びれた様子もなくそう言うシャルル様の隣には、私より一回り……いや、二回りは大きいだろう、実に太ましい御令嬢の姿が。
私は思わず自分の身体を見下ろした。
さすがに目の前の彼女ほどではないけれど、年頃の令嬢にしては随分と肉のついた太い身体。
それは、元々は細く華奢な体型だった私の、実に涙ぐましい努力の成果だった。
女性は皆コルセットでありえないほどウエストを締め上げ、胸の豊かさと腰のくびれを競い合うようなこの社会で、私がこのような体型をしているのには勿論理由がある。
それは、私の婚約者であるシャルル様が、肉付きの良いふくよかな方を好む性癖の持ち主……いわゆる『デブ専』であるからだった。
そしてこの事は、シャルル様の周囲のごく一部の限られた人間だけが知る秘密でもあった。
婚約が決まるなり、シャルル様に『実は私は非常にふくよかな女性が好みなんだ。私のために、もう少し太ってくれない?』と言われた私。そして、その要望に必死に応えた結果がこの身体だ。
王妃となるための教育を受けつつ、食べたくもないのに一日五回の食事を吐きそうになるまで無理矢理詰め込み、ただ甘いだけで美味しいとも思えない菓子をひたすら頬張り続けた苦難の日々。
今の私が社交界でなんと噂されているかは知っている。自分の体型すらまともに管理できない、将来の王妃に相応しくない自堕落なデブ令嬢だと。
それでも、反論したい気持ちを必死に堪えて婚約者の秘密を守り、言うことを聞いてひたすら太るための努力を重ねて来たというのに、この仕打ち。
私たちの間に恋愛感情はなかったけれど、それでも国を支えていく者同士、確かな連帯感があると思っていた、それなのに。
私に何が足りなかったというのだろうか。いや肉付きが足りなかったのはわかっているのだけれど、それを認めてしまうのはあまりにも虚しい。
「君も頑張ってくれていたとは思うんだけどね、やはり私の理想にまでは至らなかったんだ。その点彼女、マリアは実に素晴らしいだろう?」
あまりの言い様に、もう言葉も出ない。
この人は、理想の体型でさえあれば中身はどうでもいいのだろうか。
改めて目の前の御令嬢の姿をまじまじと見てみる。
肉に埋もれているが、顔立ち自体は悪くない……と思う。情熱的な赤毛に、勝気そうな緑の瞳がやけに印象的な女性だ。
マリアと呼ばれたその御令嬢は、こちらへ優越感に満ちた微笑みを投げた後、甘えた素振りでシャルル様の腕にしなだれかかってみせた。
「マリアは隣国、サラス帝国の第五王女なんだ。先日からお忍びでこちらに遊びに来られていてね、私が一目惚れしたんだ。身分的にもなんの問題もないし、外交上もむしろ都合がいい。だからほら……わかるだろう?」
「……ええ」
上目遣いで機嫌を伺うように見つめられて、諦めの気持ちで頷く。
つまり、私はもう用済みというわけだ。
しかし、無駄に太った身体を抱え、おまけに婚約まで破棄された傷物の令嬢がこの先どうやって生きていくというのだろうか。
シャルル様は、そんな私の考えを読んだかのようににっこり笑って言葉を続けた。
「これまでの君の努力と献身には心から感謝しているし、申し訳ないと思っているよ。慰謝料はもちろんきちんと支払うし、君の今後についても考えてある。……彼をここへ」
言いながら、シャルル様が背後で控える侍従に合図すると、侍従は心得たように続き部屋への扉を開いた。
開かれた扉の奥から現れた人物に、私は驚きのあまり思わず目を見開く。
「……シリウス様!」
そこにいたのは、私とシャルル様の幼少の頃からの友人であり、ラグランジュ公爵家の次期当主でもあるシリウス・ラグランジュ様だった。
さらりとした黒髪に、すっきりとした姿勢の良い立ち姿。やや長めな前髪の間からは、涼しげなブルーの瞳が煌めいている。シリウス様と顔を合わせるのは随分久しぶりだけれど、相変わらず端正で美しい方だな、と思う。
「お久しぶりです、シリウス様。いつ留学からお戻りに?」
「つい十日ほど前だよ。まだ身辺が落ち着かなくて、連絡もできなくてごめんね」
久しぶりに会えた喜びに頰を紅潮させた私を、シリウス様が昔と変わらない柔らかな笑みを浮かべながら見つめ返す。
シリウス様は、王子であるシャルル様の従兄弟にあたる、王家とも繋がりの深い方だ。二つ年上の彼は、幼い頃は私とシャルル様と一緒によく遊んで下さった。
幼かった私は、穏やかでいつも優しかった彼に憧れ……そして、ほのかな恋心を抱いていた。
もっとも、そんな優しい関係は貴族としての教育が始まると段々途切れがちになり、三年前、私がシャルル様の婚約者に選ばれるのとほぼ同時にシリウス様が異国へ留学されたことで、完全に断たれてしまったのだけれど。
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