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ここに来て1週間。
あと3ヶ月ほどで学園だ。
体力を戻させる必要がある。
青白くなった体を日光に当てさせる。
人間、適度に日に当たらなきゃいけない。
東屋でお茶をさせる。
長椅子に寝そべらせて休ませる。
目をつぶって寝てる。
起きてるのもやっとだ。
最後の力を振り絞ってナイフを振るったんだろう。
お茶に砂糖を多めに入れて用意する。
男爵家ではメイドに混じって仕事をしていた。
いずれ外に出るから。
しなくていいと言われたが、たいした結婚は望めないんだから働かせてくれって説明すると、やる気があるならそちらの方が将来性があると納得して細かく指導してくれた。
「お嬢様。」
声をかけると目を開けた。
起きるのを支える。
肩にショールをかけてクッションで楽に座れるように気を配る。
「ご気分は?」
「大丈夫。」
お茶を飲む。
「甘い。」
「栄養です。しばらく我慢ですよ。」
甘いのは苦手らしい。
蜂蜜入りの牛乳も嫌がった。
前世の味付けより甘いと話していた。
前世の記憶は味覚まで残ってるのか。
そのせいか好き嫌いが多い。
味が合わなくて食べられないのもあるようだが、なんでも食えといつも叱る。
メイドがめずらしく寄ってきたので目線をやると、耳打ちしてきた。
「婚約者様が来られてます。」
臥せってると知らせてパーティーを休んでるから見舞いに来たのだろう。
オーリスに知らせると泣き出した。
会うの怖いと。
「乱暴な奴か?」
頭を振る。
「私が、ひどかったから。嫌われてる。」
「ふぅん。じゃあ断ってくる。」
泣いてちゃおもてなしも何もできん。
まだ体調が無理だと伝えてこよう。
「会ったらだめ!」
「大丈夫。シナリオから外れてる。会うのは学園だった。これでイレギュラーだよ。」
ハッとして考え込む。
「…そ、そうか。」
「今の方が良くない?」
「…うん。」
固い表情で頷く。
覚悟したようだ。
メイドに頼んで部屋に連れていかせ、応接室にいる王子にお会いした。
「申し訳ありません。まだ気分が優れずお会いできません。」
深々と頭を下げる。
「…新しい侍女か。」
「はい。」
お仕着せを着ていないのですぐに分かる。
目の前に立ってじろじろ見る視線にむかつく。
「手を見せろ。」
「…なぜでございましょう?」
触られるのは不愉快だ。
「庇うか。やはりまだ悪癖は抜けんか。ふっ。」
鼻で笑う。
「…鞭のあとをご覧になりたいのでしょうか?」
お嬢様の悪癖と言ったらそれだ。
「ああ。やめろと言ってもやめない。いい加減うんざりだ。もういい。これも仮病だろう?」
「わかりました。手をご覧くださいませ。」
さっと手を目の前にかざす。
手を取り、裏も表もじっくり検分し袖も軽く上に引き上げられる。
ああ、くそ。
不愉快だ。
「見えぬところに変えたか。」
「…」
「あれがやめるはずない。」
「例えばどこにでしょうか?」
ムッとした顔を向けられる。
「背中とかあるだろう。服に隠れてるところだ。」
「では、ご覧になりますか?」
「は?」
側にいた他の使用人の空気がざわつく。
「私がこちらに来て1度も見たこともございませんし、されたこともありません。いえ、失礼しました。私が来る1週間ほど前から、そのようなことは起きておりません。」
「信用できん。見ることもな。脱がすわけにはいかん。」
ならばと手を広げた。
「どうぞ、お確かめください。覗かなくとも触れば分かります。」
しばらく黙っていたが、肩を握ってきた。
「…いや、そこの君。代わりに確かめろ。」
近くのメイドを呼び寄せる。
肩を触られ腕を触られ、メイドが全身を掴む。
じっと顔の変化をつぶさに見つめられるが、多少のくすぐったさがあるだけでどうもない。
「もう少し強く触ってもらえませんか。くすぐったいので。」
「え、はい。」
ぎゅ、ぎゅっと先程よりはっきり掴む。
「…痛くはありませんか?」
心配そうに見つめられるので頷く。
「はい。何も痛いところはありません。」
安心するように少しだけ口角をあげると、ほっとした様子を見せる。
触るところがなくなるとメイドの手が離れた。
「本当のようだな。」
「オーリスお嬢様を信じていただけますか?」
「…わかった。本当に怪我ひとつないんだな?」
「…ございます。ひとつ。」
「どこだ?」
ほら見ろと目が光る。
スカートの裾を持ち上げ、湿布の当てぬのをちらつかせる。
「お屋敷に参じました日に、慌てて転んでしまいました。これだけです。取ってお見せしましょうか?」
「…いや。必要ない。」
裾を下げてシワを払う。
「使用人の身分でご無礼をお許しくださいませ。いかようにも罰は受けます。」
「いや、疑って悪かった。」
このまま帰れ。
無視して頭を下げたまま。
「頭をあげろ。」
ちっ。
目を薄く伏せたまま正面を向く。
「なぜ心変わりした?」
「…ご本人から聞くのがよろしいかと。」
「いい。なぜだ。」
「…きっかけははっきりと存じませんが、食事をとれぬほど行いを恥じてます。今はやっと前向きに心が持ち直したところです。」
「会えるか?」
「望まれません。今はまだ恥じてらっしゃいますから。しばらくお心を静める時間が必要かと思います。…それでも、今から会われますか?」
無理に会いたいと言うなら止めようがない。
それに、今の王子ならどちらでも構わない気もする。
蔑んでいた目は心配を映している。
オーリスが傷つけられる気がかりは先程よりない。
「今は良い。良くなったら話を聞きたいと伝えてくれ。」
「承知いたしました。」
見送りに玄関まで付き従う。
馬車に乗る前にじっと見つめるので黙って見返す。
「何か他にございますか?」
「…主人のために体を張ったな。」
苦々しく呟いた。
当たり前だろ。
こっちは命かかってんだ。
「笑うな。」
言われて口許が笑ってることに気づいた。
「あ、…これは、失礼しました。」
使用人が感情を露にするのは失格だ。
失敗だ。
「ふん。」
鼻であしらわれ、馬車に乗り込むのを見送った。
部屋に行くとオーリスはメイド達に泣きながら謝っていた。
怯えた様子のメイドもいるがおおむね受け入れてるようだ。
「謝ったら気持ちが楽になった。」
いつもより明るい表情で笑っていた。
「ああ、ならよかった。」
種が実った。
それからの屋敷の空気は良かった。
オーリスも穏やかになって体型がふくよかになってきた。
「…同い年だよな?」
「え?」
胸が。
自分と比べてため息が出た。
あと3ヶ月ほどで学園だ。
体力を戻させる必要がある。
青白くなった体を日光に当てさせる。
人間、適度に日に当たらなきゃいけない。
東屋でお茶をさせる。
長椅子に寝そべらせて休ませる。
目をつぶって寝てる。
起きてるのもやっとだ。
最後の力を振り絞ってナイフを振るったんだろう。
お茶に砂糖を多めに入れて用意する。
男爵家ではメイドに混じって仕事をしていた。
いずれ外に出るから。
しなくていいと言われたが、たいした結婚は望めないんだから働かせてくれって説明すると、やる気があるならそちらの方が将来性があると納得して細かく指導してくれた。
「お嬢様。」
声をかけると目を開けた。
起きるのを支える。
肩にショールをかけてクッションで楽に座れるように気を配る。
「ご気分は?」
「大丈夫。」
お茶を飲む。
「甘い。」
「栄養です。しばらく我慢ですよ。」
甘いのは苦手らしい。
蜂蜜入りの牛乳も嫌がった。
前世の味付けより甘いと話していた。
前世の記憶は味覚まで残ってるのか。
そのせいか好き嫌いが多い。
味が合わなくて食べられないのもあるようだが、なんでも食えといつも叱る。
メイドがめずらしく寄ってきたので目線をやると、耳打ちしてきた。
「婚約者様が来られてます。」
臥せってると知らせてパーティーを休んでるから見舞いに来たのだろう。
オーリスに知らせると泣き出した。
会うの怖いと。
「乱暴な奴か?」
頭を振る。
「私が、ひどかったから。嫌われてる。」
「ふぅん。じゃあ断ってくる。」
泣いてちゃおもてなしも何もできん。
まだ体調が無理だと伝えてこよう。
「会ったらだめ!」
「大丈夫。シナリオから外れてる。会うのは学園だった。これでイレギュラーだよ。」
ハッとして考え込む。
「…そ、そうか。」
「今の方が良くない?」
「…うん。」
固い表情で頷く。
覚悟したようだ。
メイドに頼んで部屋に連れていかせ、応接室にいる王子にお会いした。
「申し訳ありません。まだ気分が優れずお会いできません。」
深々と頭を下げる。
「…新しい侍女か。」
「はい。」
お仕着せを着ていないのですぐに分かる。
目の前に立ってじろじろ見る視線にむかつく。
「手を見せろ。」
「…なぜでございましょう?」
触られるのは不愉快だ。
「庇うか。やはりまだ悪癖は抜けんか。ふっ。」
鼻で笑う。
「…鞭のあとをご覧になりたいのでしょうか?」
お嬢様の悪癖と言ったらそれだ。
「ああ。やめろと言ってもやめない。いい加減うんざりだ。もういい。これも仮病だろう?」
「わかりました。手をご覧くださいませ。」
さっと手を目の前にかざす。
手を取り、裏も表もじっくり検分し袖も軽く上に引き上げられる。
ああ、くそ。
不愉快だ。
「見えぬところに変えたか。」
「…」
「あれがやめるはずない。」
「例えばどこにでしょうか?」
ムッとした顔を向けられる。
「背中とかあるだろう。服に隠れてるところだ。」
「では、ご覧になりますか?」
「は?」
側にいた他の使用人の空気がざわつく。
「私がこちらに来て1度も見たこともございませんし、されたこともありません。いえ、失礼しました。私が来る1週間ほど前から、そのようなことは起きておりません。」
「信用できん。見ることもな。脱がすわけにはいかん。」
ならばと手を広げた。
「どうぞ、お確かめください。覗かなくとも触れば分かります。」
しばらく黙っていたが、肩を握ってきた。
「…いや、そこの君。代わりに確かめろ。」
近くのメイドを呼び寄せる。
肩を触られ腕を触られ、メイドが全身を掴む。
じっと顔の変化をつぶさに見つめられるが、多少のくすぐったさがあるだけでどうもない。
「もう少し強く触ってもらえませんか。くすぐったいので。」
「え、はい。」
ぎゅ、ぎゅっと先程よりはっきり掴む。
「…痛くはありませんか?」
心配そうに見つめられるので頷く。
「はい。何も痛いところはありません。」
安心するように少しだけ口角をあげると、ほっとした様子を見せる。
触るところがなくなるとメイドの手が離れた。
「本当のようだな。」
「オーリスお嬢様を信じていただけますか?」
「…わかった。本当に怪我ひとつないんだな?」
「…ございます。ひとつ。」
「どこだ?」
ほら見ろと目が光る。
スカートの裾を持ち上げ、湿布の当てぬのをちらつかせる。
「お屋敷に参じました日に、慌てて転んでしまいました。これだけです。取ってお見せしましょうか?」
「…いや。必要ない。」
裾を下げてシワを払う。
「使用人の身分でご無礼をお許しくださいませ。いかようにも罰は受けます。」
「いや、疑って悪かった。」
このまま帰れ。
無視して頭を下げたまま。
「頭をあげろ。」
ちっ。
目を薄く伏せたまま正面を向く。
「なぜ心変わりした?」
「…ご本人から聞くのがよろしいかと。」
「いい。なぜだ。」
「…きっかけははっきりと存じませんが、食事をとれぬほど行いを恥じてます。今はやっと前向きに心が持ち直したところです。」
「会えるか?」
「望まれません。今はまだ恥じてらっしゃいますから。しばらくお心を静める時間が必要かと思います。…それでも、今から会われますか?」
無理に会いたいと言うなら止めようがない。
それに、今の王子ならどちらでも構わない気もする。
蔑んでいた目は心配を映している。
オーリスが傷つけられる気がかりは先程よりない。
「今は良い。良くなったら話を聞きたいと伝えてくれ。」
「承知いたしました。」
見送りに玄関まで付き従う。
馬車に乗る前にじっと見つめるので黙って見返す。
「何か他にございますか?」
「…主人のために体を張ったな。」
苦々しく呟いた。
当たり前だろ。
こっちは命かかってんだ。
「笑うな。」
言われて口許が笑ってることに気づいた。
「あ、…これは、失礼しました。」
使用人が感情を露にするのは失格だ。
失敗だ。
「ふん。」
鼻であしらわれ、馬車に乗り込むのを見送った。
部屋に行くとオーリスはメイド達に泣きながら謝っていた。
怯えた様子のメイドもいるがおおむね受け入れてるようだ。
「謝ったら気持ちが楽になった。」
いつもより明るい表情で笑っていた。
「ああ、ならよかった。」
種が実った。
それからの屋敷の空気は良かった。
オーリスも穏やかになって体型がふくよかになってきた。
「…同い年だよな?」
「え?」
胸が。
自分と比べてため息が出た。
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