伯爵令嬢、溺愛されるまで~婚約後~

うめまつ

文字の大きさ
62 / 78

グラッセの最後

しおりを挟む
※ざまぁ、復讐、サイコパス
※Uターン推奨です。
※グラッセの最後を見たい方はどうぞ。














何なの、何なのよ。

この女。

「……お化粧がなければ、そう。……まぁ。……ふぅん」

今まで着たことのないような色の地味な、質素な装い。

首から手首の先までぴったりと肌を隠してしまった。

いつものお化粧も拭いとられ、残ったのはまっ皿な自身の顔と体。

髪と瞳。

「……お体は立派でございますね。……ようございましたねぇ?」

抑揚のない低い声。

息が詰まりそうになるほどの視線。

歌えば驚くほど美しい声をしているから気に入っていたのに。

楽器を奏でれば天上の音色。

細く神経質な指は繊細な刺繍や絵画を生み出す。

ほんの少しまえは控えめな態度で私の機嫌を取るために全てを私に献上していたくせ。

この変わり身の早さ。

信じられない。

何なのよ、この女。

出来損ないの、弟の嫁のくせに。

「……お色は美しいこと。……本当に、ようございましたわねぇ?」

誉めつつも見下した瞳は汚物を見るような。

反論するのに、まあ、そう、それで、と冷めた瞳は氷のようで。

頭に来てその辺の物を投げようとするのに、側に控えたメイドや侍女達が身を呈して守る。

仕舞いには部屋のものは片付けられて何もなくなった。

あるのは大きなピアノと床に打ち付けられた机と椅子。

それと枕もシーツもないベッド。

喉が乾いたと言えば汚い水袋。

コップは割りますものね、と。

それも投げつけようとしたのに。

メイド達が私も水袋もしっかり捕まえていらないと言うまで口に押し込まれた水袋をぎゅうぎゅうに握って水浸しになるのも構わず飲ませる。

「さあ、今日もレッスンいたしましょうね?そのくらい王家の王女であらせられるので出来なくては」

この女の馬鹿にした態度に頬がひくひくと引きつる。

「い、嫌よ、あなた、しつこいのよ」

「……まあ。……そうでございますか?」

この女の気がすむまで。

何か気に入らないのか延々弾かされる。

丸一日、同じフレーズを。

三日も四日も。

この女がいない時は他のメイドが見張って、手を休めるなと。

手を抜けば報告されてこの女にネチネチと嫌味を言われる。

「お上手でしたらすぐに止めても構わないのですけど、これではねぇ。……どうかしらねぇ。……王家の王女であらせられるのに。……はぁ、なんと言うことかしら」

必死で弾き続けて、止めていいというので終わりかと思えば、頭の痛くなる音ねと呟く。

「……聞き苦しい。もう我慢ならない。はぁ、仕方ないわねぇ。時間をかけていくしかないわ。……ああ、憂鬱。……私の耳が壊れそう」

私の自尊心を傷つけてピアノの次は語学だと山のような教材。

「話せるわよ!なんでこんな、」

「あなた様は話せるだけでございます。失礼ながら発音が。……お気づきになりませんの?……まあ、そぉ?」

さも驚いて見下げて。

「どこのガヴァネスに学んだのか、スラングが多いもので驚きました。……庶民や下級貴族と交流されるだけならようございますけど。……それでよろしければ」

悔しくて教材を取ろうとしたら、さっとメイドがよけてしまった。

「貸しなさいよっ」

「奥様へ投げつけますので出来かねます」

そう言って少し離れた場所で開いて見せる。

馬鹿にして!

この地味なくせに威圧感のある女を睨んだ。

なのに、こいつは何も動じることもない。

つまらなそうに眺めるだけ。

「この、何なのよ!何なのよ!」

机をどんどん拳で叩いて女に飛びかかるのにメイド達が押さえつけて何も出来ない。

悔しい、悔しい。

「お父様!お父様に会わせなさい!こんな扱い許すはずないわ!」

「まあ、そうですの?」

何度も言うのにこの不細工な弟嫁とメイド達は無表情に私を見つめる。

何なのよ、こいつらは!

お父様に言って鞭で叩いてやる。

こいつらを絨毯の代わりにしてやる。

「申し上げましたでしょう?陛下は私共の後ろ楯を望んだと」

はぁと深くため息。

「本当に、どうしましょう。どうしてかしら?」

「奥様、僭越ながら私共が代わりにご説明いたしますか?」

「いいわよ、どうせ分からないもの。余計疲れるだけよ」

それより発音を真似てくださいと。

「うるさいわ!頭がおかしくなる!止めなさいよ!」

「……まあ、もう充分。……ふふ」

嘲りに笑みを浮かべて。

“もう充分、頭がおかしいでしょうに”と暗に揶揄する。

カッとなった。

ふざけるなと大声を出した。

騒いでいたら耳に指を突っ込んで冷めた瞳は変わらない。

「……私の繊細な耳を壊す気ですの?」

今までになく底冷えする声。

「陛下から再教育を頼まれましたがお手上げです」

再教育?

お父様から?

それよりももうお手上げと諦めたこの女に、勝ったと喜んだ。

「仕方ありません。椅子にくくって」

無言でメイド達が動き出した。

「口も塞いで」

「んー!」

椅子に縛り付けられて猿轡も。

「優しくと頼まれていましたが、少々厳しくせねばなりません」

「んー!んー!」

頭を横に振るのに。

椅子がギシギシと揺れるだけ。

怖い。

この女が怖い。

「私、完璧主義ですの。やるからには完璧に。陛下より王女として恥ずかしくないようにと頼まれましたのよ。頼まれたからには徹底して教育いたします」

ポンポンと机に置いてある教材を叩く。

「私、とても優秀でして。これはデビュー前に終えた教科です。王女もこの程度はこなしていただかなくては」

メイドの一人が教材を開いて中を読み上げる。

「座学はこうするしかありませんわね。妹にもこうやって教えたのですけど、あの子は頭が悪くて。それに縄脱けばかり上達してしまって。王女はどうかしらねぇ。あら、いけませんよ?」

「う!」

ごん、と一番分厚い教材で脳天を。

こんな乱暴にされたことは初めてで目を白黒させていると、またふんと嘲り。

「よそ見されてます。集中されてくださいませ」

ごん、ごん、と繰り返し。

「後ろ楯を望むならあなた様の再教育が条件ですのよ。陛下はご承知です。こんな妹以下の猿の後見人なんて冗談じゃない。迷惑よ」

「っう、うう!」

痛みと悔しさでぼろぼろ泣いて。

この女が憎い。

でも怖い。

「ああ、そうでしたわ。王女、本当に妹がお世話になりましたわ。あの子が多少痛い目に遇うのは歓迎しておりましたが、価値を下げてもらっては困りますの」

「う、ぐうう、」


「呆れるほど馬鹿でノロマの甘えん坊。全く可愛くありませんけど。大嫌いで構いたくもありませんけど。ですが、あれでもサンマルク家の、私の妹ですのよ?よくもあそこまでしてくださいましたわね?お馬鹿なあの子がせっかく王家の婚約者という価値を持ちましたのに」

教材の応酬は止まない。

痛い。

涙が出る。

怖くて吐きそう。

「あなた様の馬鹿さ加減のおかげで初めて妹が賢くて可愛いと知りました。そこは感謝しますわ」

こんな状況なのに隣のメイドが淡々と教材を読み続ける。

おかしい、おかしいわよ。

王家の私が乱暴されてるのよ。

どうして?なんで止めないのよ。

「……妹以外のご令嬢にも色々となさったようで。……その性根はこの私が完璧に治して差し上げましょうねぇ」

低い抑揚のない声が怖い。

「王家とはいえ、他家の人間に手を出したからにはそれ相応の覚悟をされませ」

さあ、お勉強しましょうね、叩けば多少は入りますわ、と。

淡々と呟いて脳天をいつまでも小突く。

目付きも態度も、何もかも怖い。

いつまで続くの。

怖い。

この女が怖い。

こんな女があの能天気なチビの姉なんて。

こんなネチネチと粘着質でしつこい女が。

手を出さなきゃ良かった。

いつから後悔していいのか分からない。

ロルフのこと?

メイドや他の令嬢をいたぶったこと?

もっと昔のこと?

あの庭師の親子?

どこから?

どうして?

でも何かを間違えた。

怒らせてはいけないこの女に気づかなかった。

もう逃げられない。

お父様も助けてくれない。

弟達も。

他の貴族も。

誰も助けてくれない。

涙を流しながら山と積まれた教材を見る。

あんな量、何年かかるのよ。

ひと月たつのにワンフレーズしか進まないピアノも。

これからずっと私はこの女の気がすむまでここにいなきゃいけないんだ。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜

しおしお
恋愛
バブルに沸くアルビオン王国。 「エルドラド株」を持たぬ者は時代遅れ―― そう嘲笑いながら、実体のない海外権益へ全財産を注ぎ込む貴族たち。 自らを“投資の天才”と称し、増税に苦しむ民を見下す日々。 若き女王リリアーナは、その狂騒を静かに見つめていた。 やがて始まる王室監査。 暴かれる虚偽契約。 崩れ落ちる担保。 連鎖する破綻。 昨日まで「時代の勝者」を気取っていた特権階級は、一夜にして無一文へ。 泣きつく彼らに、女王はただ微笑む。 ――“皆様の尊いご投資、確かに受け取りましたわ” 没収された富は国庫へ。 再配分された資源は民へ。 虚飾を砕き、制度を再設計し、王国を立て直す。 これは復讐譚ではない。 清算と再建の物語。 泡沫の王国に、女王の鉄槌が下される。

処理中です...