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川
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「岸で見張りをする。鎧を緩めて洗うといい」
返事を聞かずに背を向けて岸に上がる。
「はい、ありがとうございます」
恥ずかしがるかと思ったら、すんなりと。
素直に鎧を緩めている気配にこちらがどぎまぎする。
川の流れる音以外にパシャパシャと水音が静かな森に響く。夜更けと言うことでまだ辺りは暗い。音だけだ。
それでも気に入った女性が衝立のような隔てるものもないのに、背後で無防備な姿をしてると思うと落ち着かない。
可愛らしい顔立ちも成熟した体つきも気に入っていた。
だが、それ以上に同じ戦地を駆ける者として尊敬もある。男なら私の団に入れたかった。手元に置きたい。男ならもっと簡単に手に入ったように思えた。
「うわ!だ、だん、ちょっ!」
悲鳴に近い声に呼ばれて急いで振り返った。だが、そこにはエヴ嬢はいない。焦って水の中へ走る。
川の中央の深みからエヴ嬢の黒猫が浮かんで助けを求めるように鳴いた。
水面に飛び込むと大型のヘビに引きずり込まれていくエヴ嬢を見つけて一度水面に浮かんで呼吸を整えたらもう一度潜る。
次に潜ると水中が真っ赤に染まっていた。暗い水中で黒い靄のように漂う。おそらくエヴ嬢がもがいて魔獣を引きちぎったのだろう。
抜け出したのかと辺りを見回すとぶつ切りの魔獣に巻き付かれたままゆっくり沈んでいくエヴ嬢を見つけて捕まえにいく。
水面を目指して引き上げている間もぐったりと動かない。
「エヴ嬢、エヴ嬢?」
岸に上がってから、頬を叩いても反応はなく手を鼻に当てれば息をしていない。
背後から腹を抱えてみぞおちをぐっと押すと口から水が溢れてた。
咳き込んで呼吸は落ち着いたと分かりほっとした。
機会があれば水泳を教えようと決意した。
「にゃーんにゃあん」
使い魔の黒猫が私を見て初めて可愛く鳴いた。
お礼のように聞こえた。
「どういたしまして」
そう答えるとエヴ嬢の髪とうなじの隙間に消えていく。
まだ早朝には遠いが、少しだけ空が白んできた。
びしょ濡れのエヴ嬢をまた背中に乗せた。
魔獣の死体を餌に他の魔獣が集まる。悠長にしていられないとエヴ嬢を背負って移動を始めた。
ラウルが水辺に魔獣がいると言っていたので用心のためにそこから離れたかった。
濡れていても団員一人背負うより軽い。半分ほどの重さだ。
歩いているうちに太陽が上がる。太陽の位置と飛んだ方向を確認して砦へと向かった。
半日歩いた所で石造りの家屋を見つけた。ゴミや埃の溜まり具合からスタンビードが始まる前から人の住んでいない廃屋のようだ。
休むのにちょうどよい。
だが、中には気を失っているエヴ嬢が休めるような寝台やテーブルはなかった。崩れてぼろぼろに壊れている。仕方なくマントを床に敷いてエヴ嬢を寝かせた。呼び掛けると目をうっすら開けて弱々しい。顔も赤くて上手く声も出ないようただ。
「どうした?」
「…分かりません。でも気持ち悪いです」
「熱がある」
真っ赤な顔から額に手を当てるとかなり熱くなっていた。
「守護の紋は病気には効かないのか?」
「みたいですねぇ」
今はまだ春先だ。夜の寒さで頭から水に浸けて朝の寒い時間帯もずっとびしょ濡れのまま。エヴ嬢の頑丈さを男並みと思ってしまった。
「悪かった」
「いいえぇ、本当に、足手まといですいません」
へら、と顔を緩めて答えた。弱った姿と潤んだアメジストの瞳、赤い頬も。私の胸をぎゅんっと締め付させるのには充分だ。
「あ、あまり笑うな」
「あ、すいません」
しょぼ、と眉が下がる。落ち込ませたかった訳じゃない。私が困るからそう言っただけだ。
「いや、違う。今のは失言だ。すまなかった。失礼なことを言った」
「…はい」
そう言ってもしょげた様子は変わらない。半泣きの顔が余計胸に来た。
「濡れた服は脱いで、寝てなさい。日の火の支度をする」
マントは乾いてるからと下敷きになっている私のマントを指さす。言うだけ言ったら小屋を飛び出して食料や水、薪の用意に走った。
がむしゃらに動いていないといけない。
戻ってみると壊れた棚や傾いた椅子に服と鎧がかけてあった。
エヴ嬢はマントにくるまって黒猫を抱いて眠っていた。
ありがたいことに小屋で見つけた革袋に飲み水の支度が出来た。鍋や皿も多少残っていて食事の支度は何とかなる。
壊れかけの竈に薪を放り込む。部屋の暑さで汗をかくが、熱を出したエヴ嬢は寒いらしい。眠っていてもきつく身体を抱き締めてプルプル震えている。
視界に入れないようにしても、ふと視線が吸い込まれる。
マントをすっぽりかけて顔半分を隠している。上に引き上げすぎて足先がはみ出て長い黒髪が邪魔だったのか埃まみれの床に投げ出している。それでも艶々と輝いて目を惹かれる。
昂るのは戦闘の興奮のせいだと必死に己に言い聞かせた。
若く綺麗な女性だからだ。
違うと何度も頭に念じた。
外見や戦闘の興奮、それだけではない。違うのは分かっている。
信じられない程触りたいと強く思うが、それ以上に嫌われたくない。
未婚の、高位貴族への乱暴などもっての他だ。
目を背けて黙々と食事の支度と火の番に専念した。
返事を聞かずに背を向けて岸に上がる。
「はい、ありがとうございます」
恥ずかしがるかと思ったら、すんなりと。
素直に鎧を緩めている気配にこちらがどぎまぎする。
川の流れる音以外にパシャパシャと水音が静かな森に響く。夜更けと言うことでまだ辺りは暗い。音だけだ。
それでも気に入った女性が衝立のような隔てるものもないのに、背後で無防備な姿をしてると思うと落ち着かない。
可愛らしい顔立ちも成熟した体つきも気に入っていた。
だが、それ以上に同じ戦地を駆ける者として尊敬もある。男なら私の団に入れたかった。手元に置きたい。男ならもっと簡単に手に入ったように思えた。
「うわ!だ、だん、ちょっ!」
悲鳴に近い声に呼ばれて急いで振り返った。だが、そこにはエヴ嬢はいない。焦って水の中へ走る。
川の中央の深みからエヴ嬢の黒猫が浮かんで助けを求めるように鳴いた。
水面に飛び込むと大型のヘビに引きずり込まれていくエヴ嬢を見つけて一度水面に浮かんで呼吸を整えたらもう一度潜る。
次に潜ると水中が真っ赤に染まっていた。暗い水中で黒い靄のように漂う。おそらくエヴ嬢がもがいて魔獣を引きちぎったのだろう。
抜け出したのかと辺りを見回すとぶつ切りの魔獣に巻き付かれたままゆっくり沈んでいくエヴ嬢を見つけて捕まえにいく。
水面を目指して引き上げている間もぐったりと動かない。
「エヴ嬢、エヴ嬢?」
岸に上がってから、頬を叩いても反応はなく手を鼻に当てれば息をしていない。
背後から腹を抱えてみぞおちをぐっと押すと口から水が溢れてた。
咳き込んで呼吸は落ち着いたと分かりほっとした。
機会があれば水泳を教えようと決意した。
「にゃーんにゃあん」
使い魔の黒猫が私を見て初めて可愛く鳴いた。
お礼のように聞こえた。
「どういたしまして」
そう答えるとエヴ嬢の髪とうなじの隙間に消えていく。
まだ早朝には遠いが、少しだけ空が白んできた。
びしょ濡れのエヴ嬢をまた背中に乗せた。
魔獣の死体を餌に他の魔獣が集まる。悠長にしていられないとエヴ嬢を背負って移動を始めた。
ラウルが水辺に魔獣がいると言っていたので用心のためにそこから離れたかった。
濡れていても団員一人背負うより軽い。半分ほどの重さだ。
歩いているうちに太陽が上がる。太陽の位置と飛んだ方向を確認して砦へと向かった。
半日歩いた所で石造りの家屋を見つけた。ゴミや埃の溜まり具合からスタンビードが始まる前から人の住んでいない廃屋のようだ。
休むのにちょうどよい。
だが、中には気を失っているエヴ嬢が休めるような寝台やテーブルはなかった。崩れてぼろぼろに壊れている。仕方なくマントを床に敷いてエヴ嬢を寝かせた。呼び掛けると目をうっすら開けて弱々しい。顔も赤くて上手く声も出ないようただ。
「どうした?」
「…分かりません。でも気持ち悪いです」
「熱がある」
真っ赤な顔から額に手を当てるとかなり熱くなっていた。
「守護の紋は病気には効かないのか?」
「みたいですねぇ」
今はまだ春先だ。夜の寒さで頭から水に浸けて朝の寒い時間帯もずっとびしょ濡れのまま。エヴ嬢の頑丈さを男並みと思ってしまった。
「悪かった」
「いいえぇ、本当に、足手まといですいません」
へら、と顔を緩めて答えた。弱った姿と潤んだアメジストの瞳、赤い頬も。私の胸をぎゅんっと締め付させるのには充分だ。
「あ、あまり笑うな」
「あ、すいません」
しょぼ、と眉が下がる。落ち込ませたかった訳じゃない。私が困るからそう言っただけだ。
「いや、違う。今のは失言だ。すまなかった。失礼なことを言った」
「…はい」
そう言ってもしょげた様子は変わらない。半泣きの顔が余計胸に来た。
「濡れた服は脱いで、寝てなさい。日の火の支度をする」
マントは乾いてるからと下敷きになっている私のマントを指さす。言うだけ言ったら小屋を飛び出して食料や水、薪の用意に走った。
がむしゃらに動いていないといけない。
戻ってみると壊れた棚や傾いた椅子に服と鎧がかけてあった。
エヴ嬢はマントにくるまって黒猫を抱いて眠っていた。
ありがたいことに小屋で見つけた革袋に飲み水の支度が出来た。鍋や皿も多少残っていて食事の支度は何とかなる。
壊れかけの竈に薪を放り込む。部屋の暑さで汗をかくが、熱を出したエヴ嬢は寒いらしい。眠っていてもきつく身体を抱き締めてプルプル震えている。
視界に入れないようにしても、ふと視線が吸い込まれる。
マントをすっぽりかけて顔半分を隠している。上に引き上げすぎて足先がはみ出て長い黒髪が邪魔だったのか埃まみれの床に投げ出している。それでも艶々と輝いて目を惹かれる。
昂るのは戦闘の興奮のせいだと必死に己に言い聞かせた。
若く綺麗な女性だからだ。
違うと何度も頭に念じた。
外見や戦闘の興奮、それだけではない。違うのは分かっている。
信じられない程触りたいと強く思うが、それ以上に嫌われたくない。
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目を背けて黙々と食事の支度と火の番に専念した。
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