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嘆願
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ヒムドがテーブルに広がった水溜まりにふんふんと鼻を寄せるとじわぁっと水が動いて何かを形作る。
四角い枠にふよふよと水滴が集まり、ぼこんぼこん、と文字の形に細かく別れ始めた。
便箋の形状で中に綴られた文章もしっかりと陛下へと宛てた手紙の形式でジェラルド伯の文字が並んでいる。
魔導師長を寄越したお礼と宰相との和解、法を破ったペリエ嬢と大公へ刑罰についても触れている。
王家への処罰の減軽等の気遣いが行き届かなかったことと魔力について秘匿していたことは魔導師長の狼藉と相殺してほしいと続く。
娘の体質について報告を怠ったことは突然の発現で対応が遅れたためとある。
それを補うほど領地、引いては国に貢献していることを絡めてどうか一考くださいと記されていた。
『若い娘らしい楽しみもなく己が能力を日々、国のため陛下のために使っております。そんないじましい娘を魔導師長は5体の精霊を使って自由を奪い、女性としての尊厳を傷つけた事は大変許しがたくこちらへ身柄を渡していただきたい所存。ですが、魔導師長の派遣された陛下のお心遣いに感謝をし、王家と対立は望むことではありません。報告を怠った非もありますので、このまま事を納めたい旨をここに記します。ですが、陛下へお願いです。魔導師長が二度とクレインには足を踏み入れぬようにお願いがします。最低限、娘と息子、妻、私自身へ黒の誘いをされることは二度と御免被ります』
陛下が諌めないなら領地から二度と出てこないし、魔導師長には決闘を申し込むと絞めくくっていた。
「え、クレインに行けないのか?また行きたいのに。あそこは気に入った」
「怒りの矛先は全部シモンに行ったか。シモン、この手紙を残したいんだけどどうしたらいい?」
「ああ、はいはい、こうやって、」
私の持っていたナフキンをひょいっと取ってむにゃむにゃと呟く。
魔導師長が文字をなぞって指先を先頭に一列に連なって宙に浮く。
ナフキンの端に指を乗せるとそのまま紐状の文字が順番に移っていく。
「出来ましたよ、陛下」
転写の済んだナフキンを陛下が受け取って内容を目視する。
「よくやった、と言いたいが、シモンの顔が慣れない。誰だ、お前」
「はは、この国一番の魔導師長ですよ」
「この軽さはシモンで間違いない。ジェラルドの願いは聞き入れた。もう馬鹿なことはするなよ」
「許してもらえば問題ありませんよね?」
「許されるならな。無理じゃないか?」
「…陛下、私からも申し上げます。番に触れたこの手を切り落としたい」
「はは、冗談だろ?」
「陛下、よしと仰らないでください」
身構えて逃げる姿勢に私も足に力を入れる。
「よし、と仰ってくださったらとても嬉しいのですが。顔を剥ぎたいのは堪えましょう。口は残さねば。詠唱に必要なので。御前は汚しません。外に連れ出します」
「カリッド、必要でやったことなんだからそうカリカリ、」
「あれは必要なかったろうが、くそじじい」
あの時、淫の気を引き出すために無理やり逆さの足を開かせて秘部を触って昂らせた。
あのあと目の魔力だけで本性を引き出せていた。
不要な行為だったのだ。
「エヴにしたあれは許さん」
強化が全身に行き渡る。
怒っているせいなのかいつもより強くかかっている。
全身からみしみしときしむ音が鳴った。
「…逆さつり以外もあるのか」
「このくそじじいは黒の本能のままに、口に出すのも憚られることをクレインの姫にしました」
ばっと顔が魔導師長へ。
罰の悪い顔と正直な頷きから事実と知ると目をつり上げた。
「シモン!この馬鹿者!」
陛下が手の甲を向けると魔導師長がその場にべしゃっと潰れた。
「うぐぐっ、」
「罰を与える。一晩そうしていろ」
「陛下、それは?」
「従属だ。私を主として繋げている」
従属の契約は知っていたがこういう罰なのか。
地べたに這いつくばって苦し気に汗を流して呻いているが無傷で済ますことに不満だった。
「腕を二つとも切り落としたいのですが」
「許せ」
「片方だけは?」
せめて直に触れた手だけでも落としたい。
「…カリッド」
「ならば一晩では不服です。一生このままで」
「無理だ。不在の期間もあるのだから」
本当なら明日には仕事に戻したいと言う。
しばらく考えて何か最大の罰を探す。
こいつの嫌がることはなかなか思い付かない。
ジェラルド伯なら何か思い付いたかもしれない。
「骨を折るくらいは?」
「荒事はだめだ。身体に傷をつけないということも契約の一部だ」
「なるほど。それ以外ですね。なら使い魔をいくつか譲ってもらいましょう。ククノチとユニコーン、シルフィとドリアドネを。エヴの護衛に役立つ」
ウィッカーの財産だ。
どれも手塩をかけて長い年月と魔力を注いで作る。
シルフィとドリアドネは精霊。
魔導師長は器を与えて使い魔として使役していた。
「…よほどのことをしたのだな。ただでさえ番に手を出すなら親をも殺すと言われてるのに。特に君は三十路の、最後の恋みたいなもんだよなぁ。歪んだ性癖の」
「変な解釈はやめてください」
陛下が手を振ると魔導師長のうめき声が止んだ。
「なぜ止めるのですか」
不満に顔を歪ませると陛下は呆れた顔で私を見る。
「質問があるからだよ。シモン、カリッドの要望は聞いたか?」
「はい」
「どれなら譲れる?」
「…どれも」
「…かかった年数は?」
「…ククノチが15年、ユニコーンが25年、シルフィとドリアドネは30年ずつです」
「翼種はユニコーンだけか?」
「はい」
「…ユニコーン以外はどれか考えてもいいかと思うが。だが、5体の精霊のうちの相手じゃないのか?姫君の護衛に襲った相手なぞ見たくなかろう?」
そう言われて考え込む。
こいつに打撃を与えることばかり考えてそこまで考えが及んでいなかった。
確かに気持ちはよくないだろう。
「使い魔の貸し出しは許可しよう。それで、」
「なら陛下のワイバーンもお願いします」
「カリッド?」
「クレインへの行き来のために望んでるのですから」
本当はユニコーンが一番ほしいと言うとまたも呆れたと腕を組んでこちらを見つめた。
「自分が欲しいものばかりなのか。クレインが欲しがるものとは違うんじゃないか?」
「私が魔導師長に求めているのは私への謝罪です。クレインへの謝罪とは別ですよ」
それはあちらから要望が来ますよと答えると陛下は納得と頭を揺らす。
「ああ、なるほどね」
「部下の不始末は上司の責任として、今回ばかりは陛下も傷を負ってもらいます。番の件も含めてクレインと友好関係を築いていた私の努力を引っくり返されたことも許せない」
他領の遠征は王都との友好も兼ねている。
だから部下達に厳しくよその団との争いはするなと仕付けてる。
「何たって慣例破りを狙ってるからね、レディは」
君は王都からクレインへ通う足がいると揶揄する魔導師長を睨み付けた。
「レディが影渡りで来てくれたらいいのにね」
「何のことだい?」
ペラペラ喋る魔導師長に腹が立つが自分の口で報告するのもプライドが傷つく。
そのまま黙って好きに話をさせた。
四角い枠にふよふよと水滴が集まり、ぼこんぼこん、と文字の形に細かく別れ始めた。
便箋の形状で中に綴られた文章もしっかりと陛下へと宛てた手紙の形式でジェラルド伯の文字が並んでいる。
魔導師長を寄越したお礼と宰相との和解、法を破ったペリエ嬢と大公へ刑罰についても触れている。
王家への処罰の減軽等の気遣いが行き届かなかったことと魔力について秘匿していたことは魔導師長の狼藉と相殺してほしいと続く。
娘の体質について報告を怠ったことは突然の発現で対応が遅れたためとある。
それを補うほど領地、引いては国に貢献していることを絡めてどうか一考くださいと記されていた。
『若い娘らしい楽しみもなく己が能力を日々、国のため陛下のために使っております。そんないじましい娘を魔導師長は5体の精霊を使って自由を奪い、女性としての尊厳を傷つけた事は大変許しがたくこちらへ身柄を渡していただきたい所存。ですが、魔導師長の派遣された陛下のお心遣いに感謝をし、王家と対立は望むことではありません。報告を怠った非もありますので、このまま事を納めたい旨をここに記します。ですが、陛下へお願いです。魔導師長が二度とクレインには足を踏み入れぬようにお願いがします。最低限、娘と息子、妻、私自身へ黒の誘いをされることは二度と御免被ります』
陛下が諌めないなら領地から二度と出てこないし、魔導師長には決闘を申し込むと絞めくくっていた。
「え、クレインに行けないのか?また行きたいのに。あそこは気に入った」
「怒りの矛先は全部シモンに行ったか。シモン、この手紙を残したいんだけどどうしたらいい?」
「ああ、はいはい、こうやって、」
私の持っていたナフキンをひょいっと取ってむにゃむにゃと呟く。
魔導師長が文字をなぞって指先を先頭に一列に連なって宙に浮く。
ナフキンの端に指を乗せるとそのまま紐状の文字が順番に移っていく。
「出来ましたよ、陛下」
転写の済んだナフキンを陛下が受け取って内容を目視する。
「よくやった、と言いたいが、シモンの顔が慣れない。誰だ、お前」
「はは、この国一番の魔導師長ですよ」
「この軽さはシモンで間違いない。ジェラルドの願いは聞き入れた。もう馬鹿なことはするなよ」
「許してもらえば問題ありませんよね?」
「許されるならな。無理じゃないか?」
「…陛下、私からも申し上げます。番に触れたこの手を切り落としたい」
「はは、冗談だろ?」
「陛下、よしと仰らないでください」
身構えて逃げる姿勢に私も足に力を入れる。
「よし、と仰ってくださったらとても嬉しいのですが。顔を剥ぎたいのは堪えましょう。口は残さねば。詠唱に必要なので。御前は汚しません。外に連れ出します」
「カリッド、必要でやったことなんだからそうカリカリ、」
「あれは必要なかったろうが、くそじじい」
あの時、淫の気を引き出すために無理やり逆さの足を開かせて秘部を触って昂らせた。
あのあと目の魔力だけで本性を引き出せていた。
不要な行為だったのだ。
「エヴにしたあれは許さん」
強化が全身に行き渡る。
怒っているせいなのかいつもより強くかかっている。
全身からみしみしときしむ音が鳴った。
「…逆さつり以外もあるのか」
「このくそじじいは黒の本能のままに、口に出すのも憚られることをクレインの姫にしました」
ばっと顔が魔導師長へ。
罰の悪い顔と正直な頷きから事実と知ると目をつり上げた。
「シモン!この馬鹿者!」
陛下が手の甲を向けると魔導師長がその場にべしゃっと潰れた。
「うぐぐっ、」
「罰を与える。一晩そうしていろ」
「陛下、それは?」
「従属だ。私を主として繋げている」
従属の契約は知っていたがこういう罰なのか。
地べたに這いつくばって苦し気に汗を流して呻いているが無傷で済ますことに不満だった。
「腕を二つとも切り落としたいのですが」
「許せ」
「片方だけは?」
せめて直に触れた手だけでも落としたい。
「…カリッド」
「ならば一晩では不服です。一生このままで」
「無理だ。不在の期間もあるのだから」
本当なら明日には仕事に戻したいと言う。
しばらく考えて何か最大の罰を探す。
こいつの嫌がることはなかなか思い付かない。
ジェラルド伯なら何か思い付いたかもしれない。
「骨を折るくらいは?」
「荒事はだめだ。身体に傷をつけないということも契約の一部だ」
「なるほど。それ以外ですね。なら使い魔をいくつか譲ってもらいましょう。ククノチとユニコーン、シルフィとドリアドネを。エヴの護衛に役立つ」
ウィッカーの財産だ。
どれも手塩をかけて長い年月と魔力を注いで作る。
シルフィとドリアドネは精霊。
魔導師長は器を与えて使い魔として使役していた。
「…よほどのことをしたのだな。ただでさえ番に手を出すなら親をも殺すと言われてるのに。特に君は三十路の、最後の恋みたいなもんだよなぁ。歪んだ性癖の」
「変な解釈はやめてください」
陛下が手を振ると魔導師長のうめき声が止んだ。
「なぜ止めるのですか」
不満に顔を歪ませると陛下は呆れた顔で私を見る。
「質問があるからだよ。シモン、カリッドの要望は聞いたか?」
「はい」
「どれなら譲れる?」
「…どれも」
「…かかった年数は?」
「…ククノチが15年、ユニコーンが25年、シルフィとドリアドネは30年ずつです」
「翼種はユニコーンだけか?」
「はい」
「…ユニコーン以外はどれか考えてもいいかと思うが。だが、5体の精霊のうちの相手じゃないのか?姫君の護衛に襲った相手なぞ見たくなかろう?」
そう言われて考え込む。
こいつに打撃を与えることばかり考えてそこまで考えが及んでいなかった。
確かに気持ちはよくないだろう。
「使い魔の貸し出しは許可しよう。それで、」
「なら陛下のワイバーンもお願いします」
「カリッド?」
「クレインへの行き来のために望んでるのですから」
本当はユニコーンが一番ほしいと言うとまたも呆れたと腕を組んでこちらを見つめた。
「自分が欲しいものばかりなのか。クレインが欲しがるものとは違うんじゃないか?」
「私が魔導師長に求めているのは私への謝罪です。クレインへの謝罪とは別ですよ」
それはあちらから要望が来ますよと答えると陛下は納得と頭を揺らす。
「ああ、なるほどね」
「部下の不始末は上司の責任として、今回ばかりは陛下も傷を負ってもらいます。番の件も含めてクレインと友好関係を築いていた私の努力を引っくり返されたことも許せない」
他領の遠征は王都との友好も兼ねている。
だから部下達に厳しくよその団との争いはするなと仕付けてる。
「何たって慣例破りを狙ってるからね、レディは」
君は王都からクレインへ通う足がいると揶揄する魔導師長を睨み付けた。
「レディが影渡りで来てくれたらいいのにね」
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